「めまい」の版間の差分

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== 原因  ==
== 原因  ==


 平衡感覚の成り立ち 身体の平衡機能は、末梢のセンサー(視覚や内耳の前庭器官、さらに筋肉や関節からの固有知覚)とそれを統合する中枢神経系(小脳・脳幹・大脳基底核・前庭皮質など)によって維持されている。末梢のセンサーで捉えられた感覚情報を中枢神経系で総合的に統合して身体の位置関係を把握することによって、通常は意識されることのないまま反射的に適切な運動行動が導かれているが、これら求心情報の統合の過程で個々の情報間に矛盾が生じると前庭皮質を経て平衡感覚の異常が意識され、めまいとして自覚されると考えられる。
 [[平衡感覚]]の成り立ち 身体の平衡機能は、末梢のセンサー(視覚や内耳の前庭器官、さらに筋肉や関節からの固有[[知覚]])とそれを統合する中枢神経系(小脳・脳幹・大脳基底核・前庭皮質など)によって維持されている。末梢のセンサーで捉えられた感覚情報を中枢神経系で総合的に統合して身体の位置関係を把握することによって、通常は意識されることのないまま反射的に適切な運動行動が導かれているが、これら求心情報の統合の過程で個々の情報間に矛盾が生じると前庭皮質を経て平衡感覚の異常が意識され、めまいとして自覚されると考えられる。


=== 末梢性めまい  ===
=== 末梢性めまい  ===


 末梢性めまいで問題になるのは回転加速度を検知する半規管や直線加速度を検知する耳石器、そしてこれらの知覚情報を中枢に伝える前庭神経である。これらは同じ内耳に存在し聴覚を担う蝸牛や蝸牛神経に近接して存在するため、しばしば聴覚系の異常と合併してめまい症状を呈する。多くの場合急性期には回転性めまいを呈するが、慢性化するに従ってしばしば浮動性めまいに移行する。脳MRIなどによる内耳系の画像検査の他、フレンツェル眼鏡による眼振の観察やカロリックテストによる前庭神経系の機能評価がしばしば診断上重要である。
 末梢性めまいで問題になるのは回転加速度を検知する[[半規管]]や直線加速度を検知する[[耳石器]]、そしてこれらの知覚情報を中枢に伝える[[前庭神経]]である。これらは同じ内耳に存在し聴覚を担う[[蝸牛]]や[[蝸牛神経]]に近接して存在するため、しばしば聴覚系の異常と合併してめまい症状を呈する。多くの場合急性期には回転性めまいを呈するが、慢性化するに従ってしばしば浮動性めまいに移行する。脳MRIなどによる内耳系の画像検査の他、フレンツェル眼鏡による眼振の観察やカロリック[[テスト]]による前庭神経系の機能評価がしばしば診断上重要である。


=== 中枢性めまい  ===
=== 中枢性めまい  ===


 前庭神経核を含む脳幹、小脳、そして大脳皮質の前庭機能に関係した部位である前庭皮質の異常に起因する。ヒトの前庭皮質は複数の部位に拡がっていると考えられているが、代表的な部位として側頭・頭頂接合部や島後部、下前頭回などを挙げる報告が多い。中枢神経系の器質的異常を背景とすることが多いため、しばしば平衡機能異常だけではなく、眼球運動障害などの脳神経系異常や運動失調など他の神経症状をともなう。脳MRIなどによる脳画像検査とともに神経診察が診断上特に重要である。
 [[前庭神経核]]を含む脳幹、小脳、そして[[大脳皮質]]の前庭機能に関係した部位である前庭皮質の異常に起因する。ヒトの前庭皮質は複数の部位に拡がっていると考えられているが、代表的な部位として側頭・頭頂接合部や島後部、下前頭回などを挙げる報告が多い。中枢神経系の器質的異常を背景とすることが多いため、しばしば平衡機能異常だけではなく、眼球運動障害などの[[脳神経]]系異常や運動失調など他の神経症状をともなう。脳MRIなどによる脳画像検査とともに神経診察が診断上特に重要である。


=== その他  ===
=== その他  ===


 何らかの原因による脳循環の一過性の低下はやはりめまいとして自覚される。多くは起立性低血圧や血管迷走神経反射などにより、症状が強度の場合は失神に至る。多くの場合、循環系の異常に起因するめまいでは立位で症状が生じるが、臥位では脳循環の改善にともないめまい症状も改善する。後述の通り一方でめまいは、不安障害など精神疾患の身体症状として見られることも多い。
 何らかの原因による脳循環の一過性の低下はやはりめまいとして自覚される。多くは起立性低血圧や血管[[迷走神経]]反射などにより、症状が強度の場合は失神に至る。多くの場合、循環系の異常に起因するめまいでは立位で症状が生じるが、臥位では脳循環の改善にともないめまい症状も改善する。後述の通り一方でめまいは、[[不安障害]]など[[精神疾患]]の身体症状として見られることも多い。


