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別名:桿体視物質、視紅 英:Rhodopsin, Visual purple | 別名:桿体視物質、視紅 英:Rhodopsin, Visual purple | ||
脊椎動物の眼には2種類の[[視細胞]]、[[桿体]]と[[錐体]]が存在し、それぞれ、[[暗所視]]、[[明所視]]を司る。両視細胞には光を受容するために特別に分化したタンパク質(光受容タンパク質)が含まれ、それらを視物質と呼ぶ<ref>'''Dowling J'''<br>The Retina: An approachable part of the brain<br>''The Belknap Press of Harvard Univ. Press'':1987</ref><ref name><pubmed> 9893707 </pubmed></ref>。桿体に含まれる視物質(桿体視物質)をロドプシンと呼び、ロドプシンは視物質の代表として多くの研究に利用されている。錐体には複数のサブタイプがあり、それぞれに波長感受性の異なる錐体視物質が含まれている。ヒトの錐体には、赤、緑、青に感受性の高い3種類の錐体視物質がそれぞれ含まれている。そして、これら錐体の応答が統合されることにより、色覚が生じる<ref><pubmed> 1385866 </pubmed></ref>。 視細胞には繊毛が分化した[[外節]]と呼ばれる特別の部位がある。桿体の外節にはパンケーキ状の円盤膜(disk membrane)が何層にも重なっている。そして、ロドプシンはこの円盤膜に埋め込まれて存在している。錐体の外節はひだ状の層構造になっており、この構造の中に錐体視物質が埋め込まれている(図1参照)。 微弱光でも効率よく受容できるように、ロドプシンは桿体の円盤膜に大量に発現している(円盤膜面積の50%以上がロドプシン分子である)。光を受容したロドプシンは構造変化を起こし、[[Gタンパク質]]を介して[[細胞内シグナル伝達系]]を駆動する。この際にロドプシンの1分子は数百のGタンパク質を活性化し、光情報が増幅される。シグナル伝達系の下流でもさらに増幅機構が働き、その結果として、桿体はわずか1個の光子を受容しただけで応答することができる。円盤膜は定常的にリニューアルされている。外節の根元から新しい円盤膜が作られ、先端の円盤膜は[[網膜色素上皮細胞]]に取り込まれる。[[マウス]]ではおよそ10日で円盤膜が根元から網膜色素上皮細胞層に達する。 | |||
「ロドプシン」という名前は、もともとは脊椎動物の桿体視細胞に含まれる視物質につけられた名前であった。しかし、最近では錐体視物質をはじめ無脊椎動物の視物質や視覚以外の機能に関わる光受容体などロドプシンとアミノ酸配列の相同性をもつ多くの光受容タンパク質が発見されるようになってきた。そこで、これらの光受容タンパク質をまとめてロドプシン類(またはオプシン類)と呼ぶことが多い。 | |||
ロドプシンについて初めて報告があったのは1876〜77年頃である。ドイツのFranz Boll (1849-1879)、続いてFriedrich Wilhelm (通称Willy) Kühne(1837−1900)がカエル網膜の桿体視細胞の外節にある赤い物質の感光性を報告した。 Kühneはこの色を“Sehpurpur”と呼び(英:Visual Purple, 日:視紅)その基となる化学物質をRhodopsinと名付けた。(初期の視物質研究では視物質のことをVisual Purpleと呼んでいたが、しだいにRhodopsinが多く使われるようになり現在ではRhodopsinというのが一般的である。) | |||
