「軸索再生」の版間の差分

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 RhoAは、[[アクチン]]骨格系を制御する因子で、細胞内では[[Rho guanine nucleotide dissociation inhibitor]] (Rho-GDI)と結合した不活性化の状態で安定となっている。p75はRhoとRho-GDIの結合を解離することでRhoの活性化を誘導し、軸索伸長を阻害する <ref><pubmed> 12692556 </pubmed></ref>。しかし、ある種の細胞においては、p75/NgRのみでは[[リガンド]]で刺激してもRhoが活性化されない。そこで、新たにLingo-1が受容体複合体の構成要素として同定された <ref><pubmed> 14966521 </pubmed></ref>。こうして、NgR/p75/Lingo-1の受容体複合体形成により、Rhoが活性化されて軸索伸展が阻害されるという基本モデルが確立された(図2)。Rhoの活性化は、そのエフェクターである[[Rhoキナーゼ]]の活性化を誘導し、軸索再生阻害作用を示す。これは、Rhoキナーゼの阻害剤がミエリン由来軸索再生阻害因子の作用を抑制することによって証明されている。さらに、この下流のシグナルとして、Rhoキナーゼの基質である[[CRMP-2]]の不活性化が示されている。CRMP-2は、[[微小管]]構成タンパク質である[[チューブリン]]二量体と結合し、微小管重合を促進することが知られている。MAG刺激で、CRMP-2はRhoキナーゼによるリン酸化を受けて不活性化し、微小管重合を抑制することから、ミエリン由来軸索再生阻害因子は、Rho/Rhoキナーゼの活性化を介して微小管重合を抑制し、軸索伸長阻害作用を示すことが示唆される。
 RhoAは、[[アクチン]]骨格系を制御する因子で、細胞内では[[Rho guanine nucleotide dissociation inhibitor]] (Rho-GDI)と結合した不活性化の状態で安定となっている。p75はRhoとRho-GDIの結合を解離することでRhoの活性化を誘導し、軸索伸長を阻害する <ref><pubmed> 12692556 </pubmed></ref>。しかし、ある種の細胞においては、p75/NgRのみでは[[リガンド]]で刺激してもRhoが活性化されない。そこで、新たにLingo-1が受容体複合体の構成要素として同定された <ref><pubmed> 14966521 </pubmed></ref>。こうして、NgR/p75/Lingo-1の受容体複合体形成により、Rhoが活性化されて軸索伸展が阻害されるという基本モデルが確立された(図2)。Rhoの活性化は、そのエフェクターである[[Rhoキナーゼ]]の活性化を誘導し、軸索再生阻害作用を示す。これは、Rhoキナーゼの阻害剤がミエリン由来軸索再生阻害因子の作用を抑制することによって証明されている。さらに、この下流のシグナルとして、Rhoキナーゼの基質である[[CRMP-2]]の不活性化が示されている。CRMP-2は、[[微小管]]構成タンパク質である[[チューブリン]]二量体と結合し、微小管重合を促進することが知られている。MAG刺激で、CRMP-2はRhoキナーゼによるリン酸化を受けて不活性化し、微小管重合を抑制することから、ミエリン由来軸索再生阻害因子は、Rho/Rhoキナーゼの活性化を介して微小管重合を抑制し、軸索伸長阻害作用を示すことが示唆される。


