「視覚前野」の版間の差分

nyu-ronnno
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(nyu-ronnno)
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===非古典的受容野からの修飾===
===非古典的受容野からの修飾===


 V1と同様に、非古典的受容野より刺激特徴に選択的な修飾作用を受けている。V2でも受容野外に並ぶ線分の直列性に依存して、受容野に呈示した線分への反応が増強される(文脈依存性修飾作用、contextual modulation)<ref><pubmed>11050142</pubmed></ref>。また不均一な周辺抑制より、受容野を横切る境界線に対する反応が選択的に修飾される<ref name=refb><pubmed>11967544</pubmed></ref><ref><pubmed>16768360</pubmed></ref><ref name=refc><pubmed>21091803</pubmed></ref>。V4やMTでは、古典的受容野内で最適な刺激が、受容野外では最も強い抑制を引き起こす(拮抗抑制)。そのため、受容野内部と周辺との間で奥行きや運動の対比が強調される<ref name=6><pubmed>2213146</pubmed></ref><ref><pubmed>7479984</pubmed></ref><ref><pubmed>11068007</pubmed></ref>(受容野を参照)。
 V1と同様に、非古典的受容野より刺激特徴に選択的な修飾作用を受けている。V2でも受容野外に並ぶ線分の直列性に依存して、受容野に呈示した線分への反応が増強される(文脈依存性修飾作用、contextual modulation)<ref><pubmed>11050142</pubmed></ref>。また不均一な周辺抑制より、受容野を横切る境界線に対する反応が選択的に修飾される<ref name=refb><pubmed>11967544</pubmed></ref><ref><pubmed>16768360</pubmed></ref><ref name=refc><pubmed>21091803</pubmed></ref>。V4やMTでは、古典的受容野内で最適な刺激が、受容野外では最も強い抑制を引き起こす(拮抗抑制)。そのため、受容野内部と周辺との間で奥行きや運動の対比が強調される<ref name=ref6><pubmed>2213146</pubmed></ref><ref><pubmed>7479984</pubmed></ref><ref><pubmed>11068007</pubmed></ref>(受容野を参照)。


===大局的な情報===
===大局的な情報===
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===注意や予測(期待)===
===注意や予測(期待)===


 我々の視覚情報処理は視覚情報以外の能動的な修飾作用を受けている([[空間的注意]]、[[選択的注意]]を参照)。特定の場所、刺激物体、ないし色や形などの刺激属性に注意を向けさせた状態で記録すると反応の増強(ゲイン)、刺激選択性の向上(応答特性)、受容野の縮小や移動(空間特性)が観察される<ref><pubmed>7605061</pubmed></ref><ref><pubmed>12217174</pubmed></ref>。特に顕著な作用がMT<ref><pubmed>8700227</pubmed></ref><ref><pubmed>10376597</pubmed></ref><ref><pubmed>10460265</pubmed></ref><ref><pubmed>10200212</pubmed></ref>やV4<ref><pubmed>4023713</pubmed></ref><ref><pubmed>9096154</pubmed></ref><ref><pubmed>9870971</pubmed></ref><ref><pubmed>10896165</pubmed></ref>で見られた。一方V1、V2ではそうした修飾作用が弱かった<ref><pubmed>9120566</pubmed></ref><ref><pubmed>10024360</pubmed></ref>。また、V4では注意を向けさせると電気活動の同期性が高まることが報告されている<ref><pubmed>11222864</pubmed></ref>。ヒトでも同様の作用が報告されている<ref><pubmed>9756472</pubmed></ref>。
 我々の視覚情報処理は視覚情報以外の能動的な修飾作用を受けている([[空間的注意]]、[[選択的注意]]を参照)。サルを訓練して、特定の場所、刺激物体、色や形などの刺激属性に注意を向けさせた状態で記録すると反応の増強(ゲイン)、刺激選択性の向上(応答特性)、受容野の縮小や移動(空間特性)が観察される<ref><pubmed>7605061</pubmed></ref><ref><pubmed>12217174</pubmed></ref>。顕著な作用がMT<ref><pubmed>8700227</pubmed></ref><ref><pubmed>10376597</pubmed></ref><ref><pubmed>10460265</pubmed></ref><ref><pubmed>10200212</pubmed></ref>やV4<ref><pubmed>4023713</pubmed></ref><ref><pubmed>9096154</pubmed></ref><ref><pubmed>9870971</pubmed></ref><ref><pubmed>10896165</pubmed></ref>で見られる一方で、V1、V2ではそうした修飾作用が弱かった<ref><pubmed>9120566</pubmed></ref><ref><pubmed>10024360</pubmed></ref>。V4では注意を向けさせると電気活動の同期性が高まることが報告されている<ref><pubmed>11222864</pubmed></ref>。ヒトでも同様の作用が報告されている<ref><pubmed>9756472</pubmed></ref>。


