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<font size="+1"> | <font size="+1">村田 唯、[http://researchmap.jp/bundomiki 文東 美紀]、[http://researchmap.jp/kaziwamoto 岩本 和也]</font><br> | ||
[http://researchmap.jp/bundomiki | ''東京大学 大学院医学系研究科分子精神医学講座 分子精神医学講座''<br> | ||
[http://researchmap.jp/kaziwamoto | DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年4月24日 原稿完成日:2013年6月4日<br> | ||
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担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤忠史](独立行政法人理化学研究所)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤忠史](独立行政法人理化学研究所)<br> | ||
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英語名:epigenetics 独:Epigenetik 仏:épigénétique | 英語名:epigenetics 独:Epigenetik 仏:épigénétique | ||
{{box|text= | {{box|text= エピジェネティクスとは、DNAの配列変化によらない[[wikipedia:ja:遺伝子発現|遺伝子発現]]を制御・伝達するシステムおよびその学術分野のことである。すなわち、[[細胞分裂]]を通して[[娘細胞]]に受け継がれるという遺伝的な特徴を持ちながらも、[[wikipedia:ja:DNA|DNA]][[wikipedia:ja:塩基配列|塩基配列]]の変化([[wikipedia:ja:突然変異|突然変異]])とは独立した機構である。このような制御は、化学的に安定した修飾である一方、[[wikipedia:ja:食事|食事]]、[[wikipedia:ja:大気汚染|大気汚染]]、[[wikipedia:ja:喫煙|喫煙]]、[[wikipedia:ja:酸化ストレス|酸化ストレス]]への暴露などの環境要因によって動的に変化する。言い換えると、エピジェネティクスは、遺伝子と環境要因の架け橋となる機構であると言える<ref><pubmed> 17522677 </pubmed></ref><ref><pubmed> 20535201 </pubmed></ref>。主なメカニズムとして、DNA[[wikipedia:ja:メチル化|メチル化]]と[[ヒストン]]修飾がある。}} | ||
== 歴史、経緯 == | == 歴史、経緯 == | ||
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===DNAメチル化と転写の制御=== | ===DNAメチル化と転写の制御=== | ||
一般的にプロモーター領域のDNAメチル化と遺伝子発現の程度はよく逆相関することが知られている<ref name="ref5" />が、DNAメチル化と遺伝子発現制御の関係は単純ではない。遺伝子構造内部のgene body領域のDNAメチル化は、[[wikipedia:ja:スプライシング|スプライシング]]の制御などに関わっていると考えられている<ref><pubmed> 20613842 </pubmed></ref><ref><pubmed> 22641018 </pubmed></ref>。また、メチル化されたCpG配列には、[[wikipedia:ja:メチル化CpG結合ドメインタンパク質|メチル化CpG結合ドメインタンパク質]](methyl-CpG-binding domain protein; MBD) | 一般的にプロモーター領域のDNAメチル化と遺伝子発現の程度はよく逆相関することが知られている<ref name="ref5" />が、DNAメチル化と遺伝子発現制御の関係は単純ではない。遺伝子構造内部のgene body領域のDNAメチル化は、[[wikipedia:ja:スプライシング|スプライシング]]の制御などに関わっていると考えられている<ref><pubmed> 20613842 </pubmed></ref><ref><pubmed> 22641018 </pubmed></ref>。また、メチル化されたCpG配列には、[[wikipedia:ja:メチル化CpG結合ドメインタンパク質|メチル化CpG結合ドメインタンパク質]](methyl-CpG-binding domain protein; MBD) が結合し転写を抑制するタンパク質複合体を引き寄せ、遺伝子発現の抑制が達成されると考えられている。しかしMBDの一種であり、[[レット症候群]]の責任遺伝子である[[methyl-CpG binding protein 2]] ([[MeCP2]])は、転写の抑制および活性化双方の働きを持つことが知られている<ref><pubmed> 18511691 </pubmed></ref>。 | ||
===DNAメチル化と脱メチル化=== | ===DNAメチル化と脱メチル化=== | ||
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==ヒストン修飾== | ==ヒストン修飾== | ||
DNAにヒストンタンパク質が巻きついた状態の構造を[[wikipedia:ja:ヌクレオソーム|ヌクレオソーム]] (nucleosome)といい、[[wikipedia:ja:クロマチン|クロマチン]]の構成単位である。ヌクレオソームの4種類のヒストンのアミノ酸側鎖はさまざまな修飾を受け、クロマチン構造が変化することによって遺伝子発現が調節される。ヒストンのアミノ酸配列全体を通して修飾が認められるが、特に[[ヒストンテール]]と呼ばれるヒストンのN末端に位置する[[wikipedia:ja:リジン|リジン]]や[[wikipedia:ja:アスパラギン|アスパラギン]]が高頻度に[[アセチル化]]、メチル化、[[ユビキチン化]]、[[リン酸化]]および[[スモイル化]]など多様な修飾を受ける。 | |||
