「ホスファチジルイノシトール」の版間の差分

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== '''構造と種類'''  ==
== '''構造と種類'''  ==


 ホスファチジルイノシトールは正確には1,2-ジアシル-sn-グリセロ-3-ホスホリル-1-myo-イノシトールという名称の脂質であり、[[wikipedia:ja:脂肪酸|脂肪酸]]部分と[[wikipedia:ja:イノシトール|イノシトール]]環部分からなる。脂肪酸部分は二つの[[wikipedia:ja:アシル基|アシル基]]からなり、組成は1-[[wikipedia:ja:ステアリン酸|ステアロイル]]-2-[[wikipedia:ja:アラキドン酸|アラキドノイル]]型が多い。  ホスファチジルイノシトールのイノシトール環の1-3個の[[wikipedia:ja:ヒドロキシル基|ヒドロキシル基]]に[[wikipedia:ja:リン酸|リン酸]]基が[[wikipedia:ja:エステル|エステル]]結合した分子(ホスホイノシタイド)も生体内には見いだされる。従って、ほ乳類の含有するホスホイノシタイドは、リン酸機の個数によって、PI(ホスファチジルイノシトール)、PIP(ホスファチジルイノシトール一リン酸)、PIP<sub>2</sub>(ホスファチジルイノシトール二リン酸)とPIP<sub>3</sub>(ホスファチジルイノシトール三リン酸)から成り、このうちPIP、PIP2とPIP3のことを総称して(ポリ)ホスホイノシチドと呼ぶ。これらはそのリン酸基に位置によってさらに分類される。PIPには[[PI(3)P]](ホスファチジルイノシトール-3-一リン酸)、[[PI(4)P]](ホスファチジルイノシトール-4-一リン酸)、[[PI(5)P]](ホスファチジルイノシトール-5-一リン酸)の3種類が、PIP<sub>2</sub>には[[PI(3,4)P2|PI(3,4)P<sub>2</sub>]](ホスファチジルイノシトール-3,4-二リン酸)、[[PI(3,5)P2|PI(3,5)P<sub>2</sub>]](ホスファチジルイノシトール-3,5-二リン酸)[[PI(4,5)P2|PI(4,5)P<sub>2</sub>]](ホスファチジルイノシトール-4,5-ビスリン酸)の3種類が存在する。[[PI(3,4,5)P3|PI(3,4,5)P<sub>3</sub>]]はイノシトール環の3、4、5位の3カ所にリン酸基が入ったもので1種類のみ存在する(図1)。[[Image:Fig2.jpg|thumb|right|250px]]  ホスファチジルイノシトールが見つかって60年以上が経過しているが、1988年のCantleyによる[[PI3キナーゼ]]の同定によって、現在は7種類のホスホイノシタイドが見つかっている<ref name="ref1"><pubmed>2467744</pubmed></ref>。ホスホイノシタイドは全リン脂質量の0.1%〜1%を占めているが、これはホスファチジルイノシトールが5%〜10%を占めるのに比べると非常に少ない。 特にホスホイノシチドには様々な生理活性が知られており、本項目ではそれらを中心に解説する。  
 ホスファチジルイノシトールは正確には1,2-ジアシル-sn-グリセロ-3-ホスホリル-1-myo-イノシトールという名称の脂質であり、[[wikipedia:ja:脂肪酸|脂肪酸]]部分と[[wikipedia:ja:イノシトール|イノシトール]]環部分からなる。脂肪酸部分は二つの[[wikipedia:ja:アシル基|アシル基]]からなり、組成は1-[[wikipedia:ja:ステアリン酸|ステアロイル]]-2-[[wikipedia:ja:アラキドン酸|アラキドノイル]]型が多い。  ホスファチジルイノシトールのイノシトール環の1-3個の[[wikipedia:ja:ヒドロキシル基|ヒドロキシル基]]に[[wikipedia:ja:リン酸|リン酸]]基が[[wikipedia:ja:エステル|エステル]]結合した分子(ホスホイノシタイド)も生体内には見いだされる。従って、ほ乳類の含有するホスホイノシタイドは、リン酸機の個数によって、PI(ホスファチジルイノシトール)、PIP(ホスファチジルイノシトール一リン酸)、PIP<sub>2</sub>(ホスファチジルイノシトール二リン酸)とPIP<sub>3</sub>(ホスファチジルイノシトール三リン酸)から成り、このうちPIP、PIP2とPIP3のことを総称して(ポリ)ホスホイノシチドと呼ぶ。これらはそのリン酸基に位置によってさらに分類される。PIPには[[PI(3)P]](ホスファチジルイノシトール-3-一リン酸)、[[PI(4)P]](ホスファチジルイノシトール-4-一リン酸)、[[PI(5)P]](ホスファチジルイノシトール-5-一リン酸)の3種類が、PIP<sub>2</sub>には[[PI(3,4)P2|PI(3,4)P<sub>2</sub>]](ホスファチジルイノシトール-3,4-二リン酸)、[[PI(3,5)P2|PI(3,5)P<sub>2</sub>]](ホスファチジルイノシトール-3,5-二リン酸)[[PI(4,5)P2|PI(4,5)P<sub>2</sub>]](ホスファチジルイノシトール-4,5-ビスリン酸)の3種類が存在する。[[PI(3,4,5)P3|PI(3,4,5)P<sub>3</sub>]]はイノシトール環の3、4、5位の3カ所にリン酸基が入ったもので1種類のみ存在する(図1)。[[Image:Fig2.jpg|thumb|right|250px]]  ホスファチジルイノシトールが見つかって60年以上が経過しているが、1988年のCantleyによる[[PI3キナーゼ]]の同定によって、現在は7種類のホスホイノシタイドが見つかっている<ref name="ref1"><pubmed>2467744</pubmed></ref>。ホスホイノシタイドは全リン脂質量の0.1%〜1%を占めているが、これはホスファチジルイノシトールが5%〜10%を占めるのに比べると非常に少ない。 特にホスホイノシチドには様々な生理活性が知られており、本項目ではそれらを中心に解説する。<br>  
 