==知覚の神経メカニズム(Neural correlates)==
==知覚の神経メカニズム(Neural correlates)==


 ある領野の電気活動が特定の視知覚の神経メカニズム(Neural correlates)であることを示すには、大局的な情報に選択性を示すことだけでは不十分であり、そうした試みはあまり成功していない。以下のようなMTの性質は、そうした因果関係をMTで検証することを可能にしている。①大多数のニューロンが運動方向や両眼視差に選択性を示す。②同様の選択性を持つニューロンが機能的コラムに集中している。③結果的に運動視や立体視が一群のニューロンの活動に依存している。
 ある領野の電気活動が特定の視知覚の神経メカニズム(Neural correlates)であることを示すには、大局的な情報に選択性を示すことだけでは不十分であり、そうした試みはあまり成功していない。MTの性質は、そうした因果関係をMTで検証することを例外的に可能にしている。①大多数のニューロンが運動方向や両眼視差に選択性を示す。②同様の選択性を持つニューロンが機能的コラムに集中している。③結果的に運動視や立体視が一群のニューロンの活動に依存している。
 '''運動からの構造の知覚'''(structure from motion) 円筒の表面に貼り付けたドットパターンが回転するように、平面上のドットを左右に動かすと回転する円筒に見える。両眼視差の情報がないので見かけの回転方向が不定期に変化する。サルを強制選択課題で訓練すると、サルにとっての回転方向を評価でき、それと同期して反応が変化するニューロンがMTで見つかった<ref><pubmed>9565031</pubmed></ref>。
 '''運動からの構造の知覚'''(structure from motion) 円筒の表面に貼り付けたドットパターンが回転するように、平面上のドットを左右に動かすと回転する円筒に見える。サルを強制選択課題で訓練すると、サルにとっての回転方向の見えを評価できる。両眼視差の情報がないので見かけの回転方向が不定期に変化するが、それと同期して反応が変化するニューロンがMTで見つかった<ref><pubmed>9565031</pubmed></ref>。
 '''ドットパターンの運動方向・奥行きの知覚''' ドットパターンの各要素がランダムに動く中で、同じ運動方向や奥行きを持つ要素の割合(コーヒーレンス)が高い程、その検出が容易となる。サルを強制選択課題で訓練すると、刺激のコーヒーレンスと正答率には一定の相関関係があり、サルにとっての運動の見えを評価できる。①ニューロンの発火頻度と運動の見えが相関すること、②一群のニューロンを破壊、麻痺、局所刺激して正答率を操作できること、③まったくランダムな刺激に対する答えの振れが発火頻度の振れと相関する(choice-probability)ことから、比較的少数のMTニューロンの活動が運動方向の知覚を左右することが示された<ref><pubmed>1464765</pubmed></ref><ref><pubmed>1607944</pubmed></ref><ref><pubmed>3385495</pubmed></ref>。同様に、奥行き知覚とMTニューロンの活動との因果関係が示された<ref><pubmed>9716130</pubmed></ref>。
 '''ドットパターンの運動方向・奥行きの知覚''' ドットパターンの各要素がランダムに動く中で、同じ運動方向や奥行きを持つ要素の割合(コーヒーレンス)が高い程、その検出が容易となる。サルを強制選択課題で訓練すると、刺激のコーヒーレンスと正答率には一定の相関関係があり、サルにとっての運動の見えを評価できる。①MTニューロンの発火頻度と運動の見えが相関すること、②一群のMTニューロンを破壊、麻痺、局所刺激して正答率を操作できること、③まったくランダムな刺激に対する答えの振れがMT発火頻度の振れと相関する(choice-probability)ことから、比較的少数のMTニューロンの活動が運動方向の知覚を左右することが示された<ref><pubmed>1464765</pubmed></ref><ref><pubmed>1607944</pubmed></ref><ref><pubmed>3385495</pubmed></ref>。同様に、奥行き知覚とMTニューロンの活動との因果関係が示された<ref><pubmed>9716130</pubmed></ref>。
 
