「ホスファチジルイノシトール」の版間の差分

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 細胞内シグナル伝達経路の制御に関わる。[[Akt]]や[[Btk]]など多くのシグナル伝達分子や[[タンパクリン酸化酵素]]が脂質結合ドメインを持っており、ホスファチジルイノシトールとの結合によってキナーゼ活性が制御されている例も見られる。後述の[[PI3キナーゼ]]シグナル伝達経路は[[アポトーシス]]の抑制やタンパク質合成などの細胞の生存に不可欠なものであることが明らかとなっている<ref name="ref5"><pubmed>16847462</pubmed></ref>。
 細胞内シグナル伝達経路の制御に関わる。[[Akt]]や[[Btk]]など多くのシグナル伝達分子や[[タンパクリン酸化酵素]]が脂質結合ドメインを持っており、ホスファチジルイノシトールとの結合によってキナーゼ活性が制御されている例も見られる。後述の[[PI3キナーゼ]]シグナル伝達経路は[[アポトーシス]]の抑制やタンパク質合成などの細胞の生存に不可欠なものであることが明らかとなっている<ref name="ref5"><pubmed>16847462</pubmed></ref>。
 さらに、ホスファチジルイノシトールの代謝異常は多くの重大かつ重篤な疾患と密接に関連していることも明らかとなっている。PI(3,4,5)P<sub>3</sub>の代謝異常は[[wikipedia:ja:悪性腫瘍|癌]]や[[wikipedia:ja:糖尿病|糖尿病]]の患者に多く認められている。これは癌細胞の増殖や浸潤転移、[[インスリン]]による[[wikipedia:ja:骨格筋|骨格筋]]や[[wikipedia:ja:脂肪細胞|脂肪細胞]]への糖取込みにおいてPI(3,4,5)P<sub>3</sub>が必要であることに起因している。また、PI(4,5)P<sub>2</sub>の代謝異常が[[Lowe症候群]]などの遺伝性疾患患者に認められている。  
 さらに、ホスファチジルイノシトールの代謝異常は多くの重大かつ重篤な疾患と密接に関連していることも明らかとなっている。PI(3,4,5)P<sub>3</sub>の代謝異常は[[wikipedia:ja:悪性腫瘍|癌]]や[[wikipedia:ja:糖尿病|糖尿病]]の患者に多く認められている。これは癌細胞の増殖や浸潤転移、[[インスリン]]による[[wikipedia:ja:骨格筋|骨格筋]]や[[wikipedia:ja:脂肪細胞|脂肪細胞]]への糖取込みにおいてPI(3,4,5)P<sub>3</sub>が必要であることに起因している。また、PI(4,5)P<sub>2</sub>の代謝異常が[[Lowe症候群]]などの遺伝性疾患患者に認められている。  


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==== '''機能'''  ====
==== '''機能'''  ====


 PI(3)Pはエンドソームの融合に重要である。PI(3)Pは[[wikipedia:FYVE domain|FYVE]]ドメインや[[wikipedia:Phox domain|phox]]ドメインを持つ分子をエンドソームに局在させる<ref name="ref1" />。例えば、[[wikipedia:EEA1|EEA]]1はそのFYVEドメインでPI(3)Pと結合し、一方で[[Rab]]5 GTPaseを結合してエンドソーム融合を促進する。実際細胞内のPI(3)Pを取り除くと、初期エンドソームを介したタンパク質の輸送が遅くなったり、[[wikipedia:ja:増殖因子|増殖因子]]受容体の[[wikipedia:ja:リソソーム|リソソーム]]への取込みが阻害されたりする。インスリンシグナルにおけるグルコーストランスポーターGLUT4の細胞膜への移行にもPI(3)Pが正の役割を果たしていることが明らかとなっている。最近、PI(3)Pがアミノ酸飢餓などによって誘導される[[wikipedia:ja:オートファジー|オートファジー]]構造(オートプァゴソーム)の形成に積極的な働きをすることが明らかとなった。この構造は細胞における病原体の感染防御に必要であるが、Vps34とAtg6, Bif-1などの分子が結合してこの構造の形成が促進され、同時にPI(3)Pが産生される。PI(3)Pはオートファゴソームの形成に直接関与しているだけでなく、オートファジー形成を促進する[[MTOR]]の活性化も制御している。mTORはがんや糖尿病と密接な関係があるが、PI(3)Pとこれらの病気の関係は明らかになっていない。  
 PI(3)Pはエンドソームの融合に重要である。PI(3)Pは[[wikipedia:FYVE domain|FYVE]]ドメインや[[wikipedia:Phox domain|phox]]ドメインを持つ分子をエンドソームに局在させる<ref name="ref1" />。例えば、[[wikipedia:EEA1|EEA]]1はそのFYVEドメインでPI(3)Pと結合し、一方で[[Rab]]5 GTPaseを結合してエンドソーム融合を促進する。実際細胞内のPI(3)Pを取り除くと、初期エンドソームを介したタンパク質の輸送が遅くなったり、[[wikipedia:ja:増殖因子|増殖因子]]受容体の[[wikipedia:ja:リソソーム|リソソーム]]への取込みが阻害されたりする。インスリンシグナルにおけるグルコーストランスポーターGLUT4の細胞膜への移行にもPI(3)Pが正の役割を果たしていることが明らかとなっている。最近、PI(3)Pがアミノ酸飢餓などによって誘導される[[wikipedia:ja:オートファジー|オートファジー]]構造(オートプァゴソーム)の形成に積極的な働きをすることが明らかとなった。この構造は細胞における病原体の感染防御に必要であるが、Vps34とAtg6, Bif-1などの分子が結合してこの構造の形成が促進され、同時にPI(3)Pが産生される。PI(3)Pはオートファゴソームの形成に直接関与しているだけでなく、オートファジー形成を促進する[[MTOR]]の活性化も制御している。mTORはがんや糖尿病と密接な関係があるが、PI(3)Pとこれらの病気の関係は明らかになっていない。<br>  
 
