「多発性硬化症」の版間の差分

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==多発性硬化症とは==
==多発性硬化症とは==


 多発性硬化症は、中枢神経系を侵す非化膿性炎症性脱髄性疾患である。中枢神経髄鞘抗原を標的にした自己免疫性疾患であると考えられているが、証明はできていない。末梢神経は傷害されない。病因は現在のところ確立されていないが、遺伝因子と環境的因子の両者が発症のリスクになると考えられている。中枢神経白質の傷害に基く症候が、再発と寛解を繰り返し(時間的多発性という)、中枢神経の様々な部位が多巣性に侵される(空間的多発性という)。即ち、臨床的にはMSは中枢神経白質傷害に基づく症候が時間的・空間的に多発し、他の疾患が除外されるときに診断される。MSの90%は再発寛解の経過を呈する再発寛解型(relapsing remitting MS, RRMS)で、残り10%程度は病初期から再発なしに慢性に症状が悪化していく一次性進行型(primary progressive MS)を呈する。再発寛解型MSの半数は、10年ほどの経過で、再発なしに次第に障害が増悪する二次性進行型MS(secondary progressive MS)へ移行する。
 多発性硬化症は、中枢神経系を侵す非化膿性炎症性脱髄性疾患である。中枢神経髄鞘抗原を標的にした自己免疫性疾患であると考えられているが、証明はできていない。末梢神経は傷害されない。病因は現在のところ確立されていないが、遺伝因子と環境的因子の両者が発症のリスクになると考えられている。中枢神経白質の傷害に基く症候が、再発と寛解を繰り返し(時間的多発性という)、中枢神経の様々な部位が多巣性に侵される(空間的多発性という)。即ち、臨床的にはMSは中枢神経白質傷害に基づく症候が時間的・空間的に多発し、他の疾患が除外されるときに診断される。MSの90%は再発寛解の経過を呈する再発寛解型(relapsing remitting MS, RRMS)で、残り10%程度は病初期から再発なしに慢性に症状が悪化していく一次性進行型(primary progressive MS)を呈する。再発寛解型MSの半数は、10年ほどの経過で、再発なしに次第に障害が増悪する二次性進行型MS(secondary progressive MS)へ移行する<ref name=ref1 />。


== 臨床症候 ==
== 臨床症候 ==
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 [[誘発電位検査]]は、当該伝導路に存在する潜在性病巣の検出に有用である。[[視覚誘発電位]](visual evoked potential)、[[体性感覚誘発電位]](somatosensory evoked potential)、[[聴性脳幹誘発反応]] (auditory brainstem evoked potential)などがある。[[錐体路]]病巣の検出には、磁気刺激装置を用いた[[運動誘発電位]](motor evoked potential)が用いられる。  
 [[誘発電位検査]]は、当該伝導路に存在する潜在性病巣の検出に有用である。[[視覚誘発電位]](visual evoked potential)、[[体性感覚誘発電位]](somatosensory evoked potential)、[[聴性脳幹誘発反応]] (auditory brainstem evoked potential)などがある。[[錐体路]]病巣の検出には、磁気刺激装置を用いた[[運動誘発電位]](motor evoked potential)が用いられる。  


 血液検査ではMSに特異的な所見は乏しく、主に[[wikipedia:ja:膠原病|膠原病]]などによる中枢神経病巣を鑑別診断するために各種[[wikipedia:ja:自己抗体|自己抗体]]を[[検索]]する。MSは[[wikipedia:ja:抗核抗体|抗核抗体]]が弱陽性になる例があるが、それ以外の特異的な自己抗体は検出されない。視神経と脊髄が選択的に侵される視神経脊髄炎では、[[アストロサイト]]の足突起に存在する[[水チャネル]]である[[aquaporin-4]]に対する自己抗体が約半数で検出される。[[髄液]]細胞数と総タンパク質量は、再発期には軽度の細胞増多([[wikipedia:ja:単核球|単核球]])と総タンパク質量増加がみられることがある。髄鞘の破壊を反映した[[髄鞘塩基性タンパク質]] ([[myelin basic protein]], MBP)の上昇、[[wikipedia:ja:IgG|IgG]] indexの上昇,髄液中の[[wikipedia:ja:オリゴクローナルIgGバンド|オリゴクローナルIgGバンド]]陽性などがみられることもある。オリゴクローナルIgGバンドは、欧米白人のMSの90%、日本人MSの約60%で陽性となり、比較的本症に特徴的といえる。
 血液検査ではMSに特異的な所見は乏しく、主に[[wikipedia:ja:膠原病|膠原病]]などによる中枢神経病巣を鑑別診断するために各種[[wikipedia:ja:自己抗体|自己抗体]]を[[検索]]する。MSは[[wikipedia:ja:抗核抗体|抗核抗体]]が弱陽性になる例があるが、それ以外の特異的な自己抗体は検出されない。視神経と脊髄が選択的に侵される視神経脊髄炎では、[[アストロサイト]]の足突起に存在する[[水チャネル]]である[[aquaporin-4]]に対する自己抗体が約半数で検出される。[[髄液]]細胞数と総タンパク質量は、再発期には軽度の細胞増多([[wikipedia:ja:単核球|単核球]])と総タンパク質量増加がみられることがある。髄鞘の破壊を反映した[[髄鞘塩基性タンパク質]] ([[myelin basic protein]], MBP)の上昇、[[wikipedia:ja:IgG|IgG]] indexの上昇,髄液中の[[wikipedia:ja:オリゴクローナルIgGバンド|オリゴクローナルIgGバンド]]陽性などがみられることもある。オリゴクローナルIgGバンドは、欧米白人のMSの90%、日本人MSの約60%で陽性となり、比較的本症に特徴的といえる<ref name=ref3,4/>。


