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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0160429/?lang=japanese 田中 啓二]、[http://kaken.nii.ac.jp/d/r/80462779.en.html 佐伯 泰]</font><br> | <font size="+1">[http://researchmap.jp/read0160429/?lang=japanese 田中 啓二]、[http://kaken.nii.ac.jp/d/r/80462779.en.html 佐伯 泰]</font><br> | ||
''東京都医学総合研究所 | ''東京都医学総合研究所 蛋[[白質]]代謝研究室''<br> | ||
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2013年3月14日 原稿完成日:2014年X月XX日<br> | DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2013年3月14日 原稿完成日:2014年X月XX日<br> | ||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi/?lang=japanese 林 康紀](独立行政法人理化学研究所)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi/?lang=japanese 林 康紀](独立行政法人理化学研究所)<br> | ||
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1977年、米国ハーバード大学の[[wikipedia:Alfred Goldberg|Goldberg]]のグループは[[wj:網状赤血球|網状赤血球]]の抽出液がエネルギー依存性のタンパク質分解活性を示すことを見いだした<ref name=ref2><pubmed>264694</pubmed></ref>。その後間もなく、イスラエルの[[wj:アブラム・ハーシュコ|Hershko]]と[[wj:アーロン・チカノーバー|Ciechanover]]は、米国のRoseと共に、熱安定性の小さなタンパク質である[[ユビキチン]]がその主役であることを見出した。 | 1977年、米国ハーバード大学の[[wikipedia:Alfred Goldberg|Goldberg]]のグループは[[wj:網状赤血球|網状赤血球]]の抽出液がエネルギー依存性のタンパク質分解活性を示すことを見いだした<ref name=ref2><pubmed>264694</pubmed></ref>。その後間もなく、イスラエルの[[wj:アブラム・ハーシュコ|Hershko]]と[[wj:アーロン・チカノーバー|Ciechanover]]は、米国のRoseと共に、熱安定性の小さなタンパク質である[[ユビキチン]]がその主役であることを見出した。 | ||
ユビキチンは76個のアミノ酸からなる小さなタンパク質であり、進化的保存性が高くそのアミノ酸配列は全ての真核生物でほとんど同じである。1980年頃までに彼らは、ユビキチンが[[ユビキチン活性化酵素|活性化酵素]] | ユビキチンは76個のアミノ酸からなる小さなタンパク質であり、進化的保存性が高くそのアミノ酸配列は全ての真核生物でほとんど同じである。1980年頃までに彼らは、ユビキチンが[[ユビキチン活性化酵素|活性化酵素]](E1:2種[[ヒト]]遺伝子にコード)・[[ユビキチン結合酵素|結合酵素]](E2:約20種)・[[ユビキチンリガーゼ|リガーゼ]](E3:約600種)から構成された複合酵素系(ユビキチンシステム)によって標的タンパク質に[[wj:共有結合|共有結合]](ユビキチンのC末端の[[wj:カルボキシル基|カルボキシル基]]とタンパク質中の[[wj:リジン|リジン]]残基のε-アミノ基が縮合した[[wj:イソペプチド結合|イソペプチド結合]])する[[wj:翻訳後修飾|翻訳後修飾]]分子であることを明らかにした(図1)<ref name=ref3><pubmed>1323239</pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed>9759494</pubmed></ref>。このE1の作用には[[wj:ATP|ATP]]の[[wj:加水分解|加水分解]]が必要である。そしてタンパク質に結合したユビキチン内の(主として48番目の)リジン残基と新しいユビキチン分子内のC末端の[[wj:グリシン|グリシン]]の間でイソペプチド結合ができ、さらにユビキチン分子間での縮合反応を繰り返すことによって、多数のユビキチン分子が鎖状に伸長した[[ポリユビキチン鎖]]が形成される。 | ||
