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<font size="+1">関谷 敦志、[http://researchmap.jp/yfukata 深田 優子]、[http://researchmap.jp/masakifukata 深田 正紀]</font><br> | |||
''生理学研究所''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年1月16日 原稿完成日:2012年1月25日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター) | |||
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タンパク質のミリストイル化はN末端[[wikipedia:ja:グリシン|グリシン]]に14炭素鎖飽和[[wikipedia:ja:脂肪酸|脂肪酸]]である[[wikipedia:ja:ミリスチン酸|ミリスチン酸]]が[[wikipedia:ja:アミド結合|アミド結合]]により付加する不可逆的な脂質修飾である(''N''-ミリストイル化)。典型的には''N''-ミリストイル化は''N''-ミリストイルトランスフェラーゼ(NMT)により翻訳と並行して修飾が起こる『共翻訳修飾』としておこなわれる。''N''-ミリストイル化によりタンパク質の[[wikipedia:ja:疎水性|疎水性]]が上昇し、[[ | 英:myristoylation 独:Myristoylierung 仏:Myristoylation | ||
{{box|text= | |||
タンパク質のミリストイル化はN末端[[wikipedia:ja:グリシン|グリシン]]に14炭素鎖飽和[[wikipedia:ja:脂肪酸|脂肪酸]]である[[wikipedia:ja:ミリスチン酸|ミリスチン酸]]が[[wikipedia:ja:アミド結合|アミド結合]]により付加する不可逆的な脂質修飾である(''N''-ミリストイル化)。典型的には''N''-ミリストイル化は''N''-ミリストイルトランスフェラーゼ(NMT)により翻訳と並行して修飾が起こる『共翻訳修飾』としておこなわれる。''N''-ミリストイル化によりタンパク質の[[wikipedia:ja:疎水性|疎水性]]が上昇し、[[細胞膜]]への親和性が向上する。その結果、''N''-ミリストイル化はタンパク質の輸送、タンパク質-[[wikipedia:ja:脂質|脂質]]相互作用、タンパク質-タンパク質相互作用において重要な役割を果たす。[[チロシンリン酸化#.E9.9D.9E.E5.8F.97.E5.AE.B9.E4.BD.93.E5.9E.8B.E3.83.81.E3.83.AD.E3.82.B7.E3.83.B3.E3.82.AD.E3.83.8A.E3.83.BC.E3.82.BC|Srcキナーゼ]]ファミリーや[[三量体GTP結合タンパク質]](Gタンパク質)αサブユニットなどのシグナル伝達タンパク質の多くが''N''-ミリストイル化を受けることが知られており、細胞の外界環境への適応や[[wikipedia:ja:恒常性|恒常性]]維持に重要であるとともに、ミリストイル化機構の異常は[[wikipedia:ja:悪性腫瘍|癌]]や神経疾患、[[wikipedia:ja:感染症|感染症]]など多岐にわたる病理現象の原因としても注目されている。近年、[[アポトーシス]]の際に[[カスパーゼ]]により切断され露出したN末端グリシンに対しても''N''-ミリストイル化が進行することが明らかになり、[[翻訳後修飾]]としての''N''-ミリストイル化も盛んに研究が進められている。 | |||
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== タンパク質の脂質修飾 == | == タンパク質の脂質修飾 == | ||
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== 歴史 == | == 歴史 == | ||
''N''-ミリストイル化は1980年代) [[wikipedia:ja:エドマン分解|エドマン分解]]によるタンパク質の配列解析が盛んにおこなわれる中、[[cAMP依存タンパク質キナーゼ]](cyclic AMP-dependent protein kinase)触媒サブユニット、および[[カルシニューリン]]B(calcineurin B)のエドマン分解を阻害する因子として存在が明らかになり、[[質量分析]]から構造が同定された<ref><pubmed>6959104</pubmed></ref><ref><pubmed>7160476</pubmed></ref> | ''N''-ミリストイル化は1980年代) [[wikipedia:ja:エドマン分解|エドマン分解]]によるタンパク質の配列解析が盛んにおこなわれる中、[[cAMP依存タンパク質キナーゼ]](cyclic AMP-dependent protein kinase)触媒サブユニット、および[[カルシニューリン]]B(calcineurin B)のエドマン分解を阻害する因子として存在が明らかになり、[[質量分析]]から構造が同定された<ref><pubmed>6959104</pubmed></ref><ref><pubmed>7160476</pubmed></ref>。 | ||
