「視覚系の発生」の版間の差分

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 眼が形成されるのに必須の遺伝子は、マウス、ヒト、ショウジョウバエの遺伝学から発見された。1960年代にSmall eye (Sey)という常染色体半優性遺伝の突然変異マウスが見つかっていた。このマウスは、ヘテロ接合変異体で小眼症を呈し、ホモ接合変異体では全く眼が形成されない。また、ヒト先天性眼疾患の一つである無虹彩症 aniridiaの原因遺伝子(An)が同定され、ヒトのPax6遺伝子であることが明らかになった(1991年)。これとほぼ同時期に、マウスSeyの原因遺伝子もPax6遺伝子であることが報告された。1993年には、小眼症ラット「内田ラット」(rSey) の原因遺伝子がPax6遺伝子であること、この変異体解析からPax6遺伝子は眼の発生だけでなく、神経堤細胞の移動による頭部・顔面発生に関与していることが世界で初めて報告された。その後、ショウジョウバエのeyeless変異体の原因遺伝子がハエのPax6相同遺伝子であることが発見された。ショウジョウバエでeyelessあるいはマウスPax6遺伝子を異所性に発現させると、触角や脚、翅に複眼を形成させることができる。Pax6遺伝子は眼の原基以外にも、鼻板や脳の他の領域、神経管、分化した網膜細胞、膵臓などにも発現しており、多くの機能を担っている。また、無虹彩症以外にも様々な先天性眼疾患でPax6遺伝子の変異が見られる。
 眼が形成されるのに必須の遺伝子は、マウス、ヒト、ショウジョウバエの遺伝学から発見された。1960年代にSmall eye (Sey)という常染色体半優性遺伝の突然変異マウスが見つかっていた。このマウスは、ヘテロ接合変異体で小眼症を呈し、ホモ接合変異体では全く眼が形成されない。また、ヒト先天性眼疾患の一つである無虹彩症 aniridiaの原因遺伝子(An)が同定され、ヒトのPax6遺伝子であることが明らかになった(1991年)。これとほぼ同時期に、マウスSeyの原因遺伝子もPax6遺伝子であることが報告された。1993年には、小眼症ラット「内田ラット」(rSey) の原因遺伝子がPax6遺伝子であること、この変異体解析からPax6遺伝子は眼の発生だけでなく、神経堤細胞の移動による頭部・顔面発生に関与していることが世界で初めて報告された。その後、ショウジョウバエのeyeless変異体の原因遺伝子がハエのPax6相同遺伝子であることが発見された。ショウジョウバエでeyelessあるいはマウスPax6遺伝子を異所性に発現させると、触角や脚、翅に複眼を形成させることができる。Pax6遺伝子は眼の原基以外にも、鼻板や脳の他の領域、神経管、分化した網膜細胞、膵臓などにも発現しており、多くの機能を担っている。また、無虹彩症以外にも様々な先天性眼疾患でPax6遺伝子の変異が見られる。


=== 眼が左右2つできるしくみ===  
=== 眼が左右2つできるしくみ ===
<ref name=ref6 />


[[image:8 視覚系の発生.png|thumb|280px|'''図8.眼形成領域は発生初期には前方神経板の正中部にあり(A)、脊索前板からのShhの作用により左右2つに分かれる (B)'''<br>ヒト胎生3週の頭部神経板を上から見たところ。文献<ref name=ref6 />の図を改変。]]
<ref name="ref6" />  


 これまでに眼形成領域に遺伝子発現する転写因子がPax6を含めていくつか同定されている(表2)<ref name=ref7>Retinal Development. <br>Edited by Sernagor E, Eglen S, Harris B, Wong R.<br>Cambridge University Press, Cambridge UK, 2006</ref>。発生初期において、これらの眼形成転写因子(Eye Field Transcription Factors: EFTFs)は、神経管形成が始まる前の前方神経板に正中部から左右に帯状に遺伝子発現する(図8)。このように眼形成領域は、発生初期には中央部に一つで、発生が進むに従い左右2つの眼原基に分かれる。眼原基を2つに分けるためのシグナル分子は、脊索前板から分泌されるソニックヘッジホッグ (Sonic hedgehog: Shh)である。Shhは、眼形成領域の中央部でPax2の発現を増加させ、Pax6の発現を低下させる。Pax2発現領域は後に眼茎となり、Pax6などEFTFs発現領域は眼杯となる。Pax6は表皮外胚葉の予定水晶体・角膜領域にも発現するがRaxは眼胞とその系譜にのみに発現するなど、EFTFsの発現領域は互いに必ずしも全て一致するわけではない。Shh遺伝子変異やShhシグナル伝達阻害により単眼症がおこることからも、正中部からのShhシグナルが単一の眼形成領域を左右2つに分けることがわかる。
[[Image:8 視覚系の発生.png|thumb|280px|<b>図8.眼形成領域は発生初期には前方神経板の正中部にあり(A)、脊索前板からのShhの作用により左右2つに分かれる (B)</b><br />ヒト胎生3週の頭部神経板を上から見たところ。文献&lt;span class=]]の図を改変。" class="fck_mw_frame fck_mw_right" /&gt;


