「プロテアソーム」の版間の差分

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== ユビキチンシステム ==
== ユビキチンシステム ==


[[image:プロテオソーム1.jpg|thumb|350px|'''図1.ユビキチン・プロテアソームシステム'''<br>Ub:ユビキチン、E1: Ub活性化酵素、E2: Ub結合酵素、E3: Ubリガーゼ、DUB: 脱ユビキチン酵素。基質を選別するE3酵素は、HECT型とRING型に大別される。26Sプロテアソームは不要なユビキチン化タンパク質をエネルギー依存的に分解する巨大で複雑なタンパク質分解酵素複合体である。(その他の詳細は本文及び文献[22]参照)。UPSの作動機構においてエネルギー(ATPの加水分解)は、基質のユビキチン化(E1の作用)と26Sプロテアソームによる分解作用(基質のアンフォールディング)の二つのプロセスに必要である。]]
[[image:プロテオソーム1.jpg|thumb|350px|'''図1.ユビキチン・プロテアソームシステム'''<br>Ub:ユビキチン、E1: Ub活性化酵素、E2: Ub結合酵素、E3: Ubリガーゼ、DUB: 脱ユビキチン酵素。基質を選別するE3酵素は、HECT型とRING型に大別される。26Sプロテアソームは不要なユビキチン化タンパク質をエネルギー依存的に分解する巨大で複雑なタンパク質分解酵素複合体である。(その他の詳細は本文及び文献<ref name=ref22><pubmed>19165213</pubmed></ref>参照)。UPSの作動機構においてエネルギー(ATPの加水分解)は、基質のユビキチン化(E1の作用)と26Sプロテアソームによる分解作用(基質のアンフォールディング)の二つのプロセスに必要である。]]