 近年、MAG、Nogo、OMgpの三者を欠損したマウスが作成された。中枢神経軸索再生の研究には、脊髄損傷モデルがよく使われるが、MAG、Nogo、OMgp全てを欠損したマウスにおいても、脊髄損傷後の有為な軸索再生は認められなかった。このことから、これら以外の軸索再生阻害因子による寄与も大きいことが考えられる <ref><pubmed> 20547125 </pubmed></ref>。MAG、Nogo、OMgp以外に軸索再生を阻害する因子として、[[軸索反発因子]][[リンクの名前]]がある <ref><pubmed> 16858390 </pubmed></ref>。軸索反発因子は、発生期における神経回路の形成を担うことが知られている。脊髄損傷モデル動物では、損傷領域周辺で、Semaphorin、Ephrin、[[Wnt]]、[[Repulsive guidance molecule]] (RGM)などの軸索反発因子の発現が増強する。これらの因子の作用を減弱させることで、損傷後の神経軸索の再生や機能回復に繋がることが報告されている。脊髄損傷モデルにおいて、[[Sema3A]]の発現上昇が確認されており、Sema3A阻害剤の投与により縫線核脊髄路の再生、運動機能の回復が示された。Ephrin-B3は、発生期に脊髄正中線に発現し、軸索反発因子として働くが、ミエリン存在下、神経突起の伸長を抑制することが示された。Ephrin-B3は成体マウス脊髄白質のオリゴデンドロサイトに発現することが確認されている。in vitroの神経突起伸展アッセイにおいて、Ephrin-B3が小脳顆粒細胞や[[大脳皮質]]神経細胞の突起伸展を抑制することが確認されている。in vivoの実験においても、Ephrin-B3の受容体であるEphA4欠損マウスでは、脊髄損傷後の[[皮質脊髄路]]と[[赤核脊髄路]]の再生と機能回復が示されたことから、Ephrin-B3は軸索再生阻害タンパク質の一種であると考えられている。[[Wnt1]], [[Wnt5a]]の発現は、脊髄損傷後1日で損傷部周辺での発現が上昇する。これらの受容体である[[Ryk]]の中和抗体の投与により、脊髄損傷後の再生軸索の増加が認められている。RGMは、GPIアンカー型のタンパク質であり、脊髄損傷後、損傷部周辺での発現上昇が確認されている。in vivoの神経突起伸展アッセイにおいて、RGMがRhoAの活性化を介して小脳顆粒細胞の突起伸展を抑制することが示されている。in vivoにおいても、脊髄損傷後2週間にわたり、RGM中和抗体を局所投与し、その機能を抑制すると、皮質脊髄路の再生及び運動機能の回復が認められている。RGMはオリゴデンドロサイト由来のミエリンに発現しているが、脊髄損傷後の損傷部位に集積する[[ミクログリア]]にも強く発現している。これは、免疫系細胞の軸索再生への関与を示唆している。
 近年、MAG、Nogo、OMgpの三者を欠損したマウスが作成された。中枢神経軸索再生の研究には、脊髄損傷モデルがよく使われるが、MAG、Nogo、OMgp全てを欠損したマウスにおいても、脊髄損傷後の有為な軸索再生は認められなかった。このことから、これら以外の軸索再生阻害因子による寄与も大きいことが考えられる <ref><pubmed> 20547125 </pubmed></ref>。MAG、Nogo、OMgp以外に軸索再生を阻害する因子として、[[軸索反発因子]]がある <ref><pubmed> 16858390 </pubmed></ref>。軸索反発因子は、発生期における神経回路の形成を担うことが知られている。脊髄損傷モデル動物では、損傷領域周辺で、[[wikipedia:JA:セマフォリン|セマフォリン]](Semaphorin)、[[wikipedia:JA:エフリン|エフリン]](Ephrin)、[[Wnt]]、[[Repulsive guidance molecule]] (RGM)などの軸索反発因子の発現が増強する。これらの因子の作用を減弱させることで、損傷後の神経軸索の再生や機能回復に繋がることが報告されている。脊髄損傷モデルにおいて、[[Sema3A]]の発現上昇が確認されており、Sema3A阻害剤の投与により縫線核脊髄路の再生、運動機能の回復が示された。Ephrin-B3は、発生期に脊髄正中線に発現し、軸索反発因子として働くが、ミエリン存在下、神経突起の伸長を抑制することが示された。Ephrin-B3は成体マウス脊髄白質のオリゴデンドロサイトに発現することが確認されている。in vitroの神経突起伸展アッセイにおいて、Ephrin-B3が[[小脳]][[顆粒細胞]]や[[大脳皮質]]神経細胞の突起伸展を抑制することが確認されている。in vivoの実験においても、Ephrin-B3の受容体であるEphA4欠損マウスでは、脊髄損傷後の[[皮質脊髄路]]と[[赤核脊髄路]]の再生と機能回復が示されたことから、Ephrin-B3は軸索再生阻害タンパク質の一種であると考えられている。[[Wnt1]], [[Wnt5a]]の発現は、脊髄損傷後1日で損傷部周辺での発現が上昇する。これらの受容体である[[Ryk]]の中和抗体の投与により、脊髄損傷後の再生軸索の増加が認められている。RGMは、GPIアンカー型のタンパク質であり、脊髄損傷後、損傷部周辺での発現上昇が確認されている。in vivoの神経突起伸展アッセイにおいて、RGMがRhoAの活性化を介して小脳顆粒細胞の突起伸展を抑制することが示されている。in vivoにおいても、脊髄損傷後2週間にわたり、RGM中和抗体を局所投与し、その機能を抑制すると、皮質脊髄路の再生及び運動機能の回復が認められている。RGMはオリゴデンドロサイト由来のミエリンに発現しているが、脊髄損傷後の損傷部位に集積する[[ミクログリア]]にも強く発現している。これは、免疫系細胞の軸索再生への関与を示唆している。