[[Image:Mammal eye.png|thumb|right|300px|'''図1:ほ乳類の眼'''<br />眼に入った光は、角膜、レンズ、ガラス体を通過し、光受容に特化した視細胞に受容される。網膜中の視細胞は光が入射する方向と反対側にあり、そのため、光は視細胞に達するまでに神経節細胞や双極細胞などが含まれる神経層を通過することになる。 脊椎動物の眼には形態的に異なる2種類の視細胞、桿体(Rod)と錐体(Cone)があり、それぞれ、暗所、明所での視覚を分担している。そのため、それぞれ異なる応答特性を持っている。 桿体は感度が高いが応答が遅く、錐体は桿体よりも感度は低いが応答が速い。 また、錐体には複数のサブタイプがあり、それぞれ、赤、緑、青の光を吸収しやすい視物質が含まれており、色識別を可能にしている。桿体にはロドプシンが大量に含まれる円盤膜がパンケーキ状に重なっている。暗所での光受容に特化した桿体は単一光子を検出するほどの感度を有している。]] | [[Image:Mammal eye.png|thumb|right|300px|'''図1:ほ乳類の眼'''<br />眼に入った光は、角膜、レンズ、ガラス体を通過し、光受容に特化した視細胞に受容される。網膜中の視細胞は光が入射する方向と反対側にあり、そのため、光は視細胞に達するまでに神経節細胞や双極細胞などが含まれる神経層を通過することになる。 脊椎動物の眼には形態的に異なる2種類の視細胞、桿体(Rod)と錐体(Cone)があり、それぞれ、暗所、明所での視覚を分担している。そのため、それぞれ異なる応答特性を持っている。 桿体は感度が高いが応答が遅く、錐体は桿体よりも感度は低いが応答が速い。 また、錐体には複数のサブタイプがあり、それぞれ、赤、緑、青の光を吸収しやすい視物質が含まれており、色識別を可能にしている。桿体にはロドプシンが大量に含まれる円盤膜がパンケーキ状に重なっている。暗所での光受容に特化した桿体は単一光子を検出するほどの感度を有している。]] | ||
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レチナールはビタミンAのアルデヒド型であり、ロドプシン中ではその11-シス型がオプシンのH7(ヘリックス7)に位置するN末端から296番目のリシン残基とシッフ塩基結合を介して結合している。光を受容したロドプシンでは、レチナールが11-シス型から全トランス型に光異性化される。その後、ロドプシンのタンパク質部分の構造変化がおこり、Gタンパク質を活性化する状態に変化する。この過程を「ロドプシンの光反応過程」と呼ぶ。生成した全トランスレチナールは、その後タンパク質部分から遊離し、タンパク質部分は新たに11-シス型のレチナールと結合してロドプシンになる。この過程を「ロドプシンの再生」と呼ぶ。タンパク質から遊離したレチナール(all-transに異性化)は視細胞の外に運ばれ、網膜色素上皮細胞で11- シス型に再異性化され視細胞へ戻り、再びオプシンと結合してロドプシンになる。レチナールがどのような経路を経てオプシンと結合するのかは知られておらず、ロドプシン研究の一つの課題となっている。 | レチナールはビタミンAのアルデヒド型であり、ロドプシン中ではその11-シス型がオプシンのH7(ヘリックス7)に位置するN末端から296番目のリシン残基とシッフ塩基結合を介して結合している。光を受容したロドプシンでは、レチナールが11-シス型から全トランス型に光異性化される。その後、ロドプシンのタンパク質部分の構造変化がおこり、Gタンパク質を活性化する状態に変化する。この過程を「ロドプシンの光反応過程」と呼ぶ。生成した全トランスレチナールは、その後タンパク質部分から遊離し、タンパク質部分は新たに11-シス型のレチナールと結合してロドプシンになる。この過程を「ロドプシンの再生」と呼ぶ。タンパク質から遊離したレチナール(all-transに異性化)は視細胞の外に運ばれ、網膜色素上皮細胞で11- シス型に再異性化され視細胞へ戻り、再びオプシンと結合してロドプシンになる。レチナールがどのような経路を経てオプシンと結合するのかは知られておらず、ロドプシン研究の一つの課題となっている。 | ||
11-シスレチナールはロドプシンが光を受容するために必須の分子である。また、11-シスレチナールがオプシンと結合すると(ロドプシンになると)、オプシンの暗状態でのGタンパク質活性化能が強く抑制される。一方、光を受容して全トランス型に異性化すると、ロドプシンを高効率でGタンパク質を活性化する状態にする。つまり、薬理学的には、11-シスレチナールはinverse | 11-シスレチナールはロドプシンが光を受容するために必須の分子である。また、11-シスレチナールがオプシンと結合すると(ロドプシンになると)、オプシンの暗状態でのGタンパク質活性化能が強く抑制される。一方、光を受容して全トランス型に異性化すると、ロドプシンを高効率でGタンパク質を活性化する状態にする。つまり、薬理学的には、11-シスレチナールはinverse agonist(活性を抑制するリガンド、[[逆作動]]薬)、全トランス型レチナールはagonist( 活性を促進するリガンド、[[作動薬]])と考えることができる。 | ||
