「脳磁法」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0204068 岡本 秀彦]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0204068 岡本 秀彦]</font><br>
''自然科学研究機構 生理学研究所 ''<br>
''自然科学研究機構 生理学研究所 ''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2015年9月2日 原稿完成日:2015年月日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2015年9月2日 原稿完成日:2015年9月9日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0048432 定藤 規弘](自然科学研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0048432 定藤 規弘](自然科学研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系)<br>
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{{box|text= 脳磁法とは、脳の神経活動に伴って発生する磁場を頭皮上から計測する技術である。脳表面に対して垂直に配列する大脳皮質錐体細胞が多数同期して活動する時に流れる、樹状突起興奮性シナプス後電流を検出していると考えられる。一方、脳深部からの記録は難しい。検出には超伝導量子干渉計 (SQUIDs)を用いる。脳波に比べて高い空間分解能を有しておりmm単位の正確度で信号源を推測することも可能である。PET、SPECT、fMRI、NIRSが血流や代謝などを指標に脳神経活動を間接的に計測しているのに対して、神経電気活動を非常に高い時間分解能で直接計測している点が特徴である。また、脳磁法は生体への干渉を行わず観察するのみなので、他のNeuroimaging法とくらべても全くの非侵襲的計測法であるといえる。そのため、ヒトの基礎研究・臨床研究に利用されている。}}
{{box|text= 脳磁法とは、脳の神経活動に伴って発生する磁場を頭皮上から計測する技術である。脳表面に対して垂直に配列する大脳皮質錐体細胞が多数同期して活動する時に流れる、樹状突起興奮性シナプス後電流を検出していると考えられる。一方、脳深部からの記録は難しい。検出には超伝導量子干渉計 (SQUIDs)を用いる。脳波に比べて高い空間分解能を有しておりmm単位の正確度で信号源を推測することも可能である。PET、SPECT、fMRI、NIRSが血流や代謝などを指標に脳神経活動を間接的に計測しているのに対して、神経電気活動を非常に高い時間分解能で直接計測している点が特徴である。また、脳磁法は生体への干渉を行わず観察するのみなので、他のNeuroimaging法とくらべても全くの非侵襲的計測法であるといえる。そのため、ヒトの基礎研究・臨床研究に利用されている。}}
(編集部コメント:抄録を作成いたしました。ご確認ください。)


==脳磁法とは==
==脳磁法とは==
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[[ファイル:環境磁場および生体磁場の強度.jpg|right|300px|thumb|'''図2.環境磁場と生体磁場の強度''']]
[[ファイル:環境磁場および生体磁場の強度.jpg|right|300px|thumb|'''図2.環境磁場と生体磁場の強度''']]
[[ファイル:検出コイル.jpg|right|300px|thumb|'''図3.脳磁場を検出する各種コイルの形状''']]
[[ファイル:検出コイル.jpg|right|300px|thumb|'''図3.脳磁場を検出する各種コイルの形状''']]
[[ファイル:脳磁場分布.png|right|300px|thumb|'''図4.軸方向型グラジオメーターで計測した、聴覚刺激により惹起された脳磁場分布''']]


