「電気けいれん療法」の版間の差分

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<font size="+1">岡本 長久</font><br>
<font size="+1">野田 隆政、岡本 長久</font><br>
''新潟大学 大学院医歯学総合研究科 生体機能調節医学専攻''<br>
''国立精神・神経医療研究センター''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2014年月日 原稿完成日:2014年月日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2014年月日 原稿完成日:2014年月日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
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英語名:ElectroConvulsive Therapy ;ECT


【1】電気けいれん療法(ElectroConvulsive Therapy ;ECT)の歴史
==歴史==
===従来型ECTの誕生===
 電気けいれん療法(ECT)は経皮的に脳に電気的刺激を与えることで、脳にてんかん様けいれん発作を誘発することで治療効果を発現する治療法であり、うつ病を中心とする精神神経疾患に古くから広く用いられてきた。


①従来型ECTの誕生
 電気けいれん療法(ECT)は経皮的に脳に電気的刺激を与えることで、脳にてんかん様けいれん発作を誘発することで治療効果を発現する治療法であり、うつ病を中心とする精神神経疾患に古くから広く用いられてきた。
 けいれん誘発により精神疾患を治療しようとする試みは、18世紀頃から行われており、最初はけいれん惹起物質としてショウノウが用いられていた。1931年、Medunaは精神分裂病とてんかんの拮抗仮説に基づき、ショウノウ誘発性けいれんによる精神分裂病の治療を最初に実施し、けいれんの精神症状への有効性を確認し、けいれん誘発物質としてペンチレンテトラゾールが用いられるようになった。
 けいれん誘発により精神疾患を治療しようとする試みは、18世紀頃から行われており、最初はけいれん惹起物質としてショウノウが用いられていた。1931年、Medunaは精神分裂病とてんかんの拮抗仮説に基づき、ショウノウ誘発性けいれんによる精神分裂病の治療を最初に実施し、けいれんの精神症状への有効性を確認し、けいれん誘発物質としてペンチレンテトラゾールが用いられるようになった。
 精神症状に対し治療効果にあるけいれんの誘発するためにけいれんを惹起する薬剤ではなく、確実性のある電気刺激による脳への通電を用いる方法は、1938年にCerlettiらにより報告された。精神分裂病患者に対し、経皮的な脳への電気通電によるけいれん誘発が施行され治療効果を認めたことから、ここに欧米では精神科治療としてECTが確立し、同時にうつ病への治療効果も報告された。
 精神症状に対し治療効果にあるけいれんの誘発するためにけいれんを惹起する薬剤ではなく、確実性のある電気刺激による脳への通電を用いる方法は、1938年にCerlettiらにより報告された。精神分裂病患者に対し、経皮的な脳への電気通電によるけいれん誘発が施行され治療効果を認めたことから、ここに欧米では精神科治療としてECTが確立し、同時にうつ病への治療効果も報告された。
 日本では早くも翌1939年、九州大学の安河内と向笠らにより、統合失調症(旧精神分裂病)患者に対するECTが報告され、以後日本でのECTが普及するようになった。
 日本では早くも翌1939年、九州大学の安河内と向笠らにより、統合失調症(旧精神分裂病)患者に対するECTが報告され、以後日本でのECTが普及するようになった。


②従来型ECTから修正型電気けいれん療法(Modified ElectroConvulsive Therapy;mECT)へ
===従来型ECTから修正型電気けいれん療法へ===
 麻酔や筋弛緩薬を使わず施行する従来型ECTでは、施行前に患者が恐怖感を示すことやけいれんに伴う脊椎骨折が少なからず起こることが問題視されていた。
 麻酔や筋弛緩薬を使わず施行する従来型ECTでは、施行前に患者が恐怖感を示すことやけいれんに伴う脊椎骨折が少なからず起こることが問題視されていた。
 1940年代よりけいれん発作時の骨折事故をへらすために筋弛緩薬が、さらに発作時の患者の恐怖を回避する目的で主にバルビツール系の静脈麻酔薬が用いられるようになった。筋弛緩剤としては当初はクラーレが用いられたが、作用時間が長いことが問題であったため、1952年、HolmbergとThesleffzらは、短時間作用の筋弛緩薬であるサクシニルコリン(succinylcholine ; SCC)の使用を提唱し、1950年代になると、静脈麻酔薬と筋弛緩薬の使用、ECT試行中の患者の酸素化を用いた修正型電気けいれん療法(modified ECT; mECT)が施行されるようになった。
 
