「抑制性シナプス」の版間の差分

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===シナプス前部(プレシナプス)===
===シナプス前部(プレシナプス)===
====GABA作動性シナプス====
====GABA作動性シナプス====
 GABA作動性ニューロンには、グルタミン酸からGABAを合成するグルタミン酸脱炭酸酵素(glutamic acid decarboxylase: GAD)が存在する。GADには、GAD65とGAD67の二つのアイソフォームがあり、GABA作動性ニューロン特異的に発現している<ref name=ref7><pubmed>8824330</pubmed></ref>。GAD65は神経終末部に限局している一方、GAD67は細胞体などにも存在し、GABA合成において主要な役割を担っている<ref name=ref8><pubmed>9177246</pubmed></ref>。また、GAD67はパルブアルブミン陽性の介在ニューロンに強い発現がみられる<ref name=ref9><pubmed>9295216</pubmed></ref>。合成されたGABAは、液胞型ATPアーゼ(vacuolar-type H<sup>+</sup>‐ATPase: V-ATPase)によってできるH<sup>+</sup>濃度勾配および電位勾配に従い、小胞抑制性アミノ酸輸送体(vesicular inhibitory amino acid transporter: VIAAT)注1によって、シナプス小胞に充填される<ref name=ref10><pubmed>9822734</pubmed></ref> <ref name=ref11><pubmed>16701208</pubmed></ref>。そして、シナプス間隙に開口放出されたGABAは、ニューロンおよびグリア細胞の細胞膜に存在するGABA輸送体(GABA transporter: GAT)によって回収される<ref name=ref12><pubmed>15210304</pubmed></ref>。また、Gタンパク質共役型受容体であるGABA<sub>B</sub>受容体は、K<sup>+</sup>チャネルを開口させて神経終末を過分極させると共に、Ca<sup>2+</sup>チャネルを閉口させて伝達物質の放出を抑制する(2.4にて詳述)。
 GABA作動性ニューロンには、グルタミン酸からGABAを合成するグルタミン酸脱炭酸酵素(glutamic acid decarboxylase: GAD)が存在する。GADには、GAD65とGAD67の二つのアイソフォームがあり、GABA作動性ニューロン特異的に発現している<ref name=ref7><pubmed>8824330</pubmed></ref>。GAD65は神経終末部に限局している一方、GAD67は細胞体などにも存在し、GABA合成において主要な役割を担っている<ref name=ref8><pubmed>9177246</pubmed></ref>。また、GAD67はパルブアルブミン陽性の介在ニューロンに強い発現がみられる<ref name=ref9><pubmed>9295216</pubmed></ref>。合成されたGABAは、液胞型ATPアーゼ(vacuolar-type H<sup>+</sup>‐ATPase: V-ATPase)によってできるH<sup>+</sup>濃度勾配および電位勾配に従い、小胞抑制性アミノ酸輸送体(vesicular inhibitory amino acid transporter: VIAAT)<sup>注1</sup>によって、シナプス小胞に充填される<ref name=ref10><pubmed>9822734</pubmed></ref> <ref name=ref11><pubmed>16701208</pubmed></ref>。そして、シナプス間隙に開口放出されたGABAは、ニューロンおよびグリア細胞の細胞膜に存在するGABA輸送体(GABA transporter: GAT)によって回収される<ref name=ref12><pubmed>15210304</pubmed></ref>。また、Gタンパク質共役型受容体であるGABA<sub>B</sub>受容体は、K<sup>+</sup>チャネルを開口させて神経終末を過分極させると共に、Ca<sup>2+</sup>チャネルを閉口させて伝達物質の放出を抑制する(2.4にて詳述)。