この発見を皮切りに[[wikipedia:ja:シグナル伝達|シグナル伝達]]タンパク質、[[カルシウム]]結合タンパク質、膜関連タンパク質、[[wikipedia:ja:ウイルス|ウイルス]]構成タンパク質になど幅広く見出されている。1987年に''N''-ミリストイル化酵素が同定され、基質特異性、反応機構の解析が進められた<ref name=Towler><pubmed>3100524</pubmed></ref>。当初は『共翻訳時修飾(co-translational modification)』として研究が進められたが、2000年にアポトーシス促進タンパク質であるBID(BH3 interacting domain death agonist)がカスパーゼ-8(caspase-8)による部分分解後に『翻訳後修飾(post-translational modification)』として''N''-ミリストイル化を受けることが明らかになり<ref><pubmed>11099414</pubmed></ref>、その後続々とアポトーシス関連タンパク質が''N''-ミリストイル化タンパク質として同定された。 | |||
== 構造 == | == 構造 == | ||
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| セリン/スレオニンキナーゼ | | セリン/スレオニンキナーゼ | ||
| | | cAMP依存性タンパク質リン酸化酵素, AKAP18 | ||
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| | | [[ホスファターゼ]] | ||
| | | [[カルシニューリン]]B | ||
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| rowspan="2" | ''' | | rowspan="2" | '''GTP結合タンパク質''' | ||
| | | 三量体GTP結合タンパク質Gαサブユニット | ||
| Gαi1, Gαo, Gαt, Gαx | | Gαi1, Gαo, Gαt, Gαx | ||
|- | |- | ||
| ADPリボシル化因子 | | [[ADPリボシル化因子]] | ||
| Arf-1, Arf-3, Arf-5, Arf-6 | | Arf-1, Arf-3, Arf-5, Arf-6 | ||
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| '''Ca<sup>2+</sup>結合/ | | '''Ca<sup>2+</sup>結合/[[EFハンドタンパク質]]''' | ||
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| リカバリン, ニューロカルシン, アプリカルシン, P22, NAP-22,ヒッポカルシン, guanylyl cyclase activating protein 1 (GCAP1), GCAP2, S-モデュリン, Rem-1 | | [[リカバリン]], [[ニューロカルシン]], [[アプリカルシン]], [[Calcium binding protein P22]], [[NAP-22]], [[ヒッポカルシン]], [[guanylyl cyclase activating protein]] 1 (GCAP1), GCAP2, [[S-モデュリン]], [[Rem-1]] | ||
|- | |- | ||
| '''細胞膜/ | | '''細胞膜/細胞骨格結合タンパク質''' | ||
| | | | ||
| MARCKS, | | MARCKS,[[アネキシン]]XIII, [[ラプシン]], [[パリディン]], [[ヒサクトフィリン]]2 | ||
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| rowspan="2" |'''ウイルスタンパク質''' | | rowspan="2" |'''ウイルスタンパク質''' | ||
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| 内皮型一酸化窒素合成酵素 | | 内皮型一酸化窒素合成酵素 | ||
|- | |- | ||
| ''' | | '''[[カスパーゼ]]により、翻訳後''N''-ミリストイル化を受けるタンパク質''' | ||