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== '''ホスファチジルイノシトールの機能'''  ==
== '''ホスファチジルイノシトールの機能'''  ==


 ホスファチジルイノシトールの機能は大きく四つに分類される。  
 ホスファチジルイノシトールの機能は大きく四つに分類される。<br>  
 
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=== '''セカンドメッセンジャー産生の基質'''  ===
=== '''セカンドメッセンジャー産生の基質'''  ===


 細胞内情報伝達経路における[[セカンドメッセンジャー]]物質産生の基質としての機能する。PI(4,5)P<sub>2</sub>から[[フォスフォリパーゼC]] (PLC)によって[[ジアシルグリセロール]] (DG)と[[イノシトール3リン酸]] (IP<sub>3</sub>)が産生され、小胞体からのカルシウム放出を促進するのがこの例に当たる。  
 細胞内情報伝達経路における[[セカンドメッセンジャー]]物質産生の基質としての機能する。PI(4,5)P<sub>2</sub>から[[フォスフォリパーゼC]] (PLC)によって[[ジアシルグリセロール]] (DG)と[[イノシトール3リン酸]] (IP<sub>3</sub>)が産生され、小胞体からのカルシウム放出を促進するのがこの例に当たる。<br>  
 
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=== '''物質輸送と膜変形'''  ===
=== '''物質輸送と膜変形'''  ===


 細胞内の物質輸送の調節に関わる<ref name="ref2"><pubmed>18784754</pubmed></ref>。ホスファチジルイノシトールは、種類によって局在がきわめて限られている。細胞内小胞輸送に直接関与する多くの分子がホスファチジルイノシトール結合ドメインを介して、エンドソームやゴルジ体など細胞の特定のコンパートメントに集まる結果、小胞輸送が活発になると考えられている。これらの分子の中には細胞膜や小胞膜の大きさや曲率を認識する機能を持ち、膜の形態そのものを変形させる活性を持っている場合も多い<ref name="ref3"><pubmed>19963073</pubmed></ref>。これが細胞内の[[膜輸送]]において重要な機能である。  
 細胞内の物質輸送の調節に関わる<ref name="ref2"><pubmed>18784754</pubmed></ref>。ホスファチジルイノシトールは、種類によって局在がきわめて限られている。細胞内小胞輸送に直接関与する多くの分子がホスファチジルイノシトール結合ドメインを介して、エンドソームやゴルジ体など細胞の特定のコンパートメントに集まる結果、小胞輸送が活発になると考えられている。これらの分子の中には細胞膜や小胞膜の大きさや曲率を認識する機能を持ち、膜の形態そのものを変形させる活性を持っている場合も多い<ref name="ref3"><pubmed>19963073</pubmed></ref>。これが細胞内の[[膜輸送]]において重要な機能である。<br>  
 
