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英:enhancer | 英:enhancer | ||
エンハンサーとは、遺伝子の転写量を増加させる作用をもつDNA領域のことをいう。プロモーターからの距離や位置、方向に関係なく働く<ref name="ref100"><pubmed>21358745</pubmed></ref><ref name="ref200"><pubmed>21295696</pubmed></ref><ref name="ref7"><pubmed>22487374</pubmed></ref> | エンハンサーとは、遺伝子の転写量を増加させる作用をもつDNA領域のことをいう。プロモーターからの距離や位置、方向に関係なく働く<ref name="ref100"><pubmed>21358745</pubmed></ref><ref name="ref200"><pubmed>21295696</pubmed></ref><ref name="ref7"><pubmed>22487374</pubmed></ref>。サイレンサー(遺伝子の転写を抑制するDNA領域)とともに、遺伝子の発現調節で重要な役割を果たす。 | ||
== 構造と機能 == | == 構造と機能 == | ||
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エンハンサーはイントロンなどの非翻訳領域に存在することが多い。通常、多くの遺伝子には複数のエンハンサーが存在し、別々のエンハンサーで細胞や時期特異的な発現が制御され、エンハンサーには転写活性化因子の結合する配列が1個以上存在する。結合する転写活性化因子の多様性と組み合わせにより遺伝子の発現が多様に制御されると考えられる。 | エンハンサーはイントロンなどの非翻訳領域に存在することが多い。通常、多くの遺伝子には複数のエンハンサーが存在し、別々のエンハンサーで細胞や時期特異的な発現が制御され、エンハンサーには転写活性化因子の結合する配列が1個以上存在する。結合する転写活性化因子の多様性と組み合わせにより遺伝子の発現が多様に制御されると考えられる。 | ||
クロマチン免疫沈降法(Chromatin Immuno-Precipitation, ChIP)とDNAチップによる検出を組み合わせた方法(ChIP-chip法)や、次世代シークエンサーを組み合わせた方法(ChIP-Seq法)などの技術革新により、網羅的なエンハンサー解析が進んでいる<ref name="ref100" /><ref name="ref200" /><ref name="ref7" />。 | |||
== 作用機序 == | == 作用機序 == | ||
多くの場合、エンハンサーには複数個の転写活性化因子が結合する。プロモーターには転写基本因子(TFIIDなど)が結合し、RNAポリメラーゼIIとともに転写開始複合体が形成される。エンハンサーとプロモーターが離れていても(3Mbpの場合もある)、転写活性化因子と転写開始複合体の両者にコアクチベーターと呼ばれる因子が相互作用することにより、DNAはループを形成しエンハンサーとプロモーターが接近すると考えられる<ref><pubmed>22855826</pubmed></ref><ref><pubmed>22169023</pubmed></ref>。この時、RNAポリメラーゼIIがRNAの伸長を開始すると、転写活性化因子とコアクチベーターは新たな転写開始複合体の形成を促進することにより、転写が次々と起きると考えられている。しかし、ループ構造と転写促進には不明な点も多い。細胞核の中では、盛んに転写が起きている領域が存在し、ループ構造が転写の起きている領域への移動に関与するという可能性も示唆されている。 | |||
エンハンサーに結合した複数の転写活性化因子から成る構造体を、enhanceosomeと呼ぶこともある<ref><pubmed>18206362</pubmed></ref>。<br> | エンハンサーに結合した複数の転写活性化因子から成る構造体を、enhanceosomeと呼ぶこともある<ref><pubmed>18206362</pubmed></ref>。<br> | ||