====グリシン作動性シナプス====
====グリシン作動性シナプス====
 グリシンはセリンヒドロキシメチルトランスフェラーゼ(serine hydroxymethyltransferase: SHMT)によってセリンから可逆的に変換される。GABA同様にグリシンも小胞抑制性アミノ酸輸送体によってシナプス小胞に充填されるが、充填効率はGABAに比べて低い<ref name=ref13><pubmed>1915594</pubmed></ref> <ref name=ref14><pubmed>9349821</pubmed></ref>。シナプスに放出されたグリシンは、ニューロンとアストロサイトの細胞膜上に発現するグリシン輸送体(glycine transporter: GlyT)によって回収される<ref name=ref15><pubmed>18798526</pubmed></ref>。グリシン輸送体の働きはNa+(ナトリウムイオン: sodium ion)とCl<sup>-</sup>(塩化物イオン: chloride ion)注2に依存しており、2つのアイソフォームが知られている。アストロサイト特異的に発現するGlyT1は、グリシンを細胞内外の両方向へ輸送する。一方、グリシン作動性シナプス前終末において特異的に認められる GlyT2は、細胞内外のNa+濃度勾配によって細胞外から細胞内へ一方向性の輸送を行い、シナプス小胞へのグリシン充填に不可欠である<ref name=ref16><pubmed>14622583</pubmed></ref> <ref name=ref17><pubmed>18815261</pubmed></ref>。
 グリシンはセリンヒドロキシメチルトランスフェラーゼ(serine hydroxymethyltransferase: SHMT)によってセリンから可逆的に変換される。GABA同様にグリシンも小胞抑制性アミノ酸輸送体によってシナプス小胞に充填されるが、充填効率はGABAに比べて低い<ref name=ref13><pubmed>1915594</pubmed></ref> <ref name=ref14><pubmed>9349821</pubmed></ref>。シナプスに放出されたグリシンは、ニューロンとアストロサイトの細胞膜上に発現するグリシン輸送体(glycine transporter: GlyT)によって回収される<ref name=ref15><pubmed>18798526</pubmed></ref>。グリシン輸送体の働きはNa+(ナトリウムイオン: sodium ion)とCl<sup>-</sup>(塩化物イオン: chloride ion)<sup>注2</sup>に依存しており、2つのアイソフォームが知られている。アストロサイト特異的に発現するGlyT1は、グリシンを細胞内外の両方向へ輸送する。一方、グリシン作動性シナプス前終末において特異的に認められる GlyT2は、細胞内外のNa+濃度勾配によって細胞外から細胞内へ一方向性の輸送を行い、シナプス小胞へのグリシン充填に不可欠である<ref name=ref16><pubmed>14622583</pubmed></ref> <ref name=ref17><pubmed>18815261</pubmed></ref>。


===シナプス後部(ポストシナプス)===
===シナプス後部(ポストシナプス)===
[[image:抑制性シナプス2.png|thumb|400px|'''図2.抑制性シナプスを構成する分子'''<br>(GABA:ガンマアミノ酪酸、GAD67:グルタミン酸脱炭酸酵素67、GAD65:グルタミン酸脱炭酸酵素65、VIAAT(VGAT):小胞抑制性アミノ酸輸送体(小胞GABA輸送体)、SHMT:セリンヒドロキシメチルトランスフェラーゼ)]]
[[image:抑制性シナプス2.png|thumb|400px|'''図2.抑制性シナプスを構成する分子'''<br>(GABA:ガンマアミノ酪酸、GAD67:グルタミン酸脱炭酸酵素67、GAD65:グルタミン酸脱炭酸酵素65、VIAAT(VGAT):小胞抑制性アミノ酸輸送体(小胞GABA輸送体)、SHMT:セリンヒドロキシメチルトランスフェラーゼ)]]


 シナプス後膜にはGABA<sub>A</sub>受容体やグリシン受容体などのイオンチャネルが集積し、GABA<sub>B</sub>受容体も存在している。シナプス前終末から開口放出されたGABAやグリシンなどの神経伝達物質は、それぞれに対応した受容体に結合する。抑制性神経伝達物質で開くClイオンチャネルはGABA<sub>A</sub>受容体およびグリシン受容体があり、これらは各々複数のサブタイプを持っている<ref name=ref18><pubmed>7516126</pubmed></ref> <ref name=ref19><pubmed>15383648</pubmed></ref>。これらのイオンチャネル型受容体は陰イオンを選択的に透過させるチャネル構造を持ち、活性化に伴ってClイオンの透過性(コンダクタンス)注3を上昇させる。
 シナプス後膜にはGABA<sub>A</sub>受容体やグリシン受容体などのイオンチャネルが集積し、GABA<sub>B</sub>受容体も存在している。シナプス前終末から開口放出されたGABAやグリシンなどの神経伝達物質は、それぞれに対応した受容体に結合する。抑制性神経伝達物質で開くClイオンチャネルはGABA<sub>A</sub>受容体およびグリシン受容体があり、これらは各々複数のサブタイプを持っている<ref name=ref18><pubmed>7516126</pubmed></ref> <ref name=ref19><pubmed>15383648</pubmed></ref>。これらのイオンチャネル型受容体は陰イオンを選択的に透過させるチャネル構造を持ち、活性化に伴ってClイオンの透過性(コンダクタンス)<sup>注3</sup>を上昇させる。


