「迷路」の版間の差分

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==== 空間作業記憶課題 ====
==== 空間作業記憶課題 ====


この課題では全ての走路の先端に報酬がある。全ての報酬を効率よく獲得するために、動物は既に餌を獲得した走路を避けるようにしながら、まだ訪れていない走路を選択する。10試行程の訓練により、8回の選択で8個の報酬全てを獲得することができるようになる。このことから、動物はその試行において既に訪れた走路の位置を装置外刺激との関係において記憶していると考えられた。この記憶は場所に関する記憶を要し、かつ、その試行のみに有効な記憶であるため、空間作業記憶とみなされる<ref>'''Olton DS, Samuelson RJ'''<br>Remembrance of places passed: Spatial memory in rats.<br>''Journal of Experimental Psychology: Animal Behavior Processes'':1976,2,97–116</ref>。ただし、この作業記憶は実験手続き上の操作的定義であり、中央演算処理を要するヒトの作業記憶とは区別されるべきである。ラットにおいて空間作業記憶課題獲得後の海馬N-methyl-D-aspartate (NMDA)受容体阻害により、本課題の遂行障害が生じることが報告されている'''Kawabe K, Ichitani Y, Iwasaki, T'''<br>Effects of intrahippocampal AP5 treatment on radial-arm maze performance in rats.<br>''Brain Research'':1998,781,300–306</ref>。<br>2.2.2 空間参照作業記憶課題<br>この課題では、走路の半数だけに餌を置く (Olton &amp; Papas, 1979)。効率よく報酬を獲得するには、動物はその試行で既に選択した走路はどこであるかについての記憶(空間作業記憶)と報酬が置かれている走路、又は置かれることのない走路はどこであるかについての記憶(空間参照記憶)の両方を用いることが要求される。8方向放射状迷路の場合、40試行程度の訓練により、動物は報酬のない走路を選択しないで、報酬のある走路のみに一度だけ訪れるようになる。<br>2.2.3 手掛り課題<br>迷路の周囲をカーテンで囲み装置外刺激の利用を制限した上で、走路に視覚や触覚的に異なる手掛板を敷き、特定の手掛り板の走路に報酬を置く。この課題では、空間情報処理の要因を排除して、手掛りと報酬の連合学習(手掛り参照記憶)とすでに訪れた走路の作業記憶(手掛り作業記憶)を測定することができる。海馬の損傷により、空間参照記憶は障害されるが、手掛り参照記憶には影響がない。一方、作業記憶に関しては、課題が空間か手掛りかに関わらず障害が生じることが報告されている。したがって、海馬は空間認知と作業記憶の両方の機能に関与していると考えられる(Jarrard, Okaichi, Steward and Goldschmidt, 1984)。  
この課題では全ての走路の先端に報酬がある。全ての報酬を効率よく獲得するために、動物は既に餌を獲得した走路を避けるようにしながら、まだ訪れていない走路を選択する。10試行程の訓練により、8回の選択で8個の報酬全てを獲得することができるようになる。このことから、動物はその試行において既に訪れた走路の位置を装置外刺激との関係において記憶していると考えられた。この記憶は場所に関する記憶を要し、かつ、その試行のみに有効な記憶であるため、空間作業記憶とみなされる<ref>'''Olton DS, Samuelson RJ'''<br>Remembrance of places passed: Spatial memory in rats.<br>''Journal of Experimental Psychology: Animal Behavior Processes'':1976,2,97–116</ref>。ただし、この作業記憶は実験手続き上の操作的定義であり、中央演算処理を要するヒトの作業記憶とは区別されるべきである。ラットにおいて空間作業記憶課題獲得後の海馬N-methyl-D-aspartate (NMDA)受容体阻害により、本課題の遂行障害が生じることが報告されている'''Kawabe K, Ichitani Y, Iwasaki, T'''<br>Effects of intrahippocampal AP5 treatment on radial-arm maze performance in rats.<br>''Brain Research'':1998,781,300–306</ref>。<br>
 
