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<font size="+1">藤田 幸、[http://researchmap.jp/ToshihideYamashita 山下 俊英]</font><br> | |||
''大阪大学 大学院医学系研究科分子神経科学 分子神経科学''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年2月22日 原稿完成日:2012年2月24日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/fujiomurakami 村上 富士夫](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br> | |||
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英語名: axon regeneration, axonal regeneration 独:Regeneration der Axone 仏:régénération axonale | 英語名: axon regeneration, axonal regeneration 独:Regeneration der Axone 仏:régénération axonale | ||
{{box|text= | |||
軸索再生とは、外傷などにより切断された神経細胞の[[軸索]]が標的細胞へ向かって伸展し、神経回路を再構築することである。[[末梢神経]]軸索が損傷領域を超えて再生するポテンシャルを有するのに対し、[[中枢神経系]]は神経細胞の複雑なネットワークで構成されており、一度損傷を受けてこのネットワークが破壊されると回復は難しい。切断された中枢神経軸索が再び伸展し、標的細胞とシナプスを形成することが出来れば機能的な回復が望めるはずであるが、実際にこのような現象はほとんど起こらない。損傷を受けた神経細胞が再び神経ネットワークに組み込まれて機能するためには、軸索の伸展、標的部位への誘導、標的細胞との[[シナプス]]形成、[[ミエリン]]化という段階をふんだ再生が必要である。すなわち、損傷した中枢神経軸索から標的細胞への新たな軸索再生が不可欠である。 | 軸索再生とは、外傷などにより切断された神経細胞の[[軸索]]が標的細胞へ向かって伸展し、神経回路を再構築することである。[[末梢神経]]軸索が損傷領域を超えて再生するポテンシャルを有するのに対し、[[中枢神経系]]は神経細胞の複雑なネットワークで構成されており、一度損傷を受けてこのネットワークが破壊されると回復は難しい。切断された中枢神経軸索が再び伸展し、標的細胞とシナプスを形成することが出来れば機能的な回復が望めるはずであるが、実際にこのような現象はほとんど起こらない。損傷を受けた神経細胞が再び神経ネットワークに組み込まれて機能するためには、軸索の伸展、標的部位への誘導、標的細胞との[[シナプス]]形成、[[ミエリン]]化という段階をふんだ再生が必要である。すなわち、損傷した中枢神経軸索から標的細胞への新たな軸索再生が不可欠である。 | ||
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== 中枢神経系における軸索再生 == | == 中枢神経系における軸索再生 == | ||
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[[Image:1. ミエリン由来軸索再生阻害因子の構造.png|thumb|right|300px|<br />図1.ミエリン由来軸索再生阻害因子の構造]] [[Image:2. 軸索再生阻害のシグナル伝達機構.png|thumb|right|300px|<br />図2.軸索再生阻害のシグナル伝達機構]] | [[Image:1. ミエリン由来軸索再生阻害因子の構造.png|thumb|right|300px|<br />図1.ミエリン由来軸索再生阻害因子の構造]] [[Image:2. 軸索再生阻害のシグナル伝達機構.png|thumb|right|300px|<br />図2.軸索再生阻害のシグナル伝達機構]] | ||