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=== '''PI(3,4)P<sub>2</sub>'''  ===
=== '''PI(3,4)P<sub>2</sub>'''  ===
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== '''ホスファチジルイノシトールキナーゼ'''  ==
== '''ホスファチジルイノシトールキナーゼ'''  ==


 ホスファチジルイノシトールのリン酸化酵素の総称。イノシトール環へのリン酸化の部位によって3-キナーゼ、4-キナーゼ、5-キナーゼに分類され、全部で約15種類存在する[[ファイル:Example.jpg]]。
 ホスファチジルイノシトールのリン酸化酵素の総称。イノシトール環へのリン酸化の部位によって3-キナーゼ、4-キナーゼ、5-キナーゼに分類され、全部で約15種類存在する(図2)。


 PI 4-キナーゼ(PI4K IIα,IIβ,IIIα,IIIβ)はPIの4位をリン酸化する分子でトランスゴルジでのPI4P産生を行う。  
 PI 4-キナーゼ(PI4K IIα,IIβ,IIIα,IIIβ)はPIの4位をリン酸化する分子でトランスゴルジでのPI4P産生を行う。  
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== '''ホスファチジルイノシトールホスファターゼ'''  ==
== '''ホスファチジルイノシトールホスファターゼ'''  ==


 ホスファチジルイノシトールの脱リン酸化酵素の総称。全部で50種類以上の分子からなり、その基質特異性と脱リン酸化するリン酸基の位置によって分類される。多くのポリホスホイノシチドホスファターゼ分子が、遺伝性疾患、がん、糖尿病など重篤な疾患の原因遺伝子として知られている。ポリホスホイノシチドホスファターゼはその基質特異性と脱リン酸化部位によって分類される(図1)。  通常、ポリホスホイノシチドホスファターゼが脱リン酸化するリン酸基は一ヶ所であり、3−ホスファターゼ、4−ホスファターゼ、5−ホスファターゼのいずれかに分類される。例えば、3-ホスファターゼはPI(3)P, PI(3,4)P<sub>2</sub>, PI(3,5)P<sub>2</sub>, PI(3,4,5)P<sub>3</sub>を脱リン酸化して、それぞれPI, PI(3)P, PI(4)P, PI(3,4)P<sub>2</sub>を産生する。中にはSAC1の様に、3-ホスファターゼ活性と4-ホスファターゼ活性の2種類以上の活性を同時に有するものも存在する。 さらに基質となるホスファチジルイノシトールの中でも、その基質特異性の強さは異なり、多くのポリホスホイノシチドホスファターゼはそのうち一部だけを基質とし得る。例えば、PTENはPI(3,4,5)P<sub>3</sub>の3位の脱リン酸化活性が高いため、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>の3-ホスファターゼと呼ばれている。一方、SHIP1はPI(3,4,5)P<sub>3</sub>の5位を脱リン酸化するため、PI(3,4,5)P<sub>3</sub> 5-ホスファターゼと呼ばれる。  ホスファチジルイノシトールホスファターゼはその活性部位の構造から2つに分類される。  PTEN, Myotubularin, 4-ホスファターゼとSAC1ドメインを持つホスファターゼは活性部位がCX<sub>5</sub>RT/Sというアミノ酸配列を有し、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素と相同性を持つ。3−ホスファターゼと4-ホスファターゼはほぼこちらに分類される。  一方、SHIP2やSKIPなどの5−ホスファターゼは活性部位がおよそ300アミノ酸程度からなり、その活性中心がGDXNXRとPAWXDRI/VLWというイノシトール3リン酸(IP<sub>3</sub>)やイノシトール4リン酸(IP<sub>4</sub>)などを脱リン酸化するイノシトールポリリン酸脱リン酸化酵素と共通した配列を持つ。  
 ホスファチジルイノシトールの脱リン酸化酵素の総称。全部で50種類以上の分子からなり、その基質特異性と脱リン酸化するリン酸基の位置によって分類される。多くのポリホスホイノシチドホスファターゼ分子が、遺伝性疾患、がん、糖尿病など重篤な疾患の原因遺伝子として知られている。ポリホスホイノシチドホスファターゼはその基質特異性と脱リン酸化部位によって分類される(図3)。
 