 1977年、米国ハーバード大学のGoldbergのグループは網状赤血球の抽出液が非常に高いエネルギー依存性のタンパク質分解活性を示すという画期的な論文を発表した<ref name=ref1><pubmed>264694</pubmed></ref>。その後間もなく、イスラエルのHershkoとCiechanoverは、酵素学のmentorである米国のRoseと共に、この分解系に注目、その機構解明にいち早く取り組み、熱安定性の小さなタンパク質であるユビキチンがその主役であることを見出した。ユビキチンは76個のアミノ酸からなる小さなタンパク質であり、進化的保存性が高くそのアミノ酸配列は全ての真核生物でほとんど同じである。1980年頃までに彼らは、ユビキチンが活性化酵素(E1)・結合酵素(E2)・リガーゼ(E3)から構成された複合酵素系(ユビキチンシステム)によって標的タンパク質に共有結合(ユビキチンのC末端のカルボキシル基とタンパク質中のリジン残基のε-アミノ基が縮合したイソペプチド結合)する翻訳後修飾分子(モディファイヤー)であることを明らかにした(図1)<ref name=ref2><pubmed>1323239</pubmed></ref> <ref name=ref3><pubmed>9759494</pubmed></ref>。このE1の作用にはATPの加水分解、即ちエネルギーが必要である。そしてタンパク質に結合したユビキチン内の(主として48番目の)リジン残基と新しいユビキチン分子内のC末端のグリシンの間でイソペプチド結合ができ、さらにユビキチン分子間での縮合反応を繰り返すことによって,多数のユビキチン分子が鎖状に伸長したポリユビキチン鎖が形成されることが判明した(現在では、ユビキチン分子内にある7個のリジン残基と N末端のαアミノ基からユビキチンポリマーが伸長し、多彩な生理機能を担っていることが分かっており、最近、この多様なポリユビキチン鎖に刻印された情報を、われわれは“ユビキチンコード”と定義している)。1980年前後、Hershkoら及びVarshavskyらは生じたポリユビキチン鎖が基質タンパク質を分解装置に輸送するためのシグナル(目印)として機能するという“ユビキチンシグナル”仮説を提唱した<ref name=ref2 /> <ref name=ref3 /> <ref name=ref4><pubmed>11017125</pubmed></ref>。この仮説の秀逸な点は、ポリユビキチン鎖の形成が(オーバーオールの反応としては)分解シグナルの提示反応であるが、実際に起きている化学反応は(イソ)ペプチド結合の形成(タンパク質合成と類似の反応)であり、エネルギー要求性を見事に説明できることであった。実際、ユビキチン研究の勃興から黎明期をへて今日の隆盛期に至る道程は、まさに破竹の勢いでタンパク質分解の世界を席巻し尽くしてきた。その象徴的な出来事として、2004年、ユビキチンシステムの発見者たち3名は、ノーベル化学賞の栄誉に浴した。
 1977年、米国ハーバード大学のGoldbergのグループは網状赤血球の抽出液が非常に高いエネルギー依存性のタンパク質分解活性を示すという画期的な論文を発表した<ref name=ref1><pubmed>264694</pubmed></ref>。その後間もなく、イスラエルのHershkoとCiechanoverは、酵素学のmentorである米国のRoseと共に、この分解系に注目、その機構解明にいち早く取り組み、熱安定性の小さなタンパク質であるユビキチンがその主役であることを見出した。ユビキチンは76個のアミノ酸からなる小さなタンパク質であり、進化的保存性が高くそのアミノ酸配列は全ての真核生物でほとんど同じである。1980年頃までに彼らは、ユビキチンが活性化酵素(E1)・結合酵素(E2)・リガーゼ(E3)から構成された複合酵素系(ユビキチンシステム)によって標的タンパク質に共有結合(ユビキチンのC末端のカルボキシル基とタンパク質中のリジン残基のε-アミノ基が縮合したイソペプチド結合)する翻訳後修飾分子(モディファイヤー)であることを明らかにした(図1)<ref name=ref2><pubmed>1323239</pubmed></ref> <ref name=ref3><pubmed>9759494</pubmed></ref>。このE1の作用にはATPの加水分解、即ちエネルギーが必要である。そしてタンパク質に結合したユビキチン内の(主として48番目の)リジン残基と新しいユビキチン分子内のC末端のグリシンの間でイソペプチド結合ができ、さらにユビキチン分子間での縮合反応を繰り返すことによって,多数のユビキチン分子が鎖状に伸長したポリユビキチン鎖が形成されることが判明した(現在では、ユビキチン分子内にある7個のリジン残基と N末端のαアミノ基からユビキチンポリマーが伸長し、多彩な生理機能を担っていることが分かっており、最近、この多様なポリユビキチン鎖に刻印された情報を、われわれは“ユビキチンコード”と定義している)。1980年前後、Hershkoら及びVarshavskyらは生じたポリユビキチン鎖が基質タンパク質を分解装置に輸送するためのシグナル(目印)として機能するという“ユビキチンシグナル”仮説を提唱した<ref name=ref2 /> <ref name=ref3 /> <ref name=ref4><pubmed>11017125</pubmed></ref>。この仮説の秀逸な点は、ポリユビキチン鎖の形成が(オーバーオールの反応としては)分解シグナルの提示反応であるが、実際に起きている化学反応は(イソ)ペプチド結合の形成(タンパク質合成と類似の反応)であり、エネルギー要求性を見事に説明できることであった。実際、ユビキチン研究の勃興から黎明期をへて今日の隆盛期に至る道程は、まさに破竹の勢いでタンパク質分解の世界を席巻し尽くしてきた。その象徴的な出来事として、2004年、ユビキチンシステムの発見者たち3名は、ノーベル化学賞の栄誉に浴した。
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[[image:プロテオソーム2.jpg|thumb|350px|'''図2.26S プロテアソームの構造モデル:分子形状とサブユニット構成'''<br>左図:26Sプロテアソーム(CPとRPの複合体)の電子顕微鏡による分子形状(単粒子解析: 独マックスプランク研究所W. Baumeister・S. Nickellから供与)。U:ユビキチン。<br>右図:サブユニットの構成モデル.CP(20Sプロテアソーム)はα/βリングがαββαの順に会合した円柱状粒子。RP(PA700)はlid(蓋部)とbase(基底部)から構成された複合体。RPはRpn(RP non-ATPase)とRpt(RP triple-ATPase)サブユニット群から構成されている。Rpn10、Rpn13:ポリユビキチンリセプター、Rpn11:DUB、 β1 (カスパーゼ様活性), β2(トリプシン様活性), β5(キモトリプシン様活性):触媒サブユニット。図には示していないが、USP14はRpn1に、そして Uch37はRpn13を介してRpn2に会合している(図3参照)。]]
[[image:プロテオソーム2.jpg|thumb|350px|'''図2.26S プロテアソームの構造モデル:分子形状とサブユニット構成'''<br>左図:26Sプロテアソーム(CPとRPの複合体)の電子顕微鏡による分子形状(単粒子解析: 独マックスプランク研究所W. Baumeister・S. Nickellから供与)。U:ユビキチン。<br>右図:サブユニットの構成モデル.CP(20Sプロテアソーム)はα/βリングがαββαの順に会合した円柱状粒子。RP(PA700)はlid(蓋部)とbase(基底部)から構成された複合体。RPはRpn(RP non-ATPase)とRpt(RP triple-ATPase)サブユニット群から構成されている。Rpn10、Rpn13:ポリユビキチンリセプター、Rpn11:DUB、 β1 (カスパーゼ様活性), β2(トリプシン様活性), β5(キモトリプシン様活性):触媒サブユニット。図には示していないが、USP14はRpn1に、そして Uch37はRpn13を介してRpn2に会合している(図3参照)。]]
[[image:プロテオソーム3.jpg|thumb|350px|'''図3.26Sプロテアソームの作動機構モデル'''<br>Ub:ユビキチン、Rpn10、Rpn13:ユビキチンリセプター、Rpn11, USP14/(酵母のUbp6), Uch37:脱ユビキチン酵素。詳細は本文及び文献[11][12]参照。]]
[[image:プロテオソーム3.jpg|thumb|350px|'''図3.26Sプロテアソームの作動機構モデル'''<br>Ub:ユビキチン、Rpn10、Rpn13:ユビキチンリセプター、Rpn11, USP14/(酵母のUbp6), Uch37:脱ユビキチン酵素。詳細は本文及び文献<ref name=ref11><pubmed>22215586</pubmed></ref> <ref name=ref12><pubmed>22237024</pubmed></ref>参照。]]
[[image:プロテオソーム4.jpg|thumb|350px|'''図4.26Sプロテアソームの分子集合機構パスウエイ'''<br>詳細は本文及び文献[25]参照。]]
[[image:プロテオソーム4.jpg|thumb|350px|'''図4.26Sプロテアソームの分子集合機構パスウエイ'''<br>詳細は本文及び文献<ref name=ref25><pubmed>22350895</pubmed></ref>参照。]]