中枢神経軸索は、[[オリゴデンドロサイト]]の[[ | 中枢神経軸索は、[[オリゴデンドロサイト]]の[[細胞膜]]表面の[[wikipedia:JA:リン脂質|リン脂質]]からなるミエリンにより覆われている。軸索が損傷された後にも、ミエリンはデブリスとして残存し、この中には、複数の軸索再生阻害因子が含まれることが報告されている。中でも、[[Myelin associated glycoprotein]] (MAG), [[Nogo]], [[Oligodendrocyte myelin glycoprotein]] (OMgp)についての研究が進んでいる。 | ||
MAGは、1回膜貫通型の糖タンパク質であり、[[wikipedia:JA:免疫グロブリン|免疫グロブリン]]様ドメインを有する。Nogoは、2回膜貫通構造を持ち、[[wikipedia:JA:スプライシング|スプライシング]]により長さの異なる3種のタンパク質として発現する。このうち、最も長いNogo-Aには再生阻害作用を有する2つのドメインがある。N末端側のamino-Nogoと、疎水性領域に挟まれる66個のアミノ酸配列からなるペプチド配列Nogo-66である。OMgpは、[[wikipedia:JA:GPIアンカー|GPIアンカー]]型のタンパク質で、セリンスレオニンリッチドメインとロイシンリッチリピートを有する (図1)。 | MAGは、1回膜貫通型の糖タンパク質であり、[[wikipedia:JA:免疫グロブリン|免疫グロブリン]]様ドメインを有する。Nogoは、2回膜貫通構造を持ち、[[wikipedia:JA:スプライシング|スプライシング]]により長さの異なる3種のタンパク質として発現する。このうち、最も長いNogo-Aには再生阻害作用を有する2つのドメインがある。N末端側のamino-Nogoと、疎水性領域に挟まれる66個のアミノ酸配列からなるペプチド配列Nogo-66である。OMgpは、[[wikipedia:JA:GPIアンカー|GPIアンカー]]型のタンパク質で、セリンスレオニンリッチドメインとロイシンリッチリピートを有する (図1)。 | ||
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RhoAは、[[アクチン]]骨格系を制御する因子で、細胞内では[[Rho guanine nucleotide dissociation inhibitor]] (Rho-GDI)と結合した不活性化の状態で安定となっている。p75はRhoとRho-GDIの結合を解離することでRhoの活性化を誘導し、軸索伸長を阻害する <ref name=ref1><pubmed> 12692556 </pubmed></ref>。しかし、ある種の細胞においては、p75/NgRのみでは[[リガンド]]で刺激してもRhoが活性化されない。そこで、新たにLingo-1が受容体複合体の構成要素として同定された <ref><pubmed> 14966521 </pubmed></ref>。こうして、NgR/p75/Lingo-1の受容体複合体形成により、Rhoが活性化されて軸索伸展が阻害されるという基本モデルが確立された(図2)。Rhoの活性化は、そのエフェクターである[[Rhoキナーゼ]]の活性化を誘導し、軸索再生阻害作用を示す。これは、Rhoキナーゼの阻害剤がミエリン由来軸索再生阻害因子の作用を抑制することによって証明されている。さらに、この下流のシグナルとして、Rhoキナーゼの基質である[[CRMP-2]]の不活性化が示されている。CRMP-2は、[[微小管]]構成タンパク質である[[チューブリン]]二量体と結合し、微小管重合を促進することが知られている。MAG刺激で、CRMP-2はRhoキナーゼによるリン酸化を受けて不活性化し、微小管重合を抑制することから、ミエリン由来軸索再生阻害因子は、Rho/Rhoキナーゼの活性化を介して微小管重合を抑制し、軸索伸長阻害作用を示すことが示唆される。 | RhoAは、[[アクチン]]骨格系を制御する因子で、細胞内では[[Rho guanine nucleotide dissociation inhibitor]] (Rho-GDI)と結合した不活性化の状態で安定となっている。p75はRhoとRho-GDIの結合を解離することでRhoの活性化を誘導し、軸索伸長を阻害する <ref name=ref1><pubmed> 12692556 </pubmed></ref>。