「物体探索」の版間の差分

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 物体の特性を知覚レベルでは認識しているにもかかわらず、実際の探索行動が成功しない例は落下する物体の探索行動にも見られる。選好注視法を用いた実験では、物体が障害物によって妨げられている軌跡上を通過しないという固体性(solidity)の概念は、生後3,4カ月で獲得されることが確認されている。しかし、落下する物体を探索させる課題では2歳児でも探索エラーが多く見られた。この探索エラーは、固執傾向というよりむしろ、物体と障害物との空間的位置の表象を形成することの困難さや障害物に対する注意の欠如により生じると考えられている<ref>'''大杉 佳美・内山伊知郎'''<br>2,3歳児における固体性の認識に関する探索行動について<br>''行動科学'':2013,51,81-89</ref>。
 物体の特性を知覚レベルでは認識しているにもかかわらず、実際の探索行動が成功しない例は落下する物体の探索行動にも見られる。選好注視法を用いた実験では、物体が障害物によって妨げられている軌跡上を通過しないという固体性(solidity)の概念は、生後3,4カ月で獲得されることが確認されている。しかし、落下する物体を探索させる課題では2歳児でも探索エラーが多く見られた。この探索エラーは、固執傾向というよりむしろ、物体と障害物との空間的位置の表象を形成することの困難さや障害物に対する注意の欠如により生じると考えられている<ref>'''大杉 佳美・内山伊知郎'''<br>2,3歳児における固体性の認識に関する探索行動について<br>''行動科学'':2013,51,81-89</ref>。
==神経基盤  ==
==神経基盤  ==
 
 物体探索行動は環境内に生じた新たな変化によって引き起こされる行動であり、新奇な事象それ自体が行動を引き起こす、いわば報酬の役割をもつ。神経細胞レベルでも、新奇刺激が報酬系すなわちドーパミンニューロンの活動を引き起こすことが報告されている<ref><pubmed>9658025</pubmed></ref>。新奇刺激のインパクトによって反応の強度や持続性は異なるが、刺激が繰り返し提示されると、その活動は鎮静化していく。ドーパミンニューロンの障害によるおこるパーキンソン病の患者では新奇探索傾向が減少し、危険回避傾向が増加する<ref><pubmed>15201352</pubmed></ref>。同様の行動傾向が、ドーパミンD4受容体ノックアウトマウスにおいても報告されている<ref><pubmed>10531457</pubmed></ref>。
 物体探索行動は環境内に生じた新たな変化によって引き起こされる行動であり、新奇な事象それ自体が行動を引き起こす、いわば報酬の役割をもつ。神経細胞レベルでも、新奇刺激が報酬系すなわちドーパミンニューロンの活動を引き起こすことが報告されている<ref><pubmed>9658025</pubmed></ref>。新奇刺激のインパクトによって反応の強度や持続性は異なるが、刺激が繰り返し提示されると、その活動は鎮静化していく。ドーパミンD4受容体ノックアウトマウスでは新奇刺激に対する探索行動が減少することが報告されている。
 物体の視覚的な情報処理については、Mishkinらによって、二つの処理系提唱された。物体の空間的情報は一次視覚野から背側に向かう経路「where patyway」で処理され、物体認知は腹側に向かう経路「whatpathway」で処理される<ref><pubmed>7126325</pubmed></ref> 。物体探索課題で測定される認知機能の神経基盤として、海馬が物体の配置や物体の置かれた環境の符号化に必要であるが、物体認知そのものには重要でないことは研究者間である程度一致している。これまでのところ、物体自体の認知に関わる脳領域について、物体探索課題では積極的な結果が得られていない。しかし、物体認知記憶を測定する[[遅延非見本合わせ課題]](delayed nonmatching to sample, DNMS)を用いた損傷研究により、[[嗅皮質]]([[rhinal cortex]])が物体認知に重要であると考えられている。この課題は、ある刺激を前に見たかどうかについての物体認知記憶を測定するために使用される。見本試行において、テーブル上に見本物体が短時間提示され、遅延時間後の選択試行では、見本物体と同じ物体が新奇物体とともに提示される。動物が新奇物体を選択すると報酬が与えられる。  
 
 物体探索課題を用いた海馬損傷実験では、海馬は物体の配置や物体の置かれた環境の符号化に必要であるが、物体認知そのものには重要でないと考えられている。これまでのところ、物体自体の認知に関わる脳領域について、物体探索課題では積極的な結果が得られていない。しかし、物体認知記憶を測定する[[遅延非見本合わせ課題]](delayed nonmatching to sample, DNMS)を用いた損傷研究により、[[嗅皮質]]([[rhinal cortex]])が物体認知に重要であると考えられている。この課題は、ある刺激を前に見たかどうかについての物体認知記憶を測定するために使用される。見本試行において、テーブル上に見本物体が短時間提示され、遅延時間後の選択試行では、見本物体と同じ物体が新奇物体とともに提示される。動物が新奇物体を選択すると報酬が与えられる。  


 この課題を用いた初期の実験<ref><pubmed>418358</pubmed></ref>では、[[wikipedia:ja:マカクザル|マカクザル]]の海馬と[[扁桃体]]を含む側頭葉内側部の損傷の効果が検討された。見本試行と選択試行の遅延時間が10秒以内である場合、この課題の遂行に損傷の影響はなかったが、それよりも長い遅延時間が挿入されると、その時間依存的に課題の正答率が低くなった。後に同研究者によって損傷の精度を高めて追試が行われた結果、この障害は海馬や扁桃体単独の損傷では生じず、むしろそれらの近辺領域にある嗅皮質の損傷が障害を引き起こしたことが明らかになった<ref><pubmed>9698344</pubmed></ref>。したがって、物体認知記憶には海馬や扁桃体ではなく嗅皮質が重要な役割を担うと考えられる。
 この課題を用いた初期の実験<ref><pubmed>418358</pubmed></ref>では、[[wikipedia:ja:マカクザル|マカクザル]]の海馬と[[扁桃体]]を含む側頭葉内側部の損傷の効果が検討された。見本試行と選択試行の遅延時間が10秒以内である場合、この課題の遂行に損傷の影響はなかったが、それよりも長い遅延時間が挿入されると、その時間依存的に課題の正答率が低くなった。後に同研究者によって損傷の精度を高めて追試が行われた結果、この障害は海馬や扁桃体単独の損傷では生じず、むしろそれらの近辺領域にある嗅皮質の損傷が障害を引き起こしたことが明らかになった<ref><pubmed>9698344</pubmed></ref>。したがって、物体認知記憶には海馬や扁桃体ではなく嗅皮質が重要な役割を担うと考えられる。
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