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目次<br>1 迷路を用いた行動実験の歴史<br>2 迷路実験の手続きと測定される認知機能<br> 2.1 T迷路およびY迷路<br>2.1.1 場所課題<br>2.1.2 場所非見本合わせ課題<br>  2.1.3 手掛り弁別課題<br>2.2 放射状迷路<br>  2.2.1 空間作業記憶課題<br> 2.2.2 空間参照作業記憶課題<br> 2.2.3 手掛り課題<br>2.3 水迷路<br>2.3.1 場所課題<br>2.3.2 手掛り課題<br>2.3.3 空間弁別課題<br>2.3.4 視覚弁別課題<br>2.3.5 遅延場所合わせ課題<br>2.4 バーンズ迷路<br>2.5 高架式十字迷路<br>3 参考文献  
目次<br>1 迷路を用いた行動実験の歴史<br>2 迷路実験の手続きと測定される認知機能<br> 2.1 T迷路およびY迷路<br>2.1.1 場所課題<br>2.1.2 場所非見本合わせ課題<br>  2.1.3 手掛り弁別課題<br>2.2 放射状迷路<br>  2.2.1 空間作業記憶課題<br> 2.2.2 空間参照作業記憶課題<br> 2.2.3 手掛り課題<br>2.3 水迷路<br>2.3.1 場所課題<br>2.3.2 手掛り課題<br>2.3.3 空間弁別課題<br>2.3.4 視覚弁別課題<br>2.3.5 遅延場所合わせ課題<br>2.4 バーンズ迷路<br>2.5 高架式十字迷路<br>3 参考文献  


1 迷路を用いた行動実験の歴史<br> 動物の迷路学習の最初の研究は、Small (1901)<ref>'''Small W.S'''<br>Experimental study of the mental processes of the rat II.<br>''American Journal of Psychology'':1901,12;206-239</ref> によるもので、この研究で用いられた迷路は、ハンプトン・コート宮殿の迷路をもとに作製された。スタート地点とゴールの間に、6か所の分岐と5つの袋小路をもつ複雑な構造であったが、走行経験とともに袋小路に入るエラーが減少した。その後、同様の迷路を用いて、ラットがどのように迷路課題を解決しているかが検証された)<ref>'''Carr H.,Watson J.B'''<br>Orientation in the white rat.<br>''Journal of Comparative Neurology and Psychology'':1908,18,27-44</ref>。視覚、嗅覚、聴覚、ひげからの情報を遮断しても成績が悪くならなかった。しかし、訓練後に迷路の一部の走路を短くすると、それ以前に訓練されたラットが短縮された走路の壁にぶつかったことから、ラットは感覚情報ではなく、筋運動の連鎖を学習して課題解決していると考えられた。その後の研究では、迷路学習に必要な認知機能と関連脳部位を明らかにするために、より単純化された迷路が使用されるようになった。Lashley(1929)'''Lashley K'''<br>Brain mechanisms and intelligence: A quantitative study of injuries to the brain.<br>''University of Chicago Press'':1929</ref>の「Ⅲ型迷路」は3つの選択点をもつ単純な構造で、出発地点から左、右、左へ曲がると報酬にたどりつける(図1)。この課題をラットに学習させた後に皮質の様々な部位を損傷し、同じ課題のテストを行った。再学習の成績は、損傷の場所に関わらず、損傷の量が大きくなるにつれて悪くなった。Lashleyは脳における記憶のありかをつきとめることはできなかったが、学習の脳基盤を明らかにしようとしたこの研究は、記憶の神経心理学研究の先駆けとなった。  