しかし、ある種の細胞においては、p75/NgRのみでは[[リガンド]]で刺激してもRhoが活性化されない。そこで、新たにLingo-1が受容体複合体の構成要素として同定された <ref><pubmed> 14966521 </pubmed></ref>。こうして、NgR/p75/Lingo-1の受容体複合体形成により、Rhoが活性化されて軸索伸展が阻害されるという基本モデルが確立された(図2)。Rhoの活性化は、そのエフェクターである[[Rhoキナーゼ]]の活性化を誘導し、軸索再生阻害作用を示す。これは、Rhoキナーゼの阻害剤がミエリン由来軸索再生阻害因子の作用を抑制することによって証明されている。さらに、この下流のシグナルとして、Rhoキナーゼの基質である[[CRMP-2]]の不活性化が示されている。CRMP-2は、[[微小管]]構成タンパク質である[[チューブリン]]二量体と結合し、微小管重合を促進することが知られている。MAG刺激で、CRMP-2はRhoキナーゼによるリン酸化を受けて不活性化し、微小管重合を抑制することから、ミエリン由来軸索再生阻害因子は、Rho/Rhoキナーゼの活性化を介して微小管重合を抑制し、軸索伸長阻害作用を示すことが示唆される。 | ||
近年、MAG、Nogo、OMgpの三者を欠損したマウスが作成された。中枢神経軸索再生の研究には、脊髄損傷モデルがよく使われるが、MAG、Nogo、OMgp全てを欠損したマウスにおいても、脊髄損傷後の有為な軸索再生は認められなかった。このことから、これら以外の軸索再生阻害因子による寄与も大きいことが考えられる <ref><pubmed> 20547125 </pubmed></ref>。MAG、Nogo、OMgp以外に軸索再生を阻害する因子として、[[軸索反発因子]]がある <ref><pubmed> 16858390 </pubmed></ref> | 近年、MAG、Nogo、OMgpの三者を欠損したマウスが作成された。中枢神経軸索再生の研究には、脊髄損傷モデルがよく使われるが、MAG、Nogo、OMgp全てを欠損したマウスにおいても、脊髄損傷後の有為な軸索再生は認められなかった。このことから、これら以外の軸索再生阻害因子による寄与も大きいことが考えられる <ref><pubmed> 20547125 </pubmed></ref>。MAG、Nogo、OMgp以外に軸索再生を阻害する因子として、[[軸索反発因子]]がある <ref><pubmed> 16858390 </pubmed></ref>。軸索反発因子は、発生期における神経回路の形成を担うことが知られている。脊髄損傷[[モデル動物]]では、損傷領域周辺で、[[セマフォリン]](Semaphorin)、[[エフリン]](Ephrin)、[[Wnt]]、[[Repulsive guidance molecule]] (RGM)などの軸索反発因子の発現が増強する。これらの因子の作用を減弱させることで、損傷後の神経軸索の再生や機能回復に繋がることが報告されている。脊髄損傷モデルにおいて、[[Sema3A]]の発現上昇が確認されており、Sema3A阻害剤の投与により縫線核脊髄路の再生、運動機能の回復が示された。Ephrin-B3は、発生期に脊髄正中線に発現し、軸索反発因子として働くが、ミエリン存在下、神経突起の伸長を抑制することが示された。Ephrin-B3は成体マウス脊髄白質の[[オリゴデンドロサイト]]に発現することが確認されている。''In vitro''の神経突起伸展アッセイにおいて、Ephrin-B3が[[小脳]][[顆粒細胞]]や[[大脳皮質]]神経細胞の突起伸展を抑制することが確認されている。''In vivo''の実験においても、Ephrin-B3の受容体であるEphA4欠損マウスでは、脊髄損傷後の[[皮質脊髄路]]と[[赤核脊髄路]]の再生と機能回復が示されたことから、Ephrin-B3は軸索再生阻害タンパク質の一種であると考えられている。[[Wnt1]]、[[Wnt5a]]の発現は、脊髄損傷後1日で損傷部周辺での発現が上昇する。これらの受容体である[[Ryk]]の中和[[wikipedia:ja:抗体|抗体]]の投与により、脊髄損傷後の再生軸索の増加が認められている。RGMは、GPIアンカー型のタンパク質であり、脊髄損傷後、損傷部周辺での発現上昇が確認されている。''In vitro''の神経突起伸展アッセイにおいて、RGMがRhoAの活性化を介して小脳顆粒細胞の突起伸展を抑制することが示されている。''In vivo''においても、脊髄損傷後2週間にわたり、RGM中和抗体を局所投与し、その機能を抑制すると、皮質脊髄路の再生及び運動機能の回復が認められている。RGMはオリゴデンドロサイト由来のミエリンに発現しているが、脊髄損傷後の損傷部位に集積する[[ミクログリア]]にも強く発現している。これは、免疫系細胞の軸索再生への関与を示唆している。 | ||
