「体温調節の神経回路」の版間の差分

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 英語名:Neural circuitry for thermoregulation、Neural circuitry for body temperature regulation  
 英語名:Neural circuitry for thermoregulation、Neural circuitry for body temperature regulation  


 体温を維持・調節するために機能する、[[温度感覚]]情報の伝達と統合、ならびに体温調節[[効果器]]への指令を行う[[中枢]]および[[末梢]]の神経回路。ここでは[[哺乳類]]の体温調節の神経回路を扱う。  
 [[体温]]を維持・調節するために機能する、[[温度覚|温度感覚]]情報の伝達・統合ならびに体温調節[[効果器]]への指令を行う[[中枢]]および[[末梢]]の神経回路。ここでは[[哺乳類]]の体温調節の神経回路を扱う。  


 人間を含めた哺乳動物(恒温動物)では、体温を一定に保つために、体内から環境中への熱の放散を調節し、必要な時には体内で積極的に熱を産生する。また、[[感染]]が起こった時には[[発熱]]を起こし、体温を病原体の増殖至適温度域よりも高くすることで、その増殖を抑制する。こうした生体の反応は、脳内の体温調節中枢を司令塔とする[[中枢神経システム]]が、末梢の様々な効果器へ指令することによって惹起される。体温調節中枢は、[[視床下部]]の[[最吻側]]に位置する[[視索前野]](preoptic area)と呼ばれる部位にあり、感染時の発熱を指令する発熱中枢でもある<ref name="ref1"><pubmed>21900642</pubmed></ref><ref name="ref2"><pubmed>18469069</pubmed></ref>。  
 人間を含めた哺乳動物([[恒温動物]])では、体温を一定に保つために、体内から環境中への熱の放散を調節し、必要な時には体内で積極的に熱を産生する。また、[[感染]]が起こった時には[[発熱]]を起こし、体温を病原体の増殖至適温度域よりも高くすることで、その増殖を抑制する。こうした生体の反応は、脳内の体温調節中枢を司令塔とする中枢神経システムが、末梢の様々な効果器へ指令することによって惹起される。体温調節中枢は、[[視床下部]]の[[最吻側]]に位置する[[視索前野]](preoptic area)と呼ばれる部位にあり、感染時の発熱を指令する発熱中枢でもある<ref name="ref1"><pubmed>21900642</pubmed></ref><ref name="ref2"><pubmed>18469069</pubmed></ref>。  


== 体温調節反応の種類  ==
== 体温調節反応の種類  ==
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== 自律性体温調節の指令を行う神経回路  ==
== 自律性体温調節の指令を行う神経回路  ==


 自律性体温調節反応のうち、褐色脂肪組織熱産生や皮膚血管収縮は[[脊髄]]の[[中間外側核]](intermediolateral nucleus)からの交感神経出力によって惹起され<ref><pubmed>16931649</pubmed></ref><ref><pubmed>18463193</pubmed></ref>、ふるえ熱産生は脊髄の[[前角]](ventral horn)からの体性運動出力を介して惹起される<ref><pubmed>21610139</pubmed></ref>。こうした脊髄からの出力は、[[延髄]]の[[淡蒼縫線核]](raphe pallidus nucleus)を中心とした領域に分布する[[プレモーターニューロン]]によって制御される。このプレモーターニューロンのうち、褐色脂肪組織熱産生や皮膚血管収縮の指令を伝達する[[交感神経プレモーターニューロン]]は、[[小胞性グルタミン酸トランスポーター3]](VGLUT3)を発現し、脊髄中間外側核において[[グルタミン酸]]を放出すると考えられている<ref name="ref4"><pubmed>15190110</pubmed></ref><ref name="ref5"><pubmed>15596234</pubmed></ref>。この交感神経プレモーターニューロン群のうち、約20%は[[セロトニン]]も含有する<ref name="ref4" />。また、[[GABA]]を含有するものも報告されている<ref name="ref6"><pubmed>16228993</pubmed></ref>。こうしたプレモーターニューロンには、上位の脳領域からの体温調節指令を受け取り、統合した信号を脊髄の出力システムに伝達する役割がある。  
 自律性体温調節反応のうち、褐色脂肪組織熱産生や皮膚血管収縮は[[脊髄]]の[[中間外側核]](intermediolateral nucleus)からの交感神経出力によって惹起され<ref><pubmed>16931649</pubmed></ref><ref><pubmed>18463193</pubmed></ref>、ふるえ熱産生は脊髄の[[前角]](ventral horn)からの体性運動出力を介して惹起される<ref><pubmed>21610139</pubmed></ref>。こうした脊髄からの出力は、[[延髄]]の[[淡蒼縫線核]](raphe pallidus nucleus)を中心とした領域に分布する[[プレモーターニューロン]]によって制御される。このプレモーターニューロンのうち、褐色脂肪組織熱産生や皮膚血管収縮の指令を伝達する[[交感神経プレモーターニューロン]]は、[[小胞グルタミン酸トランスポーター|小胞性グルタミン酸トランスポーター3]](VGLUT3)を発現し、脊髄中間外側核において[[グルタミン酸]]を放出すると考えられている<ref name="ref4"><pubmed>15190110</pubmed></ref><ref name="ref5"><pubmed>15596234</pubmed></ref>。この交感神経プレモーターニューロン群のうち、約20%は[[セロトニン]]も含有する<ref name="ref4" />。また、[[GABA]]を含有するものも報告されている<ref name="ref6"><pubmed>16228993</pubmed></ref>。こうしたプレモーターニューロンには、上位の脳領域からの体温調節指令を受け取り、統合した信号を脊髄の出力システムに伝達する役割がある。  