1 迷路を用いた行動実験の歴史<br> 動物の迷路学習の最初の研究は、Small (1901)<ref>'''Small W.S'''<br>Experimental study of the mental processes of the rat II.<br>''American Journal of Psychology'':1901,12;206-239</ref> によるもので、この研究で用いられた迷路は、ハンプトン・コート宮殿の迷路をもとに作製された。スタート地点とゴールの間に、6か所の分岐と5つの袋小路をもつ複雑な構造であったが、走行経験とともに袋小路に入るエラーが減少した。その後、同様の迷路を用いて、ラットがどのように迷路課題を解決しているかが検証された)<ref>'''Carr H.,Watson J.B'''<br>Orientation in the white rat.<br>''Journal of Comparative Neurology and Psychology'':1908,18,27-44</ref>。視覚、嗅覚、聴覚、ひげからの情報を遮断しても成績が悪くならなかった。しかし、訓練後に迷路の一部の走路を短くすると、それ以前に訓練されたラットが短縮された走路の壁にぶつかったことから、ラットは感覚情報ではなく、筋運動の連鎖を学習して課題解決していると考えられた。その後の研究では、迷路学習に必要な認知機能と関連脳部位を明らかにするために、より単純化された迷路が使用されるようになった。Lashley(1929)<ref>'''Lashley K'''<br>Brain mechanisms and intelligence: A quantitative study of injuries to the brain.<br>''University of Chicago Press'':1929</ref>の「Ⅲ型迷路」は3つの選択点をもつ単純な構造で、出発地点から左、右、左へ曲がると報酬にたどりつける(図1)。この課題をラットに学習させた後に皮質の様々な部位を損傷し、同じ課題のテストを行った。再学習の成績は、損傷の場所に関わらず、損傷の量が大きくなるにつれて悪くなった。Lashleyは脳における記憶のありかをつきとめることはできなかったが、学習の脳基盤を明らかにしようとしたこの研究は、記憶の神経心理学研究の先駆けとなった。  


2 迷路実験の手続きと測定される認知機能<br>2.1 T迷路およびY迷路<br>3本の走路から構成され、選択点が1点の最も単純な高架式迷路である。3本の走路がT字状に設置されたものがT迷路(図2a)、Y字状に設置されたものがY迷路(図2b)である。3本の走路のうち1本が出発走路で2本が選択走路である。基本的にはT迷路とY迷路では以下の課題を同じ手続きで実施できる。ただし、走路の間隔が120度のY迷路では全ての走路の間隔が等しいため、動物が侵入した走路を次の選択のスタート走路とみなし、試行を連続して行うこともできる。したがって、実験者の介入を制限すべき行動の測定にはY迷路が適している。<br>2.1.1 場所課題<br> 餌のありかについての学習、すなわち場所学習を測定する最もシンプルな課題である。訓練に先だって装置馴致を行い、動因操作として通常自由摂食時の85%の体重を維持する餌を与える。訓練では、いずれかの選択走路の先端の報酬皿にペレットやショ糖溶液などの報酬を置き、動物が出発走路の先端から分岐点まで移動した後、左右の走路のどちらを選択するかを観察する。報酬のある走路の選択を正反応、報酬のない走路への侵入を誤反応とする。誤反応の後、同一試行内で正しい走路の選択を許す場合を修正法、修正を許さない場合を非修正法と呼ぶ。訓練により、動物は常に報酬のある走路を選択するようになり、報酬の位置についての場所学習が成立したとみなされる。ただし、スタート地点が固定され、かつ報酬が常に同じ走路にある場合、特定の方向に曲がるといった筋感覚の学習(反応学習)による解決も可能である。どちらの学習が行われたかを検証するためには、180度迷路を回転させて、訓練とは反対側からスタートさせるテスト試行が必要である。訓練試行とは逆方向に曲がり、実験環境における絶対的に同じ位置を選択した場合、場所学習が行われていたとみなされる。ラットは反応学習よりも場所学習を行うことの方が多いといわれている(Tolman &amp; Gleitman, 1949)。<br>2.1.2 場所非見本合わせ課題<br>自然環境において、以前に訪れて餌を採取した場所には餌がないため、異なる場所を探索することが効率のよい採餌である。