==== グリア瘢痕 ==== | ==== グリア瘢痕 ==== | ||
損傷を受けた中枢神経系では、損傷周囲部に反応性[[アストロサイト]]が集積し、[[グリア瘢痕]]と呼ばれる高密度の[[wikipedia:ja:瘢痕|瘢痕]]組織を形成する。これは、軸索再生を妨げる物理的な障害となり得る。また、グリア瘢痕に集まる細胞から産生される因子は、化学的に軸索の再生を妨げる。損傷部位に集積する反応性アストロサイトは、軸索伸長を阻害する[[コンドロイチン硫酸プロテオグリカン]] (chondroitin sulphate proteoglycans: CSPGs)を産生する。CSPGsは長大な糖鎖である[[硫酸グリコサミノグリカン]]とコアタンパク質からなる分子で、[[Aggrecan]]、[[Brevican]]、[[Neurocan]]、[[Versican]]、[[Phosphacan]]、[[NG2]]などが知られており、軸索伸長阻害作用を示す。脊髄損傷後、CSPGsのコアタンパク質からグリコサミノグリカンを除去する[[wikipedia:Chondroitin-sulfate-ABC exolyase|コンドロイチナーゼABC]]を投与すると、CSPGsが分解され、[[感覚神経]]線維と[[運動神経]]線維の再生および、[[運動機能]]、[[固有感覚]]の回復が認められた。CSPGsは[[wikipedia:JA:上皮成長因子|上皮成長因子]](epidermal growth factor)(EGF)受容体を介して軸索伸長阻害作用を示すことが示唆されている。脊髄損傷モデル動物に対して、EGF受容体の阻害剤を投与すると、[[縫線核]]脊髄路の[[セロトニン]]作動性神経線維の再生、及び運動機能、[[wikipedia:JA:膀胱|膀胱]]機能の回復が認められた。他にも、瘢痕組織の[[wikipedia:JA:線維芽細胞|線維芽細胞]] | 損傷を受けた中枢神経系では、損傷周囲部に反応性[[アストロサイト]]が集積し、[[グリア瘢痕]]と呼ばれる高密度の[[wikipedia:ja:瘢痕|瘢痕]]組織を形成する。これは、軸索再生を妨げる物理的な障害となり得る。また、グリア瘢痕に集まる細胞から産生される因子は、化学的に軸索の再生を妨げる。損傷部位に集積する反応性アストロサイトは、軸索伸長を阻害する[[コンドロイチン硫酸プロテオグリカン]] (chondroitin sulphate proteoglycans: CSPGs)を産生する。CSPGsは長大な糖鎖である[[硫酸グリコサミノグリカン]]とコアタンパク質からなる分子で、[[Aggrecan]]、[[Brevican]]、[[Neurocan]]、[[Versican]]、[[Phosphacan]]、[[NG2]]などが知られており、軸索伸長阻害作用を示す。脊髄損傷後、CSPGsのコアタンパク質からグリコサミノグリカンを除去する[[wikipedia:Chondroitin-sulfate-ABC exolyase|コンドロイチナーゼABC]]を投与すると、CSPGsが分解され、[[感覚神経]]線維と[[運動神経]]線維の再生および、[[運動機能]]、[[固有感覚]]の回復が認められた。CSPGsは[[wikipedia:JA:上皮成長因子|上皮成長因子]](epidermal growth factor)(EGF)受容体を介して軸索伸長阻害作用を示すことが示唆されている。脊髄損傷モデル動物に対して、EGF受容体の阻害剤を投与すると、[[縫線核]]脊髄路の[[セロトニン]]作動性神経線維の再生、及び運動機能、[[wikipedia:JA:膀胱|膀胱]]機能の回復が認められた。他にも、瘢痕組織の[[wikipedia:JA:線維芽細胞|線維芽細胞]]からは、再生反応を阻害するSema3Aが産生されることが知られている (上記[[軸索再生#.E8.BB.B8.E7.B4.A2.E5.86.8D.E7.94.9F.E9.98.BB.E5.AE.B3.E5.9B.A0.E5.AD.90|軸索再生阻害因子]]参照)。 | ||