 1940年代よりけいれん発作時の骨折事故をへらすために筋弛緩薬が、さらに発作時の患者の恐怖を回避する目的で主にバルビツール系の静脈麻酔薬が用いられるようになった。筋弛緩剤としては当初はクラーレが用いられたが、作用時間が長いことが問題であったため、1952年、HolmbergとThesleffzらは、短時間作用の筋弛緩薬であるサクシニルコリン(succinylcholine ; SCC)の使用を提唱し、1950年代になると、静脈麻酔薬と筋弛緩薬の使用、ECT試行中の患者の酸素化を用いた修正型電気けいれん療法(Modified ElectroConvulsive Therapy;mECT)が施行されるようになった。
 
 日本でも1958年島薗らにより筋弛緩薬を使用したECTの報告がなされたが、その後安全面を含め評価、改良、一般化が行われず、また患者に強制的に行う負のイメージが強いこともあり、薬物療法の発展とともに次第に第一線の治療ではなくなっていった。
 日本でも1958年島薗らにより筋弛緩薬を使用したECTの報告がなされたが、その後安全面を含め評価、改良、一般化が行われず、また患者に強制的に行う負のイメージが強いこともあり、薬物療法の発展とともに次第に第一線の治療ではなくなっていった。
 ようやく、日本でも1980年代に精神科の総合病院化やリエゾン精神医学の進展に伴い、麻酔科医と連携して十分な酸素化と呼吸循環管理を行いながら筋弛緩薬と静脈麻酔薬を用いてECTを行うことが総合病院や大学病院で拡がり、また手術に準じて患者や家族にインフォームドコンセントが行われることが一般的となり、mECTが普及し一般的となり、安全性が高まるのと同時に、従来の負のイメージが払拭されつつある。
 ようやく、日本でも1980年代に精神科の総合病院化やリエゾン精神医学の進展に伴い、麻酔科医と連携して十分な酸素化と呼吸循環管理を行いながら筋弛緩薬と静脈麻酔薬を用いてECTを行うことが総合病院や大学病院で拡がり、また手術に準じて患者や家族にインフォームドコンセントが行われることが一般的となり、mECTが普及し一般的となり、安全性が高まるのと同時に、従来の負のイメージが払拭されつつある。


===サイン波治療器からパルス波治療器へ===
 さらに、定電流短パルス矩形波治療器(パルス波治療器)が、日本では2002年に認可され導入された。パルス波治療器は、従来の刺激装置である交流正弦波治療器(サイン波治療器)の1/3程度のエネルギー量でけいれん誘発することができ、更に安全性が向上した。近年精神科でもエビデンスベースドメディスンが重要視され、各国で精神科治療アルゴリズムが作成され、ECTの治療的位置付けもある程度明確化されてきている。


③サイン波治療器からパルス波治療器へ
 さらに、定電流短パルス矩形波治療器(パルス波治療器)が、日本では2002年に認可され導入された。パルス波治療器は、従来の刺激装置である交流正弦波治療器(サイン波治療器)の1/3程度のエネルギー量でけいれん誘発することができ、更に安全性が向上した。近年精神科でもエビデンスベースドメディスンが重要視され、各国で精神科治療アルゴリズムが作成され、ECTの治療的位置付けもある程度明確化されてきている。
パルス波治療器の使用に当たっては、施行者にECTトレーニングセミナーの受講者が義務付けられ、全身麻酔と筋弛緩薬使用下に限定するなど使用法についても統一されたことで、強い高齢者や身体合併症のある精神疾患患者にもECT治療がより安全に行われるようになった。
パルス波治療器の使用に当たっては、施行者にECTトレーニングセミナーの受講者が義務付けられ、全身麻酔と筋弛緩薬使用下に限定するなど使用法についても統一されたことで、強い高齢者や身体合併症のある精神疾患患者にもECT治療がより安全に行われるようになった。