場所非見本合わせ課題はこのような反応傾向を測定する課題であり,その実験手続きは、見本試行と選択試行で構成される(Rawlins and Olton, 1982)。見本では左右どちらかを強制選択(片側走路はブロック)させ、報酬を与える。その後、選択試行では左右の走路を自由選択させ、見本段階で選んでいない走路に入ることを正反応とし、正反応の場合には報酬を与える。この課題は反応を左右の走路間で交替することにより報酬を得ることから、交替行動とみなされることもある。これまで海馬損傷により、この課題の成績が悪化することから、場所非見本合わせ学習が海馬依存であると考えられてきた(Dudchenko, Wood &amp; Eichenbaum 2000)。最近のノックアウトマウスを用いた研究により、交替行動そのものにはAMPA受容体サブユニットGluA1が関与するという知見が得られている(Review, Sanderson &amp; Bannerman, 2012)。<br> 自発的交替行動の観察には,実験者の介入が少ない120°Y迷路での連続試行型の実験が望ましい。15分程度の探索を許し、どの走路をどのような順番で選択したかを記録する。3回連続で異なる走路に入った数が総選択数中どれだけの割合であったかが交替率となる(下記式参照)。<br>交替率(%)=交替行動数 ÷(総選択数-2)× 100 (Hidaka, Suemaru, Takechi, Li, &amp; Araki, 2011)<br>正常なラットやマウスは、既に訪れた走路よりも、まだ訪れていない新たな走路を選択する傾向があり、交替率が高くなる。スコポラミンやアンフェタミンの投与により、同一走路を連続して選択する行動が現れると、交替率は低下する(Review, Richman, Dember &amp; Kim, 1986)。<br>2.1.3 手掛り弁別課題<br> 手掛り弁別課題には、単純弁別課題、同時弁別課題、継時弁別課題があり、T迷路やY迷路を用いてこれらを行うことができる。例えば、単純弁別課題では、常にライトで照らされた走路を選択すれば報酬が得られる。動物は明るい走路と暗い走路を見分けるだけで良い。同時弁別課題では、2本の選択走路にそれぞれ視覚的(黒または白)、または触覚的に異なる手掛り板を挿入し、常に同じ手掛りを選択すると報酬が得られる。動物は手掛りの違いを弁別しなければならない。継時弁別課題では、報酬の位置を知らせる手掛りが1つずつ提示される。例えば、スタート走路に白い手掛り板が挿入された時には左に行けば報酬が得られ、黒い手掛り板が挿入された時には右に行けば報酬が得られる。この課題では動物はいつどのように反応するかを手掛りをもとに学習する。古くから海馬損傷動物が同時弁別課題ではなく継時弁別課題の学習障害を示すことが報告されている (Stevens and Coway, 1974)。しかし,手掛りがスタート走路だけでなく選択走路の分岐点においても明示されている場合、海馬損傷動物も継時弁別の学習が可能であることが最近報告されている(Schmitt et al. 2004)。  
2 迷路実験の手続きと測定される認知機能<br>2.1 T迷路およびY迷路<br>3本の走路から構成され、選択点が1点の最も単純な高架式迷路である。3本の走路がT字状に設置されたものがT迷路(図2a)、Y字状に設置されたものがY迷路(図2b)である。3本の走路のうち1本が出発走路で2本が選択走路である。基本的にはT迷路とY迷路では以下の課題を同じ手続きで実施できる。ただし、走路の間隔が120度のY迷路では全ての走路の間隔が等しいため、動物が侵入した走路を次の選択のスタート走路とみなし、試行を連続して行うこともできる。したがって、実験者の介入を制限すべき行動の測定にはY迷路が適している。<br>2.1.1 場所課題<br> 餌のありかについての学習、すなわち場所学習を測定する最もシンプルな課題である。訓練に先だって装置馴致を行い、動因操作として通常自由摂食時の85%の体重を維持する餌を与える。訓練では、いずれかの選択走路の先端の報酬皿にペレットやショ糖溶液などの報酬を置き、動物が出発走路の先端から分岐点まで移動した後、左右の走路のどちらを選択するかを観察する。