Hershkoら及びVarshavskyらは生じたポリユビキチン鎖が基質タンパク質を分解装置に輸送するためのシグナル(目印)として機能するという“ユビキチンシグナル”仮説を提唱した<ref name=ref3 /> <ref name=ref4 /> <ref name=ref5><pubmed>11017125</pubmed></ref>。この仮説は、ポリユビキチン鎖の形成が(オーバーオールの反応としては)分解シグナルの提示反応であるが、実際に起きている化学反応は(イソ)ペプチド結合の形成(タンパク質合成と類似の反応)であり、エネルギー要求性を興味深いことに細胞内には、ユビキチン化の逆反応を触媒する脱ユビキチン酵素(deubiquitylating enzyme:DUB)あるいはUSP(ubiquitin specific protease)が存在し、それらは生物種を問わず大きな遺伝子ファミリー(約80種)を形成している。多数のDUBが存在することは、ユビキチン化による翻訳後修飾が可逆的かつ多面的であることを示唆している。2004年、ユビキチンシステムの発見者たち3名は、[[wj:ノーベル化学賞|ノーベル化学賞]]を受賞した。 | Hershkoら及びVarshavskyらは生じたポリユビキチン鎖が基質タンパク質を分解装置に輸送するためのシグナル(目印)として機能するという“ユビキチンシグナル”仮説を提唱した<ref name=ref3 /> <ref name=ref4 /> <ref name=ref5><pubmed>11017125</pubmed></ref>。この仮説は、ポリユビキチン鎖の形成が(オーバーオールの反応としては)分解シグナルの提示反応であるが、実際に起きている化学反応は(イソ)ペプチド結合の形成(タンパク質合成と類似の反応)であり、エネルギー要求性を興味深いことに細胞内には、ユビキチン化の逆反応を触媒する脱ユビキチン酵素(deubiquitylating enzyme:DUB)あるいはUSP(ubiquitin specific protease)が存在し、それらは生物種を問わず大きな遺伝子ファミリー(約80種)を形成している。多数のDUBが存在することは、ユビキチン化による翻訳後修飾が可逆的かつ多面的であることを示唆している。2004年、ユビキチンシステムの発見者たち3名は、[[wj:ノーベル化学賞|ノーベル化学賞]]を受賞した。 | ||
ユビキチンは二つの異なったタイプの遺伝子にコードされている。一つは、ユビキチンとリボソーム蛋白質の融合遺伝子であり、もう一つは数個〜10数個のユビキチンがタンデムに連なったポリユビキチン遺伝子である。これらの融合蛋白質からユビキチンを切り出す際にも、上述のDUBが使用される。ポリユビキチン遺伝子は、1回の転写・翻訳で多数のユビキチンを合成することができる点で秀逸であり、かつ熱ショック応答遺伝子でもあることから、細胞は環境[[ストレス]]に曝されたとき、必要とするユビキチンを迅速に大量生成することができるよう合理的に設計されている。このことは、細胞内のユビキチンレベルが外環境の変化に応答して厳格に制御されていることを示唆している。実際、ユビキチンの量は、多くても少なくても細胞は異常になり、常に適切に保たれる必要がある。 | |||
===プロテアソームの発見=== | ===プロテアソームの発見=== | ||
1983年、われわれはエネルギーを必要とするユビキチン化反応のステップに加えて、ユビキチン化タンパク質の分解に[[ATP]]のエネルギーが必要であることを見出し、“エネルギー依存性タンパク質分解機構の2段階説”を発表した<ref name=ref6><pubmed>6304111</pubmed></ref>。後に、このATP要求性のタンパク質分解反応を触媒する酵素が、真核生物のATP依存性プロテアーゼであることが判明し、1988年、プロテアソーム(プロテアーゼ活性を有した巨大粒子〜some)と命名した。 | |||
==プロテアソームの分子構造== | ==プロテアソームの分子構造== | ||
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[[image:プロテオソーム6.jpg|thumb|350px|'''図6.プロテアソームの多様性:二つの免疫型酵素のモデル'''<br>詳細は本文参照。]] | [[image:プロテオソーム6.jpg|thumb|350px|'''図6.プロテアソームの多様性:二つの免疫型酵素のモデル'''<br>詳細は本文参照。]] | ||
ユビキチン-プロテアソーム系をコードする遺伝子の数は、ゲノム総遺伝子数の3〜5 %を占めると推定されており、[[細胞周期]]・[[wj:DNA修復|DNA修復]] | ユビキチン-プロテアソーム系をコードする遺伝子の数は、ゲノム総遺伝子数の3〜5 %を占めると推定されており、[[細胞周期]]・[[wj:DNA修復|DNA修復]]・アポトーシス・シグナル伝達・[[シナプス]]可塑性・[[転写]]制御・[[代謝]]調節・[[免疫応答]]・タンパク質の品質管理・[[ストレス応答]]・[[wj:感染|感染]]応答など、迅速に、順序よく、一過的にかつ一方向に決定する手段としての役割を担っている<ref name=ref26><pubmed>21860393</pubmed></ref>。これらの生理作用は、細胞内における標的タンパク質の量の厳密な制御を反映しており、とくにユビキチンシステムの多様性に負うところが大きい。一方、プロテアソームは分解系としての役割以外に、前駆体タンパク質のプロセシングによる活性型への転換(例えば、NF-κBの成熟プロセス)やその生成ペプチドを抗原エピトープとして利用するなどポジティブな生命応答に貢献していることも知られている。 | ||
