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#「妄想的確信はときに[[優格観念]]から推論されうる(後者の場合、不合理な信念や観念を有しているが、妄想の場合ほど強固に信じていない)」<br> | #「妄想的確信はときに[[優格観念]]から推論されうる(後者の場合、不合理な信念や観念を有しているが、妄想の場合ほど強固に信じていない)」<br> | ||
1. は妄想の定義であり、[[DSM-III]]<ref name=ref1>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 3rd ed. <br>''Washington DC, APA'', 1980</ref> | 1. は妄想の定義であり、[[DSM-III]]<ref name=ref1>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 3rd ed. <br>''Washington DC, APA'', 1980</ref>からほぼ不変である。これを要約すれば、妄想は、 | ||
## | ##強固に維持される誤った信念である | ||
## | ##不正確な推論に基づく | ||
## | ##証拠や反証にかかわらず維持される | ||
## | ##その人の文化的背景に反している | ||
ということによって特徴付けられる。 | ということによって特徴付けられる。 | ||
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これは、[[wj:カール・ヤスパース|Jaspers, K.]]<ref name=ref8>'''Jaspers,K.'''<BR>Allgemeine Psyhopathologie. 5 Aufl.<BR>''Springer'',Berlin,1948<BR>内村裕之、西丸四方、島崎敏樹ほか(訳)<BR>精神病理学総論<BR>岩波書店、東京、1953</ref>による妄想の外的メルクマール(指標)である、 | これは、[[wj:カール・ヤスパース|Jaspers, K.]]<ref name=ref8>'''Jaspers,K.'''<BR>Allgemeine Psyhopathologie. 5 Aufl.<BR>''Springer'',Berlin,1948<BR>内村裕之、西丸四方、島崎敏樹ほか(訳)<BR>精神病理学総論<BR>岩波書店、東京、1953</ref>による妄想の外的メルクマール(指標)である、 | ||
#著しい主観的確実性と尋常でない[[確信度]] | #著しい主観的確実性と尋常でない[[確信度]] | ||
# | #経験にも説得力のある反論にも影響されえない | ||
# | #内容が不可能である | ||
と極めて類似している。すなわちDSMの1.1.はJaspersの言う1.に、1.3.は2.に、1.4.は部分的に3.に対応していて、1.2. | と極めて類似している。すなわちDSMの1.1.はJaspersの言う1.に、1.3.は2.に、1.4.は部分的に3.に対応していて、1.2.のみが新たに加えられた指標である。しかし、Jaspersがこの妄想の外的メルクマールを示した後に、発生的了解が不能な真正妄想と、それが可能な妄想様観念の区別を強調しているのに対し、DSMではそうした区別は行なわれていない。(編集コメント:箇条書きの番号の対応が合っているかご確認ください ⇒複雑で申し訳ありませんが、DSM-5の1,2,3をA, B, C, などと表記することは可能でしょうか?) | ||
DSM- | DSM-5の2.は妄想と誤判断との区別であり、3.は妄想と優格観念との区別である。DSM-III、III-R<ref name=ref2>'''American Psychiatric Association'''<BR>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 3rd Ed, Revised. <BR>''Washington DC, APA'', 1987</ref>では「妄想は優格観念からも区別することができる」と説明され、妄想の「あるかないか」という性質が強調された。だが[[DSM-IV]]<ref name=ref3>'''American Psychiatric Association'''<BR>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 4th Ed, Text Revision, <BR>''Washington DC, APA'', 2000.</ref>では一転して、優格観念との区別は困難であるとされ、その根拠として、2.と3.の間に「妄想的確信は連続体上に生じる」という文言が追加された。DSM-5では、こうした考え方がさらに推し進められ、「妄想は優格観念から推論される」という表現に至っている。 | ||