報酬のある走路の選択を正反応、報酬のない走路への侵入を誤反応とする。誤反応の後、同一試行内で正しい走路の選択を許す場合を修正法、修正を許さない場合を非修正法と呼ぶ。訓練により、動物は常に報酬のある走路を選択するようになり、報酬の位置についての場所学習が成立したとみなされる。ただし、スタート地点が固定され、かつ報酬が常に同じ走路にある場合、特定の方向に曲がるといった筋感覚の学習(反応学習)による解決も可能である。どちらの学習が行われたかを検証するためには、180度迷路を回転させて、訓練とは反対側からスタートさせるテスト試行が必要である。訓練試行とは逆方向に曲がり、実験環境における絶対的に同じ位置を選択した場合、場所学習が行われていたとみなされる。ラットは反応学習よりも場所学習を行うことの方が多いといわれている(Tolman &amp; Gleitman, 1949)。<br>2.1.2 場所非見本合わせ課題<br>自然環境において、以前に訪れて餌を採取した場所には餌がないため、異なる場所を探索することが効率のよい採餌である。場所非見本合わせ課題はこのような反応傾向を測定する課題であり,その実験手続きは、見本試行と選択試行で構成される(Rawlins and Olton, 1982)。見本では左右どちらかを強制選択(片側走路はブロック)させ、報酬を与える。その後、選択試行では左右の走路を自由選択させ、見本段階で選んでいない走路に入ることを正反応とし、正反応の場合には報酬を与える。この課題は反応を左右の走路間で交替することにより報酬を得ることから、交替行動とみなされることもある。これまで海馬損傷により、この課題の成績が悪化することから、場所非見本合わせ学習が海馬依存であると考えられてきた(Dudchenko, Wood &amp; Eichenbaum 2000)。最近のノックアウトマウスを用いた研究により、交替行動そのものにはAMPA受容体サブユニットGluA1が関与するという知見が得られている(Review, Sanderson &amp; Bannerman, 2012)。<br> 自発的交替行動の観察には,実験者の介入が少ない120°Y迷路での連続試行型の実験が望ましい。15分程度の探索を許し、どの走路をどのような順番で選択したかを記録する。3回連続で異なる走路に入った数が総選択数中どれだけの割合であったかが交替率となる(下記式参照)。<br>交替率(%)=交替行動数 ÷(総選択数-2)× 100 (Hidaka, Suemaru, Takechi, Li, &amp; Araki, 2011)<br>正常なラットやマウスは、既に訪れた走路よりも、まだ訪れていない新たな走路を選択する傾向があり、交替率が高くなる。スコポラミンやアンフェタミンの投与により、同一走路を連続して選択する行動が現れると、交替率は低下する(Review, Richman, Dember &amp; Kim, 1986)。<br>2.1.3 手掛り弁別課題<br> 手掛り弁別課題には、単純弁別課題、同時弁別課題、継時弁別課題があり、T迷路やY迷路を用いてこれらを行うことができる。例えば、単純弁別課題では、常にライトで照らされた走路を選択すれば報酬が得られる。動物は明るい走路と暗い走路を見分けるだけで良い。同時弁別課題では、2本の選択走路にそれぞれ視覚的(黒または白)、または触覚的に異なる手掛り板を挿入し、常に同じ手掛りを選択すると報酬が得られる。動物は手掛りの違いを弁別しなければならない。継時弁別課題では、報酬の位置を知らせる手掛りが1つずつ提示される。例えば、スタート走路に白い手掛り板が挿入された時には左に行けば報酬が得られ、黒い手掛り板が挿入された時には右に行けば報酬が得られる。この課題では動物はいつどのように反応するかを手掛りをもとに学習する。古くから海馬損傷動物が同時弁別課題ではなく継時弁別課題の学習障害を示すことが報告されている (Stevens and Coway, 1974)。しかし,手掛りがスタート走路だけでなく選択走路の分岐点においても明示されている場合、海馬損傷動物も継時弁別の学習が可能であることが最近報告されている(Schmitt et al. 2004)。  
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