=== 7回膜貫通構造 === | === 7回膜貫通構造 === | ||
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=== ヘリックス8 === | === ヘリックス8 === | ||
ロドプシンにはヘリックス7とC末端の間に翻訳後修飾([[パルミチル化]])を受けるシステイン残基が存在し、結合したパルミチン酸は脂質二重膜に挿入されると考えられている。そのため、ヘリックス7とシステイン残基との間が細胞質側のもう一つのループとなり、この領域はさらにヘリックス構造を形成している。このヘリックスはヘリックス8と呼ばれている。膜表面に存在するH8は両親媒性のヘリックスで膜側に疎水性の残基を含んでいる(図2参照)。 | |||
== '''翻訳後修飾''' == | == '''翻訳後修飾''' == | ||
視細胞のERで生合成されたオプシンは外節につながる繊毛部分に輸送され、外節の根元から生成する新たな円盤膜に取り込まれていく。前述したように、光受容体であるロドプシンは翻訳後にレチナールを取り込む必要があるが、それ以外にも円盤膜に運ばれるまでにいくつかの翻訳後修飾を受ける。ロドプシンの大きな特徴の一つがC110とC187の間に形成されるS−S結合である(図2参照)。このジスフィルド結合は多くの[[GPCR]]でも保存されておりECL2とH3を架橋することによって構造安定化に寄与している。 | |||
また、ロドプシンのN2/N15は糖鎖修飾を受ける。このためロドプシンのN2/N15は生物種を超えて良く保存されている。このようなタンパク質のN結合型糖鎖付加は、修飾されるアミノ酸残基の位置は異なるが、オプシン類そしてファミリー1のGPCRにも見られる。一般に、糖鎖修飾はタンパク質の輸送やフォールディングに関わると考えられている。これ以外にもN末端のメチル基はアセチル化され、前述のC末端のC322/C322のシステイン残基はパルミチン酸化(脂質修飾)されている。 | また、ロドプシンのN2/N15は糖鎖修飾を受ける。このためロドプシンのN2/N15は生物種を超えて良く保存されている。このようなタンパク質のN結合型糖鎖付加は、修飾されるアミノ酸残基の位置は異なるが、オプシン類そしてファミリー1のGPCRにも見られる。一般に、糖鎖修飾はタンパク質の輸送やフォールディングに関わると考えられている。これ以外にもN末端のメチル基はアセチル化され、前述のC末端のC322/C322のシステイン残基はパルミチン酸化(脂質修飾)されている。 | ||
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ロドプシンが可視光(最大吸収波長500nm)を受容できるのは、このシッフ塩基の窒素原子がプロトン化しているからである。レチナールやレチナールシッフ塩基は吸収極大波長が紫外部にあり、紫外光しか吸収することができない。一方、レチナールシッフ塩基がプロトン化すると、分子内の二重結合系が非局在化され、その結果、吸収極大波長が可視部に移動する。 | ロドプシンが可視光(最大吸収波長500nm)を受容できるのは、このシッフ塩基の窒素原子がプロトン化しているからである。レチナールやレチナールシッフ塩基は吸収極大波長が紫外部にあり、紫外光しか吸収することができない。一方、レチナールシッフ塩基がプロトン化すると、分子内の二重結合系が非局在化され、その結果、吸収極大波長が可視部に移動する。 | ||