===免疫型プロテアソームの発見=== | ===免疫型プロテアソームの発見=== | ||
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===シナプス可塑性=== | ===シナプス可塑性=== | ||
外界の刺激などに適応したシナプス(あるいは神経)の可塑性(信号伝達能力や形態の変化)は、脳の発生過程、老化や障害からの回復、あるいは記憶や学習などの高次の神経機能の基盤となっている。このシナプス可塑性においてタンパク質合成が重要であることは、以前から明確になっていたが、ニューロンにおけるタンパク質品質管理の研究が進展し、最近ではUPSによる選択的なタンパク質分解の重要性を示唆する報告が相次いでいる<ref name=ref40><pubmed>20717144</pubmed></ref> <ref name=ref41><pubmed>20566674</pubmed></ref> | 外界の刺激などに適応したシナプス(あるいは神経)の可塑性(信号伝達能力や形態の変化)は、脳の発生過程、老化や障害からの回復、あるいは記憶や学習などの高次の神経機能の基盤となっている。このシナプス可塑性においてタンパク質合成が重要であることは、以前から明確になっていたが、ニューロンにおけるタンパク質品質管理の研究が進展し、最近ではUPSによる選択的なタンパク質分解の重要性を示唆する報告が相次いでいる<ref name=ref40><pubmed>20717144</pubmed></ref> <ref name=ref41><pubmed>20566674</pubmed></ref>。UPSはシナプス可塑性の関与する神経伝達物質受容体、タンパク質キナーゼ、[[転写因子]]など様々なシナプスに存在するタンパク質を厳格に調節しているほか、[[海馬]]にける長期増強(LTP : long-term potentiation)などニューロンの局部での役割も注目されている<ref name=ref42><pubmed>17046687</pubmed></ref>。またこれらの破綻による疾病も急増している<ref name=ref43><pubmed>21220096</pubmed></ref>。さらにごく最近、[[長期記憶]](LTM:long-term memory)におけるUPSの役割が注目されている<ref name=ref44><pubmed>23623827</pubmed></ref> <ref name=ref45><pubmed>22351058</pubmed></ref>。 | ||
===老化=== | ===老化=== | ||
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:多くの神経変性疾患に観察される封入体が抗ユビキチン抗体で染色されること<ref name=ref52><pubmed>3029875</pubmed></ref>から、UPSの破綻が神経変性疾患の発症原因であると考えられた<ref name=ref53><pubmed>9881849</pubmed></ref>。McNaughtらはプロテアソーム阻害剤を直接[[マウス]][[小脳]]に注入して[[パーキンソン病]]と類似の症状を引き起こすことを報告し、プロテアソームの抑制とニューロン死の直接的な関係を示唆した<ref name=ref54><pubmed>15480836</pubmed></ref>が、再現性が乏しく、決定的な結論が得られていなかった<ref name=ref55><pubmed>20061621</pubmed></ref>。 | :多くの神経変性疾患に観察される封入体が抗ユビキチン抗体で染色されること<ref name=ref52><pubmed>3029875</pubmed></ref>から、UPSの破綻が神経変性疾患の発症原因であると考えられた<ref name=ref53><pubmed>9881849</pubmed></ref>。McNaughtらはプロテアソーム阻害剤を直接[[マウス]][[小脳]]に注入して[[パーキンソン病]]と類似の症状を引き起こすことを報告し、プロテアソームの抑制とニューロン死の直接的な関係を示唆した<ref name=ref54><pubmed>15480836</pubmed></ref>が、再現性が乏しく、決定的な結論が得られていなかった<ref name=ref55><pubmed>20061621</pubmed></ref>。 | ||
