「シナプシン」の版間の差分

14行目: 14行目:


== シナプシンとは ==
== シナプシンとは ==
 シナプシンは、1970年代にPaul Greengard教授らのグループが、[[ラット]]脳のシナプス膜画分で[[cAMP]]依存性プロテインキナーゼ(プロテインキナーゼーA、[[PKA]])によってリン酸化される主要な蛋白質のひとつとして発見した<ref name=ref1> Gitler D, Augustine GJ <br> Synapsins and regulation of the reserve pool. <br> Encyclopedia Neurosci: 2009, 709-717 </ref>, <ref name=ref2><pubmed> 20438797 </pubmed ></ref>。これらのリン酸化蛋白質は、プロテインI、プロテインIIと命名され、さらに、プロテインIIIが見いだされた。このうち、プロテインIとIIIは脳に特異的に発現し、シナプス膜画分、特にシナプス小胞画分に多く存在することから、シナプシンI、IIと改名された。一方、プロテインIIは脳以外にも広く分布し、PKAの調節サブユニットであることが判明した。
 シナプシンは、1970年代にPaul Greengard教授らのグループが、[[ラット]]脳のシナプス膜画分で[[cAMP]]依存性プロテインキナーゼ(プロテインキナーゼーA、[[PKA]])によってリン酸化される主要な蛋白質のひとつとして発見した<ref name=ref1> D Gitler, G J Augustine <br> Synapsins and regulation of the reserve pool. <br> Encyclopedia Neurosci: 2009, 709-717 </ref>, <ref name=ref2><pubmed> 20438797 </pubmed ></ref>。これらのリン酸化蛋白質は、プロテインI、プロテインIIと命名され、さらに、プロテインIIIが見いだされた。このうち、プロテインIとIIIは脳に特異的に発現し、シナプス膜画分、特にシナプス小胞画分に多く存在することから、シナプシンI、IIと改名された。一方、プロテインIIは脳以外にも広く分布し、PKAの調節サブユニットであることが判明した。


 生化学的な蛋白精製の結果、シナプシンIは86kDaと80kDaの2つのアイソフォーム(IaとIb)から、シナプシンIIは74kDaと55kDaの2つのアイソフォーム(IIaとIIb)からなることがわかった。また、シナプトソームを用いて、脱分極刺激など細胞内へのCa<sup>2+</sup>流入を起こすような刺激や、ドパミン、[[セロトニン]]、[[ノルアドレナリン]]など細胞内のcAMPを上昇させるような刺激を与えると、シナプシンI、IIのリン酸化が増大することがわかった。これらリン酸化が、シナプシンのシナプス小胞や細胞骨格蛋白質への結合を劇的に低下させることから、「シナプシンとそのリン酸化によるシナプス小胞の局在の調節」というモデルが提唱された<ref name=ref3><pubmed> 8430330 </pubmed ></ref>, <ref name=ref4><pubmed> 10212475 </pubmed ></ref>。神経終末におけるシナプス小胞は、[[形質膜]]から離れたところに存在する予備のプールと、刺激が到達した際に直ちに放出可能な形質膜直下のプールを含むリサイクルプールとに大別され、予備のプールが80-90%と大部分を占める。上述の古典的モデルでは、特に、Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII([[CaMKII]])によるシナプシンIのリン酸化が、予備のプールから放出可能なプールへのシナプス小胞の移行を促進しているのではないか、と提唱された。
 生化学的な蛋白精製の結果、シナプシンIは86kDaと80kDaの2つのアイソフォーム(IaとIb)から、シナプシンIIは74kDaと55kDaの2つのアイソフォーム(IIaとIIb)からなることがわかった。また、シナプトソームを用いて、脱分極刺激など細胞内へのCa<sup>2+</sup>流入を起こすような刺激や、ドパミン、[[セロトニン]]、[[ノルアドレナリン]]など細胞内のcAMPを上昇させるような刺激を与えると、シナプシンI、IIのリン酸化が増大することがわかった。これらリン酸化が、シナプシンのシナプス小胞や細胞骨格蛋白質への結合を劇的に低下させることから、「シナプシンとそのリン酸化によるシナプス小胞の局在の調節」というモデルが提唱された<ref name=ref3><pubmed> 8430330 </pubmed ></ref>, <ref name=ref4><pubmed> 10212475 </pubmed ></ref>。神経終末におけるシナプス小胞は、[[形質膜]]から離れたところに存在する予備のプールと、刺激が到達した際に直ちに放出可能な形質膜直下のプールを含むリサイクルプールとに大別され、予備のプールが80-90%と大部分を占める。上述の古典的モデルでは、特に、Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII([[CaMKII]])によるシナプシンIのリン酸化が、予備のプールから放出可能なプールへのシナプス小胞の移行を促進しているのではないか、と提唱された。


 その後、シナプシンI、II、III遺伝子のノックアウトマウスの作製・解析が進み、近年ではシナプシンI、IIが相補的な役割を果たすと理解され、これらが2量体を形成し、2価性にシナプス小胞に結合して架橋することにより、神経終末においてシナプス小胞の予備のプールを維持・安定化する上で必須の分子であること、またその結果、連続刺激の際に放出可能なシナプス小胞を動員し、シナプス抑圧を制限する上で、特に重要な役割を果たすことがわかってきた<ref name=ref1 />’, <ref name=ref5> Khvotchev MV, Sun J <br> Synapsins. <br> Encyclopedia Neurosci: 2009, 705-708 </ref>, <ref name=ref2 />。
 その後、シナプシンI、II、III遺伝子のノックアウトマウスの作製・解析が進み、近年ではシナプシンI、IIが相補的な役割を果たすと理解され、これらが2量体を形成し、2価性にシナプス小胞に結合して架橋することにより、神経終末においてシナプス小胞の予備のプールを維持・安定化する上で必須の分子であること、またその結果、連続刺激の際に放出可能なシナプス小胞を動員し、シナプス抑圧を制限する上で、特に重要な役割を果たすことがわかってきた<ref name=ref1 />’, <ref name=ref5> M V Khvotchev, J Sun <br> Synapsins. <br> Encyclopedia Neurosci: 2009, 705-708 </ref>, <ref name=ref2 />。


 リン酸化によるシナプシンの蛋白機能の修飾についても、シナプシンIに特異的なカルボキシル末端側のCaMKIIによるリン酸化よりもむしろ、各シナプシンアイソフォームに共通の、アミノ末端側におけるPKAあるいはCa<sup>2+</sup>/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼI(CaMKI)によるリン酸化に注目が集まりつつある<ref name=ref5 />。
 リン酸化によるシナプシンの蛋白機能の修飾についても、シナプシンIに特異的なカルボキシル末端側のCaMKIIによるリン酸化よりもむしろ、各シナプシンアイソフォームに共通の、アミノ末端側におけるPKAあるいはCa<sup>2+</sup>/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼI(CaMKI)によるリン酸化に注目が集まりつつある<ref name=ref5 />。
31

回編集