 通常、ポリホスホイノシチドホスファターゼが脱リン酸化するリン酸基は一ヶ所であり、3−ホスファターゼ、4−ホスファターゼ、5−ホスファターゼのいずれかに分類される。例えば、3-ホスファターゼはPI(3)P, PI(3,4)P<sub>2</sub>, PI(3,5)P<sub>2</sub>, PI(3,4,5)P<sub>3</sub>を脱リン酸化して、それぞれPI, PI(3)P, PI(4)P, PI(3,4)P<sub>2</sub>を産生する。中にはSAC1の様に、3-ホスファターゼ活性と4-ホスファターゼ活性の2種類以上の活性を同時に有するものも存在する。 さらに基質となるホスファチジルイノシトールの中でも、その基質特異性の強さは異なり、多くのポリホスホイノシチドホスファターゼはそのうち一部だけを基質とし得る。例えば、PTENはPI(3,4,5)P<sub>3</sub>の3位の脱リン酸化活性が高いため、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>の3-ホスファターゼと呼ばれている。一方、SHIP1はPI(3,4,5)P<sub>3</sub>の5位を脱リン酸化するため、PI(3,4,5)P<sub>3</sub> 5-ホスファターゼと呼ばれる。
 
 ホスファチジルイノシトールホスファターゼはその活性部位の構造から2つに分類される。  PTEN, Myotubularin, 4-ホスファターゼとSAC1ドメインを持つホスファターゼは活性部位がCX<sub>5</sub>RT/Sというアミノ酸配列を有し、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素と相同性を持つ。3−ホスファターゼと4-ホスファターゼはほぼこちらに分類される。
 
 一方、SHIP2やSKIPなどの5−ホスファターゼは活性部位がおよそ300アミノ酸程度からなり、その活性中心がGDXNXRとPAWXDRI/VLWというイノシトール3リン酸(IP<sub>3</sub>)やイノシトール4リン酸(IP<sub>4</sub>)などを脱リン酸化するイノシトールポリリン酸脱リン酸化酵素と共通した配列を持つ。  


 多くの分子が疾患と関連しており<ref name="ref6"><pubmed>19196647</pubmed></ref>、疾患治療のターゲット分子としての需要性も高まっている。  
 多くの分子が疾患と関連しており<ref name="ref6"><pubmed>19196647</pubmed></ref>、疾患治療のターゲット分子としての需要性も高まっている。  
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== 参考文献  ==
== 参考文献  ==


<references /> 1. Auger KR. et al. PDGF-dependent tyrosine phosphorylation stimulates production of novel polyphosphoinositides in intact cells. Cell, 7;57, 167-75. PMID: 2467744<br>2. Vicinanza M. et al. Function and dysfunction of the PI system in membrane trafficking. EMBO J., 27, 2457-2470 (1989). PMID: 18784754<br>3. Suetsugu S. et al. Subcellular membrane curvature mediated by the BAR domain superfamily proteins. Semin Cell Dev Biol., 21, 340-9 (2010). PMID: 19963073<br>4. Saarikangas J. et al. Regulation of the actin cytoskeleton-plasma membrane interplay by phosphoinositides. Physiol Rev. 90, 259-89 (2010). PMID: 20086078<br>5.Engelman J. A. et al. The evolution of phosphatidylinositol 3-kinasess as regulatos of growth and metabolism. Nature Reviews in Genetics, 7, 606-619 (2006) PMID: 16847462<br>6. McCrea H. J. and De Camilli P. Mutations in Phosphoinositide Metabolizing Exzymes and Human Disease Physiology 24, 8-16 (2009)PMID: 19196647<br>
<references /> 1. Auger KR. et al. PDGF-dependent tyrosine phosphorylation stimulates production of novel polyphosphoinositides in intact cells. Cell, 7;57, 167-75. PMID: 2467744<br>2. Vicinanza M. et al. Function and dysfunction of the PI system in membrane trafficking. EMBO J., 27, 2457-2470 (1989). PMID: 18784754<br>3. Suetsugu S. et al. Subcellular membrane curvature mediated by the BAR domain superfamily proteins. Semin Cell Dev Biol., 21, 340-9 (2010). PMID: 19963073<br>4. Saarikangas J. et al. Regulation of the actin cytoskeleton-plasma membrane interplay by phosphoinositides. Physiol Rev. 90, 259-89 (2010). PMID: 20086078<br>5. Engelman J. A. et al. The evolution of phosphatidylinositol 3-kinasess as regulatos of growth and metabolism. Nature Reviews in Genetics, 7, 606-619 (2006) PMID: 16847462<br>6. McCrea H. J. and De Camilli P. Mutations in Phosphoinositide Metabolizing Exzymes and Human Disease Physiology 24, 8-16 (2009)PMID: 19196647<br>
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