 1983年、われわれはユビキチン化タンパク質の分解にもATPのエネルギーが必要であることを見出し“エネルギー依存性タンパク質分解機構の2段階説”を発表した<ref name=ref6><pubmed>6304111</pubmed></ref>。後に、このATP要求性のタンパク質分解反応を触媒する酵素が、真核生物のATP依存性プロテアーゼであることが判明し、1988年、Proteasome(protease活性を有した巨大粒子〜some)と命名した(厳密には20Sプロテアソームの発見に対する命名:後述)。その後の研究から、このユビキチン化タンパク質を分解する巨大で複雑なタンパク質分解装置は、真核生物のATP依存性プロテアーゼ(26Sプロテアソーム)であり、触媒粒子であるcore particle(CP、別名20Sプロテアソーム)の両端に調節粒子であるregulatory particle (19S RP)が会合した分子量250万、総サブユニット数66個から構成された多成分複合体であることが判明した(図2)<ref name=ref7><pubmed>8811196</pubmed></ref> <ref name=ref8><pubmed>9476896</pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed>19145068</pubmed></ref>。CPはαリングとβリング(各々7種のサブユニットから構成)がαββαの順で会合した分子量75万の円筒型粒子である。本酵素はカスパーゼ型(β1)、トリプシン型(β2),キモトリプシン型(β5)の触媒活性を有しており、これらの活性中心はβリングの内表面に露出している。CPは、通常、αリングが閉じているため細胞内では不活性型として存在している。2011年、タンパク質合成装置である真核生物リボソームの高次構造がX線結晶解析から解明された(古細菌リボソームの構造と機能に対する研究に対して2009年、ノーベル化学賞が授与された)が、26Sプロテアソームの原子レベルでの構造は不明であり、現在、Cryo-electron microscopy(Cryo-EM:極低温電子顕微鏡)による単粒子解析が進行中である<ref name=ref10><pubmed>21098295</pubmed></ref>。
 1983年、われわれはユビキチン化タンパク質の分解にもATPのエネルギーが必要であることを見出し“エネルギー依存性タンパク質分解機構の2段階説”を発表した<ref name=ref6><pubmed>6304111</pubmed></ref>。後に、このATP要求性のタンパク質分解反応を触媒する酵素が、真核生物のATP依存性プロテアーゼであることが判明し、1988年、Proteasome(protease活性を有した巨大粒子〜some)と命名した(厳密には20Sプロテアソームの発見に対する命名:後述)。その後の研究から、このユビキチン化タンパク質を分解する巨大で複雑なタンパク質分解装置は、真核生物のATP依存性プロテアーゼ(26Sプロテアソーム)であり、触媒粒子であるcore particle(CP、別名20Sプロテアソーム)の両端に調節粒子であるregulatory particle (19S RP)が会合した分子量250万、総サブユニット数66個から構成された多成分複合体であることが判明した(図2)<ref name=ref7><pubmed>8811196</pubmed></ref> <ref name=ref8><pubmed>9476896</pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed>19145068</pubmed></ref>。CPはαリングとβリング(各々7種のサブユニットから構成)がαββαの順で会合した分子量75万の円筒型粒子である。本酵素はカスパーゼ型(β1)、トリプシン型(β2),キモトリプシン型(β5)の触媒活性を有しており、これらの活性中心はβリングの内表面に露出している。CPは、通常、αリングが閉じているため細胞内では不活性型として存在している。2011年、タンパク質合成装置である真核生物リボソームの高次構造がX線結晶解析から解明された(古細菌リボソームの構造と機能に対する研究に対して2009年、ノーベル化学賞が授与された)が、26Sプロテアソームの原子レベルでの構造は不明であり、現在、Cryo-electron microscopy(Cryo-EM:極低温電子顕微鏡)による単粒子解析が進行中である<ref name=ref10><pubmed>21098295</pubmed></ref>。
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== 生理 ==
== 生理 ==


[[image:プロテオソーム5.jpg|thumb|350px|'''図5.プロテアソームの多様性:免疫型酵素の発見'''<br>詳細は本文参照。図は文献[39]の図を改変。]]
[[image:プロテオソーム5.jpg|thumb|350px|'''図5.プロテアソームの多様性:免疫型酵素の発見'''<br>詳細は本文参照。図は文献<ref name=ref39><pubmed>19935803</pubmed></ref>の図を改変。]]


