「プロテアソーム」の版間の差分

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[[image:プロテオソーム7.jpg|thumb|350px|'''図7.PINK1/Parkin依存的な“ミトコンドリア品質管理”仮説のモデル図'''<br>詳細は本文参照。]]
[[image:プロテオソーム7.jpg|thumb|350px|'''図7.PINK1/Parkin依存的な“ミトコンドリア品質管理”仮説のモデル図'''<br>詳細は本文参照。]]


 一般にエイジング(老化)と共にプロテアソームの機能が低下するとの報告は、数多くある<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[41]が、実際にはプロテアソームの機能評価は必ずしも容易でなく、それらの信憑性には疑義がもたれていた。というのは、多くの場合、蛍光合成基質を用いたペプチダーゼ活性を指標とした報告であるが、これらの実験値(活性測定値)が真にこの酵素の細胞内での機能レベルを正確に反映していることの保証はないからである。ところが最近、ハエを用いた遺伝学的スクリーンから老化に依存したニューロンのproteotoxity(異常タンパク質の蓄積による細胞障害)を抑圧する遺伝子としてプロテアソームのRPサブユニット(Rpn11)が分離され、26Sプロテアソームの障害を起因としたプロテアソーム活性の低下が明らかとなった<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[42]。この結果は、プロテアソームの機能破綻が寿命の短縮に寄与していることを直接的に示しており、エイジングにおけるプロテアソームの役割の重要性が具体的に示唆された。
 一般にエイジング(老化)と共にプロテアソームの機能が低下するとの報告は、数多くある<ref name=ref41><pubmed>21587205</pubmed></ref>が、実際にはプロテアソームの機能評価は必ずしも容易でなく、それらの信憑性には疑義がもたれていた。というのは、多くの場合、蛍光合成基質を用いたペプチダーゼ活性を指標とした報告であるが、これらの実験値(活性測定値)が真にこの酵素の細胞内での機能レベルを正確に反映していることの保証はないからである。ところが最近、ハエを用いた遺伝学的スクリーンから老化に依存したニューロンのproteotoxity(異常タンパク質の蓄積による細胞障害)を抑圧する遺伝子としてプロテアソームのRPサブユニット(Rpn11)が分離され、26Sプロテアソームの障害を起因としたプロテアソーム活性の低下が明らかとなった<ref name=ref42><pubmed>19075009</pubmed></ref>。この結果は、プロテアソームの機能破綻が寿命の短縮に寄与していることを直接的に示しており、エイジングにおけるプロテアソームの役割の重要性が具体的に示唆された。


 老化は、様々な神経変性疾患における最大のリスク要因として挙げられている。通常、活発に分裂している細胞のサイトゾルや核に蓄積した異常タンパク質(アンフォールド/ミスフォールドした変異タンパク質)は、細胞増殖によってクリアランス(浄化)できるが、非分裂細胞であるニューロンにおいては、それらを処理できないために、タンパク質の品質管理(不要タンパク質の処理)が細胞の生存に不可欠である<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[43, 44]。興味深いことにKopitoらは、細胞内に異常タンパク質を強制発現させると、26Sプロテアソームがそれらを処理できずに活性の急激な低下を引き起こし<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[45]、蓄積した異常タンパク質が凝集しアグレゾーム(様々な神経変性疾患・患者脳の残存ニューロンに同定されている封入体と類似の凝集構造体)を形成することを示した<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[46]。この結果は、プロテアソームの機能減弱と神経変性の関連性を強く示唆している。
 老化は、様々な神経変性疾患における最大のリスク要因として挙げられている。通常、活発に分裂している細胞のサイトゾルや核に蓄積した異常タンパク質(アンフォールド/ミスフォールドした変異タンパク質)は、細胞増殖によってクリアランス(浄化)できるが、非分裂細胞であるニューロンにおいては、それらを処理できないために、タンパク質の品質管理(不要タンパク質の処理)が細胞の生存に不可欠である<ref name=ref43><pubmed>17051204</pubmed></ref> <ref name=ref44><pubmed>14685250</pubmed></ref>。興味深いことにKopitoらは、細胞内に異常タンパク質を強制発現させると、26Sプロテアソームがそれらを処理できずに活性の急激な低下を引き起こし<ref name=ref45><pubmed>11375494</pubmed></ref>、蓄積した異常タンパク質が凝集しアグレゾーム(様々な神経変性疾患・患者脳の残存ニューロンに同定されている封入体と類似の凝集構造体)を形成することを示した<ref name=ref46><pubmed>11121744</pubmed></ref>。この結果は、プロテアソームの機能減弱と神経変性の関連性を強く示唆している。