活発に転写されている遺伝子のプロモーター領域では、ヒストンH3のリジン9やリジン14のアセチル化(H3K9ac, H3K14ac)や、リジン4のトリメチル化(H3K4me3)などが認められる。他方で、ヒストンH3のリジン9やリジン27のトリメチル化(H3K9me3, H3K27me3)などは発現が抑制されているプロモーター領域に認められる<ref><pubmed> 17522673 </pubmed></ref>。これらの修飾は、たがいに排他的であったりさまざまな組み合わせで存在したりするため、その多様性が遺伝子の発現を決定し、細胞特異的な構造・機能を生み出していると考えられている([[ヒストンコード仮説]])<ref><pubmed> 10638745 </pubmed></ref>。 | 活発に転写されている遺伝子のプロモーター領域では、ヒストンH3のリジン9やリジン14のアセチル化(H3K9ac, H3K14ac)や、リジン4のトリメチル化(H3K4me3)などが認められる。他方で、ヒストンH3のリジン9やリジン27のトリメチル化(H3K9me3, H3K27me3)などは発現が抑制されているプロモーター領域に認められる<ref><pubmed> 17522673 </pubmed></ref>。これらの修飾は、たがいに排他的であったりさまざまな組み合わせで存在したりするため、その多様性が遺伝子の発現を決定し、細胞特異的な構造・機能を生み出していると考えられている([[ヒストンコード仮説]])<ref><pubmed> 10638745 </pubmed></ref>。 | ||
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===脳神経系細胞における様々なシトシン修飾状態とその機能=== | ===脳神経系細胞における様々なシトシン修飾状態とその機能=== | ||
メチルシトシンが[[ten-eleven translocation]] (TET) | メチルシトシンが[[ten-eleven translocation]] (TET)タンパク質によって酸化された[[wikipedia:ja:ヒドロキシメチルシトシン|ヒドロキシメチルシトシン]] ([[wikipedia:5-hydroxymethylcytosine|5-hydroxymethylcytosine]]; 5-hmc)<ref><pubmed> 19372391 </pubmed></ref>が脳神経系細胞に豊富に含まれることが近年明らかにされた<ref><pubmed> 19372393 </pubmed></ref>。その後、TET存在下で[[wikipedia:ja:カルボキシルシトシン|カルボキシルシトシン]]([[wikipedia:ja:5-carboxylcytosine|5-carboxylcytosine]]; 5-cac)、[[wikipedia:ja:フォルミルシトシン|フォルミルシトシン]] ([[wikipedia:ja:5-formylcytosine|5-formylcytosine]]; 5-fc)が生成されることが報告されている<ref><pubmed> 21778364 </pubmed></ref>。これら多様なシトシン修飾は、分裂しない神経細胞における脱メチル化過程の中間産物であると考えられている。盛んに分裂する細胞では、維持メチラーゼの活性が抑制され、メチル化されていない細胞が増加することによる脱メチル化が見られ、passive demethylationと呼ばれている<ref><pubmed> 21925312 </pubmed></ref>。これに対し、5-hmcを介したシトシンへの脱メチル化は、active demethylationであると考えられており、哺乳類では確認されていなかった。 | ||
現在提唱されているモデルでは、5-fcから5-cacに変換された後、未同定のcarboxylaseによって再びシトシンに変換されるか、5-fcあるいは5-cacが[[activation-induced cytidine deaminase]] (AID)や[[apolipoprotein B mRNA editing enzyme catalytic polypeptide]] (APOBEC)の作用によりチミンに変換され、[[thymine-DNA glycosylase]] (TDG)や他のDNA修復関連酵素群による塩基除去修復系によってシトシンに戻るモデルなどが提案されている<ref><pubmed> 19659441 </pubmed></ref>。また、多くのMBDは5-hmcに結合しないことがin vitroで示されてきたが、近年MeCP2が5-hmcに結合することが明らかにされ<ref><pubmed> 23260135 </pubmed></ref>、また、5- | 現在提唱されているモデルでは、5-fcから5-cacに変換された後、未同定のcarboxylaseによって再びシトシンに変換されるか、5-fcあるいは5-cacが[[activation-induced cytidine deaminase]] (AID)や[[apolipoprotein B mRNA editing enzyme catalytic polypeptide]] (APOBEC)の作用によりチミンに変換され、[[thymine-DNA glycosylase]] (TDG)や他のDNA修復関連酵素群による塩基除去修復系によってシトシンに戻るモデルなどが提案されている<ref><pubmed> 19659441 </pubmed></ref>。また、多くのMBDは5-hmcに結合しないことがin vitroで示されてきたが、近年MeCP2が5-hmcに結合することが明らかにされ<ref><pubmed> 23260135 </pubmed></ref>、また、5-hmc結合タンパク質のスクリーニングも進みつつあり<ref><pubmed> 23434322 </pubmed></ref>、脱メチル化過程の中間産物以外の機能を持つことが示唆されている。 | ||
==関連項目== | ==関連項目== |