レチナールはオプシンの内部に埋め込まれており、また、そのプロトン化シッフ塩基は疎水的な環境に位置している。そのためそのままでは非常に不安定である。オプシン内にはこの正電荷を安定化する対イオン(counterion)が存在する。ロドプシンではE113が対イオンとして働き<ref><pubmed> 2573063 </pubmed></ref> | レチナールはオプシンの内部に埋め込まれており、また、そのプロトン化シッフ塩基は疎水的な環境に位置している。そのためそのままでは非常に不安定である。オプシン内にはこの正電荷を安定化する対イオン(counterion)が存在する。ロドプシンではE113が対イオンとして働き<ref><pubmed> 2573063 </pubmed></ref>、H7のシッフ塩基プロトンの正電荷とH3の[[グルタミン酸]]の負電荷の間に塩橋(salt bridge)が形成される<ref><pubmed> 1356370 </pubmed></ref>。また対イオンはシッフ塩基のpKaを上げシッフ塩基の加水分解を防いでいる。対イオンは単独で働いているのではなく、構造水を含む水素結合ネットワークを形成して働いていると考えられている。 | ||
[[Image:Central Ionic Lock.png|thumb|right|300px|'''図3:シッフ塩基・対イオン・塩橋'''<br />ヘッリックス7の296番目のリシン残基の正電荷とヘリックス3の対イオンの負電荷は塩橋を形成し、リガンド非結合状態の受容体で不活性状態を安定化する。11-cis-retinalが結合した状態でもシッフ塩基プロトンと対イオンの間で塩橋が生じ不活性状態を安定化する。]] <br> | [[Image:Central Ionic Lock.png|thumb|right|300px|'''図3:シッフ塩基・対イオン・塩橋'''<br />ヘッリックス7の296番目のリシン残基の正電荷とヘリックス3の対イオンの負電荷は塩橋を形成し、リガンド非結合状態の受容体で不活性状態を安定化する。11-cis-retinalが結合した状態でもシッフ塩基プロトンと対イオンの間で塩橋が生じ不活性状態を安定化する。]] <br> | ||
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光を受容したロドプシンは数ミリ秒の間にGタンパク質を活性化する状態に変化する。ロドプシンと共役するGタンパク質はαβγのサブユットからなる3量体Gタンパク質である。Gタンパク質(guanine nucleotide-binding proteins: G-proteins)はGTPを結合すると「on」、GDPを結合すると「off」になる分子スイッチとして機能する。一般にoff状態では3量体として存在し、Gα中でGDP-GTP交換反応が起こると、GαはGβγと解離して活性状態になる。活性化したロドプシンは1秒間に数百のGタンパク質を活性化することができるため、大きなシグナル増幅作用がある。 | 光を受容したロドプシンは数ミリ秒の間にGタンパク質を活性化する状態に変化する。ロドプシンと共役するGタンパク質はαβγのサブユットからなる3量体Gタンパク質である。Gタンパク質(guanine nucleotide-binding proteins: G-proteins)はGTPを結合すると「on」、GDPを結合すると「off」になる分子スイッチとして機能する。一般にoff状態では3量体として存在し、Gα中でGDP-GTP交換反応が起こると、GαはGβγと解離して活性状態になる。活性化したロドプシンは1秒間に数百のGタンパク質を活性化することができるため、大きなシグナル増幅作用がある。 | ||
活性化したGαはcGMPを5’- | 活性化したGαはcGMPを5’-GMPに加水分解する酵素である[[ホスホジエステラーゼ]](Phosphodiesterase、PDE)に作用する。PDEは酵素活性部位であるαβサブユニットとこれらと特異的に結合しその活性を抑制する2つのγサブユニットからなる。GαはこのPDEγに結合することによってγサブユニットの抑制効果を解除し、PDEを活性化する。 | ||