  UPSをコードする遺伝子の数は、ゲノム総遺伝子数の3〜5 %を占めると推定されており、これが正確であるとすると、このシステムは予想外に多様で重要な役割を担っているのかもしれない<ref name=ref27><pubmed>21860393</pubmed></ref>。実際UPSは、多様な生体反応を迅速に、順序よく、一過的にかつ一方向に決定する合理的な手段として細胞周期・DNA修復・アポトーシス・シグナル伝達・転写制御・代謝調節・免疫応答・品質管理・ストレス応答・感染応答など生命科学の様々な領域で中心的な役割を果たしている(詳細はユビキチンの項参照)。この多様な生理作用は、細胞内における標的タンパク質の量の厳密な制御を反映しており、とくにユビキチンシステムの多様性に負うところが大きいと考えられている。一方、プロテアソームは単に分解マシーンとしての役割以外に、前駆体タンパク質のプロセシングによる活性型への転換(例えば、NF-κBの成熟プロセス)やその生成ペプチドを抗原エピトープとして利用するなどポジティブな生命応答に貢献していることも知られている。とくに後者は、適応(獲得)免疫の中心的なテーマである自己と非自己の識別において必須な役割を果たすために、プロテアソームのアイソフォーム(免疫型プロテアソーム)(図5)を造成して対処するといった際立った手段を駆使している<ref name=ref28><pubmed>9700509</pubmed></ref> <ref name=ref29><pubmed>12078479</pubmed></ref> <ref name=ref30><pubmed>21387144</pubmed></ref>。
  UPSをコードする遺伝子の数は、ゲノム総遺伝子数の3〜5 %を占めると推定されており、これが正確であるとすると、このシステムは予想外に多様で重要な役割を担っているのかもしれない<ref name=ref27><pubmed>21860393</pubmed></ref>。実際UPSは、多様な生体反応を迅速に、順序よく、一過的にかつ一方向に決定する合理的な手段として細胞周期・DNA修復・アポトーシス・シグナル伝達・転写制御・代謝調節・免疫応答・品質管理・ストレス応答・感染応答など生命科学の様々な領域で中心的な役割を果たしている(詳細はユビキチンの項参照)。この多様な生理作用は、細胞内における標的タンパク質の量の厳密な制御を反映しており、とくにユビキチンシステムの多様性に負うところが大きいと考えられている。一方、プロテアソームは単に分解マシーンとしての役割以外に、前駆体タンパク質のプロセシングによる活性型への転換(例えば、NF-κBの成熟プロセス)やその生成ペプチドを抗原エピトープとして利用するなどポジティブな生命応答に貢献していることも知られている。とくに後者は、適応(獲得)免疫の中心的なテーマである自己と非自己の識別において必須な役割を果たすために、プロテアソームのアイソフォーム(免疫型プロテアソーム)(図5)を造成して対処するといった際立った手段を駆使している<ref name=ref28><pubmed>9700509</pubmed></ref> <ref name=ref29><pubmed>12078479</pubmed></ref> <ref name=ref30><pubmed>21387144</pubmed></ref>。
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 他方、McNaughtらはプロテアソーム阻害剤を直接マウスの小脳に注入してパーキンソン病(PD)と類似の症状を引き起こすことを報告し、プロテアソームの抑制とニューロン死の直接的な関係を示唆した<ref name=ref47><pubmed>15480836</pubmed></ref>。この方法は“McNaughtの方法”として脚光を浴びたが、その後、複数のグループが追試実験を実施したが、成功と失敗が相半ばして再現性が保証されず、この手法に関して決定的な結論が得られていない<ref name=ref48><pubmed>20061621</pubmed></ref>。しかしごく最近、生後間もないマウスへのプロテアソーム阻害剤の長期間・連続投与によって神経変性が誘導されることが報告され、脚光を浴びている<ref name=ref49><pubmed>22174927</pubmed></ref>。一方、MayerらはプロテアソームRPを構成するATPaseサブユニットRpt2を脳において条件的にノックアウトすると、ユビキチン陽性のLewy body様の封入体が蓄積すると共に神経変性のトリガーを引くことが出来ることを報告した<ref name=ref50><pubmed>18701681</pubmed></ref>。われわれも20Sプロテアソームの分子集合因子PAC1をマウス・中枢神経系で欠損させてニューロンのプロテアソームレベルを持続的に低下させると、小脳変性を誘発して神経変性疾患様の症状に陥ることを見出した(図6)。これらの結果は、プロテアソームが神経細胞の恒常性維持に必須であることを遺伝学的に証明したと考えられる<ref name=ref21 />。
 他方、McNaughtらはプロテアソーム阻害剤を直接マウスの小脳に注入してパーキンソン病(PD)と類似の症状を引き起こすことを報告し、プロテアソームの抑制とニューロン死の直接的な関係を示唆した<ref name=ref47><pubmed>15480836</pubmed></ref>。この方法は“McNaughtの方法”として脚光を浴びたが、その後、複数のグループが追試実験を実施したが、成功と失敗が相半ばして再現性が保証されず、この手法に関して決定的な結論が得られていない<ref name=ref48><pubmed>20061621</pubmed></ref>。しかしごく最近、生後間もないマウスへのプロテアソーム阻害剤の長期間・連続投与によって神経変性が誘導されることが報告され、脚光を浴びている<ref name=ref49><pubmed>22174927</pubmed></ref>。一方、MayerらはプロテアソームRPを構成するATPaseサブユニットRpt2を脳において条件的にノックアウトすると、ユビキチン陽性のLewy body様の封入体が蓄積すると共に神経変性のトリガーを引くことが出来ることを報告した<ref name=ref50><pubmed>18701681</pubmed></ref>。われわれも20Sプロテアソームの分子集合因子PAC1をマウス・中枢神経系で欠損させてニューロンのプロテアソームレベルを持続的に低下させると、小脳変性を誘発して神経変性疾患様の症状に陥ることを見出した(図6)。これらの結果は、プロテアソームが神経細胞の恒常性維持に必須であることを遺伝学的に証明したと考えられる<ref name=ref21 />。