 これまでに眼形成領域に遺伝子発現する転写因子がPax6を含めていくつか同定されている(表2)<ref name="ref7">Retinal Development. <br>Edited by Sernagor E, Eglen S, Harris B, Wong R.<br>Cambridge University Press, Cambridge UK, 2006</ref>。発生初期において、これらの眼形成転写因子(Eye Field Transcription Factors: EFTFs)は、神経管形成が始まる前の前方神経板に正中部から左右に帯状に遺伝子発現する(図8)。このように眼形成領域は、発生初期には中央部に一つで、発生が進むに従い左右2つの眼原基に分かれる。眼原基を2つに分けるためのシグナル分子は、脊索前板から分泌されるソニックヘッジホッグ (Sonic hedgehog: Shh)である。Shhは、眼形成領域の中央部でPax2の発現を増加させ、Pax6の発現を低下させる。Pax2発現領域は後に眼茎となり、Pax6などEFTFs発現領域は眼杯となる。Pax6は表皮外胚葉の予定水晶体・角膜領域にも発現するがRaxは眼胞とその系譜にのみに発現するなど、EFTFsの発現領域は互いに必ずしも全て一致するわけではない。Shh遺伝子変異やShhシグナル伝達阻害により単眼症がおこることからも、正中部からのShhシグナルが単一の眼形成領域を左右2つに分けることがわかる。


EFTFs: Eye Field Transcription Factors
<br> EFTFs: Eye Field Transcription Factors  
{| width="583" cellspacing="1" cellpadding="1" border="1"
 
{| width="767" cellspacing="1" cellpadding="1" border="1" height="225"
|-
|-
| style="background-color:#d3d3d3" | EFTF (別名)
| style="background-color:#d3d3d3" | EFTF (別名)  
| style="background-color:#d3d3d3" | 正式名  
| style="background-color:#d3d3d3" | 正式名  
| style="background-color:#d3d3d3" | 属する転写因子ファミリー
| style="background-color:#d3d3d3" | 属する転写因子ファミリー  
| style="background-color:#d3d3d3" | ノックアウトマウスの表現型(ホモ接合体)*
| style="background-color:#d3d3d3" | ノックアウトマウスの表現型(ホモ接合体)*
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|-
| ET (Tbx3)
| ET (Tbx3)  
| Eye T-box
| Eye T-box  
| T-box  
| T-box  
| 胎生致死、四肢・乳腺・卵黄嚢の異常  
| 胎生致死、四肢・乳腺・卵黄嚢の異常
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|-
| Rx1 (Rax)  
| Rx1 (Rax)  
| Retina homeobox-1
| Retina homeobox-1  
| Paired-like homeobox  
| Paired-like homeobox  
| 新生児致死、前脳・中脳・眼の欠損  
| 新生児致死、前脳・中脳・眼の欠損
|-
|-
| Pax6
| Pax6  
| Paired homeobox-6
| Paired homeobox-6  
| Paired homeobox  
| Paired homeobox  
| 周産期致死、無眼球、頭部・顔面・前脳の異常  
| 周産期致死、無眼球、頭部・顔面・前脳の異常
|-
|-
| Six3
| Six3  
| Sine oculis-related homeobox-3
| Sine oculis-related homeobox-3  
| Six family of homeobox  
| Six family of homeobox  
| 前方頭部と前脳の欠損  
| 前方頭部と前脳の欠損
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|-
| Lhx2
| Lhx2  
| LIM homeobox-2
| LIM homeobox-2  
| LIM (Lin11, Isl-1, Mec-3) homeobox  
| LIM (Lin11, Isl-1, Mec-3) homeobox  
| 周産期致死、肝臓・終脳・嗅脳・大脳基底核・眼形態の異常  
| 周産期致死、肝臓・終脳・嗅脳・大脳基底核・眼形態の異常
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|-
| tll (Tlx)(Nr2e1)
| tll (Tlx)(Nr2e1)  
| Tailless
| Tailless  
| Nuclear receptor-type  
| Nuclear receptor-type  
| 小さい脳、大脳・嗅脳の形成不全、薄い網膜、網膜血管の減少  
| 小さい脳、大脳・嗅脳の形成不全、薄い網膜、網膜血管の減少
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|-
| Optx2 (Six6)
| Optx2 (Six6)  
| Optic Six gene 2
| Optic Six gene 2  
| Six family of homeobox  
| Six family of homeobox  
| 網膜と下垂体の形成不全  
| 網膜と下垂体の形成不全
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|}
|}
'''表2.眼形成領域に発現する転写因子 (EFTFs)'''
*Mouse Genome Informaticsを参照した。http://www.informatics.jax.org/


'''表2.眼形成領域に発現する転写因子 (EFTFs)'''<br>  * [http://www.informatics.jax.org/|Mouse Genome Informatics]を参照した。


=== 眼杯のパターン形成===  
=== 眼杯のパターン形成===