「外傷後ストレス障害」の版間の差分

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 外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder:PTSD)は殺人、暴行、傷害、レイプなどの犯罪被害、交通事故、地震、津波などの自然災害、戦争やテロ、虐待、ドメスティックバイオレンスが契機となり起きる障害である。症状は再体験、回避・精神麻痺、過覚醒の3つの症状クラスターに大別される。再体験にはフラッシュバック、悪夢、想起刺激による身体生理反応など、回避・精神麻痺には記憶を想起させる場所、物事、状況への回避、感情麻痺など、過覚醒には睡眠障害、集中困難、物音などへの過敏反応などが含まれる。 症状評価は自記式質問紙法と構造化面接法があり、目的により使い分ける。治療は大きく薬物療法と心理療法に大別される。薬物治療では[[wikipedia:ja:選択的セロトニン再取り込阻害薬|選択的セロトニン再取り込阻害薬]] がランダム化比較試験の結果から第一選択薬として推奨されている。 心理療法ではトラウマ焦点化心理療法( PE療法など)やEMDRがランダム化比較試験で有効性が示されている。全米疫学調査では生涯有病率は男性5.0%、女性10.4%だった。トラウマ体験の違いによりPTSD発症率に差があること、PTSDに他の精神障害が合併しやすいことが知られている。病態メカニズムについて神経生理、神経内分泌、脳画像、遺伝子などの研究が行われている。恐怖の条件付けに関連した扁桃体、内側前頭前野と海馬を含むfear-circuitが症状発生メカニズムに関連した神経回路として想定されており、それを支持する脳画像研究結果が存在する。遺伝子研究においては現時点でPTSDに決定的な影響を与える遺伝子は同定されていない。   
 外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder:PTSD)は殺人、暴行、傷害、レイプなどの犯罪被害、交通事故、地震、津波などの自然災害、戦争やテロ、虐待、ドメスティックバイオレンスが契機となり起きる障害である。症状は再体験、回避・精神麻痺、過覚醒の3つの症状クラスターに大別される。再体験にはフラッシュバック、悪夢、想起刺激による身体生理反応など、回避・精神麻痺には記憶を想起させる場所、物事、状況への回避、感情麻痺など、過覚醒には睡眠障害、集中困難、物音などへの過敏反応などが含まれる。 症状評価は自記式質問紙法と構造化面接法があり、目的により使い分ける。治療は大きく薬物療法と心理療法に大別される。薬物治療では[[wikipedia:ja:選択的セロトニン再取り込阻害薬|選択的セロトニン再取り込阻害薬]] がランダム化比較試験の結果から第一選択薬として推奨されている。 心理療法ではトラウマ焦点化心理療法( PE療法など)やEMDRがランダム化比較試験で有効性が示されている。全米疫学調査では生涯有病率は男性5.0%、女性10.4%だった。トラウマ体験の違いによりPTSD発症率に差があること、PTSDに他の精神障害が合併しやすいことが知られている。病態メカニズムについて神経生理、神経内分泌、脳画像、遺伝子などの研究が行われている。恐怖の条件付けに関連した扁桃体、内側前頭前野と海馬を含むfear-circuitが症状発生メカニズムに関連した神経回路として想定されており、それを支持する脳画像研究結果が存在する。遺伝子研究においては現時点でPTSDに決定的な影響を与える遺伝子は同定されていない。   
 