まとめると、DSM-5ではJaspersによる妄想の外的メルクマールが採用され、妄想は正常な観念や信念とは質的に異なるという視点に立っている一方、妄想性の思考と非妄想性の思考の相違は確信の強度にあり、両者の間に明確な区別がないことも示唆しており、妄想の定義に矛盾が生じている。 | まとめると、DSM-5ではJaspersによる妄想の外的メルクマールが採用され、妄想は正常な観念や信念とは質的に異なるという視点に立っている一方、妄想性の思考と非妄想性の思考の相違は確信の強度にあり、両者の間に明確な区別がないことも示唆しており、妄想の定義に矛盾が生じている。 | ||
一方、[[ICD-10]]<ref name=ref14>'''World Health Organization'''<BR>The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders; Clinical descriptions and diagnostic guidelines. <BR>''WHO, Geneva'', 1992<BR>(融道男,中根允文,小見山実ら訳<BR>ICD-10 精神および行動の障害—臨床記述と診断ガイドライン、新訂版<BR>医学書院、東京、2005.)</ref>では妄想は定義されていない。だがWHOが別に用意した用語集<ref name=ref13>'''World Health Organization'''<BR>Lexicon of psychiatric and mental health terms. 2nd ed,<BR>''Geneva, WHO'', 1994</ref>の中では、「現実とも、また患者の背景や文化が有する社会的に共有された信念とも一致しない、誤った訂正不能な確信ないし判断」と定義される。この定義は、「不正確な推論に基づく」という指標がないことを除けば、DSM-5のものと基本的に同一である。用語集では、続けて「一次妄想は、患者の生活史・パーソナリティから本質的に了解不能である。二次妄想は心理学的に了解可能であり、病的および他の精神状態、たとえば感情障害や猜疑心から生じる。1908年にBimbaumに、また1913年にJaspersによって真正妄想と妄想様観念との区別が行われた。後者は過度に保持される誤判断にすぎない」と記載され、DSMとは異なり、了解可能性による一次妄想([[真正妄想]])と二次妄想([[妄想様観念]])との区別に触れている。ICD-10のテキストの中では、この区別は直接に触れられていないが、統合失調症の診断基準の中に、真正妄想の一形態である[[妄想知覚]]が挙げられている。 | 一方、[[ICD-10]]<ref name=ref14>'''World Health Organization'''<BR>The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders; Clinical descriptions and diagnostic guidelines. <BR>''WHO, Geneva'', 1992<BR>(融道男,中根允文,小見山実ら訳<BR>ICD-10 精神および行動の障害—臨床記述と診断ガイドライン、新訂版<BR>医学書院、東京、2005.)</ref>では妄想は定義されていない。だがWHOが別に用意した用語集<ref name=ref13>'''World Health Organization'''<BR>Lexicon of psychiatric and mental health terms. 2nd ed,<BR>''Geneva, WHO'', 1994</ref>の中では、「現実とも、また患者の背景や文化が有する社会的に共有された信念とも一致しない、誤った訂正不能な確信ないし判断」と定義される。この定義は、「不正確な推論に基づく」という指標がないことを除けば、DSM-5のものと基本的に同一である。用語集では、続けて「一次妄想は、患者の生活史・パーソナリティから本質的に了解不能である。二次妄想は心理学的に了解可能であり、病的および他の精神状態、たとえば感情障害や猜疑心から生じる。1908年にBimbaumに、また1913年にJaspersによって真正妄想と妄想様観念との区別が行われた。後者は過度に保持される誤判断にすぎない」と記載され、DSMとは異なり、了解可能性による一次妄想([[真正妄想]])と二次妄想([[妄想様観念]])との区別に触れている。ICD-10のテキストの中では、この区別は直接に触れられていないが、統合失調症の診断基準の中に、真正妄想の一形態である[[妄想知覚]]が挙げられている。 | ||
