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英:metacognition
英:metacognition


 自己の認知活動(知覚、情動、記憶、思考など)を客観的に捉え評価した上で制御することである。「認知を認知する」 (cognition about cognition) 、あるいは「知っていることを知っている」(knowing about knowing) ことを意味する<ref name=ref1>''' J Metcalfe, A P Shimamura '''<br>Metacognition: knowing about knowing.<br>''Cambridge, MA: MIT Press. ''1994</ref>。またそれを行う心理的な能力をメタ認知能力という。  
 自己の認知活動([[知覚]]、[[情動]]、[[記憶]]、[[思考]]など)を客観的に捉え評価した上で制御することである。「認知を認知する」 (cognition about cognition) 、あるいは「知っていることを知っている」(knowing about knowing) ことを意味する<ref name=ref1>''' J Metcalfe, A P Shimamura '''<br>Metacognition: knowing about knowing.<br>''Cambridge, MA: MIT Press. ''1994</ref>。またそれを行う心理的な能力をメタ認知能力という。  


 メタ認知は様々な形でみられ、学習や問題解決場面でいつどのような方略を用いるかといった知識や判断も含まれる<ref name=ref1 />。現在では多くの教育現場でメタ認知能力の育成は重要な課題となっている。またメタ記憶とは自己の記憶や記憶過程に対する客観的な認知であり、メタ認知の重要な要素のひとつである<ref name=ref2>''' J Dunlosky, R A Bjork'''<br>Handbook of Metamemory and Memory.<br>''Cambridge, Psychology Press: New York. ''2008</ref>。  
 メタ認知は様々な形でみられ、学習や問題解決場面でいつどのような方略を用いるかといった知識や判断も含まれる<ref name=ref1 />。現在では多くの教育現場でメタ認知能力の育成は重要な課題となっている。またメタ記憶とは自己の記憶や記憶過程に対する客観的な認知であり、メタ認知の重要な要素のひとつである<ref name=ref2>''' J Dunlosky, R A Bjork'''<br>Handbook of Metamemory and Memory.<br>''Cambridge, Psychology Press: New York. ''2008</ref>。  


 文化研究により、メタ認知の事例は異文化間で共通してみられることがわかっている。これは、メタ認知が人間社会における生活あるいは生存にとって普遍的に有用な能力であることを示唆している<ref>''' C D Güss, B Wiley '''<br>Metacognition of Problem-Solving Strategies in Brazil, India, and the United States.<br>''Journal of cognition and culture. ''2007, 7(1);1-25</ref>。
 文化研究により、メタ認知の事例は異文化間で共通してみられることがわかっている。これは、メタ認知が人間社会における生活あるいは生存にとって普遍的に有用な能力であることを示唆している<ref>''' C D Güss, B Wiley '''<br>Metacognition of Problem-Solving Strategies in Brazil, India, and the United States.<br>''Journal of cognition and culture. ''2007, 7(1);1-25</ref>。
こうしたメタ認知能力に関する最初の記述は、ギリシャの哲学者アリストテレス (Aristotle) の著作De AnimaとParva Naturaliaまで遡る。
こうしたメタ認知能力に関する最初の記述は、[[wikipedia:ja:ギリシャ|ギリシャ]]の哲学者[[wikipedia:ja:アリストテレス|アリストテレス]] (Aristotle) の著作[[wikipedia:ja:霊魂論|De Anima]]と[[wikipedia:Parva Naturalia|Parva Naturalia]]まで遡る。


==メタ認知とは==
==メタ認知とは==
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 メタ認知は、思考のさまざまなプロセスにおいて重要な役割を果たす。
 メタ認知は、思考のさまざまなプロセスにおいて重要な役割を果たす。