 一方、多くの神経変性疾患の患者に観察される封入体のほとんどが抗ユビキチン抗体で濃染されること<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[51]から、UPSの破綻が神経変性疾患の発症原因であるとの主張が華々しく展開された<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[52]が、UPSの破綻が神経変性疾患の発症に直接的に関わることを示唆する結果は、長い間得られなかった。しかし、1998年、プロテアソームのパートナーであるユビキチン系の酵素であるパーキンが常染色体劣性若年性PD(ARJP)の原因遺伝子であることが同定<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[53]され、次いで、2000年、パーキンがE3リガーゼをコードしていることが判明したこと<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[54]から、UPSの破綻と神経変性疾患の関係が全世界で注目されるようになった。即ち、パーキンの標的分子がドーパミンニューロンに蓄積し、細胞死を誘導するという単純な図式が現実味を帯びてきたのである。しかし、爾来10年余、数多くのパーキン基質の同定に関する報告が洪水のように発表されてきたが、ARJPの発症機構を合理的に説明することは、困難を極めた。その後、パーキン研究は意外な展開を見せた。
 一方、多くの神経変性疾患の患者に観察される封入体のほとんどが抗ユビキチン抗体で濃染されること<ref name=ref51><pubmed>3029875</pubmed></ref>から、UPSの破綻が神経変性疾患の発症原因であるとの主張が華々しく展開された<ref name=ref52><pubmed>9881849</pubmed></ref>が、UPSの破綻が神経変性疾患の発症に直接的に関わることを示唆する結果は、長い間得られなかった。しかし、1998年、プロテアソームのパートナーであるユビキチン系の酵素であるパーキンが常染色体劣性若年性PD(ARJP)の原因遺伝子であることが同定<ref name=ref53><pubmed>9560156</pubmed></ref>され、次いで、2000年、パーキンがE3リガーゼをコードしていることが判明したこと<ref name=ref54><pubmed>10888878</pubmed></ref>から、UPSの破綻と神経変性疾患の関係が全世界で注目されるようになった。即ち、パーキンの標的分子がドーパミンニューロンに蓄積し、細胞死を誘導するという単純な図式が現実味を帯びてきたのである。しかし、爾来10年余、数多くのパーキン基質の同定に関する報告が洪水のように発表されてきたが、ARJPの発症機構を合理的に説明することは、困難を極めた。その後、パーキン研究は意外な展開を見せた。