PDEが活性化すると細胞内のcGMPの濃度が急減し、cGMP依存性陽イオンチャネル(cyclic nucleotide-gated ion channels: CNG channels) が閉じる。光を受容したロドプシンからのシグナルがこない状態では、CNGチャネルは開いた状態であり、細胞内にNa+やCa2+が流入している。シグナルがくると上記の反応が起こるため、CNGチャネルが閉じ、細胞が過分極する。 | PDEが活性化すると細胞内のcGMPの濃度が急減し、cGMP依存性陽イオンチャネル(cyclic nucleotide-gated ion channels: CNG channels) が閉じる。光を受容したロドプシンからのシグナルがこない状態では、CNGチャネルは開いた状態であり、細胞内にNa+やCa2+が流入している。シグナルがくると上記の反応が起こるため、CNGチャネルが閉じ、細胞が過分極する。 | ||
視細胞は暗状態では少し[[脱分極]]しており、その[[シナプス]]末端から[[神経伝達物質]]であるグルタミン酸が放出されている。光を受容して上記のシグナル伝達系が働くと過分極し、グルタミン酸の放出量が減少する。この変化が[[双極細胞]]などの下流の神経細胞に伝えられ、出力ニューロンである[[神経節細胞]]を経て[[脳]]にその情報が伝えられる。 (シグナル伝達についての参考文献<ref><pubmed> 19837030 </pubmed></ref><ref name=ref_shichida><pubmed> 19720651 </pubmed></ref>) | |||
== '''シグナルのシャットダウンと視細胞の回復''' == | == '''シグナルのシャットダウンと視細胞の回復''' == | ||
光を受容して応答した視細胞は、次の光を受容するために速やかにもとの静止状態に戻る必要がある。素早く戻ることが光受容の時間分解能に関わるので、能動的に応答をシャットダウンし、もとの状態に戻ることが重要となる。 | 光を受容して応答した視細胞は、次の光を受容するために速やかにもとの静止状態に戻る必要がある。素早く戻ることが光受容の時間分解能に関わるので、能動的に応答をシャットダウンし、もとの状態に戻ることが重要となる。 | ||
視細胞における光情報伝達はロドプシンの光受容によって始まり、また、ロドプシンからGタンパク質へのシグナル伝達の際に大きく増幅される。したがって、ロドプシンの活性状態を素早くシャットダウンすることは非常に重要である。ロドプシンの活性状態はメタロドプシンⅡ(Metarhodopsin II)と名付けられており、その名のとおり準安定(metastable)である。しかし、数十秒間は安定に存在する。視細胞の単一光子応答は1秒以内で終結するので、メタロドプシンⅡはこの時間よりも速くシャットダウン(不活性化)されている。メタロドプシンⅡの不活性化にはSer/ | 視細胞における光情報伝達はロドプシンの光受容によって始まり、また、ロドプシンからGタンパク質へのシグナル伝達の際に大きく増幅される。したがって、ロドプシンの活性状態を素早くシャットダウンすることは非常に重要である。ロドプシンの活性状態はメタロドプシンⅡ(Metarhodopsin II)と名付けられており、その名のとおり準安定(metastable)である。しかし、数十秒間は安定に存在する。視細胞の単一光子応答は1秒以内で終結するので、メタロドプシンⅡはこの時間よりも速くシャットダウン(不活性化)されている。メタロドプシンⅡの不活性化にはSer/Thrキナーゼである[[ロドプシンキナーゼ]](Rhodopsin Kinase: RK)が関与する。メタロドプシンⅡはこの酵素によって[[リン酸化]]され、そのGタンパク質活性化能が減少する。メタロドプシンⅡのC末端領域にはリン酸化される部位として複数のS/Tが同定されている。生体内では主にS334, S338, S343がリン酸化される。さらにリン酸化されたメタロドプシンⅡにアレスチン(Arrestin)が結合することによってGタンパク質との結合が完全に阻害される。 | ||