 学習場面においては、学習課題にアプローチする方法の計画やモニタリングした認知活動に関する理解、課題遂行状況の評価、課題遂行に関する動機づけなどが、メタ認知的な特徴を持つスキルである。メタ認知は学習の成功を左右するため、教育の場では学生と教師の両者がメタ認知的スキルを身につけることが重要である。広範なメタ認知的スキルを発揮することで、試験や仕事における成績や効率が格段にあがる。そうした自律的な学習者は、適切な「道具」を用いて学習の方略とスキルを修正し、学習の効率を高めることができる。さらにメタ認知に優れれば、学習の障壁を事前に察知し対処したり、学習の方略とスキルを変更したりすることで目標を達成することができる。
 [[学習]]場面においては、学習課題にアプローチする方法の計画やモニタリングした認知活動に関する理解、課題遂行状況の評価、課題遂行に関する動機づけなどが、メタ認知的な特徴を持つスキルである。メタ認知は学習の成功を左右するため、教育の場では学生と教師の両者がメタ認知的スキルを身につけることが重要である。広範なメタ認知的スキルを発揮することで、試験や仕事における成績や効率が格段にあがる。そうした自律的な学習者は、適切な「道具」を用いて学習の方略とスキルを修正し、学習の効率を高めることができる。さらにメタ認知に優れれば、学習の障壁を事前に察知し対処したり、学習の方略とスキルを変更したりすることで目標を達成することができる。


 意思決定に関するメタ認知的知識と意思決定の間には、強い関連があることが示唆されている<ref><pubmed>1744255</pubmed></ref>。また、思考活動に注意を向け意識化することは、認知能力に大きく影響する。したがって、メタ認知は、さまざまな状況において優れた意思決定を下すために必要な能力であると言える。
 意思決定に関するメタ認知的知識と意思決定の間には、強い関連があることが示唆されている<ref><pubmed>1744255</pubmed></ref>。また、思考活動に注意を向け意識化することは、認知能力に大きく影響する。したがって、メタ認知は、さまざまな状況において優れた意思決定を下すために必要な能力であると言える。


 問題解決においては自分の理解の状況をモニターすることが必要である。Metcalfeは、問題解決の場面で「なんとなくできそうな感じ」を「もう少しでわかりそうな感じ(Feeling of Warmth:FOW)」とよび、FOWで推定されるメタ認知の機構が記憶検索の過程とは独立である可能性を示した<ref>''' J Metcalfe '''<br>Premonitions of insight predict impending error. <br>''Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory and Cognition. ''1986, 12;623-634</ref>。
 問題解決においては自分の理解の状況をモニターすることが必要である。Metcalfeは、問題解決の場面で「[[なんとなくできそうな感じ]]」を「[[もう少しでわかりそうな感じ]](Feeling of Warmth:FOW)」とよび、FOWで推定されるメタ認知の機構が記憶検索の過程とは独立である可能性を示した<ref>''' J Metcalfe '''<br>Premonitions of insight predict impending error. <br>''Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory and Cognition. ''1986, 12;623-634</ref>。


== '''メタ認知能力の発達'''  ==
== '''メタ認知能力の発達'''  ==


 メタ認知能力と言語能力との結びつきは強く、言語能力が未発達である新生児、乳児にはメタ認知能力は備わっていないと考えられてきた。メタ認知能力の発達は行動主体としての自己に気付くことから始まり、5、6歳頃から周囲の状況と自己の能力を考慮して起こりうる事態を予測するなど、いくつかのメタ認知的機能について成人と同様の能力が有されていることがわかっている<ref>''' J H Fravell '''<br>Metacognition and cognitive monitoring: A new area of cognitive-developmental inquiry. <br>''The American psychologist. ''1979, 34(10);906-911</ref><ref>''' K Lockl, W Schneider '''<br>Precursors of metamemory in young children: the role of theory of mind and metacognitive vocabulary. <br>''Metacognition and learning. ''2006, 1(1);15-31</ref><ref><pubmed> 17328698  </pubmed></ref>。<br>  
 メタ認知能力と言語能力との結びつきは強く、[[言語能力]]が未発達である[[wikipedia:ja:新生児|新生児]]、[[wikipedia:ja:乳児|乳児]]にはメタ認知能力は備わっていないと考えられてきた。メタ認知能力の発達は行動主体としての自己に気付くことから始まり、5、6歳頃から周囲の状況と自己の能力を考慮して起こりうる事態を予測するなど、いくつかのメタ認知的機能について成人と同様の能力が有されていることがわかっている<ref>''' J H Fravell '''<br>Metacognition and cognitive monitoring: A new area of cognitive-developmental inquiry. <br>''The American psychologist. ''1979, 34(10);906-911</ref><ref>''' K Lockl, W Schneider '''<br>Precursors of metamemory in young children: the role of theory of mind and metacognitive vocabulary. <br>''Metacognition and learning. ''2006, 1(1);15-31</ref><ref><pubmed> 17328698  </pubmed></ref>。<br>  