 不良なミトコンドリア(Mt)の累積は、活性酸素(ROS)を増産させ、DNA・タンパク質・脂質などを修飾して細胞障害を引き起こす。自立的な増殖が可能なMtの品質管理(不良品の処理)は、細胞分裂によって損傷Mtを浄化(クリアランス)できないニューロンなどの非分裂細胞にとっては、健康を維持するために必須である。実際、PDにおけるMtの機能異常(呼吸鎖の低下やMtDNAの欠失など)の報告は、この10年余、集積の一途を辿っている<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[55]。従ってMtの良・不良をモニター(監視)することは、ニューロンが健全に活動するために不可欠である。これらの知見を受けて最近、Mtの品質管理の研究が、国内外で急速に進展している。Youleらやわれわれは若年性に発症する常染色体劣性遺伝性パーキンソン病の原因遺伝子産物であるPINK1(セリン/スレオニン型タンパク質リン酸化酵素)と Parkin(ユビキチン連結酵素)に着目し,これらのMt品質管理における役割を明らかにすることで,PDの発症機構解明に挑んできた<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[56, 57]。即ち、通常Mt外膜局在型のPINK1は不安定(健常なMtにおいては、PARL酵素とプロテアソーム系による恒常的な分解を受けている)であるが、膜電位が低下すると、これらの分解系から免れて外膜上に蓄積する。蓄積したPINK1はサイトゾルの不活性型Parkinを損傷Mtに移行・活性型に変換させる。即ちPINK1はParkinの損傷Mtへのリクルート因子として作用する。その結果、複数のMt外膜タンパク質がユビキチン化されると、これが引き金となってプロテアソームによる損傷Mtの消化及び選択的なオートファジーによる分解(Mitophagy)を受け、不良Mtは除去される(詳細は、オートファジーの項参照)<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[58]。言い換えると、PINK1/Parkin はMtを破壊する“死神”であり、PINK1/Parkinが常に働いているとMtは次々と分解されて細胞は生存できないが、この経路は膜電位が低下した時のみに発動するように巧妙に制御されているので、損傷Mtだけが細胞から除去されることになる。この品質管理が適切に行われずにニューロン内に異常Mtが蓄積すると、ドーパミンニューロンの変性を引き起こしPDが発症すると想定される(図7)。このスキームにおける核心は、不良Mtのモニタリングであり、その機序としてYouleらは、膜電位依存的なPINK1の(PARLが局在する)Mt内膜への輸送仮説を提案しており、その骨子は「膜電位が低下するとPINK1の内膜への輸送が障害されてPINK1が外膜に蓄積する」ことである<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[59]。一方われわれは膜電位依存的な不活性型PINK1の自己リン酸化による活性化が不良Mtを感知するもう一つのキーメカニズムであることを突き止めた(尾勝ら、論文投稿中)。現在「PINK1 と Parkin が協調して不良Mtの選択的なクリアランスに導く仕組み」の破綻が、PDの発症機構の一翼を担っているメカニズムであることは、確実な情勢となってきつつある。
 不良なミトコンドリア(Mt)の累積は、活性酸素(ROS)を増産させ、DNA・タンパク質・脂質などを修飾して細胞障害を引き起こす。自立的な増殖が可能なMtの品質管理(不良品の処理)は、細胞分裂によって損傷Mtを浄化(クリアランス)できないニューロンなどの非分裂細胞にとっては、健康を維持するために必須である。実際、PDにおけるMtの機能異常(呼吸鎖の低下やMtDNAの欠失など)の報告は、この10年余、集積の一途を辿っている<ref name=ref55><pubmed>16495942</pubmed></ref>。従ってMtの良・不良をモニター(監視)することは、ニューロンが健全に活動するために不可欠である。これらの知見を受けて最近、Mtの品質管理の研究が、国内外で急速に進展している。Youleらやわれわれは若年性に発症する常染色体劣性遺伝性パーキンソン病の原因遺伝子産物であるPINK1(セリン/スレオニン型タンパク質リン酸化酵素)と Parkin(ユビキチン連結酵素)に着目し,これらのMt品質管理における役割を明らかにすることで,PDの発症機構解明に挑んできた<ref name=ref56><pubmed>19029340</pubmed></ref> <ref name=ref57><pubmed>20404107</pubmed></ref>。即ち、通常Mt外膜局在型のPINK1は不安定(健常なMtにおいては、PARL酵素とプロテアソーム系による恒常的な分解を受けている)であるが、膜電位が低下すると、これらの分解系から免れて外膜上に蓄積する。蓄積したPINK1はサイトゾルの不活性型Parkinを損傷Mtに移行・活性型に変換させる。即ちPINK1はParkinの損傷Mtへのリクルート因子として作用する。その結果、複数のMt外膜タンパク質がユビキチン化されると、これが引き金となってプロテアソームによる損傷Mtの消化及び選択的なオートファジーによる分解(Mitophagy)を受け、不良Mtは除去される(詳細は、オートファジーの項参照)<ref name=ref58><pubmed>21179058</pubmed></ref>。言い換えると、PINK1/Parkin はMtを破壊する“死神”であり、PINK1/Parkinが常に働いているとMtは次々と分解されて細胞は生存できないが、この経路は膜電位が低下した時のみに発動するように巧妙に制御されているので、損傷Mtだけが細胞から除去されることになる。この品質管理が適切に行われずにニューロン内に異常Mtが蓄積すると、ドーパミンニューロンの変性を引き起こしPDが発症すると想定される(図7)。このスキームにおける核心は、不良Mtのモニタリングであり、その機序としてYouleらは、膜電位依存的なPINK1の(PARLが局在する)Mt内膜への輸送仮説を提案しており、その骨子は「膜電位が低下するとPINK1の内膜への輸送が障害されてPINK1が外膜に蓄積する」ことである<ref name=ref59><pubmed>21115803</pubmed></ref>。一方われわれは膜電位依存的な不活性型PINK1の自己リン酸化による活性化が不良Mtを感知するもう一つのキーメカニズムであることを突き止めた(尾勝ら、論文投稿中)。現在「PINK1 と Parkin が協調して不良Mtの選択的なクリアランスに導く仕組み」の破綻が、PDの発症機構の一翼を担っているメカニズムであることは、確実な情勢となってきつつある。


===ガン===
===ガン===
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 細胞周期制御におけるUPSの重要性は、その基質である サイクリンをHuntらが発見したことを端緒とする(2001年、ノーベル生理学医学賞)。その後、細胞周期に関わる様々な制御因子がリン酸化とUPSに率いられたタンパク質分解で調節されていることが、津波のように生命科学の世界を闊歩した。そしてその破綻がガン化の要因となることの知見は、枚挙に暇が無い状況が今日まで続いている。またガン遺伝子やガン抑制遺伝子の多くが短寿命タンパク質であり、これらがUPSで厳格に調節されている。その代表例は、ゲノムの守護神とも呼ばれているガン抑制遺伝子p53である(詳細は、ユビキチンの項参照)。これらの多くの例は、ユビキチンシステムによる基質の識別が注目されてきており、プロテアソームは調節というよりは寧ろ分解装置としての役割で貢献してきた。
 細胞周期制御におけるUPSの重要性は、その基質である サイクリンをHuntらが発見したことを端緒とする(2001年、ノーベル生理学医学賞)。その後、細胞周期に関わる様々な制御因子がリン酸化とUPSに率いられたタンパク質分解で調節されていることが、津波のように生命科学の世界を闊歩した。そしてその破綻がガン化の要因となることの知見は、枚挙に暇が無い状況が今日まで続いている。またガン遺伝子やガン抑制遺伝子の多くが短寿命タンパク質であり、これらがUPSで厳格に調節されている。その代表例は、ゲノムの守護神とも呼ばれているガン抑制遺伝子p53である(詳細は、ユビキチンの項参照)。これらの多くの例は、ユビキチンシステムによる基質の識別が注目されてきており、プロテアソームは調節というよりは寧ろ分解装置としての役割で貢献してきた。


