「意識障害」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
98行目: 98行目:
=== 施錠症候群またはとじこめ症候群===  
=== 施錠症候群またはとじこめ症候群===  


 [[施錠症候群]]または[[とじこめ症候群]](“locked-in”syndrome)<ref>'''Posner JB and Plum F'''<br>Plum and Posner's diagnosis of stupor and coma<br>(1st E.D.), 1966</ref>とは、両側[[皮質脊髄路]]([[錐体路]])および下部[[脳神経]]の障害により[[被蓋]]を含まない腹側[[橋]]部および[[延髄]]が障害され[[四肢麻痺]](両側[[錐体路障害]])および[[無言]](両側下位[[皮質球路]]障害)をきたした状態である。原因としては、[[脳底動脈]]閉塞による橋梗塞が圧倒的に多いが、[[脳幹]]部[[wikipedia:ja:|腫瘍]]、[[脳炎]]、外傷等によっても起こりえる。意識の3要素を用いて説明すれば、覚醒軸は(図1のx軸)と意識内容(z軸;精神活動)がほぼ完全に保たれているにもかかわらず、運動反応(y軸)ほぼ完全に障害された状態といえる(図1)。
 [[施錠症候群]]または[[とじこめ症候群]](“locked-in”syndrome)<ref>'''Posner JB and Plum F'''<br>Plum and Posner's diagnosis of stupor and coma<br>(1st E.D.), 1966</ref>とは、両側[[皮質脊髄路]]([[錐体路]])および下部[[脳神経]]の障害により[[被蓋]]を含まない腹側[[橋]]部および[[延髄]]が障害され[[四肢麻痺]](両側[[錐体路障害]])および[[無言]](両側下位[[皮質球路]]障害)をきたした状態である。原因としては、[[脳底動脈]]閉塞による橋梗塞が圧倒的に多いが、[[脳幹]]部[[wikipedia:ja:腫瘍|腫瘍]]、[[脳炎]]、外傷等によっても起こりえる。意識の3要素を用いて説明すれば、覚醒軸は(図1のx軸)と意識内容(z軸;精神活動)がほぼ完全に保たれているにもかかわらず、運動反応(y軸)ほぼ完全に障害された状態といえる(図1)。


 随意に動かせる身体部位は[[眼球]]の上下運動と[[まばたき]]だけになるため意思疎通に著しく困難をきたすため医療現場では植物状態と混同されることがあるが、本症候群はあくまで運動障害であり、内的な意識はほぼ完全に保たれているところが植物状態あるいは最小意識状態と決定的に異なる。
 随意に動かせる身体部位は[[眼球]]の上下運動と[[まばたき]]だけになるため意思疎通に著しく困難をきたすため医療現場では植物状態と混同されることがあるが、本症候群はあくまで運動障害であり、内的な意識はほぼ完全に保たれているところが植物状態あるいは最小意識状態と決定的に異なる。
104行目: 104行目:
=== 無動性無言[症]===  
=== 無動性無言[症]===  


 その原著<ref>'''Cairns H et al.'''<br>Brain 84: 272, 1941</ref>によれば、脳腫瘍が拡大し第三脳室壁および前頭葉後部内腹側面を圧迫した際、患者が覚醒しているように見えるが、無言で、こわばり、動作がみられないという状態であったとされる。外科的減圧により改善し周囲への認識がみられたが無言無動状態の期間中の記憶はなかった。その後の研究から、内側底部前頭前野、前方帯状回、前大脳動脈支配領域の内側前頭前野、吻側基底核の病変で同様の症状が起こることが明らかとなった。原因としては、脳腫瘍の他、パーキンソン病、プリオン病などの変性疾患、クモ膜下出血なども報告されている。
 その原著<ref>'''Cairns H et al.'''<br>Brain 84: 272, 1941</ref>によれば、脳腫瘍が拡大し[[第三脳室]]壁および[[前頭葉]]後部内腹側面を圧迫した際、患者が覚醒しているように見えるが、無言で、こわばり、動作がみられないという状態であったとされる。外科的減圧により改善し周囲への認識がみられたが無言無動状態の期間中の記憶はなかった。その後の研究から、内側底部[[前頭前野]]、[[前方帯状回]]、[[前大脳動脈]]支配領域の内側前頭前野、吻側[[基底核]]の病変で同様の症状が起こることが明らかとなった。原因としては、脳腫瘍の他、[[パーキンソン病]]、[[プリオン病]]などの変性疾患、[[クモ膜下出血]]なども報告されている。