==== グリア瘢痕 ====
==== グリア瘢痕 ====


 損傷を受けた中枢神経系では、損傷周囲部に反応性[[アストロサイト]]が集積し、グリア瘢痕と呼ばれる高密度の瘢痕組織を形成する。これは、軸索再生を妨げる物理的な障害となり得る。また、グリア瘢痕に集まる細胞から産生される因子は、化学的に軸索の再生を妨げる。損傷部位に集積する反応性アストロサイトは、軸索伸長を阻害する[[コンドロイチン硫酸プロテオグリカン]] (chondroitin sulphate proteoglycans: CSPGs)を産生する。CSPGsは長大な糖鎖である[[硫酸グリコサミノグリカン]]とコアタンパク質からなる分子で、[[aggrecan]]、[[brevican]]、[[neurocan]]、[[versican]]、[[phosphacan]]、[[NG2]]などが知られており、軸索伸長阻害作用を示す。脊髄損傷後、CSPGsのコアタンパク質からグリコサミノグリカンを除去する[[コンドロイチナーゼABC]]を投与すると、CSPGsが分解され、[[感覚神経]]線維と[[運動神経]]繊維の再生および、[[運動機能]]、[[固有感覚]]の回復が認められた。CSPGsは[[epidermal growth factor]] (EGF)受容体を介して軸索伸長阻害作用を示すことが示唆されている。脊髄損傷モデル動物に対して、EGF受容体の阻害剤を投与すると、[[縫線核]]脊髄路の[[セロトニン]]作動性神経繊維の再生、及び運動機能、[[wikipedia:JA:膀胱|膀胱]]機能の回復が認められた。他にも、瘢痕組織の[[wikipedia:JA:線維芽細胞|線維芽細胞]]からは、再生反応を阻害するSemaphorin3Aが産生されることが知られている (上記1)参照)。
 損傷を受けた中枢神経系では、損傷周囲部に反応性[[アストロサイト]]が集積し、グリア瘢痕と呼ばれる高密度の瘢痕組織を形成する。これは、軸索再生を妨げる物理的な障害となり得る。また、グリア瘢痕に集まる細胞から産生される因子は、化学的に軸索の再生を妨げる。損傷部位に集積する反応性アストロサイトは、軸索伸長を阻害する[[コンドロイチン硫酸プロテオグリカン]] (chondroitin sulphate proteoglycans: CSPGs)を産生する。CSPGsは長大な糖鎖である[[硫酸グリコサミノグリカン]]とコアタンパク質からなる分子で、[[aggrecan]]、[[brevican]]、[[neurocan]]、[[versican]]、[[phosphacan]]、[[NG2]]などが知られており、軸索伸長阻害作用を示す。脊髄損傷後、CSPGsのコアタンパク質からグリコサミノグリカンを除去する[[コンドロイチナーゼABC]]を投与すると、CSPGsが分解され、[[感覚神経]]線維と[[運動神経]]繊維の再生および、[[運動機能]]、[[固有感覚]]の回復が認められた。CSPGsは[[wikipedia:JA:上皮成長因子|上皮成長因子]](epidermal growth factor)(EGF)受容体を介して軸索伸長阻害作用を示すことが示唆されている。脊髄損傷モデル動物に対して、EGF受容体の阻害剤を投与すると、[[縫線核]]脊髄路の[[セロトニン]]作動性神経繊維の再生、及び運動機能、[[wikipedia:JA:膀胱|膀胱]]機能の回復が認められた。他にも、瘢痕組織の[[wikipedia:JA:線維芽細胞|線維芽細胞]]からは、再生反応を阻害するSemaphorin3Aが産生されることが知られている (上記1)参照)。