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| β-アクチン, BID, ゲルゾリン, | | β-[[アクチン]], BID, [[ゲルゾリン]], [[p21活性化キナーゼ]]2 (PAK2), p28 B-cell receptor-associated protein 31 (Bap31), cytoplasmic dynein-intermediate chain 2A (CD-IC2A), germ-cell loss (GCL), Mammalian STE20-like protein kinase 3 (MST3), [[PKC]]ε | ||
|} | |} | ||
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[[Image:Myristoylation Fig3.png|thumb|400px|'''図3 N-ミリストイル化タンパク質の膜結合機構''']] 多くの''N''-ミリストイル化タンパク質はミリスチン酸付加により、疎水性が上昇し、細胞膜への親和性が向上する(図3)。しかしながら、膜表面にタンパク質を安定に繋ぎとめるためにはミリスチン酸の効果だけでは充分ではない(図3①)。多くの場合、安定な膜結合性を獲得するための第2の機構を有しており、これらが不可逆的修飾である''N''-ミリストイル化タンパク質の可逆的な細胞膜-細胞質間輸送を可能にしている。主に『ミリストイル化+パルミトイル化』と『ミリストイル化+ポリ塩基性クラスター』の2つの機構からなる。 | [[Image:Myristoylation Fig3.png|thumb|400px|'''図3 N-ミリストイル化タンパク質の膜結合機構''']] 多くの''N''-ミリストイル化タンパク質はミリスチン酸付加により、疎水性が上昇し、細胞膜への親和性が向上する(図3)。しかしながら、膜表面にタンパク質を安定に繋ぎとめるためにはミリスチン酸の効果だけでは充分ではない(図3①)。多くの場合、安定な膜結合性を獲得するための第2の機構を有しており、これらが不可逆的修飾である''N''-ミリストイル化タンパク質の可逆的な細胞膜-細胞質間輸送を可能にしている。主に『ミリストイル化+パルミトイル化』と『ミリストイル化+ポリ塩基性クラスター』の2つの機構からなる。 | ||
前者は細胞質において、もうひとつの主要な脂肪酸アシル化修飾である''S''-パルミトイル化を受けるもので、二重の脂質修飾(dual acylation)により疎水性が著しく向上し細胞膜へと輸送される。この場合には、まず''N''-ミリストイル化がおこり、その後近傍のシステイン残基が''S''-パルミトイル化を受ける(パルミトイル化の項を参照)。不可逆的な''N''-ミリストイル化に対して、''S''-パルミトイル化は酵素依存的なダイナミックの修飾サイクルを有し、[[パルミトイル化#.E3.83.91.E3.83.AB.E3.83.9F.E3.83.88.E3.82.A4.E3.83.AB.E5.8C.96. | 前者は細胞質において、もうひとつの主要な脂肪酸アシル化修飾である''S''-パルミトイル化を受けるもので、二重の脂質修飾(dual acylation)により疎水性が著しく向上し細胞膜へと輸送される。この場合には、まず''N''-ミリストイル化がおこり、その後近傍のシステイン残基が''S''-パルミトイル化を受ける(パルミトイル化の項を参照)。不可逆的な''N''-ミリストイル化に対して、''S''-パルミトイル化は酵素依存的なダイナミックの修飾サイクルを有し、[[パルミトイル化#S-.E3.83.91.E3.83.AB.E3.83.9F.E3.83.88.E3.82.A4.E3.83.AB.E5.8C.96.E9.85.B5.E7.B4.A0.E3.81.AE.E7.99.BA.E8.A6.8B.E3.81.A8.E3.81.9D.E3.81.AE.E5.8F.8D.E5.BF.9C.E6.A9.9F.E6.A7.8B|DHHCファミリー''S''-パルミトイルアシル転移酵素]](PAT; palmitoyl acyl transferase)によるパルミチン酸の付加(②)と[[wikipedia:Palmitoyl protein thioesterase|タンパク質パルミトイルチオエステラーゼ]](PPT; protein palmitoyl thioesterase) による脱パルミトイル化からなる(③)。ミリストイル化タンパク質は''S''-パルミトイル化サイクルを利用して可逆的な細胞質-細胞膜サイクルを獲得しているのである。また、多くの場合''S''-パルミトイル化タンパク質は[[脂質ラフト]]/[[カベオラ]]へ輸送されることが示唆されており、機能性膜ドメイン形成に重要な役割を果たしていると考えられている。詳しくはパルミトイル化の項を参照されたい。二重脂質修飾を受けるタンパク質の例として[[チロシンリン酸化#.E9.9D.9E.E5.8F.97.E5.AE.B9.E4.BD.93.E5.9E.8B.E3.83.81.E3.83.AD.E3.82.B7.E3.83.B3.E3.82.AD.E3.83.8A.E3.83.BC.E3.82.BC|Srcファミリータンパク質]](Yes、Fyn、Lyn、Lck、Hcr、Fgr、Yrk)や[[三量体型GTP結合タンパク質|Gαサブユニット]](Gα<sub>i1</sub>、Gα<sub>o</sub>、Gα<sub>z</sub>など)、[[内皮型一酸化窒素合成酵素]](eNOS、endothelial nitric oxide synthase)などが挙げられる。 | ||