 プレモーターニューロンに興奮性の入力を行う上位の脳領域としては、[[視床下部背内側部]](dorsomedial hypothalamus)が知られている<ref name="ref7"><pubmed>16367780</pubmed></ref>。一方、プレモーターニューロンに抑制性の入力を行う脳領域はいくつか存在するが、体温調節性の制御に関わる抑制性入力は、視索前野から行われると考えられている。視索前野には体温調節中枢が存在し、自律性体温調節反応の惹起を指令する司令塔として機能する<ref name="ref1" />。視索前野には[[下行性]][[投射]]を行う[[ニューロン]]が存在し、視床下部背内側部や淡蒼縫線核へ[[Tonic]]な抑制性の入力を行うことで、これらの領域のニューロン群の活動を制御する<ref name="ref9"><pubmed>12040067</pubmed></ref><ref name="ref7" /><ref name="ref8"><pubmed>19327390</pubmed></ref>。したがって、視索前野からの下行性抑制のトーンが最終的な体温調節性の交感神経や運動神経の出力レベルを決定している。  
 プレモーターニューロンに興奮性の入力を行う上位の脳領域としては、[[視床下部背内側部]](dorsomedial hypothalamus)が知られている<ref name="ref7"><pubmed>16367780</pubmed></ref>。一方、プレモーターニューロンに抑制性の入力を行う脳領域はいくつか存在するが、体温調節性の制御に関わる抑制性入力は、視索前野から行われると考えられている。視索前野には体温調節中枢が存在し、自律性体温調節反応の惹起を指令する司令塔として機能する<ref name="ref1" />。視索前野には[[下行性]][[投射]]を行う[[ニューロン]]が存在し、視床下部背内側部や淡蒼縫線核へ[[Tonic]]な抑制性の入力を行うことで、これらの領域のニューロン群の活動を制御する<ref name="ref9"><pubmed>12040067</pubmed></ref><ref name="ref7" /><ref name="ref8"><pubmed>19327390</pubmed></ref>。したがって、視索前野からの下行性抑制のトーンが最終的な体温調節性の交感神経や運動神経の出力レベルを決定している。  
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== 感染性発熱の神経回路  ==
== 感染性発熱の神経回路  ==


 感染が起こると免疫系が活性化され、[[サイトカイン類]]が血中で産生される。これが脳の[[血管内皮細胞]]へ作用すると、内皮細胞内で[[シクロオキシゲナーゼ−2]](cyclooxygenase-2、COX-2)などの[[プロスタグランジン合成酵素群]]が発現し、[[発熱メディエーター]]である[[プロスタグランジン]]E<sub>2</sub>(prostaglandin E<sub>2</sub>、PGE<sub>2</sub>)が産生される<ref><pubmed>11306620</pubmed></ref>。プロスタグランジンE<sub>2</sub>は[[脳実質]]内へ拡散し、視索前野のニューロンに存在する[[プロスタグランジンEP3受容体]]に作用する<ref><pubmed>10025713</pubmed></ref><ref><pubmed>10842213</pubmed></ref>。EP3受容体は抑制性の[[G蛋白質]]と共役するので<ref><pubmed>10508233</pubmed></ref>、結果的に視索前野のニューロンは抑制される。EP3受容体を発現する視索前野のニューロンはGABA作動性の抑制性ニューロンであり、視床下部背内側部や淡蒼縫線核へ投射することが分かっている<ref name="ref7" /><ref name="ref8" /><ref name="ref9" />。したがって、プロスタグランジンE<sub>2</sub>がEP3受容体を発現する視索前野のニューロンの活動を低下させると、寒冷環境における対寒反応の惹起と同様、視床下部背内側部や淡蒼縫線核のニューロンの脱抑制が起こるため、熱産生が惹起され、皮膚血管が収縮する。寒冷環境でもない状態でこうした反応が起こると、体温の上昇につながる。これが発熱と呼ばれる生理反応である。  
 感染が起こると免疫系が活性化され、[[サイトカイン類]]が血中で産生される。これが脳の[[血管内皮細胞]]へ作用すると、内皮細胞内で[[シクロオキシゲナーゼ−2]](cyclooxygenase-2、COX-2)などの[[プロスタグランジン合成酵素群]]が発現し、[[発熱メディエーター]]である[[プロスタグランディン|プロスタグランジン]]E<sub>2</sub>(prostaglandin E<sub>2</sub>、PGE<sub>2</sub>)が産生される<ref><pubmed>11306620</pubmed></ref>。プロスタグランジンE<sub>2</sub>は[[脳実質]]内へ拡散し、視索前野のニューロンに存在する[[プロスタグランジンEP3受容体]]に作用する<ref><pubmed>10025713</pubmed></ref><ref><pubmed>10842213</pubmed></ref>。EP3受容体は抑制性の[[G蛋白質]]と共役するので<ref><pubmed>10508233</pubmed></ref>、結果的に視索前野のニューロンは抑制される。EP3受容体を発現する視索前野のニューロンはGABA作動性の抑制性ニューロンであり、視床下部背内側部や淡蒼縫線核へ投射することが分かっている<ref name="ref7" /><ref name="ref8" /><ref name="ref9" />。したがって、プロスタグランジンE<sub>2</sub>がEP3受容体を発現する視索前野のニューロンの活動を低下させると、寒冷環境における対寒反応の惹起と同様、視床下部背内側部や淡蒼縫線核のニューロンの脱抑制が起こるため、熱産生が惹起され、皮膚血管が収縮する。寒冷環境でもない状態でこうした反応が起こると、体温の上昇につながる。これが発熱と呼ばれる生理反応である。  