== 治療 ==
== 治療 ==
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 再発・障害進行防止には、病態修飾薬(disease-modifying drug)が用いられる。これには、インターフェロンβ (interferon β, IFNβ)が使用されることが多い。本薬は再発を30%程度減らす効果があり、20年以上使用しても重篤な副作用の出現は稀である。通常、再発寛解型MSまたは二次性進行型MSで再発が重畳している場合やMRIで造影病巣が認められる場合に、IFNβ-1bを800万単位隔日皮下注、 またはIFNβ-1aを30μg週1回筋注する。病初期から慢性進行性の経過をとる一次性進行型MSでは、障害の進行を防止する効果は証明されていない。2011年より我が国でも経口の再発・障害進行防止治療薬としてフィンゴリモドが使用可能となっている。経口内服薬であるため治療コンプライアンスの面ではIFNβより有用であるが、長期使用に関するエビデンスは必ずしも十分に蓄積されてはいない。
 再発・障害進行防止には、病態修飾薬(disease-modifying drug)が用いられる。これには、インターフェロンβ (interferon β, IFNβ)が使用されることが多い。本薬は再発を30%程度減らす効果があり、20年以上使用しても重篤な副作用の出現は稀である。通常、再発寛解型MSまたは二次性進行型MSで再発が重畳している場合やMRIで造影病巣が認められる場合に、IFNβ-1bを800万単位隔日皮下注、 またはIFNβ-1aを30μg週1回筋注する。病初期から慢性進行性の経過をとる一次性進行型MSでは、障害の進行を防止する効果は証明されていない。2011年より我が国でも経口の再発・障害進行防止治療薬としてフィンゴリモドが使用可能となっている。経口内服薬であるため治療コンプライアンスの面ではIFNβより有用であるが、長期使用に関するエビデンスは必ずしも十分に蓄積されてはいない。


 IFNβ、フィンゴリモド無効ないし使用不可能な症例には、[[アザチオプリン]]、 [[シクロフォスファミド]]、[[ミトキサントロン]]、[[メトトレキセート]]等の[[wikipedia:ja:免疫抑制剤|免疫抑制剤]]が使用されることもある。[[wikipedia:ja:リンパ球|リンパ球]]が脳内に浸潤する際に用いる接着分子であるα4β1[[インテグリン]]に対する[[モノクローナル抗体製剤]]である[[ナタリズマブ]]が、MSの再発を顕著に減少する効果がある。欧米では活動性の高いMSに使用されているが、2年以上使用すると脳内の[[wikipedia:ja:T細胞|T細胞]]の免疫監視が十分でなくなるため、[[wikipedia:ja:JCウイルス|JCウイルス]]による進行性多巣性白質脳症が副作用として出現することがあり、長期使用にはJCウイルス抗体陰性例に限るなどの注意が必要である。
 IFNβ、フィンゴリモド無効ないし使用不可能な症例には、[[アザチオプリン]]、 [[シクロフォスファミド]]、[[ミトキサントロン]]、[[メトトレキセート]]等の[[wikipedia:ja:免疫抑制剤|免疫抑制剤]]が使用されることもある。[[wikipedia:ja:リンパ球|リンパ球]]が脳内に浸潤する際に用いる接着分子であるα4β1[[インテグリン]]に対する[[モノクローナル抗体製剤]]である[[ナタリズマブ]]が、MSの再発を顕著に減少する効果がある。欧米では活動性の高いMSに使用されているが、2年以上使用すると脳内の[[wikipedia:ja:T細胞|T細胞]]の免疫監視が十分でなくなるため、[[wikipedia:ja:JCウイルス|JCウイルス]]による進行性多巣性白質脳症が副作用として出現することがあり、長期使用にはJCウイルス抗体陰性例に限るなどの注意が必要である<ref name=ref2 />。


== 経過と予後 ==
== 経過と予後 ==
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==参考文献==
==参考文献==
<references/>
1. '''Lisak R, Kira J'''<br>
1. '''Lisak R, Kira J'''<br>
Multiple sclerosis. International Neurology. <br>
Multiple sclerosis. International Neurology. <br>