「グリア細胞」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
9行目: 9行目:
同義語:膠細胞、神経膠細胞
同義語:膠細胞、神経膠細胞


{{box|text=1段落程度の要約を御願いします}}
{{box|text
 脳に分布する主なグリア細胞はアストロサイト、オリゴデンドロサイトおよびミクログリアの三種に分類される。ヒトの脳におけるこれらグリア細胞全体の数はニューロンの数を遙かに上回る。しかし、電気的には不活性なこれらの細胞の中枢神経系における機能は発見以来、長い間、過小評価されてきた。しかし、20世紀後半からグリア細胞の新しい側面が浮き彫りにされてきたのである。ニューロンやシナプスの維持や管理機能に加えて、ニューロンとのダイナミックな情報交換によってニューロン活動やシナプス構築に直接関わっていることが明らかになってきたのだ。この事実はこれまでのニューロンのみを中心とした脳研究では脳機能の全貌を解き明かすことは困難であることを意味している。この項では三種のグリア細胞の形態と機能から細胞の脳機能発現における役割と重要性を述べる}}


==発見==
==発見==
147行目: 148行目:
脳内で神経細胞が損傷を受け死んでしまったとき、それを排除する方法は貪食しかないのだから、ミクログリアの貪食活動はまさに脳内のゴミ処理役として極めて重要な機能である。これまでも多くの病理学者がミクログリアの悪業を指摘してきたが、それは間違いである。ミクログリアの細胞表面にMHC分子が発現していることや、そのダイナミックな様相がマクロファージと酷似していることを考えれば脳内のミクログリアは脳内の免疫系として注目されるべき善玉そのものの細胞である。
脳内で神経細胞が損傷を受け死んでしまったとき、それを排除する方法は貪食しかないのだから、ミクログリアの貪食活動はまさに脳内のゴミ処理役として極めて重要な機能である。これまでも多くの病理学者がミクログリアの悪業を指摘してきたが、それは間違いである。ミクログリアの細胞表面にMHC分子が発現していることや、そのダイナミックな様相がマクロファージと酷似していることを考えれば脳内のミクログリアは脳内の免疫系として注目されるべき善玉そのものの細胞である。
 