一方、グリア瘢痕には、損傷治癒や機能回復を促す方向に作用するという面もある。グリア瘢痕の形成により、炎症細胞の遊走や細胞の変性を局所にとどめ、損傷領域を最小限に抑えられると考えられている。また、一部のアストロサイトは、軸索再生を促すことが示唆されている。[[グリア線維性酸性タンパク質]](glial fibrillary acidic protein; GFAP)陽性の反応性アストロサイトを除去することにより、脊髄損傷後の脱髄の悪化、神経やオリゴデンドロサイトの細胞死の増加、運動機能の悪化することが示されている。脊髄損傷後のアストロサイトの反応性を制御する因子として、[[STAT3]]が報告されている。アストロサイトのSTAT3を欠損させたマウスでは、脊髄損傷後、アストロサイトの損傷部への遊走や蓄積が抑制される。また、STAT3を負に制御する[[Socs3]]をアストロサイトで欠損させたマウスでは、脊髄損傷後の運動機能の回復が認められている <ref><pubmed> 16783372 </pubmed></ref>。 | 一方、グリア瘢痕には、損傷治癒や機能回復を促す方向に作用するという面もある。グリア瘢痕の形成により、炎症細胞の遊走や細胞の変性を局所にとどめ、損傷領域を最小限に抑えられると考えられている。また、一部のアストロサイトは、軸索再生を促すことが示唆されている。[[グリア線維性酸性タンパク質]](glial fibrillary acidic protein; GFAP)陽性の反応性アストロサイトを除去することにより、脊髄損傷後の脱髄の悪化、神経やオリゴデンドロサイトの細胞死の増加、運動機能の悪化することが示されている。脊髄損傷後のアストロサイトの反応性を制御する因子として、[[STAT3]]が報告されている。アストロサイトのSTAT3を欠損させたマウスでは、脊髄損傷後、アストロサイトの損傷部への遊走や蓄積が抑制される。また、STAT3を負に制御する[[Socs3]]をアストロサイトで欠損させたマウスでは、脊髄損傷後の運動機能の回復が認められている <ref><pubmed> 16783372 </pubmed></ref>。 | ||
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=== 再生を困難にする内的要因 === | === 再生を困難にする内的要因 === | ||
中枢神経軸索の再生能が低下する内的要因として、細胞内[[cyclic AMP]](cAMP)濃度の減少が考えられている。胎生期の神経細胞では、細胞内cAMP濃度が高いが、生後まもなく、神経細胞内のcAMP濃度が劇的に減少する。ミエリン存在下で培養した神経細胞に、細胞膜透過性のcAMPアナログである[[wikipedia:Bucladesine|dibutyryl cyclic AMP]] (db-cAMP)を処置すると、神経軸索の伸長が促される。cAMPの分解酵素[[wikipedia:JA:ホスホジエステラーゼ|ホスホジエステラーゼ]](phosphodiesterase; PDE)の阻害剤である[[wikipedia:rolipram|ロリプラム]](rolipram)の投与により、cAMPの濃度上昇を誘導すると、脊髄損傷後の[[セロトニン]]作動性神経線維の再生が促され、運動機能が回復する <ref><pubmed> 15173585 </pubmed></ref>。この分子機構として、cAMP濃度上昇に伴う、[[ | 中枢神経軸索の再生能が低下する内的要因として、細胞内[[cyclic AMP]](cAMP)濃度の減少が考えられている。胎生期の神経細胞では、細胞内cAMP濃度が高いが、生後まもなく、神経細胞内のcAMP濃度が劇的に減少する。ミエリン存在下で培養した神経細胞に、細胞膜透過性のcAMPアナログである[[wikipedia:Bucladesine|dibutyryl cyclic AMP]] (db-cAMP)を処置すると、神経軸索の伸長が促される。