 他方、McNaughtらはプロテアソーム阻害剤を直接マウスの小脳に注入してパーキンソン病(PD)と類似の症状を引き起こすことを報告し、プロテアソームの抑制とニューロン死の直接的な関係を示唆した<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[47]。この方法は“McNaughtの方法”として脚光を浴びたが、その後、複数のグループが追試実験を実施したが、成功と失敗が相半ばして再現性が保証されず、この手法に関して決定的な結論が得られていない<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[48]。しかしごく最近、生後間もないマウスへのプロテアソーム阻害剤の長期間・連続投与によって神経変性が誘導されることが報告され、脚光を浴びている<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[49]。一方、MayerらはプロテアソームRPを構成するATPaseサブユニットRpt2を脳において条件的にノックアウトすると、ユビキチン陽性のLewy body様の封入体が蓄積すると共に神経変性のトリガーを引くことが出来ることを報告した<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[50]。われわれも20Sプロテアソームの分子集合因子PAC1をマウス・中枢神経系で欠損させてニューロンのプロテアソームレベルを持続的に低下させると、小脳変性を誘発して神経変性疾患様の症状に陥ることを見出した(図6)。これらの結果は、プロテアソームが神経細胞の恒常性維持に必須であることを遺伝学的に証明したと考えられる<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[21]
 他方、McNaughtらはプロテアソーム阻害剤を直接マウスの小脳に注入してパーキンソン病(PD)と類似の症状を引き起こすことを報告し、プロテアソームの抑制とニューロン死の直接的な関係を示唆した<ref name=ref47><pubmed>15480836</pubmed></ref>。この方法は“McNaughtの方法”として脚光を浴びたが、その後、複数のグループが追試実験を実施したが、成功と失敗が相半ばして再現性が保証されず、この手法に関して決定的な結論が得られていない<ref name=ref48><pubmed>20061621</pubmed></ref>。しかしごく最近、生後間もないマウスへのプロテアソーム阻害剤の長期間・連続投与によって神経変性が誘導されることが報告され、脚光を浴びている<ref name=ref49><pubmed>22174927</pubmed></ref>。一方、MayerらはプロテアソームRPを構成するATPaseサブユニットRpt2を脳において条件的にノックアウトすると、ユビキチン陽性のLewy body様の封入体が蓄積すると共に神経変性のトリガーを引くことが出来ることを報告した<ref name=ref50><pubmed>18701681</pubmed></ref>。われわれも20Sプロテアソームの分子集合因子PAC1をマウス・中枢神経系で欠損させてニューロンのプロテアソームレベルを持続的に低下させると、小脳変性を誘発して神経変性疾患様の症状に陥ることを見出した(図6)。これらの結果は、プロテアソームが神経細胞の恒常性維持に必須であることを遺伝学的に証明したと考えられる<ref name=ref21 />。


 一方、多くの神経変性疾患の患者に観察される封入体のほとんどが抗ユビキチン抗体で濃染されること<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[51]から、UPSの破綻が神経変性疾患の発症原因であるとの主張が華々しく展開された<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[52]が、UPSの破綻が神経変性疾患の発症に直接的に関わることを示唆する結果は、長い間得られなかった。しかし、1998年、プロテアソームのパートナーであるユビキチン系の酵素であるパーキンが常染色体劣性若年性PD(ARJP)の原因遺伝子であることが同定<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[53]され、次いで、2000年、パーキンがE3リガーゼをコードしていることが判明したこと<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[54]から、UPSの破綻と神経変性疾患の関係が全世界で注目されるようになった。即ち、パーキンの標的分子がドーパミンニューロンに蓄積し、細胞死を誘導するという単純な図式が現実味を帯びてきたのである。しかし、爾来10年余、数多くのパーキン基質の同定に関する報告が洪水のように発表されてきたが、ARJPの発症機構を合理的に説明することは、困難を極めた。その後、パーキン研究は意外な展開を見せた。
 一方、多くの神経変性疾患の患者に観察される封入体のほとんどが抗ユビキチン抗体で濃染されること<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[51]から、UPSの破綻が神経変性疾患の発症原因であるとの主張が華々しく展開された<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[52]が、UPSの破綻が神経変性疾患の発症に直接的に関わることを示唆する結果は、長い間得られなかった。しかし、1998年、プロテアソームのパートナーであるユビキチン系の酵素であるパーキンが常染色体劣性若年性PD(ARJP)の原因遺伝子であることが同定<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[53]され、次いで、2000年、パーキンがE3リガーゼをコードしていることが判明したこと<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[54]から、UPSの破綻と神経変性疾患の関係が全世界で注目されるようになった。即ち、パーキンの標的分子がドーパミンニューロンに蓄積し、細胞死を誘導するという単純な図式が現実味を帯びてきたのである。しかし、爾来10年余、数多くのパーキン基質の同定に関する報告が洪水のように発表されてきたが、ARJPの発症機構を合理的に説明することは、困難を極めた。その後、パーキン研究は意外な展開を見せた。