 脳磁法とは、脳の神経活動に伴って発生する[[wikipedia:ja:磁場|磁場]]([[wikipedia:ja:磁界|磁界]])を頭皮上から完全非侵襲的に計測する技術である。1972年に初めてヒトの脳から生じる磁場信号の検出に成功<ref name=ref1><pubmed>5009769</pubmed></ref>した当時は単チャンネルであったが、その後多チャンネル化が急速に進み現在では100チャンネル以上のセンサーを有する多チャンネル全頭型装置('''図1''')が一般的になり、基礎研究及び臨床研究に用いられている。
 脳磁法とは、脳の神経活動に伴って発生する[[wikipedia:ja:磁場|磁場]]([[wikipedia:ja:磁界|磁界]])を頭皮上から完全非侵襲的に計測する技術である。1972年に初めてヒトの脳から生じる磁場信号の検出に成功<ref name=ref1><pubmed>5009769</pubmed></ref>した当時は単チャンネルであったが、その後多チャンネル化が急速に進み現在では100チャンネル以上のセンサーを有する多チャンネル全頭型装置('''図1''')が一般的になり、基礎研究及び臨床研究に用いられている。
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==超伝導量子干渉計==
==超伝導量子干渉計==
 通常脳の神経活動に伴う磁界変化は非常に微弱であるため、[[超伝導量子干渉計]]([[SQUIDs]])を利用した高感度磁気センサーを用いる。記録の対象であるヒト脳磁場信号の大きさが10<sup>-14</sup> T(テスラ)から10<sup>-12</sup> T程度であるのに対して、例えば[[wikipedia:ja:地磁気|地磁気]]は10<sup>-5</sup> Tの大きさを有しているため外部環境磁場ノイズを軽減することが重要である('''図2''')。そのため、脳磁計は[[wikipedia:ja:透磁率|透磁率]]の大きい[[wikipedia:ja:合金|合金]]([[wikipedia:ja:パーマロイ|パーマロイ]])等で出来た磁気シールドルーム内に設置される。超伝導量子干渉計は常に[[wikipedia:ja:液体ヘリウム|液体ヘリウム]]で冷却する必要があるため、高性能の断熱容器(デュワー)内に格納されている。
 通常脳の神経活動に伴う磁界変化は非常に微弱であるため、[[wikipedia:ja:超伝導量子干渉計|超伝導量子干渉計]]([[wikipedia:SQUIDs|SQUIDs]])を利用した高感度磁気センサーを用いる。記録の対象であるヒト脳磁場信号の大きさが<math>10^{-14} \mathrm{T}</math>(テスラ)から<math>10^{-12} \mathrm{T}</math>程度であるのに対して、例えば[[wikipedia:ja:地磁気|地磁気]]<math>10^{-5} \mathrm{T}</math>の大きさを有しているため外部環境磁場ノイズを軽減することが重要である('''図2''')。そのため、脳磁計は[[wikipedia:ja:透磁率|透磁率]]の大きい[[wikipedia:ja:合金|合金]]([[wikipedia:ja:パーマロイ|パーマロイ]])等で出来た磁気シールドルーム内に設置される。超伝導量子干渉計は常に[[wikipedia:ja:液体ヘリウム|液体ヘリウム]]で冷却する必要があるため、高性能の断熱容器(デュワー)内に格納されている。


 脳磁場を検出コイルにはその形状から大きく分けてマグネトメーターとグラジオメーターがある('''図3''')。グラジオメーターに関しては軸方向型と平面方向型に大別できる。
 脳磁場を検出コイルにはその形状から大きく分けてマグネトメーターとグラジオメーターがある('''図3''')。グラジオメーターに関しては軸方向型と平面方向型に大別できる。


:'''マグネトメーター'''は1個のコイルで磁束を補足する。形状が単純であり遠方の信号源からの磁場も比較的良く計測できるという長所があるが、その反面外部からの[[wikipedia:ja:環境磁場|環境磁場]]の影響を受けやすい。
:'''マグネトメーター'''は1個のコイルで磁束を補捉する。形状が単純であり遠方の信号源からの磁場も比較的良く計測できるという長所があるが、その反面外部からの[[wikipedia:ja:環境磁場|環境磁場]]の影響を受けやすい。


:'''軸方向型グラジオメーター'''は脳表に近い検出コイルと遠い補償コイルを逆向きに接続することで、両者の差分信号を計測する。近傍から発生する磁場は空間勾配が大きいため、脳から発生する磁場に関しては検出コイルのほうが補償コイルより大きい入力を受ける。それに対して遠隔に信号源を有する環境磁場に関しては、検出コイルと補償コイルにほぼ同様の影響を与える。その結果、軸方向型グラジオメーターは環境磁場の影響を軽減しながら脳からの磁場信号を計測することが出来る。
:'''軸方向型グラジオメーター'''は脳表に近い検出コイルと遠い補償コイルを逆向きに接続することで、両者の差分信号を計測する。近傍から発生する磁場は空間勾配が大きいため、脳から発生する磁場に関しては検出コイルのほうが補償コイルより大きい入力を受ける。それに対して遠隔に信号源を有する環境磁場に関しては、検出コイルと補償コイルにほぼ同様の影響を与える。その結果、軸方向型グラジオメーターは環境磁場の影響を軽減しながら脳からの磁場信号を計測することが出来る。
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==脳波との比較==
==脳波との比較==
 ヒトの脳機能を非侵襲的に計測する他の方法として、頭皮上に装着された頭皮上電極から記録される「[[脳波]](electroencephalography: EEG)」がある。脳波は脳磁法と同じように非常に高い時間分解能で脳活動を計測することができるが、神経活動を導電率の異なる[[脳]]、[[脊髄液]]、[[骨]]、[[皮膚]]などを通して観察することになる。この信号源と記録電極の間にある[[sp:Volume_conduction|容積導体]](volume conduction)は不均一であり、脳波の空間分解能には限界がある。
 ヒトの脳機能を非侵襲的に計測する他の方法として、頭皮上に装着された頭皮上電極から記録される「[[脳波]](electroencephalography: EEG)」がある。脳波は脳磁法と同じように非常に高い時間分解能で脳活動を計測することができるが、神経活動を導電率の異なる[[脳脊髄液]]、[[骨]]、[[皮膚]]などを通して観察することになる。この信号源と記録電極の間にある[[sp:Volume_conduction|容積導体]](volume conduction)は不均一であり、脳波の空間分解能には限界がある。