== '''動物におけるメタ認知能力'''  ==
== '''動物におけるメタ認知能力'''  ==


 メタ認知はヒトに特有の能力で、それゆえヒトの定義のひとつであると考えられてきた。しかし近年、マカクザルや類人猿<ref><pubmed> 19242741  </pubmed></ref><ref><pubmed>  20836592 </pubmed></ref>、イルカ<ref name=ref5><pubmed>  19726218 </pubmed></ref>などが、自己の記憶知識に対する「確信度」「確かさ」の認識を持ち合わせていること、また不確実要素についてモニタリングを行っていることを示す知見が得られている。一方、鳥類にはこれまでメタ認知能力は認められていない<ref name=ref5 />。2007年の研究でラットのメタ認知能力が報告されているが、さらなる分析ではラットは単にオペラント条件付けの法則に従ったとも考えられている<ref><pubmed>  17346969 </pubmed></ref>。<br>  
 メタ認知は[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]に特有の能力で、それゆえヒトの定義のひとつであると考えられてきた。しかし近年、[[wikipedia:ja:マカクザル|マカクザル]]や[[wikipedia:ja:類人猿|類人猿]]<ref><pubmed> 19242741  </pubmed></ref><ref><pubmed>  20836592 </pubmed></ref>、[[wikipedia:ja:イルカ|イルカ]]<ref name=ref5><pubmed>  19726218 </pubmed></ref>などが、自己の記憶知識に対する「確信度」「確かさ」の認識を持ち合わせていること、また不確実要素についてモニタリングを行っていることを示す知見が得られている。一方、[[wikipedia:ja:鳥類|鳥類]]にはこれまでメタ認知能力は認められていない<ref name=ref5 />。2007年の研究で[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]のメタ認知能力が報告されているが、さらなる分析ではラットは単に[[オペラント条件付け]]の法則に従ったとも考えられている<ref><pubmed>  17346969 </pubmed></ref>。<br>  


== '''神経基盤'''  ==
== '''神経基盤'''  ==


 脳損傷患者の症例研究では、前頭前野 (prefrontal cortex) がメタ記憶あるいはメタレベルの認知過程と深く関わっていることが示唆されている<ref name=ref2 />。課題遂行時とそれに関する二次的(メタ認知的)行動時の神経活動、あるいは人間以外の動物では個々の細胞の電気的活動を独立に記録する手法も取り入れられている。しかし、それらの手法ではメタ認知的過程に関する神経表現と行動そのものに関する神経表現の切り分けが課題となっている<ref><pubmed> 22492751  </pubmed></ref>。<br>  
 脳損傷患者の症例研究では、[[前頭前野]] (prefrontal cortex) がメタ記憶あるいはメタレベルの認知過程と深く関わっていることが示唆されている<ref name=ref2 />。課題遂行時とそれに関する二次的(メタ認知的)行動時の神経活動、あるいは人間以外の動物では個々の細胞の電気的活動を独立に記録する手法も取り入れられている。しかし、それらの手法ではメタ認知的過程に関する神経表現と行動そのものに関する神経表現の切り分けが課題となっている<ref><pubmed> 22492751  </pubmed></ref>。<br>  