:しかし最近、生後間もないマウスへのプロテアソーム阻害剤の長期間・連続投与によって神経変性が誘導されることが報告された<ref name=ref56><pubmed>22174927</pubmed></ref>。また、プロテアソームRPを構成するATPaseサブユニットRpt2を脳特異的にノックアウトすると、ユビキチン陽性の[[Lewy体]]様の封入体が蓄積すると共に神経変性が誘導される<ref name=ref57><pubmed>18701681</pubmed></ref> | :しかし最近、生後間もないマウスへのプロテアソーム阻害剤の長期間・連続投与によって神経変性が誘導されることが報告された<ref name=ref56><pubmed>22174927</pubmed></ref>。また、プロテアソームRPを構成するATPaseサブユニットRpt2を脳特異的にノックアウトすると、ユビキチン陽性の[[Lewy体]]様の封入体が蓄積すると共に神経変性が誘導される<ref name=ref57><pubmed>18701681</pubmed></ref>。他方、Rpt3を[[運動ニューロン]]特異的にノックアウトすると、TAR [[DNA]]-binding protein 43 kDa (TDP-43), fused in sarcoma (FUS), ubiquilin 2, and optineurinなどの筋萎縮性側索硬化症(ALS)の神経変原因遺伝子産物が細胞内分布異常あるいは過剰蓄積して ALS様の症状を呈した<ref name=ref58><pubmed>23095749</pubmed></ref>。われわれも20Sプロテアソームの分子集合因子PAC1をマウス[[中枢神経系]]で欠損させてニューロンのプロテアソームレベルを持続的に低下させると、小脳変性を誘発して神経変性疾患様の症状に陥ることを見出した(図7)。これらの結果により、プロテアソームが神経細胞の恒常性維持に必須であることが遺伝学的に証明された<ref name=ref15 />。 | ||
====家族性パーキンソン病とPINK1・パーキン系==== | ====家族性パーキンソン病とPINK1・パーキン系==== | ||
:ユビキチン系E3リガーゼをコードしている[[パーキン]]が常染色体劣性若年性パーキンソン病の原因遺伝子であることが同定<ref name=ref59><pubmed>9560156</pubmed></ref><ref name=ref60><pubmed>10888878</pubmed></ref>され、UPSの破綻と神経変性疾患の関係が注目された。即ち、パーキンの標的分子が[[ドーパミン]]ニューロンに蓄積し、細胞死を誘導すると考えられた。 | :ユビキチン系E3リガーゼをコードしている[[パーキン]]が常染色体劣性若年性パーキンソン病の原因遺伝子であることが同定<ref name=ref59><pubmed>9560156</pubmed></ref><ref name=ref60><pubmed>10888878</pubmed></ref>され、UPSの破綻と神経変性疾患の関係が注目された。即ち、パーキンの標的分子が[[ドーパミン]]ニューロンに蓄積し、細胞死を誘導すると考えられた。 | ||
: | :この機構としてYouleらやわれわれは若年性に発症する常染色体劣性遺伝性パーキンソン病の原因遺伝子産物である[[セリン]]/[[スレオニン]]型タンパク質リン酸化酵素[[PINK1]]と パーキンとの関連に着目した。<ref name=ref61><pubmed>19029340</pubmed></ref> <ref name=ref62><pubmed>20404107</pubmed></ref>。 | ||
:通常[[ミトコンドリア]]外膜局在型のPINK1は健常なミトコンドリアにおいては、[[PARL]]酵素とプロテアソーム系による恒常的な分解を受けているが、[[膜電位]]が低下すると、これらの分解系から免れてミトコンドリア外膜上に蓄積する。蓄積したPINK1は細胞質の不活性型パーキンを損傷ミトコンドリアに移行・活性型に変換させる。その結果、複数のミトコンドリア外膜タンパク質がユビキチン化されプロテアソームにより分解される。これが引き金となって損傷ミトコンドリアはオートファジーにより分解除去される(マイトファジー)<ref name=ref63><pubmed>20126261</pubmed></ref>。 | :通常[[ミトコンドリア]]外膜局在型のPINK1は健常なミトコンドリアにおいては、[[PARL]]酵素とプロテアソーム系による恒常的な分解を受けているが、[[膜電位]]が低下すると、これらの分解系から免れてミトコンドリア外膜上に蓄積する。蓄積したPINK1は細胞質の不活性型パーキンを損傷ミトコンドリアに移行・活性型に変換させる。その結果、複数のミトコンドリア外膜タンパク質がユビキチン化されプロテアソームにより分解される。これが引き金となって損傷ミトコンドリアはオートファジーにより分解除去される(マイトファジー)<ref name=ref63><pubmed>20126261</pubmed></ref>。 |