==ECTの適応と禁忌==
===ECTの適応===
 ECTは主にうつ病、そううつ病、統合失調症に用いられる。躁状態にも有効であるが、特に気分障害では、うつ状態に著効することが多い。統合失調症では緊張病型には著効することが多く、精神運動興奮状態を伴う場合も興奮が改善・軽減することが多いが、慢性的な幻覚妄想や陰性症状および認知機能低下には効果が乏しいことが多い。精神疾患には広く適応を持つが、すぐれた臨床効果と臨床的実用性は主に気分障害のうつ状態にある。


【2】ECTの適応と禁忌
 実際にはECTは薬物治療抵抗例や、副作用のために十分な薬物療法ができない症状遷延例に用いられることが多いが、症状が著しく重篤で早期に症状改善が必須な場合等にも当初からECTの施行も視野に治療を検討される場合も存在する。以下に一次選択治療としてECTが適応になりうる例を挙げる。
①ECTの適応  
ECTは主にうつ病、そううつ病、統合失調症に用いられる。躁状態にも有効であるが、特に気分障害では、うつ状態に著効することが多い。統合失調症では緊張病型には著効することが多く、精神運動興奮状態を伴う場合も興奮が改善・軽減することが多いが、慢性的な幻覚妄想や陰性症状および認知機能低下には効果が乏しいことが多い。精神疾患には広く適応を持つが、すぐれた臨床効果と臨床的実用性は主に気分障害のうつ状態にある。
実際にはECTは薬物治療抵抗例や、副作用のために十分な薬物療法ができない症状遷延例に用いられることが多いが、症状が著しく重篤で早期に症状改善が必須な場合等にも当初からECTの施行も視野に治療を検討される場合も存在する。以下に一次選択治療としてECTが適応になりうる例を挙げる。


○ECTが一次的治療選択となりうる場合
○ECTが一次的治療選択となりうる場合
   精神症状の型(緊張病状態など)
*精神症状の型(緊張病状態など)
   症状が重篤(深刻な焦燥感など)
*症状が重篤(深刻な焦燥感など)
   自傷他害の危険(自殺企図など)
*自傷他害の危険(自殺企図など)
   ECTが効果的であった治療歴
*ECTが効果的であった治療歴
   全身状態(精神症状による全身衰弱など)
*全身状態(精神症状による全身衰弱など)
   他の治療より高い安全性があると考えられる場合(高齢者、妊娠中、薬物療法の副作用など)
*他の治療より高い安全性があると考えられる場合(高齢者、妊娠中、薬物療法の副作用など)
   患者希望(薬物療法に強い治療抵抗性があった場合や以前のECTの効果が良好であった場合など)
*患者希望(薬物療法に強い治療抵抗性があった場合や以前のECTの効果が良好であった場合など)
 
○ECTが二次的治療選択となりうる場合
○ECTが二次的治療選択となりうる場合
   薬物療法への乏しい反応性
*薬物療法への乏しい反応性
   副作用、忍容性においてECTが優れる場合
*副作用、忍容性においてECTが優れる場合
 
===ECTの禁忌===
 修正型ECTでは絶対的禁忌はないとされるが、ECTの危険度を増す医学的状態について以下に挙げておく。
*空間占拠性病変(特にテント上の腫瘍・血腫など)
*頭蓋内圧亢進を示す状態
*最近の心筋梗塞とそれに伴う心機能の不安定性
*最近の脳内出血
*不安定な動脈瘤あるいは血管奇形
*褐色細胞腫
*網膜剥離
*麻酔危険度の高いもの(アメリカ麻酔学会の水準4または3)<br>
  水準4:日常生活を大きく制限する全身疾患があり、常に生命を脅かされている患者(多臓器不全)<br>
  水準3:日常生活を妨げる全身疾患があるが、運動不可能ではない患者(重症の糖尿病、中~高度の肺機能障害、治療されている冠動脈疾患)


②ECTの禁忌
===ECTの効果・作用機序===
修正型ECTでは絶対的禁忌はないとされるが、ECTの危険度を増す医学的状態について以下に挙げておく。
 ECTの作用機序についての検討は多くなされているが(44,45,46)、現在までECTの作用機序は明らかにされていない。
     空間占拠性病変(特にテント上の腫瘍・血腫など)
抗うつ効果との関連から、神経伝達物質やその受容体への影響や細胞内情報伝達系に与える影響が注目されたが、最近では脳内の神経栄養因子の作用を増強する可能性が指摘されている(10, 29)。以前より間脳や脳幹網様体賦活系を中心とする脳幹部に対する作用と治療効果の関連も多く示されている(10,29)
     頭蓋内圧亢進を示す状態
     最近の心筋梗塞とそれに伴う心機能の不安定性
     最近の脳内出血
     不安定な動脈瘤あるいは血管奇形
     褐色細胞腫
     網膜剥離
  麻酔危険度の高いもの(アメリカ麻酔学会の水準4または3)
    水準4:日常生活を大きく制限する全身疾患があり、常に生命を脅かされている患者(多臓器不全)
    水準3:日常生活を妨げる全身疾患があるが、運動不可能ではない患者(重症の糖尿病、中~高度の肺機能障害、治療されている冠動脈疾患)