==== 空間参照作業記憶課題 ====
 
この課題では、走路の半数だけに餌を置く されている'''Olton DS, Papas BC'''<br>Spatial memory and hippocampal function.<br>''Neuropsychologia'':1979,17,669–682</ref>。効率よく報酬を獲得するには、動物はその試行で既に選択した走路はどこであるかについての記憶(空間作業記憶)と報酬が置かれている走路、又は置かれることのない走路はどこであるかについての記憶(空間参照記憶)の両方を用いることが要求される。8方向放射状迷路の場合、40試行程度の訓練により、動物は報酬のない走路を選択しないで、報酬のある走路のみに一度だけ訪れるようになる。
 
==== 手掛り課題 ====
迷路の周囲をカーテンで囲み装置外刺激の利用を制限した上で、走路に視覚や触覚的に異なる手掛板を敷き、特定の手掛り板の走路に報酬を置く。この課題では、空間情報処理の要因を排除して、手掛りと報酬の連合学習(手掛り参照記憶)とすでに訪れた走路の作業記憶(手掛り作業記憶)を測定することができる。海馬の損傷により、空間参照記憶は障害されるが、手掛り参照記憶には影響がない。一方、作業記憶に関しては、課題が空間か手掛りかに関わらず障害が生じることが報告されている。したがって、海馬は空間認知と作業記憶の両方の機能に関与していると考えられる<ref><pubmed>6439229</pubmed></ref>


2.3 水迷路<br>空間学習を測定する課題としてMorris (1981)によって考案された。通常、水の入った大きな円形プールの水面下の定位置に逃避台が沈められている。プールの水は不透明で、沈められた逃避台は見えない(図. 4)。水深は通常40cm程度であるが、ラットの後肢が底につく程度の浅い水深(12cm)でも同様に課題を行うことができる(Okaichi, 2001)。浅い水迷路は、水温、水質の管理が容易であることや、動物の不安を軽減できること、遊ぎ能力の衰えた老齢動物にも適用できるなどの利点がある。Morrisは水を乳白色に濁らすが、使用する動物が白色であれば、墨汁などで黒濁するほうが、動物の軌跡を追跡しやすい。<br>2.3.1 場所課題<br>この課題は空間参照記憶のみを要する課題で、空間作業記憶を考慮する必要がないため、1日複数回の訓練が可能である。また、ノーマルな動物において学習が早く成績が安定しているため幅広い分野で用いられている。動物の頭を壁側に向け、仮想の東西南北の1か所からスタートさせ、逃避台に到達するまでの時間(逃避潜時)を測定する。試行を繰り返すうちに、動物は逃避台の位置を憶え、短時間で逃避台に到達できるようになる。ビデオトラッキングによる遊泳の軌跡の分析を行うと、訓練初期には壁沿いに円を描くような軌跡やプール全体にランダムに広がる軌跡が見られるが、20試行程度行うと、どのスタート地点から出発しても逃避台まで直線的な軌跡が描かれる。これは動物が装置外刺激との関係において逃避台位置を学習したためである。このような課題は場所課題と呼ばれる。場所学習が成立したかどうかは、プローブテストにより確認することができる。このテストでは逃避台を取り去り、プールを扇形に4分割して各象限での遊泳時間を計測する。学習が成立していると、訓練時に逃避台のあった位置の横断回数が多く、その象限で泳ぐ時間も長くなる。海馬破壊やNMDA受容体の阻害はいずれも課題の獲得障害をもたらすが、獲得後の再訓練においては海馬破壊が課題の遂行障害をもたらすのに対し、NMDA受容体の阻害は遂行を妨げない(Review Morris, 1989)。