=== 失外套症候群 ===
=== 失外套症候群 ===
   
   
 「外套」とは大脳皮質を指しており、本症候群は大脳皮質の広範な損傷により意識内容が著しく低下し、全身は痙性ないし硬直性で合目的的な動作は皆無となる。原因の多くは低酸素脳症、脳炎等の後半な皮質障害である。意識障害の程度としては植物状態の原因疾患の一部に相当し、器質的障害部位(大脳皮質)を付加した用語といえる。
 「外套」とは[[大脳皮質]]を指しており、本症候群は大脳皮質の広範な損傷により意識内容が著しく低下し、全身は[[痙性]]ないし[[硬直性]]で合目的的な動作は皆無となる。原因の多くは[[低酸素脳症]]、脳炎等の後半な皮質障害である。意識障害の程度としては植物状態の原因疾患の一部に相当し、器質的障害部位(大脳皮質)を付加した用語といえる。


=== 通過症候群 ===  
=== 通過症候群 ===  


 通過症候群(transit syndrome)とは、大脳の器質的障害をうけた意識障害患者において、意識清明に回復する過程で呈する症候群であり、自発性喪失、感情不安定、健忘などが認められる可逆的な状態である。特定の病態を指すものでなく、混乱をきたしやすい概念のため近年あまり使用されなくなっている。
 [[通過症候群]](transit syndrome)とは、大脳の器質的障害をうけた意識障害患者において、意識清明に回復する過程で呈する症候群であり、[[自発性喪失]]、[[感情]]不安定、[[健忘]]などが認められる可逆的な状態である。特定の病態を指すものでなく、混乱をきたしやすい概念のため近年あまり使用されなくなっている。


== 脳死 ==
== 脳死 ==


 中枢神経系が不可逆的損傷を受け、大脳半球機能、脳幹機能のすべてが失われている状態を指す<ref><pubmed>12512174</pubmed></ref>(Schlotzhauer and Liang, 2002)。多くの国で「ヒトの死」とされているが、近年の人工呼吸器や昇圧剤などによる全身管理により心臓の拍動が維持されうるため、本邦では、「ヒトの死」の解釈を巡り社会的問題となっている。
 中枢神経系が不可逆的損傷を受け、大脳半球機能、脳幹機能のすべてが失われている状態を指す<ref><pubmed>12512174</pubmed></ref>(Schlotzhauer and Liang, 2002)。多くの国で「ヒトの死」とされているが、近年の[[wikipedia:ja:人工呼吸|人工呼吸]]器や[[wikipedia:ja:昇圧剤|昇圧剤]]などによる全身管理により心臓の拍動が維持されうるため、本邦では、「ヒトの死」の解釈を巡り社会的問題となっている。


 脳死(brain death)の判定は、竹内基準に基づいて6つの項目によって脳死判定が行われ、①深昏睡(JCS-300,GCS-3)、②自発呼吸消失、③瞳孔固定(瞳孔径は左右とも4mm以上)、④脳幹反射の消失(対光・角膜・網様体脊髄・眼球頭・前庭・咽頭・咳反対)、⑤平坦脳波(最低4導出で30分間)、⑥上記諸条件が満たされた後、6時間経過をみて変化がないことを確認する。
 脳死(brain death)の判定は、竹内基準に基づいて6つの項目によって脳死判定が行われ、
#深昏睡(JCS-300,GCS-3)
#[[自発呼吸]]消失
#[[wikipedia:ja:瞳孔|瞳孔]]固定(瞳孔径は左右とも4mm以上)
#[[脳幹反射]]の消失([[対光]]・[[角膜]]・[[網様体脊髄]]・[[眼球頭]]・[[前庭]]・[[咽頭]]・[[咳反射]])
#平坦[[脳波]](最低4導出で30分間)
#上記諸条件が満たされた後、6時間経過をみて変化がないことを確認する。