後者の『ミリストイル化+ポリ塩基性アミノ酸クラスター』はミリストイル化タンパク質自体がもつ物理化学的特徴を利用した機構で、ミリストイル化タンパク質の塩基性アミノ酸クラスターと細胞膜の酸性[[wikipedia:ja:リン脂質|リン脂質]]([[wikipedia:Phosphatidylserine|ホスファチジルセリン]]、[[ホスファチジルイノシトール]]など)の間の電荷的相互作用により膜への親和性を向上させている(④)。Srcが代表例である。膜からの脱離にはいくつかのパターンが報告されているが、リガンド結合によるコンフォーメーション変化によりミリストイル基がタンパク質内部に埋め込まれる機構(⑤)や、タンパク質キナーゼによるリン酸基の負電荷による斥力による機構(⑥)があり、「ミリストイルスイッチ」と呼ばれる。リガンド結合型のスイッチには、カルシウムセンサータンパク質[[wikipedia:Recoverin|レコヴェリン]](recoverin)-カルシウムイオン相互作用がよく知られている。リン酸化型スイッチでは、[[wikipedia:MARCKS|MARCKS]](myristoylated alanine-rich C kinase substrate)が代表例として知られている。興味深いことにSrcはその塩基性アミノ酸モチーフと細胞膜リン脂質との相互作用が強いため、モノリン酸化のみでは膜から脱離しないことが明らかになっている<ref><pubmed>9485361</pubmed></ref>。 | 後者の『ミリストイル化+ポリ塩基性アミノ酸クラスター』はミリストイル化タンパク質自体がもつ物理化学的特徴を利用した機構で、ミリストイル化タンパク質の塩基性アミノ酸クラスターと細胞膜の酸性[[wikipedia:ja:リン脂質|リン脂質]]([[wikipedia:Phosphatidylserine|ホスファチジルセリン]]、[[ホスファチジルイノシトール]]など)の間の電荷的相互作用により膜への親和性を向上させている(④)。Srcが代表例である。膜からの脱離にはいくつかのパターンが報告されているが、リガンド結合によるコンフォーメーション変化によりミリストイル基がタンパク質内部に埋め込まれる機構(⑤)や、タンパク質キナーゼによるリン酸基の負電荷による斥力による機構(⑥)があり、「ミリストイルスイッチ」と呼ばれる。リガンド結合型のスイッチには、カルシウムセンサータンパク質[[wikipedia:Recoverin|レコヴェリン]](recoverin)-カルシウムイオン相互作用がよく知られている。リン酸化型スイッチでは、[[wikipedia:MARCKS|MARCKS]](myristoylated alanine-rich C kinase substrate)が代表例として知られている。興味深いことにSrcはその塩基性アミノ酸モチーフと細胞膜リン脂質との相互作用が強いため、モノリン酸化のみでは膜から脱離しないことが明らかになっている<ref><pubmed>9485361</pubmed></ref>。 | ||
== ''N''-ミリストイル化タンパク質の検出方法 == | == ''N''-ミリストイル化タンパク質の検出方法 == | ||
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=== 神経関連疾患 === | === 神経関連疾患 === | ||
N-ミリストイル化は[[てんかん]]を含む神経関連疾患にもおいても重要である。SrcやFynは[[ | N-ミリストイル化は[[てんかん]]を含む神経関連疾患にもおいても重要である。SrcやFynは[[NMDA型グルタミン酸受容体]]のチロシンリン酸化を担う。SrcとNMDA型グルタミン酸受容体の会合には、Srcのミリストイル化が重要であることが示唆されている。てんかん発症患者において、通常中枢神経系ではほとんど発現が見られないNMT2が多く発現する一方、NMTの阻害タンパク質である[[熱ショックタンパク質|NIP71]]([[熱ショックタンパク質|HSC70]])の発現量が減少する例が知られている。 | ||
=== 感染症 === | === 感染症 === | ||
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<keywords content="myristoylation, 脂質修飾, lipid modification" /> | <keywords content="myristoylation, 脂質修飾, lipid modification" /> |