 一方、最近臨床的に注目されているのは、プロテアソーム阻害剤のガン研究における貢献である。スレオニンプロテアーゼであるプロテアソームに対して、これまでに多種多様な(合成・天然)阻害剤が開発・発見されてきた。中でも脚光を浴びているのはPS-341(別名bortezomib、商品名velcade)である<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[60]。この阻害剤は血液ガンの一種である多発性骨髄腫に際だった効果(ミエローマ細胞のアポトーシス誘導)を示すことが報告され、2003年再発・難治性骨髄腫を対象疾患として米国FDAで認可、現在、欧米を中心に世界の85カ国(日本では2006年)以上で臨床応用されている。さらに副作用の少ない多くのプロテアソーム阻害剤の開発が世界中で凌ぎを削っており、また米国では既存の抗ガン剤との併用を視野に固形ガンを含め多数のガン治療への臨床治験が進行中である。
 一方、最近臨床的に注目されているのは、プロテアソーム阻害剤のガン研究における貢献である。スレオニンプロテアーゼであるプロテアソームに対して、これまでに多種多様な(合成・天然)阻害剤が開発・発見されてきた。中でも脚光を浴びているのはPS-341(別名bortezomib、商品名velcade)である<ref name=ref60><pubmed>15122206</pubmed></ref>。この阻害剤は血液ガンの一種である多発性骨髄腫に際だった効果(ミエローマ細胞のアポトーシス誘導)を示すことが報告され、2003年再発・難治性骨髄腫を対象疾患として米国FDAで認可、現在、欧米を中心に世界の85カ国(日本では2006年)以上で臨床応用されている。さらに副作用の少ない多くのプロテアソーム阻害剤の開発が世界中で凌ぎを削っており、また米国では既存の抗ガン剤との併用を視野に固形ガンを含め多数のガン治療への臨床治験が進行中である。


===免疫疾患===
===免疫疾患===


 最近、免疫プロテアソームのキモトリプシン型活性をコードするβ5i遺伝子(PSMB8)のミスセンス変異が、中条-西村症候群(Nakajo-Nishimura Syndrome NNS:凍瘡様皮疹と限局性脂肪萎縮を伴う遺伝性周期熱症候群)を引き起こすことが判明した<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[61, 62]。NNSは、1939に発見された遺伝性疾病で、プロテアソームの分子集合異常に起因した機能不全のためにタンパク質の品質管理が破綻し、IL-6が過剰に産生されることによって引き起こされる炎症性疾患である。これはプロテアソームのヒト遺伝性疾患の最初の例であり、国内外で注目されている。
 最近、免疫プロテアソームのキモトリプシン型活性をコードするβ5i遺伝子(PSMB8)のミスセンス変異が、中条-西村症候群(Nakajo-Nishimura Syndrome NNS:凍瘡様皮疹と限局性脂肪萎縮を伴う遺伝性周期熱症候群)を引き起こすことが判明した<ref name=ref61><pubmed>21852578</pubmed></ref> <ref name=ref62><pubmed>21881205</pubmed></ref>。NNSは、1939に発見された遺伝性疾病で、プロテアソームの分子集合異常に起因した機能不全のためにタンパク質の品質管理が破綻し、IL-6が過剰に産生されることによって引き起こされる炎症性疾患である。これはプロテアソームのヒト遺伝性疾患の最初の例であり、国内外で注目されている。


== おわりに ==
== おわりに ==


 本稿ではUPSとくにプロテアソームに焦点を絞って解説してきたが、神経変性疾患に関係しては、近年、協同的に作用するオートファジーの役割が注目されている。オートファジーの最も重要な機能は飢餓適応(低栄養応答)である。即ちオートファジーによる自己成分の分解はアミノ酸供給を通じてエネルギーの恒常的な確保に関与しており、飢餓に対するバックアップシステムと考えられる(誘導的オートファジー)。この意味では、オートファジーは自律的な栄養素確保を可能にする究極の生存戦略となっている。しかしオートファジーは飢餓誘導とは無関係に、日常的に低いレベルでおこっている現象でもある。この基底レベルのオートファジー(恒常的オートファジー)は栄養制御というより、細胞内タンパク質の選択的なクリアランス機構(aggrephagy)として重要であると考えられている。即ちオートファジーは栄養制御と細胞内浄化という大きく二つの役割を果たしているといえる<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[63]
 本稿ではUPSとくにプロテアソームに焦点を絞って解説してきたが、神経変性疾患に関係しては、近年、協同的に作用するオートファジーの役割が注目されている。オートファジーの最も重要な機能は飢餓適応(低栄養応答)である。即ちオートファジーによる自己成分の分解はアミノ酸供給を通じてエネルギーの恒常的な確保に関与しており、飢餓に対するバックアップシステムと考えられる(誘導的オートファジー)。この意味では、オートファジーは自律的な栄養素確保を可能にする究極の生存戦略となっている。しかしオートファジーは飢餓誘導とは無関係に、日常的に低いレベルでおこっている現象でもある。この基底レベルのオートファジー(恒常的オートファジー)は栄養制御というより、細胞内タンパク質の選択的なクリアランス機構(aggrephagy)として重要であると考えられている。即ちオートファジーは栄養制御と細胞内浄化という大きく二つの役割を果たしているといえる<ref name=ref63><pubmed>22078875</pubmed></ref>。