 
7.3 整然とした脳内清掃システム
===脳内清掃システム===
 脳に整然と配置されているミクログリアが脳細胞を無差別に攻撃するなどありえない。では、どのような条件でミクログリアの活性が高まり、そのようにして特定の損傷を受けた細胞のみを貪食するのか。
 脳に整然と配置されているミクログリアが脳細胞を無差別に攻撃するなどありえない。では、どのような条件でミクログリアの活性が高まり、そのようにして特定の損傷を受けた細胞のみを貪食するのか。
損傷を受けた脳細胞からはATPが放出される。細胞外液のATP濃度は正常状態では低く保たれているので、ATP濃度の高い部位はそこに損傷細胞が存在することを示す信号になる。ミクログリアは多様なプリン受容体を発現しているが、そのうち、P2X4受容体が刺激されると、ミクログリアの突起はATP濃度の高い方向に向かって伸びて行く、さらに、その部位に近づくと、P2Y12受容体が刺激され、突起から様々なNGFやBDNFなどのニューロトロフィンを遊離するのだ。この段階では損傷部位の修復のために機能しているようである。ここまでの過程を見ると、損傷を受けた脳細胞はATPを救助信号として、「私を見つけて、助けて、Find me and help me」と叫んでいるようである。
損傷を受けた脳細胞からはATPが放出される。細胞外液のATP濃度は正常状態では低く保たれているので、ATP濃度の高い部位はそこに損傷細胞が存在することを示す信号になる。ミクログリアは多様なプリン受容体を発現しているが、そのうち、P2X4受容体が刺激されると、ミクログリアの突起はATP濃度の高い方向に向かって伸びて行く、さらに、その部位に近づくと、P2Y12受容体が刺激され、突起から様々なNGFやBDNFなどのニューロトロフィンを遊離するのだ。この段階では損傷部位の修復のために機能しているようである。ここまでの過程を見ると、損傷を受けた脳細胞はATPを救助信号として、「私を見つけて、助けて、Find me and help me」と叫んでいるようである。
 ところが、その救助がすでに間に合わない状態である場合にミクログリアはアメーバ状に形を変えて、その場に移動する。そして、損傷を受けた細胞を貪食する。この時、貪食する必要のある死んだ細胞を見つけ出しているのだ。これが成り立つためには、死にかかった細胞から出される信号を認知する必要がある。実はミクログリアにはもう一つプリン受容体、P2Y6が存在している。この受容体は不思議なことに、ATPやADPには反応しないのだ。発見以後しばらくはその役目が不明であったが、やがて、P2Y6を活性化するのはウリジン二リン酸(UDP)であることが明らかにされた。UDPはやたらに細胞外に遊離される分子ではない。死にかかった細胞からごく少量遊離されるだけである。P2Y6受容体がUDPで刺激されると、ミクログリアのアメーバ運動が活性化され貪食機能が活性化される。こうして、貪食能が高まったミクログリアが周辺に分布する細胞のすべてを貪食するのはない。もう一つ条件がある。死んで細胞膜が壊れた時に、提示される膜成分のリン脂質の成分であるホスファチジルセリン(phosphatidylserine)である。これを提示していることを認識して、その細胞のみを貪食するのだ。このホスファチジルセリンは「私を食べて信号、Eat me signal」なのである。
 ところが、その救助がすでに間に合わない状態である場合にミクログリアはアメーバ状に形を変えて、その場に移動する。そして、損傷を受けた細胞を貪食する。この時、貪食する必要のある死んだ細胞を見つけ出しているのだ。これが成り立つためには、死にかかった細胞から出される信号を認知する必要がある。実はミクログリアにはもう一つプリン受容体、P2Y6が存在している。この受容体は不思議なことに、ATPやADPには反応しないのだ。発見以後しばらくはその役目が不明であったが、やがて、P2Y6を活性化するのはウリジン二リン酸(UDP)であることが明らかにされた。UDPはやたらに細胞外に遊離される分子ではない。死にかかった細胞からごく少量遊離されるだけである。P2Y6受容体がUDPで刺激されると、ミクログリアのアメーバ運動が活性化され貪食機能が活性化される。こうして、貪食能が高まったミクログリアが周辺に分布する細胞のすべてを貪食するのはない。もう一つ条件がある。死んで細胞膜が壊れた時に、提示される膜成分のリン脂質の成分であるホスファチジルセリン(phosphatidylserine)である。これを提示していることを認識して、その細胞のみを貪食するのだ。このホスファチジルセリンは「私を食べて信号、Eat me signal」なのである。
 ミクログリアは単なる破壊者でも、無差別な掃除係でもない。非常に高度な認識機能を備えた、環境整備係として機能していることがわかる。
 ミクログリアは単なる破壊者でも、無差別な掃除係でもない。非常に高度な認識機能を備えた、環境整備係として機能していることがわかる。
[編集]
 