==  PTSDとは   ==
==  PTSDとは   ==
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==== 抗うつ薬  ====
==== 抗うつ薬  ====
<pre>====抗うつ薬====</pre>  
<pre>====抗うつ薬====</pre>  
PTSDに対する薬物療法として、sertraline、paroxetine、fluoxetineといった[[wikipedia:ja:選択的セロトニン再取り込阻害薬|選択的セロトニン再取り込阻害薬]] (selective serotonine reuptake inhibitor:SSRI)が海外の複数のランダム化比較試験でPTSDの3つの中核症状(DSM-Ⅳ-TRの基準B,C,D)全てと抑うつなどの合併する精神症状に有効性が証明され、第一選択として推奨されている<ref name="ref1">'''Edna B.Foa, Terence M. Keane, Mattew J.Friedman, Judith A. Cohen'''<br>Effective Treatment for PTSD: Practice Guidelines from the International Society for Traumatic Stress Studies<br>''Guilford press'':2008</ref>。。また、[[wikipedia:ja:セロトニン・ノルアドレナリン再取り込阻害薬|セロトニン・ノルアドレナリン再取り込阻害薬]](serotonine norepinephrine reuptake inhibitor:SNRI)であるvenlafaxineも第一選択として推奨されているが、日本では厚生労働省に承認されていない薬剤である。三環系抗うつ薬であるimipramine、amitriptylineもRCTで効果が認められているが、SSRI、SNRIと比較して一般的に副作用の出現や忍容性が懸念される薬剤である。その他、mirtazapineは小規模のRCTで有効性が示され、trazodoneは小規模のオープン試験で有効性を示した研究報告がある。
PTSDに対する薬物療法として、sertraline、paroxetine、fluoxetineといった[[wikipedia:ja:選択的セロトニン再取り込阻害薬|選択的セロトニン再取り込阻害薬]] (selective serotonine reuptake inhibitor:SSRI)が海外の複数のランダム化比較試験でPTSDの3つの中核症状(DSM-Ⅳ-TRの基準B,C,D)全てと抑うつなどの合併する精神症状に有効性が証明され、第一選択として推奨されている<ref name="ref1">'''Edna B.Foa, Terence M. Keane, Mattew J.Friedman, Judith A. Cohen'''<br>Effective Treatment for PTSD: Practice Guidelines from the International Society for Traumatic Stress Studies<br>''Guilford press'':2008</ref>。また、[[wikipedia:ja:セロトニン・ノルアドレナリン再取り込阻害薬|セロトニン・ノルアドレナリン再取り込阻害薬]](serotonine norepinephrine reuptake inhibitor:SNRI)であるvenlafaxineも第一選択として推奨されている<ref name="ref1" />が、日本では厚生労働省に承認されていない薬剤である。三環系抗うつ薬であるimipramine、amitriptylineもRCTで効果が認められている<ref name="ref1" />が、SSRI、SNRIと比較して一般的に副作用の出現や忍容性が懸念される薬剤である。その他、mirtazapineは小規模のRCTで有効性が示され<ref name="ref1" />、trazodoneは小規模のオープン試験で有効性を示した研究報告がある<ref name="ref1" />。


米国ではparoxetineとsertralineがPTSD治療の薬剤として認可されているが、現在、日本でPTSD治療への適応を認可された薬剤はない。  
米国ではparoxetineとsertralineがPTSD治療の薬剤として認可されているが、現在、日本でPTSD治療への適応を認可された薬剤はない。  
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==== モノアミン酸化酵素阻害薬  ====
==== モノアミン酸化酵素阻害薬  ====
<pre>====MAOI(モノアミン酸化酵素阻害薬)====</pre>  
<pre>====MAOI(モノアミン酸化酵素阻害薬)====</pre>  
モノアミン酸化酵素阻害薬は食事制限などを厳密に遵守する必要がある薬剤で、phenelzineのBとD症状への効果が示されている。phenelzineは日本では厚生労働省に承認されていない。
モノアミン酸化酵素阻害薬は食事制限などを厳密に遵守する必要がある薬剤で、phenelzineのBとD症状への効果が示されている<ref name="ref1" />。phenelzineは日本では厚生労働省に承認されていない。


==== 抗アドレナリン作動薬  ====
==== 抗アドレナリン作動薬  ====
<pre>====抗アドレナリン作動薬====</pre>  
<pre>====抗アドレナリン作動薬====</pre>  
抗アドレナリン作動薬にはprazosin、propranolol、clonidine、guanfacineが含まれる。このうち、guanfacineは日本国内では2005年に製造が中止されている。これらの薬剤は一般的に安全性の高い薬剤であるが血圧の低下などの可能性に留意する必要がある。prazosinは不眠と悪夢への有効性が小規模のRCTで示されている。propranololは小児を対象とした試験で過覚醒と再体験への有効性が示されている。clonidineはオープン試験で解離症状に有効である可能性が報告されている。
抗アドレナリン作動薬にはprazosin、propranolol、clonidine、guanfacineが含まれる。このうち、guanfacineは日本国内では2005年に製造が中止されている。これらの薬剤は一般的に安全性の高い薬剤であるが血圧の低下などの可能性に留意する必要がある。prazosinは不眠と悪夢への有効性が小規模のRCTで示されている<ref name="ref1" />。propranololは小児を対象とした試験で過覚醒と再体験への有効性が示されている<ref name="ref1" />。clonidineはオープン試験で解離症状に有効である可能性が報告されている<ref name="ref1" />。


==== 非定型抗精神病薬  ====
==== 非定型抗精神病薬  ====
<pre>====非定型抗精神病薬====</pre>  
<pre>====非定型抗精神病薬====</pre>  
非定型抗精神病薬であるrisperidone、olanzapine、quetiapineはSSRIで症状が残存した時、治療抵抗性のPTSD患者への増強療法として複数の小規模なランダム化比較試験で有効性が報告されている。過覚醒、攻撃行動、妄想や精神病性の症状を呈するPTSD患者への効果も期待されている。
非定型抗精神病薬であるrisperidone、olanzapine、quetiapineはSSRIで症状が残存した時、治療抵抗性のPTSD患者への増強療法として複数の小規模なランダム化比較試験で有効性が報告されている<ref name="ref1" />。過覚醒、攻撃行動、妄想や精神病性の症状を呈するPTSD患者への効果も期待されている。


