「プリオン」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
12行目: 12行目:


プリオンの特徴<br>プリオンの特徴の一つにウイルスなどと同様に性質が異なる「株(strain)」が存在することがしられている。異なるプリオン株は病理変化、潜伏期間などで異なる性質を示す。プリオンにおける「株」の違いは原因となるPrP<sup>Sc</sup>の構造の違いによって引き起こされると考えられている。<br>また、プリオン感染には「種の壁(species barrier)」と呼ばれる現象が知られている。動物におけるプリオン病はすべてPrP<sup>Sc</sup>によって引き起こされると考えられているが、動物種を超えての感染はほとんど認められず、感染しても長い潜伏期間が必要となることが多い。しかし、ウシの狂牛病がヒトに感染し変異型CJDを引き起こすことが報告され、ウシのプリオンはウシとヒトとの種の壁を乗り越えることが明らかとなった。一方、ヒツジのスクレイピーはヒトには感染しないとされている。<br>他の生物におけるプリオン<br>菌類におけるプリオン<br>タンパク質のみからなる感染性因子(遺伝因子)としてのプリオンは、酵母やカビなどの菌類においても見出されており、精力的に研究が行われている。菌類におけるプリオンの発見は1994年にWicknerが出芽酵母(''Saccharomyces cerevisiae'')の[''URE3'']や[''PSI''<sup>+</sup>]といった細胞質性の遺伝因子がプリオンの要素を満たしており、それぞれUre2、Sup35タンパク質が構造変化を起こしたものが原因となっていることを発見した。その後、出芽酵母ではRnq1、Swi1、Cyc8などいくつかのプリオンとなるタンパク質(プリオン化タンパク質)が同定されている。また、分裂酵母のCinやタマホコリカビの[Het-s]などもプリオンであると考えられている。出芽酵母において発見されたプリオンタンパク質の特徴の一つとして、グルタミンとアスパラギンに富んだドメインを有しており、このドメインが構造変化に大きく寄与していると考えられている。また、出芽酵母では100を超えるタンパク質がそのようなドメインを有し、プリオン化する可能性が高いと考えられている。一方、動物のPrPタンパク質や[Het-s]の原因タンパク質であるHET-sはそのようなドメインを有していない。また、出芽酵母においてもそのようなドメインを有さないプリオン化タンパク質としてMod5が同定され、さらに多くのタンパク質がプリオン化する可能性があると考えられている。<br>出芽酵母は、モデル生物として広く利用されている生物であり、プリオン研究においても有用なモデル生物として利用されてきた。特に大腸菌から精製したプリオン化タンパク質を酵母内に導入することで酵母をプリオン化させる、タンパク質の凝集体の性質の違いによってプリオン株の違いが引き起こされる、などプリオン仮説を強く支持するような研究結果が出芽酵母において報告されている。<br>プリオン病を引き起こす動物のプリオンと違い、酵母プリオンは宿主細胞に対して毒性を示すことは少ない。むしろ酵母プリオンは宿主細胞に対して有益であることがあるのではないかという考え方が広がっている。実際、いくつかの酵母プリオンはストレス環境下への応答などに関与していることが示唆されている。また、自然界に存在する野生株酵母においてSup35などいくつかのタンパク質がプリオン化していることが発見され、酵母プリオンが宿主細胞に対して有益であるとの主張を支持している。一方で酵母プリオンも動物プリオンと同様に病気の状態であるという主張も存在している。<br>長期記憶におけるプリオン<br>ショウジョウバエやアメフラシの神経細胞におけるcytoplasmic polyadenylation element binding protein (CPEB)はプリオンのように振る舞うことによって、長期記憶の形成と維持に関わっていることがわかってきている。アメフラシ(''Aplysia'')は神経細胞が大きいため神経細胞研究のモデル生物として利用されている。アメフラシのCPEB(ApCPEB)はシナプスの活性に依存してプリオン化状態に類似したオリゴマーを形成することがわかっており、オリゴマー形成が長期記憶の維持に重要であることがわかっている。ショウジョウバエにおけるCPEBの一つであるOrb2も同様のオリゴマーを形成し、オリゴマー形成が長期記憶の維持に重要であることがわかっている。これらのことから、神経細胞におけるCPEBのプリオン化状態に類似したオリゴマー形成が長期記憶の形成・維持に重要であることがわかり、プリオンが長期記憶の形成・維持という細胞機能の制御に重要であることを示している。  