cAMPの分解酵素[[wikipedia:JA:ホスホジエステラーゼ|ホスホジエステラーゼ]](phosphodiesterase; PDE)の阻害剤である[[wikipedia:rolipram|ロリプラム]](rolipram)の投与により、cAMPの濃度上昇を誘導すると、脊髄損傷後の[[セロトニン]]作動性神経線維の再生が促され、運動機能が回復する <ref><pubmed> 15173585 </pubmed></ref>。この分子機構として、cAMP濃度上昇に伴う、[[転写因子]][[サイクリックAMP応答配列結合タンパク質]]([[cAMP response element binding protein]], [[CREB]])の[[リン酸化]]の亢進と、これに続く[[wj:ポリアミン|ポリアミン]]合成酵素[[w:Arginase|Arginase]] I (Arg I)の発現上昇が重要であると考えられている。 | ||
[[神経栄養因子]]の投与によっても、細胞内cAMPの濃度が上昇する。神経栄養因子はcAMPの合成は誘導せず、分解を抑制する。神経栄養因子が[[Trk受容体]]に結合すると、細胞内で[[Extracellular signal-regulated kinase]] (Erk)の活性化が起こり、PDEが阻害される。この結果、cAMPの分解が抑制されて、細胞内cAMP濃度が上昇する。Erk活性化によるPDE活性阻害とdb-cAMPは相乗的にcAMPの濃度を上昇させる。 | [[神経栄養因子]]の投与によっても、細胞内cAMPの濃度が上昇する。神経栄養因子はcAMPの合成は誘導せず、分解を抑制する。神経栄養因子が[[Trk受容体]]に結合すると、細胞内で[[Extracellular signal-regulated kinase]] (Erk)の活性化が起こり、PDEが阻害される。この結果、cAMPの分解が抑制されて、細胞内cAMP濃度が上昇する。Erk活性化によるPDE活性阻害とdb-cAMPは相乗的にcAMPの濃度を上昇させる。 | ||
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末梢神経の再生に関しても、cAMPの細胞内濃度の上昇が重要である。上記の通り、神経栄養因子はcAMPの分解を抑制し、細胞内cAMP濃度を上昇させる。神経栄養因子とdb-cAMPの両方の投与により、脊髄損傷後の感覚神経軸索の再生が促される。損傷前に感覚神経の細胞体が存在する脊髄後根神経節にdb-cAMPを投与しておき、損傷後に神経栄養因子Neurotrophin-3 (NT-3)の投与を行うと、損傷1-3ヶ月後に損傷領域を超えて感覚神経の再生が認められる。損傷領域を超えての軸索再生はdb-cAMP、NT-3それぞれ単独投与では認められないことから、脊髄損傷後の軸索再生に必要な細胞内cAMP濃度上昇を促すためには、cAMPの投与と分解の抑制の両方が必要である <ref><pubmed> 12086637 </pubmed></ref>, <ref><pubmed> 12086638 </pubmed></ref>。 | 末梢神経の再生に関しても、cAMPの細胞内濃度の上昇が重要である。上記の通り、神経栄養因子はcAMPの分解を抑制し、細胞内cAMP濃度を上昇させる。神経栄養因子とdb-cAMPの両方の投与により、脊髄損傷後の感覚神経軸索の再生が促される。損傷前に感覚神経の細胞体が存在する脊髄後根神経節にdb-cAMPを投与しておき、損傷後に神経栄養因子Neurotrophin-3 (NT-3)の投与を行うと、損傷1-3ヶ月後に損傷領域を超えて感覚神経の再生が認められる。損傷領域を超えての軸索再生はdb-cAMP、NT-3それぞれ単独投与では認められないことから、脊髄損傷後の軸索再生に必要な細胞内cAMP濃度上昇を促すためには、cAMPの投与と分解の抑制の両方が必要である <ref><pubmed> 12086637 </pubmed></ref>, <ref><pubmed> 12086638 </pubmed></ref>。 | ||
== 関連項目 == | == 関連項目 == | ||
* [[p75]] | * [[p75]] | ||
* [[シュワン細胞]] | * [[シュワン細胞]] | ||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
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