==== Benzodiazepine系薬  ====
==== Benzodiazepine系薬  ====
<pre>====Benzodiazepine系薬====</pre>  
<pre>====Benzodiazepine系薬====</pre>  
PTSDの中核症状への効果はないとされ、単独での治療は推奨されていない。
PTSDの中核症状への効果はないとされ、単独での治療は推奨されていない<ref name="ref1" />。


==== 抗けいれん薬(気分安定薬)  ====
==== 抗けいれん薬(気分安定薬)  ====
<pre>====抗けいれん薬(気分安定薬)====</pre>  
<pre>====抗けいれん薬(気分安定薬)====</pre>  
有効性に関して一致した結論には至らず、現時点では治療薬としては推奨されていない。&nbsp;&nbsp;  
有効性に関して一致した結論には至らず、現時点では治療薬としては推奨されていない<ref name="ref1" />。&nbsp;&nbsp;  


===  心理療法  ===
===  心理療法  ===
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=== &nbsp;&nbsp;神経生理学的知見  ===
=== &nbsp;&nbsp;神経生理学的知見  ===
<pre>===神経生理学的知見===</pre>  
<pre>===神経生理学的知見===</pre>  
[[Image:Tutsui file 3.jpg|right|579x347px|fear circuit]] PTSDの再体験、過覚醒症状は トラウマ体験に対する[[恐怖条件づけ]]とみなすと理解しやすく、曝露療法が有効であることも恐怖条件づけの消去現象と考えると理解しやすい。[[恐怖条件づけ]]を司る[[扁桃体]]と内側前頭前野との連絡についての解剖学的知見や内側前頭前野の破壊が恐怖の消去を阻害することを示した動物実験からの知見などが集積され、現在は[[扁桃体]]、内側前頭前野、[[海馬]]などを含んだ神経回路(fear-circuit)モデルが想定されている(図2)。神経回路モデルに関して形態学的な研究も行われている。PTSDと診断された者の[[海馬]]体積に差は認めないする報告<ref><pubmed>11481158</ref>もあるが、CAPS>65の重症PTSD患者の一卵性の同胞における海馬が小さいことが示され、海馬体積はPTSDの病態に影響を与えている脆弱因子である可能性が示唆されている<ref><pubmed>12379862</ref>。また、同様の一卵性双生児の研究で、PTSDの影響によるpregenual anterior cingulate cortexの体積減少の可能性も示唆されている<ref><pubmed>17825801</ref>。<br>    
[[Image:Tutsui file 3.jpg|right|579x347px|fear circuit]] PTSDの再体験、過覚醒症状は トラウマ体験に対する[[恐怖条件づけ]]とみなすと理解しやすく、曝露療法が有効であることも恐怖条件づけの消去現象と考えると理解しやすい。[[恐怖条件づけ]]を司る[[扁桃体]]と内側前頭前野との連絡についての解剖学的知見や内側前頭前野の破壊が恐怖の消去を阻害することを示した動物実験からの知見などが集積され、現在は[[扁桃体]]、内側前頭前野、[[海馬]]などを含んだ神経回路(fear-circuit)モデルが想定されている(図2)。神経回路モデルに関して形態学的な研究も行われている。PTSDと診断された者と診断されていない者の[[海馬]]体積に差は認めないする報告<ref><pubmed>11481158</ref>もあるが、CAPS>65の重症PTSD患者の一卵性の同胞における海馬が小さいことが示され、海馬体積はPTSDの病態に影響を与えている脆弱因子である可能性が示唆されている<ref><pubmed>12379862</ref>。また、同様の一卵性双生児の研究で、PTSDの影響によるpregenual anterior cingulate cortexの体積減少の可能性も示唆されている<ref><pubmed>17825801</ref>。<br>    


  その他、PTSDがストレス反応であるとの観点からストレスホルモンについての研究がなされている。24時間血漿コルチゾール値で夜間と早朝のベースラインレベルがうつ病患者や健常対照群と比較して有意に低く、視床下部-下垂体-副腎皮質系機能(hypothalamic-pituitary-adrenal:HPA系)の調節異常が示唆されている。また、デキサメタゾン試験によるコルチゾール分泌の過剰抑制、リンパ球グルココルチコイド受容体の数の増加と感受性亢進と視床下部におけるコルチコトロピン放出因子の分泌亢進が示唆されている。  
  その他、PTSDがストレス反応であるとの観点からストレスホルモンについての研究がなされている。24時間血漿コルチゾール値で夜間と早朝のベースラインレベルがうつ病患者や健常対照群と比較して有意に低く、視床下部-下垂体-副腎皮質系機能(hypothalamic-pituitary-adrenal:HPA系)の調節異常が示唆されている。また、デキサメタゾン試験によるコルチゾール分泌の過剰抑制、リンパ球グルココルチコイド受容体の数の増加と感受性亢進と視床下部におけるコルチコトロピン放出因子の分泌亢進が示唆されている。  
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