プリオンの特徴<br>プリオンの特徴の一つにウイルスなどと同様に性質が異なる「株(strain)」が存在することがしられている。異なるプリオン株は病理変化、潜伏期間などで異なる性質を示す。プリオンにおける「株」の違いは原因となるPrP<sup>Sc</sup>の構造の違いによって引き起こされると考えられている。<br>また、プリオン感染には「種の壁(species barrier)」と呼ばれる現象が知られている。動物におけるプリオン病はすべてPrP<sup>Sc</sup>によって引き起こされると考えられているが、動物種を超えての感染はほとんど認められず、感染しても長い潜伏期間が必要となることが多い。しかし、ウシの狂牛病がヒトに感染し変異型CJDを引き起こすことが報告され、ウシのプリオンはウシとヒトとの種の壁を乗り越えることが明らかとなった。一方、ヒツジのスクレイピーはヒトには感染しないとされている。<br>他の生物におけるプリオン<br>菌類におけるプリオン<br>タンパク質のみからなる感染性因子(遺伝因子)としてのプリオンは、酵母やカビなどの菌類においても見出されており、精力的に研究が行われている。菌類におけるプリオンの発見は1994年にWicknerが出芽酵母(''Saccharomyces cerevisiae'')の[''URE3'']や[''PSI''<sup>+</sup>]といった細胞質性の遺伝因子がプリオンの要素を満たしており、それぞれUre2、Sup35タンパク質が構造変化を起こしたものが原因となっていることを発見した。その後、出芽酵母ではRnq1、Swi1、Cyc8などいくつかのプリオンとなるタンパク質(プリオン化タンパク質)が同定されている。また、分裂酵母のCinやタマホコリカビの[Het-s]などもプリオンであると考えられている。出芽酵母において発見されたプリオンタンパク質の特徴の一つとして、グルタミンとアスパラギンに富んだドメインを有しており、このドメインが構造変化に大きく寄与していると考えられている。また、出芽酵母では100を超えるタンパク質がそのようなドメインを有し、プリオン化する可能性が高いと考えられている。一方、動物のPrPタンパク質や[Het-s]の原因タンパク質であるHET-sはそのようなドメインを有していない。また、出芽酵母においてもそのようなドメインを有さないプリオン化タンパク質としてMod5が同定され、さらに多くのタンパク質がプリオン化する可能性があると考えられている。<br>出芽酵母は、モデル生物として広く利用されている生物であり、プリオン研究においても有用なモデル生物として利用されてきた。特に大腸菌から精製したプリオン化タンパク質を酵母内に導入することで酵母をプリオン化させる、タンパク質の凝集体の性質の違いによってプリオン株の違いが引き起こされる、などプリオン仮説を強く支持するような研究結果が出芽酵母において報告されている。<br>プリオン病を引き起こす動物のプリオンと違い、酵母プリオンは宿主細胞に対して毒性を示すことは少ない。むしろ酵母プリオンは宿主細胞に対して有益であることがあるのではないかという考え方が広がっている。実際、いくつかの酵母プリオンはストレス環境下への応答などに関与していることが示唆されている。また、自然界に存在する野生株酵母においてSup35などいくつかのタンパク質がプリオン化していることが発見され、酵母プリオンが宿主細胞に対して有益であるとの主張を支持している。一方で酵母プリオンも動物プリオンと同様に病気の状態であるという主張も存在している。<br>長期記憶におけるプリオン<br>ショウジョウバエやアメフラシの神経細胞におけるcytoplasmic polyadenylation element binding protein (CPEB)はプリオンのように振る舞うことによって、長期記憶の形成と維持に関わっていることがわかってきている。アメフラシ(''Aplysia'')は神経細胞が大きいため神経細胞研究のモデル生物として利用されている。アメフラシのCPEB(ApCPEB)はシナプスの活性に依存してプリオン化状態に類似したオリゴマーを形成することがわかっており、オリゴマー形成が長期記憶の維持に重要であることがわかっている。ショウジョウバエにおけるCPEBの一つであるOrb2も同様のオリゴマーを形成し、オリゴマー形成が長期記憶の維持に重要であることがわかっている。これらのことから、神経細胞におけるCPEBのプリオン化状態に類似したオリゴマー形成が長期記憶の形成・維持に重要であることがわかり、プリオンが長期記憶の形成・維持という細胞機能の制御に重要であることを示している。  
関連項目<br>神経変性疾患<br>アミロイドタンパク質<br>
参考文献<br><references />


参考文献<br><references />
 
(執筆者:鈴木元治郎、田中元雅 担当編集委員:高橋良輔)
33

回編集