 
==視覚情報処理のメカニズム==
==視覚情報処理のメカニズム==
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 新世界ザルの背外側野(DL)に相当する。V2(狭線条部、線条間部)、V3、V3aから強い入力を受け,下側頭葉 (TEO、TE)、上側頭溝(MT、MST、FST、V4t)、頭頂葉(DP、VIP、LIP、PIP、MST)、前頭葉(FEF)へ出力する。V1、V2、V3にフィードバック投射を返す。中心視の領域がV2の主な投射先であり、V1からも入力を受ける。周辺視の領域はV3,V5から強い入力を受け、上側頭溝や頭頂葉からも広く入力を受ける。背側視覚路に属する。ヒトのV4の区分には諸説がある<ref><pubmed>17978030</pubmed></ref><ref name=ref3><pubmed>12217168</pubmed></ref>。
 新世界ザルの背外側野(DL)に相当する。V2(狭線条部、線条間部)、V3、V3aから強い入力を受け,下側頭葉 (TEO、TE)、上側頭溝(MT、MST、FST、V4t)、頭頂葉(DP、VIP、LIP、PIP、MST)、前頭葉(FEF)へ出力する。V1、V2、V3にフィードバック投射を返す。中心視の領域がV2の主な投射先であり、V1からも入力を受ける。周辺視の領域はV3,V5から強い入力を受け、上側頭溝や頭頂葉からも広く入力を受ける。背側視覚路に属する。ヒトのV4の区分には諸説がある<ref><pubmed>17978030</pubmed></ref><ref name=ref3><pubmed>12217168</pubmed></ref>。


 1970年代に色に選択的な領域として同定された際には、色恒常性を示すことから色表現の中枢とされた<ref name=ref7 /></ref><ref><pubmed>4196224</pubmed></ref>。1980年代になると輪郭線の形状に選択性を示すことが明らかにされた<ref><pubmed>418173</pubmed></ref><ref name=ref6 /f><ref><pubmed>3803497</pubmed></ref>。近年、色と形のサブ領域(グロブ)に分かれることが示されている<ref><pubmed>21076422</pubmed></ref><ref><pubmed>17988638</pubmed></ref>。曲線の曲率と傾き<ref><pubmed>10561421</pubmed></ref><ref name=ref2 />、縞模様の空間周波数成分と傾き、輪郭線の形状に複雑な応答特性を示す。3次元方向の線の傾き<ref><pubmed>15987762</pubmed></ref>、受容野内外の相対的な奥行き(fine stereopsis)<ref><pubmed>3559704</pubmed></ref>に選択性を示す。大局的な選択性を示す(色恒常性、負相関ステレオグラム)。注意により強い修飾を受ける。
 1970年代に色に選択的な領域として同定された際には、色恒常性を示すことから色表現の中枢とされた<ref name=ref7 /></ref><ref><pubmed>4196224</pubmed></ref>。1980年代になると輪郭線の形状に選択性を示すことが明らかにされた<ref><pubmed>418173</pubmed></ref><ref name=ref6 /><ref><pubmed>3803497</pubmed></ref>。近年、色と形のサブ領域(グロブ)に分かれることが示されている<ref><pubmed>21076422</pubmed></ref><ref><pubmed>17988638</pubmed></ref>。曲線の曲率と傾き<ref><pubmed>10561421</pubmed></ref><ref name=ref2 />、縞模様の空間周波数成分と傾き、輪郭線の形状に複雑な応答特性を示す。3次元方向の線の傾き<ref><pubmed>15987762</pubmed></ref>、受容野内外の相対的な奥行き(fine stereopsis)<ref><pubmed>3559704</pubmed></ref>に選択性を示す。大局的な選択性を示す(色恒常性、負相関ステレオグラム)。注意により強い修飾を受ける。
 