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=== '''細胞骨格制御'''  ===
=== '''細胞骨格制御'''  ===


 ホスファチジルイノシトールはアクチニンやゲルソリンなどのアクチン細胞骨格制御分子と静電的に結合し、アクチン重合をコントロールしていることが知られている。また、Rac1-GEFであるTiam1と結合し、ラメリポディア構造の形成を促進する作用を持つ<ref name="ref4"><pubmed>20086078</pubmed></ref>。  
 ホスファチジルイノシトールはアクチニンやゲルソリンなどのアクチン細胞骨格制御分子と静電的に結合し、アクチン重合をコントロールしていることが知られている。また、Rac1-GEFであるTiam1と結合し、ラメリポディア構造の形成を促進する作用を持つ<ref name="ref4"><pubmed>20086078</pubmed></ref>。<br>  
 
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=== '''細胞内シグナル伝達経路の制御'''  ===
=== '''細胞内シグナル伝達経路の制御'''  ===
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 細胞内シグナル伝達経路の制御に関わる。[[Akt]]や[[Btk]]など多くのシグナル伝達分子や[[タンパクリン酸化酵素]]が脂質結合ドメインを持っており、ホスファチジルイノシトールとの結合によってキナーゼ活性が制御されている例も見られる。後述の[[PI3キナーゼ]]シグナル伝達経路は[[アポトーシス]]の抑制やタンパク質合成などの細胞の生存に不可欠なものであることが明らかとなっている<ref name="ref5"><pubmed>16847462</pubmed></ref>。  
 細胞内シグナル伝達経路の制御に関わる。[[Akt]]や[[Btk]]など多くのシグナル伝達分子や[[タンパクリン酸化酵素]]が脂質結合ドメインを持っており、ホスファチジルイノシトールとの結合によってキナーゼ活性が制御されている例も見られる。後述の[[PI3キナーゼ]]シグナル伝達経路は[[アポトーシス]]の抑制やタンパク質合成などの細胞の生存に不可欠なものであることが明らかとなっている<ref name="ref5"><pubmed>16847462</pubmed></ref>。  


 さらに、ホスファチジルイノシトールの代謝異常は多くの重大かつ重篤な疾患と密接に関連していることも明らかとなっている。PI(3,4,5)P<sub>3</sub>の代謝異常は[[wikipedia:ja:悪性腫瘍|癌]]や[[wikipedia:ja:糖尿病|糖尿病]]の患者に多く認められている。これは癌細胞の増殖や浸潤転移、[[インスリン]]による[[wikipedia:ja:骨格筋|骨格筋]]や[[wikipedia:ja:脂肪細胞|脂肪細胞]]への糖取込みにおいてPI(3,4,5)P<sub>3</sub>が必要であることに起因している。また、PI(4,5)P<sub>2</sub>の代謝異常が[[Lowe症候群]]などの遺伝性疾患患者に認められている。  
 さらに、ホスファチジルイノシトールの代謝異常は多くの重大かつ重篤な疾患と密接に関連していることも明らかとなっている。PI(3,4,5)P<sub>3</sub>の代謝異常は[[wikipedia:ja:悪性腫瘍|癌]]や[[wikipedia:ja:糖尿病|糖尿病]]の患者に多く認められている。これは癌細胞の増殖や浸潤転移、[[インスリン]]による[[wikipedia:ja:骨格筋|骨格筋]]や[[wikipedia:ja:脂肪細胞|脂肪細胞]]への糖取込みにおいてPI(3,4,5)P<sub>3</sub>が必要であることに起因している。また、PI(4,5)P<sub>2</sub>の代謝異常が[[Lowe症候群]]などの遺伝性疾患患者に認められている。<br>  
 
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== '''個々のホスホイノシチドの生合成経路と機能'''  ==
== '''個々のホスホイノシチドの生合成経路と機能'''  ==
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