桿体視細胞の応答プロファイルは非常に再現性が良い。これを実現するために、応答を複数のステップで制御する(Multi step shutoff)機構があると考えられている。ロドプシンの不活性化が単一ステップだけで起こる場合、分子間の相互作用は確率論的に起こるので、速くシャッタダウンする場合や遅くシャットダウンする場合がでてくる。このようにシャットダウンがランダムだと単一光子応答がばらつき、ノイズと区別できなくなる。そのため、ロドプシンは複数ステップのシャットダウン機構を用いることによってシャットダウン時間の可変性を平均化し応答の再現性を保証していると考えられている。 | 桿体視細胞の応答プロファイルは非常に再現性が良い。これを実現するために、応答を複数のステップで制御する(Multi step shutoff)機構があると考えられている。ロドプシンの不活性化が単一ステップだけで起こる場合、分子間の相互作用は確率論的に起こるので、速くシャッタダウンする場合や遅くシャットダウンする場合がでてくる。このようにシャットダウンがランダムだと単一光子応答がばらつき、ノイズと区別できなくなる。そのため、ロドプシンは複数ステップのシャットダウン機構を用いることによってシャットダウン時間の可変性を平均化し応答の再現性を保証していると考えられている。 | ||
Gαは内在的な[[GTPase]]活性をもつ。そのため、GTPと結合して活性状態になったGαは自発的にGTPをGDPに加水分解し、再びGβγと結合して不活性状態に戻る。しかし、Gαの自発的な酵素活性は低く、視細胞内ではPDEγに結合したGαにGAP([[GTPase Activating Protein]])が作用することによってGTPの加水分解を加速している。Gαが不活性化しPDEから遊離するとPDEγは再び酵素活性部位であるPDEαβを阻害するためPDEの活性が抑えられる。 | |||
細胞が完全にもとの状態に戻るには、PDEの作用によって急減した細胞内cGMP濃度ももとに戻す必要がある。cGMPはGC(Guanyl Cyclase)によって定常的に合成されているが、GCの活性はGCAP (Guanyl Cyclase Activating Protein)によって調節されている。光応答により細胞膜のCNGチャネルが閉じ細胞内のCa2+ | 細胞が完全にもとの状態に戻るには、PDEの作用によって急減した細胞内cGMP濃度ももとに戻す必要がある。cGMPはGC([[Guanyl Cyclase]])によって定常的に合成されているが、GCの活性はGCAP ([[Guanyl Cyclase Activating Protein]])によって調節されている。光応答により細胞膜のCNGチャネルが閉じ細胞内のCa2+濃度が下がるとGCAPはGCの活性を促進するようになる。細胞内カルシウムの増減によるこの制御機構をカルシウムフィードバック機構と呼ぶ。この機構により細胞内のcGMP濃度が速やかに上昇すると[[CNGチャネル]]も開き、視細胞が元の状態に戻る。なお、細胞内カルシウム濃度の減少により、ロドプシンキナーゼを制御する因子([[Sモジュリン]]あるいはリカバリンと呼ばれている)も知られており<ref><pubmed> 8386803 </pubmed></ref>、GCAPとあわせて視細胞の[[明順応]]を説明する一つの機構と考えられている。 | ||
= '''ロドプシン類''' = | = '''ロドプシン類''' = | ||
本来「ロドプシン」とは桿体視物質をあらわす言葉であった。しかし、生化学・分子生物学の進展により、桿体視細胞以外の光受容細胞や脊椎動物以外の生物種から相同性のある光受容タンパク質が続々と報告されるようになり<ref><pubmed> 15774036 </pubmed></ref><ref name=ref_shichida /> | 本来「ロドプシン」とは桿体視物質をあらわす言葉であった。しかし、生化学・分子生物学の進展により、桿体視細胞以外の光受容細胞や脊椎動物以外の生物種から相同性のある光受容タンパク質が続々と報告されるようになり<ref><pubmed> 15774036 </pubmed></ref><ref name=ref_shichida />、これらの光受容タンパク質も「ロドプシン」あるいは「オプシン」と呼ばれるようになった。これら多くの発見の中でも、ニワトリの[[松果体]]に存在する[[ピノプシン]]の発見は特筆される<ref><pubmed> 7969427 </pubmed></ref>。つまり、それまでに発見されていたロドプシン類はいわゆる「視覚」に関与する受容体であったが、ピノプシンは視覚以外の機能に関与する受容体であったからである。この発見以降、「視覚オプシン(visual opsin)」、「非視覚オプシン(non-visual opsin)」という言葉が使われるようになった。最近では1000種類以上のロドプシン遺伝子が報告されており、これらはGタンパク質共役型受容体(G Protein Coupled Receptor: GPCR)の一員であることが知られている。 | ||