  
==ECTの作用機序==
 ECTの効果発現にかかわる物質として、コルチゾールや、副腎皮質刺激ホルモン、コルチコトロピン放出因子、甲状腺刺激ホルモン、プロラクチン、オキシトシン、バソプレッシン、dehycroepiandrosterone sulfate、そして最近ではtumor necrosis factor αが報告されている21)。しかしながら、これらがどのように作用して治療に有効なのかはいまだ明らかになっていない。
 
 最近、ECTの神経保護作用が注目されている。神経細胞の可塑性、再生、維持に重要とされる神経栄養因子であるbrain-derived neurotrophic factor(BDNF)への関心が高い22)。Maranoらは、ECTによるBDNFの増加を確認し、BDNF増加とHAM-D総得点減少が相関すると報告した21)。BDNFはセロトニンの発現を増加させる可能性があるので23)、セロトニンを介する機序が示唆される。またPereraらは、霊長類を用いた研究で、ECTにより海馬での神経新生が促進されたことを確認した24)。


【3】ECTの効果・作用機序
ECTの作用機序についての検討は多くなされているが(44,45,46)、現在までECTの作用機序は明らかにされていない。
抗うつ効果との関連から、神経伝達物質やその受容体への影響や細胞内情報伝達系に与える影響が注目されたが、最近では脳内の神経栄養因子の作用を増強する可能性が指摘されている(10, 29)。以前より間脳や脳幹網様体賦活系を中心とする脳幹部に対する作用と治療効果の関連も多く示されている(10,29)。
3. ECTの作用機序
ECTの効果発現にかかわる物質として、コルチゾールや、副腎皮質刺激ホルモン、コルチコトロピン放出因子、甲状腺刺激ホルモン、プロラクチン、オキシトシン、バソプレッシン、dehycroepiandrosterone sulfate、そして最近ではtumor necrosis factor αが報告されている21)。しかしながら、これらがどのように作用して治療に有効なのかはいまだ明らかになっていない。
最近、ECTの神経保護作用が注目されている。神経細胞の可塑性、再生、維持に重要とされる神経栄養因子であるbrain-derived neurotrophic factor(BDNF)への関心が高い22)。Maranoらは、ECTによるBDNFの増加を確認し、BDNF増加とHAM-D総得点減少が相関すると報告した21)。BDNFはセロトニンの発現を増加させる可能性があるので23)、セロトニンを介する機序が示唆される。またPereraらは、霊長類を用いた研究で、ECTにより海馬での神経新生が促進されたことを確認した24)。
 gamma-aminobutyric acid(GABA)はうつ状態で減少していると報告されている神経伝達物質であるが、magnetic resonance spectoscopy(MRS)を用いた研究で、ECTにてGABAが増加することが示されている。ECTの施行を繰り返すとけいれん時間の減少やけいれん閾値の上昇がみられ、脳内におけるGABAの増加が関係していると考えられている25)。
 gamma-aminobutyric acid(GABA)はうつ状態で減少していると報告されている神経伝達物質であるが、magnetic resonance spectoscopy(MRS)を用いた研究で、ECTにてGABAが増加することが示されている。ECTの施行を繰り返すとけいれん時間の減少やけいれん閾値の上昇がみられ、脳内におけるGABAの増加が関係していると考えられている25)。
 以上のようにECTの作用機序を研究することは、うつ病の病態の解明につながる可能性もあり重要である。
 以上のようにECTの作用機序を研究することは、うつ病の病態の解明につながる可能性もあり重要である。


==ECTの副作用==
 アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association; APA)によると、ECT導入に際しての絶対的禁忌はないが、患者の精神症状が深刻でECTが最も安全な治療であると判断される場合に適応となる相対的禁忌を定義している(表2)(APA, 2001)。