 神経精神病の症例研究において、自身の病状のある面に関する洞察と他の面に関する洞察が全く結び付かないケースがある。また統合失調症患者のfMRI研究では、統合失調症の患者では健常者と異なり、自省時に前内側前頭前野(anterior medial prefrontal cortex)の活動がみられないことが報告されており、内側前頭前野とメタ認知の関連が指摘されている<ref><pubmed> 22492746  </pubmed></ref>。  
 神経精神病の症例研究において、自身の病状のある面に関する洞察と他の面に関する洞察が全く結び付かないケースがある。また[[統合失調症]]患者の[[fMRI研究]]では、統合失調症の患者では健常者と異なり、自省時に[[前内側前頭前野]](anterior medial prefrontal cortex)の活動がみられないことが報告されており、内側前頭前野とメタ認知の関連が指摘されている<ref><pubmed> 22492746  </pubmed></ref>。  


== '''各分野におけるメタ認知研究'''  ==
== '''各分野におけるメタ認知研究'''  ==
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 発達心理学、教育心理学の分野では、主に子供の課題遂行能力や学習能力の向上という視点から研究が行われてきた。ピアジェ (Piaget) を中心とする自己制御 (self-regulation) 研究では、人間は「能動的に」調整あるいは学習すると考えられてきた<ref name=ref7>''' H Otani, Robert L Wilner JR. '''<br>Metacognition: New Issues and Approaches Guest Editor's Introduction. <br>''The Journal of General Psychology. ''2005, 132(4);329-334</ref>。また レフ・ヴィゴツキー(Vygotsky) は、発達を言葉の発達という観点からメタ認知をみた。ヴィゴツキーの理論では、子供はまず他者に対して言葉を使う(外言)が、成長に従って自らの思考や行動を内言によって調整できることを示し、この外言から内言への移行こそが自らの思考への気づきの表れであるとした。<br>  
 発達心理学、教育心理学の分野では、主に子供の課題遂行能力や学習能力の向上という視点から研究が行われてきた。ピアジェ (Piaget) を中心とする自己制御 (self-regulation) 研究では、人間は「能動的に」調整あるいは学習すると考えられてきた<ref name=ref7>''' H Otani, Robert L Wilner JR. '''<br>Metacognition: New Issues and Approaches Guest Editor's Introduction. <br>''The Journal of General Psychology. ''2005, 132(4);329-334</ref>。また レフ・ヴィゴツキー(Vygotsky) は、発達を言葉の発達という観点からメタ認知をみた。ヴィゴツキーの理論では、子供はまず他者に対して言葉を使う(外言)が、成長に従って自らの思考や行動を内言によって調整できることを示し、この外言から内言への移行こそが自らの思考への気づきの表れであるとした。<br>  


 メタ認知は自らの思考への気づきであることから、心理療法にも利用されている。認知療法は、情緒障害を思考の障害として認識し、それを修正することにより改善をはかるものである。<br>  
 メタ認知は自らの思考への気づきであることから、[[心理療法]]にも利用されている。[[認知療法]]は、情緒障害を思考の障害として認識し、それを修正することにより改善をはかるものである。<br>  


 実験心理学ではモニタリング(自身の記憶に関する判断)と制御(判断を行動に結びつける)の間のメタ認知の質的な違いに注目した研究が多い。認知神経科学においてメタ認知的なモニタリングと制御は、他の皮質領野からの入力やフィードバックを受けた前頭前野における機能と考えられている。人工知能<ref>''' M T Cox'''<br>Metacognition in computation: A selected research review.<br>''Artificial Intelligence. ''2005, 169(2);104-141</ref>やモデリングの分野においても、メタ認知研究が行われている。<br>  
 実験心理学では[[モニタリング]](自身の記憶に関する判断)と[[制御]](判断を行動に結びつける)の間のメタ認知の質的な違いに注目した研究が多い。認知神経科学においてメタ認知的なモニタリングと制御は、他の皮質領野からの入力やフィードバックを受けた前頭前野における機能と考えられている。[[wikipedia:ja:人工知能|人工知能]]<ref>''' M T Cox'''<br>Metacognition in computation: A selected research review.<br>''Artificial Intelligence. ''2005, 169(2);104-141</ref>やモデリングの分野においても、メタ認知研究が行われている。<br>  


== '''関連項目'''  ==
== '''関連項目'''  ==