 しかしながら、脳磁場信号は神経細胞内電流を直接的に反映し、容積導体の影響をほとんど受けないため、脳波に比べて高い空間分解能を有しておりmm単位の正確度で信号源を推測することも可能である<ref name=ref3><pubmed>6190632</pubmed></ref>。すなわち頭蓋骨や表皮、脳脊髄液など[[wikipedia:ja:電気伝導率|電気伝導率]]が大きく異なる組成の影響を脳波のように受けないことが脳磁法の大きなメリットである<ref name=ref4><pubmed>9741752</pubmed></ref>。また脳波では、何らかの基準点([[wikipedia:ja:耳朶|耳朶]]電位基準や平均電位基準など)が必要となるが、脳磁法では基準点が必要ないこともメリットとなる。また脳波では記録電極と頭皮との接触が良くないと信号にノイズが混入してしまう。
 しかしながら、脳磁場信号は神経細胞内電流を直接的に反映し、容積導体の影響をほとんど受けないため、脳波に比べて高い空間分解能を有しておりmm単位の正確度で信号源を推測することも可能である<ref name=ref3><pubmed>6190632</pubmed></ref>。すなわち頭蓋骨や表皮、脳脊髄液など[[wikipedia:ja:電気伝導率|電気伝導率]]が大きく異なる組成の影響を脳波のように受けないことが脳磁法の大きなメリットである<ref name=ref4><pubmed>9741752</pubmed></ref>。また脳波では、何らかの基準点([[wikipedia:ja:耳朶|耳朶]]電位基準や平均電位基準など)が必要となるが、脳磁法では基準点が必要ないこともメリットとなる。また脳波では記録電極と頭皮との接触が良くないと信号にノイズが混入してしまう。
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 現在、脳磁図の臨床利用として主となるのは、[[てんかん]]患者におけるてんかん原性焦点や[[言語中枢]]等の重要な機能を担っている脳部位の同定である。脳磁法は脳波よりも空間分解能に優れており、脳磁法を使用することで脳波では捉えられなかったてんかん性脳活動を測定できることも報告されている<ref name=ref5><pubmed>15660769</pubmed></ref>。できるだけ重要な機能を担う脳部位を温存して術後の後遺症を減らし、正確にてんかん源性脳部位を切除するために手術前に脳磁法により脳機能計測を行うことは有効だと考えられている<ref name=ref6><pubmed> 24819913</pubmed></ref>。
 現在、脳磁図の臨床利用として主となるのは、[[てんかん]]患者におけるてんかん原性焦点や[[言語中枢]]等の重要な機能を担っている脳部位の同定である。脳磁法は脳波よりも空間分解能に優れており、脳磁法を使用することで脳波では捉えられなかったてんかん性脳活動を測定できることも報告されている<ref name=ref5><pubmed>15660769</pubmed></ref>。できるだけ重要な機能を担う脳部位を温存して術後の後遺症を減らし、正確にてんかん源性脳部位を切除するために手術前に脳磁法により脳機能計測を行うことは有効だと考えられている<ref name=ref6><pubmed> 24819913</pubmed></ref>。