7.4 シナプスの保守点検に関わるミクログリア
===シナプスの保守点検に関わるミクログリア===
 ミクログリアが高度な仕組みを持つ環境整備係であることはそれだけでもこの細胞が脳内で重要な要素であることを物語っている。しかし、最近は神経回路の保守点検にも関わっている可能性が示唆されている。これも蛍光タンパク質発現させたミクログリアの形態の二光子励起顕微鏡を用いた長時間ライブイメージングによって明らかにされている。 先に述べたように静止状態のミクログリア(ラミファイド型)は静止状態とはいいながら、沢山の突起をゆらゆらと動かせている(文献)。この突起の動きには生理学的目的があるようで、正常なシナプスには1時間に1回、一回あたり5分間ほど接触することが観察されている。一方、使われないシナプスにはこのような繊細な管理を行われていないのだ(文献)。接触時にミクログリアとシナプスの間でどのような情報交換が行われているかは不明だが、ミクログリアの神経回路形成への重要性を示唆する重要な事実である。
 ミクログリアが高度な仕組みを持つ環境整備係であることはそれだけでもこの細胞が脳内で重要な要素であることを物語っている。しかし、最近は神経回路の保守点検にも関わっている可能性が示唆されている。これも蛍光タンパク質発現させたミクログリアの形態の二光子励起顕微鏡を用いた長時間ライブイメージングによって明らかにされている。 先に述べたように静止状態のミクログリア(ラミファイド型)は静止状態とはいいながら、沢山の突起をゆらゆらと動かせている(文献)。この突起の動きには生理学的目的があるようで、正常なシナプスには1時間に1回、一回あたり5分間ほど接触することが観察されている。一方、使われないシナプスにはこのような繊細な管理を行われていないのだ(文献)。接触時にミクログリアとシナプスの間でどのような情報交換が行われているかは不明だが、ミクログリアの神経回路形成への重要性を示唆する重要な事実である。
 ミクログリアがシナプス回路の維持再編に積極的に働いていることの証拠はまだある。視覚回路の中継核である外側膝状体で活発に行われている左右の視覚路の選択の過程である。未熟な視覚回路では左右両側の視神経節細胞からの入力を受けているが、それが発達に応じて主に同側からの入力が除去されて行く。この過程でミクログリアの得意技とも言うべき、不要物処理機能が発揮されるのだ(文献)。
 ミクログリアがシナプス回路の維持再編に積極的に働いていることの証拠はまだある。視覚回路の中継核である外側膝状体で活発に行われている左右の視覚路の選択の過程である。未熟な視覚回路では左右両側の視神経節細胞からの入力を受けているが、それが発達に応じて主に同側からの入力が除去されて行く。この過程でミクログリアの得意技とも言うべき、不要物処理機能が発揮されるのだ(文献)。
 ではこのような選択的な除去はどのように行われるのだろうか。最終的にはミクログリアの貪食機能が発揮されるものと考えられるが、どのようにして不要シナプスを認識しているのだろうか。これには前述の脳内免疫細胞としての性質が使われているらしい。例えば、ミクログリアに発現している補体分子、C3の合成が、その合成の活性化因子Clqの存在により高まり、C3受容体を多く発現しているシナプス部位を認識して除去するという仕組みである(文献)。また、MHCのClass1が神経傷害時のシナプス除去に関与している可能性を示唆する証拠もある(文献)。ミクログリアが脳内の免疫細胞だと考えられているもののまだその実体は十分に解明されていない。その能力がシナプスの消長に積極的に関わるとすれば、神経回路の構築や維持における最重要因子としてその機能を再認識する必要がある。   
 ではこのような選択的な除去はどのように行われるのだろうか。最終的にはミクログリアの貪食機能が発揮されるものと考えられるが、どのようにして不要シナプスを認識しているのだろうか。これには前述の脳内免疫細胞としての性質が使われているらしい。例えば、ミクログリアに発現している補体分子、C3の合成が、その合成の活性化因子Clqの存在により高まり、C3受容体を多く発現しているシナプス部位を認識して除去するという仕組みである(文献)。また、MHCのClass1が神経傷害時のシナプス除去に関与している可能性を示唆する証拠もある(文献)。ミクログリアが脳内の免疫細胞だと考えられているもののまだその実体は十分に解明されていない。その能力がシナプスの消長に積極的に関わるとすれば、神経回路の構築や維持における最重要因子としてその機能を再認識する必要がある。   
[編集]
 