コアクチベーターには、CBPやp300といったヒストンアセチルトランスフェラーゼ(histone acetyltransferase; HAT)活性を持つものがあり、ヒストンをアセチル化する<ref><pubmed>21131905</pubmed></ref><ref><pubmed>19698979</pubmed></ref>。アセチル化されたヒストンでは、DNAとの間の結合が弱まり、転写因子がDNAに結合しやすくなると考えられる。また、クロマチン再構成複合体(chromatin remodeling complex)は転写活性化因子に結合し、ATP依存的にヌクレオソームの移動や解離を行う<ref><pubmed>20513433</pubmed></ref><ref><pubmed>10500090</pubmed></ref>。その結果、より多くの転写活性化因子がエンハンサーに結合することができるようになり、プロモーター上で転写開始複合体の形成が促進される。<br> | |||
エンハンサー領域では、ヒストンの翻訳後修飾が他と異なり、ヒストンH3の4番目のリジンがモノメチル化またはジメチル化される(H3K4me1/ H3K4me2)<ref><pubmed>17277777</pubmed></ref>。また、H3.3やH2A.Zを含むヌクレオソームが存在し<ref><pubmed>19633671</pubmed></ref>、通常のヌクレオソームより不安定なため、転写活性化因子がDNAと容易に相互作用できると考えられている。ヒストンH3.3やH2A.Zを含むヌクレオソームは、プロモーター領域にも存在するが、ヒストンH3の4番目のリジンはトリメチル化されている(H3K4me3)。さらに、エンハンサー領域におけるヒストンの修飾は、機能の有無で変化することも知られている。例えば、ヒトES細胞では、エンハンサーが働いている時はヒストンH3の27番目のリジンがアセチル化されるが(H3K27ac)、機能していない時はメチル化される(H3K27me3)<ref><pubmed>21160473</pubmed></ref>。<br> | |||
エンハンサーでは、enhancer | エンハンサーでは、enhancer RNA(eRNA)とよばれるRNAが双方向に転写されることもある<ref><pubmed>20393465</pubmed></ref>。eRNAはタンパク質をコードせず、ポリアデニル化されない。eRNA合成がエンハンサーの機能に必須な例として、転写活性化因子p53が結合するエンハンサーがある<ref><pubmed>23273978</pubmed></ref>。しかし、全てのエンハンサーでeRNA合成が必要なのかはまだ不明である。一方、100塩基以上の長さを持ちポリアデニル化されるノンコーディングRNA(lncRNA)が転写を活性化する場合もある<ref><pubmed>20887892</pubmed></ref>。ENCODEプロジェクトにより、ヒトでは9640種のlncRNAが転写されることが明らかとなった<ref><pubmed>22955616</pubmed></ref>。<br> | ||
== 神経系におけるエンハンサー == | == 神経系におけるエンハンサー == | ||
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=== ''Mbh1''のエンハンサー === | === ''Mbh1''のエンハンサー === | ||
哺乳類には、千種類以上の様々な個性を持つ神経細胞が存在する。プロニューラル因子と呼ばれる転写制御因子は、神経細胞の分化を開始させるスイッチとして働く<ref><pubmed>17898002</pubmed></ref>。プロニューラル因子が直接に制御する遺伝子は長らく不明であったが、プロニューラル因子の'' | 哺乳類には、千種類以上の様々な個性を持つ神経細胞が存在する。プロニューラル因子と呼ばれる転写制御因子は、神経細胞の分化を開始させるスイッチとして働く<ref><pubmed>17898002</pubmed></ref>。プロニューラル因子が直接に制御する遺伝子は長らく不明であったが、プロニューラル因子の''Atoh1(Math1'', ''Mammalian atonal homolog 1'')は''Mbh1''(''Mammalian Bar-class homeobox 1'')を直接に活性化することが見出された<ref name="ref29"><pubmed>15788459</pubmed></ref>。''Mbh1''は胎生期の脊髄交連神経細胞で発現し、交連神経細胞の運命を制御する<ref><pubmed>12657654</pubmed></ref>。''Mbh1''のエンハンサーは翻訳領域の3’側に存在し、Atoh1タンパク質が結合するE-boxと呼ばれるDNA配列が必須である<ref name="ref29" />。<br> | ||
=== 終脳で機能するエンハンサー === | === 終脳で機能するエンハンサー === |
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