【4】ECTの副作用
 ECTによる死亡は5~8万治療回数に1回であると推測される(Shiwach, 2001, APA, 2001, Levin, 1997)。また、ECTの副作用で問題となるものに認知機能障害がある。エピソード記憶と意味記憶では、意味記憶が、時間的に遠隔記憶より近時記憶が障害されやすい(Lisanby, 2000)。施行間隔の延長する継続、維持ECTでは、1年間の施行で認知障害を起こさなかったとしている(Rami, 2004)。また、記憶障害はECT中の低酸素と関係があり、ECT刺激前の十分な酸素化を行うことで予防できる(Devanand, 1994)。
アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association; APA)によると、ECT導入に際しての絶対的禁忌はないが、患者の精神症状が深刻でECTが最も安全な治療であると判断される場合に適応となる相対的禁忌を定義している(表2)(APA, 2001)。
ECTによる死亡は5~8万治療回数に1回であると推測される(Shiwach, 2001, APA, 2001, Levin, 1997)。また、ECTの副作用で問題となるものに認知機能障害がある。エピソード記憶と意味記憶では、意味記憶が、時間的に遠隔記憶より近時記憶が障害されやすい(Lisanby, 2000)。施行間隔の延長する継続、維持ECTでは、1年間の施行で認知障害を起こさなかったとしている(Rami, 2004)。また、記憶障害はECT中の低酸素と関係があり、ECT刺激前の十分な酸素化を行うことで予防できる(Devanand, 1994)。
ECTのメカニズムについては、明確になっていない。1990年代よりPET、SPECT、MRIなどの脳機能画像検査を使ったECT研究が見られるようになった。CTとMRIによるECTの反復施行による前向き研究では、構造変化は示されなかった(Devanand, 1994)。
ECTのメカニズムについては、明確になっていない。1990年代よりPET、SPECT、MRIなどの脳機能画像検査を使ったECT研究が見られるようになった。CTとMRIによるECTの反復施行による前向き研究では、構造変化は示されなかった(Devanand, 1994)。


 ECTの死亡率は低く、治療回数50,000回に1回程度と推測されている(38)。これは全身麻酔の危険率にほぼ相当し、抗うつ剤服用中の死亡率より少ない。主な死因はけいれん直後や回復期の心血管系合併症と考えられている(39,40)。わが国では1998年にも、非修正型ECT後の嘔吐に基づく窒息による死亡例の報告があり、ECT前管理の重要性が指摘されている(41)。


ECTの死亡率は低く、治療回数50,000回に1回程度と推測されている(38)。これは全身麻酔の危険率にほぼ相当し、抗うつ剤服用中の死亡率より少ない。主な死因はけいれん直後や回復期の心血管系合併症と考えられている(39,40)。わが国では1998年にも、非修正型ECT後の嘔吐に基づく窒息による死亡例の報告があり、ECT前管理の重要性が指摘されている(41)。
===認知障害===
 