なお、作話confabulationとは、実際に体験されなかったことが誤って追想され、体験したかのように語られることである。出任せの空想的な内容を真実であるかのように話すため、内容も変化しやすい。記憶減退を埋め合わせる当惑作話Embarrassment confabulation(E), Verlegenheitskonfabulation(D)と、空想・想像傾向の強い生産的な空想作話phantastische Konfabulation(D)に分けられる。前者は主として老年期認知症に、後者は空想虚言、空想妄想病、コルサコフ症候群などにみられる。妄想が思考の障害である一方、作話は追想の質的な障害であり、偽記憶pseudomnesia或いは仮性記憶(過去に全く体験していないのに実際にあったかのように追想すること)を語ると作話となり、空想的に際限なく発展すると空想妄想になる。物忘れのある老人の妄想は多少とも作話傾向を帯びる可能性がある。 | |||
== 分類 == | == 分類 == | ||
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患者の状況から発生的了解が可能な妄想であり、これは統合失調症を含むあらゆる[[精神病性障害]]、重症[[うつ病]]、[[躁病]]にみられる。不安や不信といった特定の気分基調に基づく解釈が妄想化するものは、とくに妄想反応 (paranoid reaction)と呼ばれる。たとえば、職場での些細な失敗を思い悩む人が、「同僚から避けられている」との被害関係妄想を持つに至る。妄想反応はその内容が基本的に了解可能であることから、妄想知覚と区別される。だが妄想反応は統合失調症にも不安などに基づく妄想的誤解釈として生じることがあり、その場合、妄想知覚との区別が困難になりうる。短期の妄想反応が単独で見られる場合、DSM-5では「[[短期精神病性障害]]」、ICD-10では「F23.3妄想を主とする他の急性精神病性障害」と診断される。 | 患者の状況から発生的了解が可能な妄想であり、これは統合失調症を含むあらゆる[[精神病性障害]]、重症[[うつ病]]、[[躁病]]にみられる。不安や不信といった特定の気分基調に基づく解釈が妄想化するものは、とくに妄想反応 (paranoid reaction)と呼ばれる。たとえば、職場での些細な失敗を思い悩む人が、「同僚から避けられている」との被害関係妄想を持つに至る。妄想反応はその内容が基本的に了解可能であることから、妄想知覚と区別される。だが妄想反応は統合失調症にも不安などに基づく妄想的誤解釈として生じることがあり、その場合、妄想知覚との区別が困難になりうる。短期の妄想反応が単独で見られる場合、DSM-5では「[[短期精神病性障害]]」、ICD-10では「F23.3妄想を主とする他の急性精神病性障害」と診断される。 | ||
一次妄想(妄想知覚、妄想着想)と二次妄想(妄想反応など)が相互に関連付けられ、[[妄想体系]]ないし[[妄想構築]] | 一次妄想(妄想知覚、妄想着想)と二次妄想(妄想反応など)が相互に関連付けられ、[[妄想体系]]ないし[[妄想構築]]を生じた場合、その妄想体系が一次妄想を核として構築されたものであるかどうかを判断することは難しい。そのため、妄想体系が構築されている場合、それが統合失調症による一次妄想に基づくかどうかを判断して診断に用いることはしばしば困難である。 | ||
==妄想の内容== | ==妄想の内容== | ||
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:自己の思考内容が媒介手段によらずに他者に感知されるという体験であり、「自分の頭の中が皆に知られている」などと訴えられる。媒介手段によらないとは、幻声(たとえば考想化声)、妄想知覚(たとえば他者の言動にそうした意味が付与される)、関係妄想(たとえば「テレビで自分のことが放送されている」)など他の症状に基づくものではないことである。なお、考想察知 thoughts being readは広く「人に考えを読まれている」という体験をさす用語であり、考想伝播のほか上記の媒介手段によるものも含まれる。 | :自己の思考内容が媒介手段によらずに他者に感知されるという体験であり、「自分の頭の中が皆に知られている」などと訴えられる。媒介手段によらないとは、幻声(たとえば考想化声)、妄想知覚(たとえば他者の言動にそうした意味が付与される)、関係妄想(たとえば「テレビで自分のことが放送されている」)など他の症状に基づくものではないことである。なお、考想察知 thoughts being readは広く「人に考えを読まれている」という体験をさす用語であり、考想伝播のほか上記の媒介手段によるものも含まれる。 | ||
:;[[考想転移]] (thought transference) | :;[[考想転移]] (thought transference) | ||
: | :他者の思考内容が媒介手段によらずに自己に感知されるものであり、「人が考えていることが分かる」などと訴えられる。考想伝播と逆方向の体験である。本症状についてシュナイダーは一級症状に含めていないが、一級症状と同様の機序で生じると考えられ、同様の診断的意義がある。 | ||
===身体的被影響体験=== | ===身体的被影響体験=== |
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