 この判定基準の適応は、①器質的脳障害による深昏睡および無呼吸症例、②原疾患が確実に診断され、それに対し現在行いうるすべての適切な治療をもってしても、回復の可能性が全くないと判断される症例、が前提条件となる。除外例、慎重適応例として、①小児(6歳未満)、②脳死と類似した状態になりうる症例(急性薬物中毒、低体温、代謝・内分泌障害など)があげられる。判定上の留意点として、①中枢神経抑制剤、筋弛緩剤などの影響を除外すること、②深部反射・皮膚表在反射、脊髄反射はあってもよい、③補助検査、たとえば脳幹誘発反応、CT、脳血管撮影、脳血流測定などは絶対必要なものでないことなどがあげられている。
 この判定基準の適応は、①器質的脳障害による深昏睡および無呼吸症例、②原疾患が確実に診断され、それに対し現在行いうるすべての適切な治療をもってしても、回復の可能性が全くないと判断される症例、が前提条件となる。除外例、慎重適応例として、①小児(6歳未満)、②脳死と類似した状態になりうる症例(急性薬物中毒、低体温、代謝・内分泌障害など)があげられる。判定上の留意点として、①中枢神経抑制剤、[[wikipedia:ja:筋弛緩剤|筋弛緩剤]]などの影響を除外すること、②[[深部反射]]・[[皮膚表在反射]]、[[脊髄反射]]はあってもよい、③補助検査、たとえば[[脳幹誘発反応]]、[[CT]]、[[脳血管撮影]]、[[脳血流測定]]などは絶対必要なものでないことなどがあげられている。


 脳死が社会的問題となる理由のひとつに、脳死患者からの臓器移植がある。本邦においては、1997年10月16日に臓器移植法が施行され、心臓停止後の腎臓と角膜の移植に加え、脳死からの心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓、小腸などの移植が法律上可能になったが、脳死での臓器提供には、本人の書面による生前の意思表示と家族の承諾が必要であった。しかし、2010年7月17日に改正臓器移植法が全面施行され、本人の意思が不明な場合も、家族の承諾があれば臓器提供できるようになり、15歳未満の方からの脳死下での臓器提供ができるようになった。生後12週未満の幼児については、法的脳死判定の対象から除外され、生後12週~6歳未満の小児については脳死判定の間隔を24時間以上としている。2012年6月には、本邦で最初の6歳未満の脳死患者からの臓器提供が行われた。
 脳死が社会的問題となる理由のひとつに、脳死患者からの[[wikipedia:ja:臓器移植|臓器移植]]がある。本邦においては、1997年10月16日に臓器移植法が施行され、心臓停止後の[[wikipedia:ja:腎臓|腎臓]]と[[wikipedia:ja:角膜|角膜]]の移植に加え、脳死からの[[wikipedia:ja:心臓|心臓]]、[[wikipedia:ja:肺|肺]]、[[wikipedia:ja:肝臓|肝臓]]、腎臓、[[wikipedia:ja:膵臓|膵臓]]、[[wikipedia:ja:小腸|小腸]]などの移植が法律上可能になったが、脳死での臓器提供には、本人の書面による生前の意思表示と家族の承諾が必要であった。しかし、2010年7月17日に改正臓器移植法が全面施行され、本人の意思が不明な場合も、家族の承諾があれば臓器提供できるようになり、15歳未満の方からの脳死下での臓器提供ができるようになった。生後12週未満の幼児については、法的脳死判定の対象から除外され、生後12週~6歳未満の小児については脳死判定の間隔を24時間以上としている。2012年6月には、本邦で最初の6歳未満の脳死患者からの臓器提供が行われた。


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==