 
 サルのV4を破壊すると、大きさの変化、遮蔽、色恒常性、主観的輪郭線に対応できなくなる、混在している複数の刺激を区別することができなくなる、同一物体の持つ奥行き,明暗,色,位置などの情報を同一物体のものとして関連付けることができなくなる<ref><pubmed>8466667</pubmed></ref><ref><pubmed>8338809</pubmed></ref><ref><pubmed>8782380</pubmed></ref><ref><pubmed>10412066</pubmed></ref>。ヒトのV8が損傷を受けると色覚だけが失われる。このV8をV4の一部とする説と、サルのTEOに相当するとする説がある<ref><pubmed>312619</pubmed></ref><ref><pubmed>10195149</pubmed></ref><ref><pubmed>11278193</pubmed></ref><ref name =ref3 />。
 サルのV4を破壊すると、大きさの変化、遮蔽、色恒常性、主観的輪郭線に対応できなくなる、混在している複数の刺激を区別することができなくなる、同一物体の持つ奥行き,明暗,色,位置などの情報を同一物体のものとして関連付けることができなくなる<ref><pubmed>8466667</pubmed></ref><ref><pubmed>8338809</pubmed></ref><ref><pubmed>8782380</pubmed></ref><ref><pubmed>10412066</pubmed></ref>。ヒトのV8が損傷を受けると色覚だけが失われる。このV8をV4の一部とする説と、サルのTEOに相当するとする説がある<ref><pubmed>312619</pubmed></ref><ref><pubmed>10195149</pubmed></ref><ref><pubmed>11278193</pubmed></ref><ref name =ref3 />。
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===V6野===
===V6野===


 新世界ザルの背内側野(DM)に相当する。当初、ヒトやマカクザルには存在しないとされていた。19野の一部で、解剖学的には上頭頂小葉(PO)の一部を占める<ref><pubmed>8713448</pubmed></ref><ref><pubmed>10583481</pubmed></ref><ref><pubmed>9786211</pubmed></ref>。主にMTより入力を受け、隣接するV6Aに出力する。頭頂葉(MST,MIP,VIP,LIP)へも投射する。周辺視によく反応する。エンドストップ抑制が弱く、低空間周波数成分に反応する。ドットパターンよりも大きな物体の輪郭線の運動に反応するが、最適な運動方向とその逆方向を区別しない。物体の動きよりも自己運動の検出に関わるとされる。ミエリン染色で濃く染まる<ref><pubmed>15678474</pubmed></ref>。
 新世界ザルの背内側野(DM)に相当する。当初、ヒトや旧世界ザル(マカクザル)には存在しないとされていた。19野の一部で、解剖学的には上頭頂小葉(PO)の一部を占める<ref><pubmed>8713448</pubmed></ref><ref><pubmed>10583481</pubmed></ref><ref><pubmed>9786211</pubmed></ref>。主にMTより入力を受け、隣接するV6Aに出力する。頭頂葉(MST,MIP,VIP,LIP)へも投射する。周辺視によく反応する。エンドストップ抑制が弱く、低空間周波数成分に反応する。ドットパターンよりも大きな物体の輪郭線の運動に反応するが、最適な運動方向とその逆方向を区別しない。物体の動きよりも自己運動の検出に関わるとされる。ミエリン染色で濃く染まる<ref><pubmed>15678474</pubmed></ref>。


==関連項目==
==関連項目==
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