<br>2.3.2 手掛り課題<br>逃避台は水上に出ており、泳ぎながら逃避台を見ることができ、見える目標地点まで泳ぎつくことを訓練する。この課題は複雑な学習要素を含んでおらず、視覚、動機づけ、運動能力に異常はないかを確認するために使用される。スタート地点と逃避台の位置関係は試行ごとにランダムに変化するように設定する。装置外刺激の存在は混乱要因となるので、プールの周囲をカーテンで囲み、装置外の刺激を利用できない状況下で訓練を行う。通常、海馬損傷やNMDA受容体阻害によりこの課題の学習障害は生じない。ただし、感覚運動障害を引き起こす投与量のNMDA受容体阻害薬の投与は、手掛り課題の学習障害をもたらす (Saucier &amp; Cain, 1995)。<br>2.3.3 空間弁別課題<br>見かけの等しい見える2つの逃避台の位置関係を弁別させる空間課題である。2つの逃避台のうち、一方を逃避可能な正の逃避台、他方を逃避不可能な偽の逃避台に割り当てる。正の逃避台は訓練を通じて同じ位置にあるが、偽の逃避台は試行ごとに異なる位置に移動する。動物は移動する逃避台を避け、常に一定の位置にある逃避台を選択することが求められる。NMDA受容体阻害により空間弁別課題の学習障害が生じる。この障害は,訓練以前の課題の学習経験とは関係なく、新しい環境で訓練を行うと生じることが報告されている(Uekita &amp; Okaichi, 2005)。<br>2.3.4 視覚弁別課題<br>見かけの異なる2つの逃避台を視覚的性質の違いにより弁別させる課題である。プールの周囲をカーテンで囲み、装置外の刺激を利用できない状況下で訓練を行う。外観の異なる2つの逃避台(例えば、灰色と白黒縞模様)のうち、一方を逃避可能な正の逃避台、他方を逃避不可能な偽の逃避台に割り当てる。逃避不可能な偽の逃避台はバネや糸で底面とつながれており、動物がこれに登ることができない。スタート地点と2つの逃避台の位置関係は、試行ごとにランダムに変化する。海馬損傷やNMDA受容体阻害は視覚弁別課題の学習は妨げない(Review Morris, 1989)<br>2.3.5 遅延場所合わせ課題<br>逃避台位置が1日の複数試行においては変化しないが、翌日には異なる位置に逃避台を移して訓練を行うという課題である。各訓練日の第1試行が見本試行となり、動物は迷路内をランダムに泳ぎ、逃避台を探す。それ以降の試行が選択試行となる。各訓練日の第1試行で潜時が長いが、第2試行以降の潜時は大きく短縮される。これは、第1試行において逃避台到達後に周囲を見渡すことにより、この位置で逃避できたというイベント記憶が形成されることによる。この記憶は翌日には有効でないため、作業記憶とみなされる場合もある。第1試行と第2試行の逃避潜時の短縮の度合い(節約率)が評価される。また、第1試行と第2試行の間の試行間間隔を操作することにより、脳損傷や薬理学的処置、その他の実験的処置による記憶障害の遅延依存性について評価することができる。海馬損傷ラットでは15秒遅延条件においても障害を示すが、NMDA受容体阻害ラットは20分以上の遅延条件で障害を示すことが報告されている(Steel &amp; Morris, 1999)。  
2.3 水迷路<br>空間学習を測定する課題としてMorris (1981)によって考案された。通常、水の入った大きな円形プールの水面下の定位置に逃避台が沈められている。プールの水は不透明で、沈められた逃避台は見えない(図. 4)。水深は通常40cm程度であるが、ラットの後肢が底につく程度の浅い水深(12cm)でも同様に課題を行うことができる(Okaichi, 2001)。浅い水迷路は、水温、水質の管理が容易であることや、動物の不安を軽減できること、遊ぎ能力の衰えた老齢動物にも適用できるなどの利点がある。Morrisは水を乳白色に濁らすが、使用する動物が白色であれば、墨汁などで黒濁するほうが、動物の軌跡を追跡しやすい。<br>2.3.1 場所課題<br>この課題は空間参照記憶のみを要する課題で、空間作業記憶を考慮する必要がないため、1日複数回の訓練が可能である。また、ノーマルな動物において学習が早く成績が安定しているため幅広い分野で用いられている。動物の頭を壁側に向け、仮想の東西南北の1か所からスタートさせ、逃避台に到達するまでの時間(逃避潜時)を測定する。