== めまいを呈する代表的な疾患 ==
== めまいを呈する代表的な疾患 ==
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Psychogenic vertigo
Psychogenic vertigo


 正確な頻度は不明であるが、患者数は多いと考えられる。めまいは不安障害やパニック障害などでも多く見られる症状の一つであり、身体の動揺感と不安感は深く関連している。例えば東日本大震災の後、余震の続く被災地では余震の無いときでも身体動揺感が持続する様な浮動性めまいの患者が急増した。これはメンタルストレスがめまいと言う症状と直結していることを強く示唆している。前庭皮質の一部は大脳辺縁系と密接に関連しており、平衡機能を司る神経系は情動の調節系とも密接に関わっていることが示唆される。
 正確な頻度は不明であるが、患者数は多いと考えられる。めまいは不安障害や[[パニック障害]]などでも多く見られる症状の一つであり、身体の動揺感と不安感は深く関連している。例えば東日本大震災の後、余震の続く被災地では余震の無いときでも身体動揺感が持続する様な浮動性めまいの患者が急増した。これはメンタル[[ストレス]]がめまいと言う症状と直結していることを強く示唆している。前庭皮質の一部は大脳辺縁系と密接に関連しており、平衡機能を司る神経系は[[情動]]の調節系とも密接に関わっていることが示唆される。


== 治療  ==
== 治療  ==
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=== 急性期対症療法  ===
=== 急性期対症療法  ===


 原因の如何に関わらずめまいの急性期ではベンゾジアゼピン系の抗不安薬が有効である。また鎮静効果とともに前庭神経機能抑制効果があるとされる抗ヒスタミン剤(ヒドロキシジン注射液など)も良く用いられる。世界的に本邦のみで用いられるにも関わらず、臨床現場で今もしばしば使用されているのが7%炭酸水素ナトリウム注射液の静注である。投与による血中炭酸ガスの増加にともなう末梢・中枢の血流増加がその作用機序と想定されているが、十分に解明されているとは言えない。最近、扁桃体の神経細胞に化学受容体が発現していることが報告され<ref><pubmed> 19945383 </pubmed></ref>、血液が酸性に傾くと扁桃体の異常な興奮とともに不安症状が生じること、さらに血液をアルカリ性に傾けることで扁桃体の異常興奮をともなう不安症状を和らげることができることが報告されている。あるいはこうした情動面の作用も炭酸水素ナトリウム静注の作用機序の一つであるかもしれない。  
 原因の如何に関わらずめまいの急性期ではベンゾジアゼピン系の抗不安薬が有効である。また鎮静効果とともに前庭神経機能抑制効果があるとされる抗ヒスタミン剤(ヒドロキシジン注射液など)も良く用いられる。世界的に本邦のみで用いられるにも関わらず、臨床現場で今もしばしば使用されているのが7%炭酸水素ナトリウム注射液の静注である。投与による血中炭酸ガスの増加にともなう末梢・中枢の血流増加がその作用機序と想定されているが、十分に解明されているとは言えない。最近、[[扁桃体]]の神経細胞に化学受容体が発現していることが報告され<ref><pubmed> 19945383 </pubmed></ref>、血液が酸性に傾くと扁桃体の異常な興奮とともに不安症状が生じること、さらに血液をアルカリ性に傾けることで扁桃体の異常興奮をともなう不安症状を和らげることができることが報告されている。あるいはこうした情動面の作用も炭酸水素ナトリウム静注の作用機序の一つであるかもしれない。  


=== 慢性期対症療法  ===
=== 慢性期対症療法  ===
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=== それぞれの原疾患に即した特異的治療法  ===
=== それぞれの原疾患に即した特異的治療法  ===


 良性発作性頭位性眩暈ではめまい発作の原因となっている耳石断片等の浮遊物を問題部位から除去するための理学療法(Epley法など)が推奨されている。メニエール病では内リンパ水腫を改善させるためにイソソルビドなどの利尿剤やステロイド剤も用いられる。重症例には外科治療も試みられる。前庭神経炎の多くは対症療法でめまい症状の改善を図る内に軽快して行くが重症例ではやはりステロイド剤が用いられる。椎骨脳底動脈不全症では通常、脳血流改善薬を使用する。循環動態の異常に起因する場合は循環系の治療を優先する。例えば不整脈の治療、昇圧剤による低血圧の治療などを行う。
 良性発作性頭位性眩暈ではめまい発作の原因となっている耳石断片等の浮遊物を問題部位から除去するための理学療法(Epley法など)が推奨されている。メニエール病では内リンパ水腫を改善させるためにイソソルビドなどの利尿剤や[[ステロイド]]剤も用いられる。重症例には外科治療も試みられる。前庭神経炎の多くは対症療法でめまい症状の改善を図る内に軽快して行くが重症例ではやはりステロイド剤が用いられる。椎骨脳底動脈不全症では通常、脳血流改善薬を使用する。循環動態の異常に起因する場合は循環系の治療を優先する。例えば不整脈の治療、昇圧剤による低血圧の治療などを行う。


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==