 これらの受容体は細胞内の粗面小胞体(rER)で合成され、ゴルジ体にて分泌小胞に包まれて細胞質へ移行する<ref name=ref20><pubmed>18382465</pubmed></ref>。そして、GABA<sub>A</sub>受容体はGABARAP(GABA<sub>A</sub> receptor-associated protein)、グリシン受容体は足場タンパク質であるゲフィリン(gephyrin)を介して順行性モータータンパク質であるキネシンスーパーファミリータンパク質(kinesin superfamily protein: KIF)に結合し、微小管(microtubule)に沿って輸送される<ref name=ref21><pubmed>23217743</pubmed></ref> <ref name=ref22><pubmed>19439658</pubmed></ref>。その後、受容体はエキソサイトーシス(exocytosis)によって細胞膜へ移行して側方拡散(lateral diffusion)し、ゲフィリンを介してシナプスへ集積すると考えられている<ref name=ref23><pubmed>18832033</pubmed></ref> <ref name=ref24><pubmed>24552784</pubmed></ref>注4.。また、シナプスでは受容体の凝集するサブドメイン(ナノドメイン)を形成していることが示唆されている<ref name=ref25><pubmed>23889935</pubmed></ref> <ref name=ref26><pubmed>24183020</pubmed></ref>。しかし、細胞膜上の受容体は側方拡散によってシナプス内外を移動すると共に、クラスリン(clathrin)やダイナミン(dynamin)依存的なエンドサイトーシス(endocytosis)によってエンドソームに取り込まれ、細胞内へ移行する。微小管に沿った逆行性輸送はダイニン(dynein)によって行われ、リソソームでの分解、もしくは再度エキソサイトーシスされて再利用されると考えられる<ref name=ref20 />。
 これらの受容体は細胞内の粗面小胞体(rER)で合成され、ゴルジ体にて分泌小胞に包まれて細胞質へ移行する<ref name=ref20><pubmed>18382465</pubmed></ref>。そして、GABA<sub>A</sub>受容体はGABARAP(GABA<sub>A</sub> receptor-associated protein)、グリシン受容体は足場タンパク質であるゲフィリン(gephyrin)を介して順行性モータータンパク質であるキネシンスーパーファミリータンパク質(kinesin superfamily protein: KIF)に結合し、微小管(microtubule)に沿って輸送される<ref name=ref21><pubmed>23217743</pubmed></ref> <ref name=ref22><pubmed>19439658</pubmed></ref>。その後、受容体はエキソサイトーシス(exocytosis)によって細胞膜へ移行して側方拡散(lateral diffusion)し、ゲフィリンを介してシナプスへ集積すると考えられている<ref name=ref23><pubmed>18832033</pubmed></ref> <ref name=ref24><pubmed>24552784</pubmed></ref><sup>注4</sup>。また、シナプスでは受容体の凝集するサブドメイン(ナノドメイン)を形成していることが示唆されている<ref name=ref25><pubmed>23889935</pubmed></ref> <ref name=ref26><pubmed>24183020</pubmed></ref>。しかし、細胞膜上の受容体は側方拡散によってシナプス内外を移動すると共に、クラスリン(clathrin)やダイナミン(dynamin)依存的なエンドサイトーシス(endocytosis)によってエンドソームに取り込まれ、細胞内へ移行する。微小管に沿った逆行性輸送はダイニン(dynein)によって行われ、リソソームでの分解、もしくは再度エキソサイトーシスされて再利用されると考えられる<ref name=ref20 />。


== 生理機能 ==
== 生理機能 ==
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==注釈==
==注釈==
注1. 小胞GABA輸送体(VGAT)とも呼ばれる。
<sup>注1</sup>. 小胞GABA輸送体(VGAT)とも呼ばれる。


注2. クロールイオン、クロライドイオン、塩化物(塩素)イオンとも呼ばれ、「Cl<sup>-</sup>」と表記される。
<sup>注2</sup>. クロールイオン、クロライドイオン、塩化物(塩素)イオンとも呼ばれ、「Cl<sup>-</sup>」と表記される。


注3. チャネルの開閉に伴う細胞内外のイオンの出入りを考えるとき、しばしば「透過性(permeability)」と「コンダクタンス(conductance)」という語が使用される。 前者はイオンの通りやすさを指しているのに対し、後者はイオンの電気的な伝導性を指している。
<sup>注3</sup>. チャネルの開閉に伴う細胞内外のイオンの出入りを考えるとき、しばしば「透過性(permeability)」と「コンダクタンス(conductance)」という語が使用される。 前者はイオンの通りやすさを指しているのに対し、後者はイオンの電気的な伝導性を指している。


注4. ゲフィリンはグリシン受容体βサブユニットと結合し、足場タンパク質として働くことがよく知られている。しかし、GABA<sub>A</sub>受容体のサブタイプは、構成するサブユニットの種類によって非常に多様であり、ゲフィリンが足場タンパクとして働くものはそれらの一部であると考えられている(Tyagarajan & Fritschy, 2014)。
<sup>注4</sup>. ゲフィリンはグリシン受容体βサブユニットと結合し、足場タンパク質として働くことがよく知られている。しかし、GABA<sub>A</sub>受容体のサブタイプは、構成するサブユニットの種類によって非常に多様であり、ゲフィリンが足場タンパクとして働くものはそれらの一部であると考えられている(Tyagarajan & Fritschy, 2014)。


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==