 ECTの副作用として出現する認知障害には以下の3つがある(37)。副作用としての認知障害を評価するために、術前の認知機能評価が重要である。
(3)ECTの副作用
【認知障害】
ECTの副作用として出現する認知障害には以下の3つがある(37)。副作用としての認知障害を評価するために、術前の認知機能評価が重要である。
・ 発作後錯乱
・ 発作後錯乱
多くの患者がECTからの覚醒時に数分から数時間の錯乱状態を示す。焦燥感が強い場合はベンゾジアゼピンや静脈麻酔薬の静注が必要となる場合がある。
多くの患者がECTからの覚醒時に数分から数時間の錯乱状態を示す。焦燥感が強い場合はベンゾジアゼピンや静脈麻酔薬の静注が必要となる場合がある。
90行目: 97行目:
認知の副作用を増強するリスクとして、サイン波(>パルス波)、刺激強度が強い(>弱い)、両側性通電(>片側性)、治療回数が多い(>少ない)、治療間隔が短い(>長い)、患者年齢が高齢(>非高齢)、既存の認知障害、が挙げられる(37)。
認知の副作用を増強するリスクとして、サイン波(>パルス波)、刺激強度が強い(>弱い)、両側性通電(>片側性)、治療回数が多い(>少ない)、治療間隔が短い(>長い)、患者年齢が高齢(>非高齢)、既存の認知障害、が挙げられる(37)。
重篤な認知障害が出現した時は、電極配置を両側性から片側性への変更、治療間隔をあける、刺激強度を下げる、認知障害に関与している併用薬を見直す等の対策をしてみる(36)。うつ病そのものによる認知障害はECTによるうつ症状の改善とともに回復するため、鑑別しなければならない。
重篤な認知障害が出現した時は、電極配置を両側性から片側性への変更、治療間隔をあける、刺激強度を下げる、認知障害に関与している併用薬を見直す等の対策をしてみる(36)。うつ病そのものによる認知障害はECTによるうつ症状の改善とともに回復するため、鑑別しなければならない。
【心血管性合併症】
ECT通電直後の数秒間は脳幹部刺激により副交感神経が優位になり徐脈・洞停止・血圧低下などが一過性に起こるが、発作が生じると交感神経が優位となり頻脈・高血圧が起こり、間代期が終了するまで持続する(10)。副交感神経反応抑制には抗コリン薬の術前投与が有効である。高血圧に対しては朝の降圧剤を服用し、必要に応じてジルチアゼム・ニカルジピン等をECT直前か直後に静注する。虚血性心疾患のある患者では注意が必要である(37,40)。


【その他の合併症】(37を改変)
===心血管性合併症===
 ECT通電直後の数秒間は脳幹部刺激により副交感神経が優位になり徐脈・洞停止・血圧低下などが一過性に起こるが、発作が生じると交感神経が優位となり頻脈・高血圧が起こり、間代期が終了するまで持続する(10)。副交感神経反応抑制には抗コリン薬の術前投与が有効である。高血圧に対しては朝の降圧剤を服用し、必要に応じてジルチアゼム・ニカルジピン等をECT直前か直後に静注する。虚血性心疾患のある患者では注意が必要である(37,40)。
 
===その他の合併症===
(37を改変)
 
頭痛:筋肉の収縮や脳循環動態変化によると考えられる。一過性であり、消炎鎮痛剤に反応する。
頭痛:筋肉の収縮や脳循環動態変化によると考えられる。一過性であり、消炎鎮痛剤に反応する。
筋肉痛:サクシニルコリンによる筋線維束性収縮による。一過性で消炎鎮痛剤に反応する。持続性のものではサクシニルコリンの量を減量するか、ベクロニウムに変更する。
筋肉痛:サクシニルコリンによる筋線維束性収縮による。一過性で消炎鎮痛剤に反応する。持続性のものではサクシニルコリンの量を減量するか、ベクロニウムに変更する。
108行目: 118行目:
脳損傷:ECTにより非可逆的な脳損傷を起こすという、神経生理学的な証拠はない(43)。
脳損傷:ECTにより非可逆的な脳損傷を起こすという、神経生理学的な証拠はない(43)。


 
==ECT治療の実際==
 
【5】ECT治療の実際
ECTの同意
ECTの同意
説明すべき重要な点には、①ECTの適応、②現在の状態に対するECTの有効性、③ECTの手順、④一般的な副作用、⑤稀な副作用、⑥生命への危険性、⑦代替治療の可能性、⑧同意撤回の自由、がある(10,36,37,47)。基本的には手術同意と同様に文書を用いて、本人と保護者に説明し、両者から署名による同意を得る。医療保護入院や措置入院のように本人に同意能力がない場合は、保護者に説明して同意を得ることになるが、病状の回復とともに同意能力が回復した場合には、本人にも十分な説明をすることが望ましい。以下に国立精神神経センター武蔵病院で用いられている同意書を挙げておく。
説明すべき重要な点には、①ECTの適応、②現在の状態に対するECTの有効性、③ECTの手順、④一般的な副作用、⑤稀な副作用、⑥生命への危険性、⑦代替治療の可能性、⑧同意撤回の自由、がある(10,36,37,47)。基本的には手術同意と同様に文書を用いて、本人と保護者に説明し、両者から署名による同意を得る。医療保護入院や措置入院のように本人に同意能力がない場合は、保護者に説明して同意を得ることになるが、病状の回復とともに同意能力が回復した場合には、本人にも十分な説明をすることが望ましい。以下に国立精神神経センター武蔵病院で用いられている同意書を挙げておく。