== 体温調節のための温度感覚  ==
== 体温調節のための温度感覚  ==
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== セットポイント仮説の修正  ==
== セットポイント仮説の修正  ==


 長らくの間提唱されてきた体温調節システムに関する仮説として、セットポイント仮説がある。これは、中枢において体温の単一のセットポイントが設定されており、深部体温が設定温度から逸脱した場合には設定値へ戻すようなフィードバック反応が惹起されるという考え方である。しかし、研究が進むにつれ、体温調節は深部体温だけでなく皮膚で感知した環境温度にも基づいて適切な反応が惹起されること、また、末梢の体温調節効果器の種類によって反応が惹起される温度(深部体温あるいは皮膚温度)の閾値が異なることなどが分かり、深部体温と単一のセットポイントとの単純な比較で体温が調節されているのではないことが明らかとなってきた。
 長らくの間提唱されてきた体温調節システムに関する仮説として、セットポイント仮説がある。これは、中枢において体温の単一のセットポイントが設定されており、深部体温が設定温度から逸脱した場合には設定値へ戻すようなフィードバック反応が惹起されるという考え方である。しかし、研究が進むにつれ、体温調節は深部体温だけでなく皮膚で感知した環境温度にも基づいて適切な反応が惹起されること、また、末梢の体温調節効果器の種類によって反応が惹起される温度(深部体温あるいは皮膚温度)の閾値が異なることなどが分かり、深部体温と単一のセットポイントとの単純な比較で体温が調節されているのではないことが明らかとなってきた<ref name="ref10" />。


 現在では、深部体温と末梢温度(主に皮膚温度)の情報が体温調節中枢で統合され、それに基づいて適切な体温調節反応の種類と強度が決定され、出力されるという考え方が主流である。こうした温度情報の統合と反応出力の決定に関わる中枢神経回路メカニズムについては分かっていないことが多い。しかし、視索前野から視床下部背内側部や淡蒼縫線核へ下行性抑制を行う[[投射ニューロン]]の[[発火活動]]が体温調節反応の出力強度を決定しているという上記のモデルに従えば、この投射ニューロンが、温ニューロンとしての温度感受性や、またEP3受容体を発現して感染時にプロスタグランジンE<sub>2</sub>を受容する機能を有する可能性があるが、証明は行われていない。  
 現在では、深部体温と末梢温度(主に皮膚温度)の情報が体温調節中枢で統合され、それに基づいて適切な体温調節反応の種類と強度が決定され、出力されるという考え方が主流である。こうした温度情報の統合と反応出力の決定に関わる中枢神経回路メカニズムについては分かっていないことが多い。しかし、視索前野から視床下部背内側部や淡蒼縫線核へ下行性抑制を行う[[投射ニューロン]]の[[発火活動]]が体温調節反応の出力強度を決定しているという上記のモデルに従えば、この投射ニューロンが、温ニューロンとしての温度感受性や、またEP3受容体を発現して感染時にプロスタグランジンE<sub>2</sub>を受容する機能を有する可能性があるが、証明は行われていない。  
== 関連項目  ==
*[[温度覚]]
*[[温度受容体]]
*[[温度調節行動]]
*[[体性感覚]]
*[[自律神経系]]
*[[交感神経]]
*[[運動ニューロン]]
*[[視床下部]]
*[[延髄]]
*[[グルタミン酸]]
*[[セロトニン神経系]]
*[[プロスタグランディン]]


== 参考文献  ==
== 参考文献  ==
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<references />  
<references />  


<br> 同義語:体温、体温調節
<br> 同義語:体温、体温調節、体温調節中枢


重要な関連語:発熱、高体温症、低体温症、熱産生、産熱、ふるえ、シバリング  
重要な関連語:発熱、高体温症、低体温症、熱産生、産熱、ふるえ、シバリング  


(執筆者:中村和弘、担当編集委員:渡辺 大)
(執筆者:中村和弘、担当編集委員:渡辺 大)
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