 神経科学分野における脳磁法の利用としては、その高い時間・空間分解能を活かして[[視覚]]・[[聴覚]]・[[体性感覚]]・[[痛覚]]などにより惹起された誘発脳磁場反応による脳機能マッピング<ref name=ref7><pubmed>9626677</pubmed></ref> <ref name=ref8><pubmed>2814476</pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed>1371444</pubmed></ref> <ref name=ref10><pubmed>2465889</pubmed></ref>や、[[顔認知]]や[[言語処理]]といったヒト脳における認知機能の解明<ref name=ref11><pubmed>12195430</pubmed></ref> <ref name=ref12><pubmed>12573727</pubmed></ref> <ref name=ref13><pubmed>17582338</pubmed></ref>、安静時における脳部位間の機能的結合に関する研究<ref name=ref14><pubmed>    21930901</pubmed></ref>などが行われている。
 神経科学分野における脳磁法の利用としては、その高い時間・空間分解能を活かして[[視覚]]・[[聴覚]]・[[体性感覚]]・[[痛覚]]などにより惹起された誘発脳磁場反応('''図4''')による脳機能マッピング<ref name=ref7><pubmed>9626677</pubmed></ref> <ref name=ref8><pubmed>2814476</pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed>1371444</pubmed></ref> <ref name=ref10><pubmed>2465889</pubmed></ref>や、[[顔認知]]や[[言語処理]]といったヒト脳における認知機能の解明<ref name=ref11><pubmed>12195430</pubmed></ref> <ref name=ref12><pubmed>12573727</pubmed></ref> <ref name=ref13><pubmed>17582338</pubmed></ref>、安静時における脳部位間の[[機能的結合]]に関する研究<ref name=ref14><pubmed>    21930901</pubmed></ref>などが行われている。


==その他のNeuroimaging法との比較==
==その他のNeuroimaging法との比較==
 脳磁法の長所としては、[[positron emission tomography]]([[PET]])、[[Single Photon Emission Computed Tomography]]([[SPECT]])、[[functional Magnetic Resonance Imaging]]([[fMRI]])、[[Near Infra-Red Spectroscopy]][[NIRS]])が血流や代謝などを指標に脳神経活動を間接的に計測しているのに対して、神経電気活動を非常に高い時間分解能で直接計測している点があげられる。また、脳磁法は生体への干渉を行わず観察するのみなので、他のNeuroimaging法とくらべても全くの非侵襲的計測法であるといえる。
 脳磁法の長所としては、[[positron emission tomography]]([[PET]])、[[Single Photon Emission Computed Tomography]]([[SPECT]])、[[functional Magnetic Resonance Imaging]]([[fMRI]])、[[近赤外線スペクトロスコピー]] ([[Near Infra-Red Spectroscopy]], [[NIRS]])が血流や代謝などを指標に脳神経活動を間接的に計測しているのに対して、神経電気活動を非常に高い時間分解能で直接計測している点があげられる。また、脳磁法は生体への干渉を行わず観察するのみなので、他のNeuroimaging法とくらべても全くの非侵襲的計測法であるといえる。


 短所としては脳磁法で神経活動の信号源を知るためには[[wikipedia:ja:逆問題|逆問題]]を解く必要があるが解が唯一ではない非適切な問題であるため、脳活動に関する前提的な知識を含んだモデルを用いて制限することで解を導き出す必要がある。PET、SPECT、fMRI、NIRSでは逆問題を解く必要はない。また脳磁法、NIRSは脳の深部の活動をうまく計測できないがPET、SPECT、fMRIでは可能である。
 短所としては脳磁法で神経活動の信号源を知るためには[[wikipedia:ja:逆問題|逆問題]]を解く必要があるが解が唯一ではない非適切な問題であるため、脳活動に関する前提的な知識を含んだモデルを用いて制限することで解を導き出す必要がある。PET、SPECT、fMRI、NIRSでは逆問題を解く必要はない。また脳磁法、NIRSは脳の深部の活動をうまく計測できないがPET、SPECT、fMRIでは可能である。
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*[[Single Photon Emission Computed Tomography]]
*[[Single Photon Emission Computed Tomography]]
*[[functional Magnetic Resonance Imaging]]
*[[functional Magnetic Resonance Imaging]]
*[[Near Infra-Red Spectroscopy]]
*[[近赤外線スペクトロスコピー]]


==参考文献==
==参考文献==
<references />
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