 異常タンパク質あるいは変性タンパク質の細胞内蓄積はさまざまな変性疾患や老化過程でも観察されており、プロテアソームは大きな凝集体は処理できないために、これらの病態発症におけるオートファジーの関与が注目されている。実際、多く神経変性疾患においてオートファジーの亢進が報告されている。そして中枢神経系特異的にオートファジーを欠損させたマウスが神経変性疾患の症状を引き起こしたことは、多くの神経病理学者に衝撃を与えた<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[64, 65]。さらにプロテアソームを阻害すると、オートファジーが亢進することから、この二つの大掛かりなタンパク質分解系には、相互補完的な役割があることも判明している<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[66]
 異常タンパク質あるいは変性タンパク質の細胞内蓄積はさまざまな変性疾患や老化過程でも観察されており、プロテアソームは大きな凝集体は処理できないために、これらの病態発症におけるオートファジーの関与が注目されている。実際、多く神経変性疾患においてオートファジーの亢進が報告されている。そして中枢神経系特異的にオートファジーを欠損させたマウスが神経変性疾患の症状を引き起こしたことは、多くの神経病理学者に衝撃を与えた<ref name=ref64><pubmed>16625205</pubmed></ref> <ref name=ref65><pubmed>16625204</pubmed></ref>。さらにプロテアソームを阻害すると、オートファジーが亢進することから、この二つの大掛かりなタンパク質分解系には、相互補完的な役割があることも判明している<ref name=ref66><pubmed>22187000</pubmed></ref>。


 このようにタンパク質分解研究はUPSやオートファジーの発見以来、騎虎の勢いで生命科学の中枢に迫ってきた。しかし現在なお「知っていることよりも知らないことが遙かに多い」という成長期の科学に見られる発展途上の段階にあると言えよう。現在、タンパク質分解システムの阻害剤・活性化剤に関する研究も多方面で行われている。プロテアソームの天然の阻害剤としてlactacystinやepoxomicinが知られているが、前述したようにvelcadeが多発性骨髄腫に対する出色の抗ガン剤として臨床的に多用されていることを背景に、現在、様々な阻害剤が開発され米国で臨床治験が行われている。またプロテアソームのDUBの一つUSP14の阻害剤IU1が、プロテアソームを活性化することが見出され、世間を驚かせた<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[67]。またプロテアソームに会合している二種のDUB(USP14とUch37/UCHL5)を同時に抑制する阻害薬として開発されたb-AP15が、ガン細胞のアポトーシシスを誘導することが見出され、がん治療への貢献が期待されている<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[68]。さらにユビキチンリガーゼや脱ユビキチン化酵素の異常で様々な病気が発症することが知られており、これらに対する阻害剤の開発が欧米を中心に活発に行われている。従って近未来にこれらをターゲットとした新薬が開発され、21世紀の長寿社会における健康科学の発展に大きく寄与することが期待されている<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>[69]
 このようにタンパク質分解研究はUPSやオートファジーの発見以来、騎虎の勢いで生命科学の中枢に迫ってきた。しかし現在なお「知っていることよりも知らないことが遙かに多い」という成長期の科学に見られる発展途上の段階にあると言えよう。現在、タンパク質分解システムの阻害剤・活性化剤に関する研究も多方面で行われている。プロテアソームの天然の阻害剤としてlactacystinやepoxomicinが知られているが、前述したようにvelcadeが多発性骨髄腫に対する出色の抗ガン剤として臨床的に多用されていることを背景に、現在、様々な阻害剤が開発され米国で臨床治験が行われている。またプロテアソームのDUBの一つUSP14の阻害剤IU1が、プロテアソームを活性化することが見出され、世間を驚かせた<ref name=ref67><pubmed>20829789</pubmed></ref>。またプロテアソームに会合している二種のDUB(USP14とUch37/UCHL5)を同時に抑制する阻害薬として開発されたb-AP15が、ガン細胞のアポトーシシスを誘導することが見出され、がん治療への貢献が期待されている<ref name=ref68><pubmed>22057347</pubmed></ref>。さらにユビキチンリガーゼや脱ユビキチン化酵素の異常で様々な病気が発症することが知られており、これらに対する阻害剤の開発が欧米を中心に活発に行われている。従って近未来にこれらをターゲットとした新薬が開発され、21世紀の長寿社会における健康科学の発展に大きく寄与することが期待されている<ref name=ref69><pubmed>21151032</pubmed></ref>。


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==