試行を繰り返すうちに、動物は逃避台の位置を憶え、短時間で逃避台に到達できるようになる。ビデオトラッキングによる遊泳の軌跡の分析を行うと、訓練初期には壁沿いに円を描くような軌跡やプール全体にランダムに広がる軌跡が見られるが、20試行程度行うと、どのスタート地点から出発しても逃避台まで直線的な軌跡が描かれる。これは動物が装置外刺激との関係において逃避台位置を学習したためである。このような課題は場所課題と呼ばれる。場所学習が成立したかどうかは、プローブテストにより確認することができる。このテストでは逃避台を取り去り、プールを扇形に4分割して各象限での遊泳時間を計測する。学習が成立していると、訓練時に逃避台のあった位置の横断回数が多く、その象限で泳ぐ時間も長くなる。海馬破壊やNMDA受容体の阻害はいずれも課題の獲得障害をもたらすが、獲得後の再訓練においては海馬破壊が課題の遂行障害をもたらすのに対し、NMDA受容体の阻害は遂行を妨げない(Review Morris, 1989)。<br>2.3.2 手掛り課題<br>逃避台は水上に出ており、泳ぎながら逃避台を見ることができ、見える目標地点まで泳ぎつくことを訓練する。この課題は複雑な学習要素を含んでおらず、視覚、動機づけ、運動能力に異常はないかを確認するために使用される。スタート地点と逃避台の位置関係は試行ごとにランダムに変化するように設定する。装置外刺激の存在は混乱要因となるので、プールの周囲をカーテンで囲み、装置外の刺激を利用できない状況下で訓練を行う。通常、海馬損傷やNMDA受容体阻害によりこの課題の学習障害は生じない。ただし、感覚運動障害を引き起こす投与量のNMDA受容体阻害薬の投与は、手掛り課題の学習障害をもたらす (Saucier &amp; Cain, 1995)。<br>2.3.3 空間弁別課題<br>見かけの等しい見える2つの逃避台の位置関係を弁別させる空間課題である。2つの逃避台のうち、一方を逃避可能な正の逃避台、他方を逃避不可能な偽の逃避台に割り当てる。正の逃避台は訓練を通じて同じ位置にあるが、偽の逃避台は試行ごとに異なる位置に移動する。動物は移動する逃避台を避け、常に一定の位置にある逃避台を選択することが求められる。NMDA受容体阻害により空間弁別課題の学習障害が生じる。この障害は,訓練以前の課題の学習経験とは関係なく、新しい環境で訓練を行うと生じることが報告されている(Uekita &amp; Okaichi, 2005)。<br>2.3.4 視覚弁別課題<br>見かけの異なる2つの逃避台を視覚的性質の違いにより弁別させる課題である。プールの周囲をカーテンで囲み、装置外の刺激を利用できない状況下で訓練を行う。外観の異なる2つの逃避台(例えば、灰色と白黒縞模様)のうち、一方を逃避可能な正の逃避台、他方を逃避不可能な偽の逃避台に割り当てる。逃避不可能な偽の逃避台はバネや糸で底面とつながれており、動物がこれに登ることができない。スタート地点と2つの逃避台の位置関係は、試行ごとにランダムに変化する。海馬損傷やNMDA受容体阻害は視覚弁別課題の学習は妨げない(Review Morris, 1989)<br>2.3.5 遅延場所合わせ課題<br>逃避台位置が1日の複数試行においては変化しないが、翌日には異なる位置に逃避台を移して訓練を行うという課題である。各訓練日の第1試行が見本試行となり、動物は迷路内をランダムに泳ぎ、逃避台を探す。それ以降の試行が選択試行となる。各訓練日の第1試行で潜時が長いが、第2試行以降の潜時は大きく短縮される。これは、第1試行において逃避台到達後に周囲を見渡すことにより、この位置で逃避できたというイベント記憶が形成されることによる。この記憶は翌日には有効でないため、作業記憶とみなされる場合もある。第1試行と第2試行の逃避潜時の短縮の度合い(節約率)が評価される。また、第1試行と第2試行の間の試行間間隔を操作することにより、脳損傷や薬理学的処置、その他の実験的処置による記憶障害の遅延依存性について評価することができる。海馬損傷ラットでは15秒遅延条件においても障害を示すが、NMDA受容体阻害ラットは20分以上の遅延条件で障害を示すことが報告されている(Steel &amp; Morris, 1999)。  
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