7.4 神経因性疼痛におけるミクログリア
===神経因性疼痛におけるミクログリア===
 ミクログリアが悪玉ではないことは十分に理解できたが、最後に、ミクログリアの関与するやっかいな疾患について述べなければならない。「神経因性疼痛」(neuropathic pain)である。帯状疱疹の後遺症や手術や怪我の後遺症として、損傷部周辺の触覚が激しい疼痛として感じられる疾患である。その成立メカニズムについては長い間、謎となっていた。しかし、この疼痛のメカニズムにミクログリアが関与していることが明らかになったのだ。
 ミクログリアが悪玉ではないことは十分に理解できたが、最後に、ミクログリアの関与するやっかいな疾患について述べなければならない。「神経因性疼痛」(neuropathic pain)である。帯状疱疹の後遺症や手術や怪我の後遺症として、損傷部周辺の触覚が激しい疼痛として感じられる疾患である。その成立メカニズムについては長い間、謎となっていた。しかし、この疼痛のメカニズムにミクログリアが関与していることが明らかになったのだ。
 図に示すように、痛覚や触覚に関わる知覚神経信号は脊髄後根から脊髄に入力し、そこで、二次知覚ニューロンに乗り換える。このシナプス部位には知覚神経からの側抑制(lateral inhibition)回路が組み込まれており、過剰な入力を和らげている。皮膚に障害が受けた時に痛みは比較的短い時間で和らぐのはこの仕組みによる。この回路にはGABAを伝達物質とする抑制性介在ニューロンが関与している。
 図に示すように、痛覚や触覚に関わる知覚神経信号は脊髄後根から脊髄後角に入力し、そこで、二次知覚ニューロンに乗り換える。このシナプス部位には知覚神経からの側抑制(lateral inhibition)回路が組み込まれており、過剰な入力を和らげている。皮膚に障害が受けた時に痛みは比較的短い時間で和らぐのはこの仕組みによる。この回路にはGABAを伝達物質とする抑制性介在ニューロンが関与している。
 この部位で生ずる神経因性疼痛の発症メカニズムは次のような仕組みによることが明らかにされている。知覚神経の末梢部に激しい損傷があると、それによって知覚ニューロンの入力部位のミクログリアが活性化され、多数のミクログリアが集まる。このミクログリアはBDNF(brain derived neurotrophic factor)を遊離する。おそらく、損傷を受けた知覚回路の修復のためと考えられる。しかし、このBDNFが二次知覚神経で細胞内のClイオンとKイオンの量をコントロールするClイオン/Kイオン交換ポンプを止めてしまうのだ。結果として、二次知覚ニューロン内のClイオン量が異常に増え、Kイオンが減少した状態が作られる。この状態では痛覚や触覚など入力を側抑制するために遊離されたGABAによって、Clイオンチャンネルが開口すると、細胞外へのClイオンの流出、すなわち脱分極を生じさせることになる。痛みや高まった触感覚を和らげる仕組みが逆に促進してしまうことになるのだ。この状態はミクログリアの活動が続く間は回復することはない.従って、ちょっとした痛みや触覚が異常に強く入力されてしまうのである。触覚も過剰になると痛みと感ずるというやっかいな疾患である。原因が解明されたことによって神経因性疼痛の有効な治療法も開発されてきている。
 この部位で生ずる神経因性疼痛の発症メカニズムは次のような仕組みによることが明らかにされている。知覚神経の末梢部に激しい損傷があると、知覚ニューロンの入力部位である脊髄後角周辺に多数のミクログリアが集まる。このミクログリアはBDNF(brain derived neurotrophic factor)を遊離する。おそらく、損傷を受けた知覚回路の修復のためと考えられる。しかし、このBDNFが二次知覚神経細胞において細胞内のClイオンとKイオンの量をコントロールするためのClイオン/Kイオン交換ポンプを止めてしまうのだ。結果として、二次知覚ニューロン内のClイオン量が異常に増え、Kイオンが減少した状態が作られる。この状態では痛覚や触覚などの入力を側抑制するために遊離されたGABAによって、Clイオンチャンネルが開口すると、細胞外へのClイオンの流出、すなわち脱分極を生じさせることになる。痛みや高まった触感覚を和らげる仕組みが逆に促進してしまうことになるのだ。この状態はミクログリアの活動が続く間は回復することはない。従って、ちょっとした痛みや触覚が異常に強く入力されてしまうのである。触覚も過剰になると痛みと感ずるというやっかいな疾患である。原因が解明されたことによって神経因性疼痛の有効な治療法も開発されてきている。
[編集]
 
8.グリア研究と脳科学の将来
 
 以上に述べてきたように、グリア細胞は形態も機能も極めて多様である。ヒトの脳におけるグリア細胞全体の数はニューロンの10倍近くある。しかも、これらがシナプスの維持や管理のみならず、ニューロンとのダイナミックな情報交換によってニューロン活動やシナプス構築に直接関わっていることが明らかになってきた。この事実はこれまでのニューロンのみを中心とした脳研究では脳機能の全貌を解き明かすことは困難であることを意味している。もちろんニューロンとそれが織りなす神経回路は脳機能の基盤であることには異論はないし、これまでのニューロン回路研究が十分なレベルまで発展してきたからこそ、グリア細胞の姿が浮き彫りにされてきたことも確かである。とはいえ、現在、脳科学研究に従事する研究者のどれだけが、アストロサイト、オリゴデンドロサイトおよびミクログリアの機能に関心をもっているのだろう。これらの細胞群が、いずれもシナプス伝達効率や情報伝達効率の向上に広範囲にしかも活動依存的に関与することを考えれば、脳科学者は相当な覚悟でこれらの細胞群に対処すべき時期にきているとの認識が必要である。




34

回編集