 一方、グリア瘢痕には、損傷治癒や機能回復を促す方向に作用するという面もある。グリア瘢痕の形成により、炎症細胞の遊走や細胞の変性を局所にとどめ、損傷領域を最小限に抑えられると考えられている。また、一部のアストロサイトは、軸索再生を促すことが示唆されている。[[glial fibrillary acid protein]] (GFAP)陽性の反応性アストロサイトを除去することにより、脊髄損傷後の脱髄の悪化、神経やオリゴデンドロサイトの細胞死の増加、運動機能の悪化することが示されている。脊髄損傷後のアストロサイトの反応性を制御する因子として、[[STAT3]]が報告されている。アストロサイトのSTAT3を欠損させたマウスでは、脊髄損傷後、アストロサイトの損傷部への遊走や蓄積が抑制される。また、STAT3を負に制御する[[Socs3]]をアストロサイトで欠損させたマウスでは、脊髄損傷後の運動機能の回復が認められている <ref><pubmed> 16783372 </pubmed></ref>。  
 一方、グリア瘢痕には、損傷治癒や機能回復を促す方向に作用するという面もある。グリア瘢痕の形成により、炎症細胞の遊走や細胞の変性を局所にとどめ、損傷領域を最小限に抑えられると考えられている。また、一部のアストロサイトは、軸索再生を促すことが示唆されている。[[glial fibrillary acid protein]] (GFAP)陽性の反応性アストロサイトを除去することにより、脊髄損傷後の脱髄の悪化、神経やオリゴデンドロサイトの細胞死の増加、運動機能の悪化することが示されている。脊髄損傷後のアストロサイトの反応性を制御する因子として、[[STAT3]]が報告されている。アストロサイトのSTAT3を欠損させたマウスでは、脊髄損傷後、アストロサイトの損傷部への遊走や蓄積が抑制される。また、STAT3を負に制御する[[Socs3]]をアストロサイトで欠損させたマウスでは、脊髄損傷後の運動機能の回復が認められている <ref><pubmed> 16783372 </pubmed></ref>。  
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=== 再生を困難にする内的要因  ===
=== 再生を困難にする内的要因  ===


 中枢神経軸索の再生能が低下する内的要因として、細胞内[[cAMP]]濃度の減少が考えられている。胎生期の神経細胞では、細胞内cAMP濃度が高いが、生後まもなく、神経細胞内のcAMP濃度が劇的に減少する。ミエリン存在下で培養した神経細胞に、細胞膜透過性のcAMPアナログである[[wikipedia::Dibutyryl cyclic AMP|dibutyryl cyclic AMP]] (db-cAMP)を処置すると、神経軸索の伸長が促される。cAMPの分解酵素[[phosphodiesterase]](PDE)の阻害剤である[[rolipram]]の投与により、cAMPの濃度上昇を誘導すると、脊髄損傷後のセロトニン作動性神経線維の再生が促され、運動機能が回復する <ref><pubmed> 15173585 </pubmed></ref>。この分子機構として、cAMP濃度上昇に伴う、[[wikipedia:JA:転写因子|転写因子]][[cAMP response element binding protein]] (CREB)のリン酸化の亢進と、これに続く[[ポリアミン合成酵素]][[Arginase I]] (Arg I)の発現上昇が重要であると考えられている。
 中枢神経軸索の再生能が低下する内的要因として、細胞内[[cAMP]]濃度の減少が考えられている。胎生期の神経細胞では、細胞内cAMP濃度が高いが、生後まもなく、神経細胞内のcAMP濃度が劇的に減少する。ミエリン存在下で培養した神経細胞に、細胞膜透過性のcAMPアナログである[[wikipedia::Dibutyryl cyclic AMP|dibutyryl cyclic AMP]] (db-cAMP)を処置すると、神経軸索の伸長が促される。cAMPの分解酵素[[wikipedia:JA:ホスホジエステラーゼ|ホスホジエステラーゼ]](phosphodiesterase)(PDE)の阻害剤である[[wikipedia:JA:ロリプラム|ロリプラム]](rolipram)の投与により、cAMPの濃度上昇を誘導すると、脊髄損傷後のセロトニン作動性神経線維の再生が促され、運動機能が回復する <ref><pubmed> 15173585 </pubmed></ref>。この分子機構として、cAMP濃度上昇に伴う、[[wikipedia:JA:転写因子|転写因子]][[cAMP response element binding protein]] (CREB)のリン酸化の亢進と、これに続く[[ポリアミン合成酵素]][[Arginase I]] (Arg I)の発現上昇が重要であると考えられている。


 神経栄養因子の投与によっても、細胞内cAMPの濃度が上昇する。神経栄養因子はcAMPの合成は誘導せず、分解を抑制する。神経栄養因子が[[Trk受容体]]に結合すると、細胞内で[[extracellular signal-regulated kinase]] (Erk)の活性化が起こり、phosphodiesteraseが阻害される。この結果、cAMPの分解が抑制されて、細胞内cAMP濃度が上昇する。Erk活性化によるPDE活性阻害とdb-cAMPは相乗的にcAMPの濃度を上昇させる。
 神経栄養因子の投与によっても、細胞内cAMPの濃度が上昇する。神経栄養因子はcAMPの合成は誘導せず、分解を抑制する。神経栄養因子が[[Trk受容体]]に結合すると、細胞内で[[extracellular signal-regulated kinase]] (Erk)の活性化が起こり、phosphodiesteraseが阻害される。この結果、cAMPの分解が抑制されて、細胞内cAMP濃度が上昇する。Erk活性化によるPDE活性阻害とdb-cAMPは相乗的にcAMPの濃度を上昇させる。