GPCRは[[ペプチド]]、[[ホルモン]]、[[匂い]][[リンクの名前]]物質などのさまざまな化学物質を受容し、Gタンパク質を介する細胞内シグナル伝達機構を駆動する受容体である。GPCRによる外界からのシグナル受容はほとんどの細胞で観測され、細胞間のコミュニケーションを担う上でも非常に重要な受容体である。また、マウスやヒトではゲノム中で最も大きなタンパク質ファミリーであることが知られている。ロドプシン類はGPCRのメンバーであるが、分子内に内在性のリガンド(11-シス型のレチナール)を含んでいることが特徴である。 | |||
== '''GPCRとロドプシン''' == | == '''GPCRとロドプシン''' == | ||
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ウシロドプシンの一次配列は1982年に決定され<ref><pubmed> 6759163 </pubmed></ref>、その翌年にはクローニングされている<ref><pubmed> 6194890 </pubmed></ref>。そして2000年にはX線結晶解析により3次元立体構造モデルが提出された<ref><pubmed> 10926528 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11972040 </pubmed></ref>。また、現在ではさまざまな中間状態や活性状態<ref><pubmed> 21389988 </pubmed></ref>、変異体などの立体構造も発表されている。一次構造の決定、クローニング、結晶構造決定などについては、種々のGPCRの中ではロドプシンで最初に行われた。ウシロドプシンのように大量の試料を比較的簡単に調製できるGPCRは珍しく、また内在性のリガンドを持つロドプシンは他のGPCRに較べて非常に安定でそのためロドプシンの研究は他の受容体よりも先に進んだ。こうしてロドプシンはGPCR研究のトップランナーとして研究されてきた経歴があり、GPCRファミリー1の代表的な受容体とされている。 | ウシロドプシンの一次配列は1982年に決定され<ref><pubmed> 6759163 </pubmed></ref>、その翌年にはクローニングされている<ref><pubmed> 6194890 </pubmed></ref>。そして2000年にはX線結晶解析により3次元立体構造モデルが提出された<ref><pubmed> 10926528 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11972040 </pubmed></ref>。また、現在ではさまざまな中間状態や活性状態<ref><pubmed> 21389988 </pubmed></ref>、変異体などの立体構造も発表されている。一次構造の決定、クローニング、結晶構造決定などについては、種々のGPCRの中ではロドプシンで最初に行われた。ウシロドプシンのように大量の試料を比較的簡単に調製できるGPCRは珍しく、また内在性のリガンドを持つロドプシンは他のGPCRに較べて非常に安定でそのためロドプシンの研究は他の受容体よりも先に進んだ。こうしてロドプシンはGPCR研究のトップランナーとして研究されてきた経歴があり、GPCRファミリー1の代表的な受容体とされている。 | ||
ロドプシンがGPCRであると認知されるようになったのは数十年前からである。1986年にGPCRの一つ[[βアドレナリン受容体]]の一次配列が決定されるとすでに解析されていたロドプシンの配列そしてその配列から予想される7回膜貫通構造が非常に似ていることが発見された。その後も次々に様々なGPCRの配列が決定され、これらは一大タンパク質ファミリーを形成することが明らかになった。 | |||
== '''動物のロドプシンと菌のロドプシン''' == | == '''動物のロドプシンと菌のロドプシン''' == |