「前補足運動野」の版間の差分

引用文献 - Picard & Strick 1996の重複を解決、Dum & Strick 1991を追加
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(引用文献 - Picard & Strick 1996の重複を解決、Dum & Strick 1991を追加)
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 古典的な定義による補足運動野は[[Brodmann]]分類の6野内側部全体を占めると考えられてきた。しかし6野内側部は皮質の層構造の違いから前後二つの領域<ref name="Vogt1919">'''C Vogt. O Vogt'''<br>Allgemeinere Ergebnisse unserer Hirnforschung<br>Journal für Psychologie und Neurologie: 1919, 25:277-462</ref><ref name="Matelli1991"><pubmed>1757597</pubmed></ref>に分けられることが知られており、又1990年代に入って後方領域に加えて前方からも電気刺激によって上肢の運動を惹起できること<ref><pubmed>1757598</pubmed></ref>、及び前方領域には動物が手を伸ばして物を取ろうとするときに特徴的な活動を示すニューロン群が見られること<ref><pubmed>2286236</pubmed></ref>などから6野内側部全体を一つの皮質運動野と看做す考え方に疑義が呈されるようになった。
 古典的な定義による補足運動野は[[Brodmann]]分類の6野内側部全体を占めると考えられてきた。しかし6野内側部は皮質の層構造の違いから前後二つの領域<ref name="Vogt1919">'''C Vogt. O Vogt'''<br>Allgemeinere Ergebnisse unserer Hirnforschung<br>Journal für Psychologie und Neurologie: 1919, 25:277-462</ref><ref name="Matelli1991"><pubmed>1757597</pubmed></ref>に分けられることが知られており、又1990年代に入って後方領域に加えて前方からも電気刺激によって上肢の運動を惹起できること<ref><pubmed>1757598</pubmed></ref>、及び前方領域には動物が手を伸ばして物を取ろうとするときに特徴的な活動を示すニューロン群が見られること<ref><pubmed>2286236</pubmed></ref>などから6野内側部全体を一つの皮質運動野と看做す考え方に疑義が呈されるようになった。


 こうした経緯を踏まえて、同じ個体([[wikipedia:ja:サル|サル]])で系統的に6野内側部前方・後方の性質を比較した研究<ref name="Matsuzaka1992"><pubmed>1432040</pubmed></ref>の結果、1) 従来補足運動野と呼ばれていた6野内側部には、前後各一つずつの上肢の運動に関連した領域が存在すること、2) 6野前方部の領域は後方部とは解剖・生理学的な性質が異なること、3) 従来から知られていた補足運動野の性質([[体部位再現]]の存在、電気刺激による運動の誘発、脊髄への投射経路の存在など)は6野内側部後方にのみ当てはまる事、が明らかにされるに及んで6野前方部は前補足運動野と命名され、補足運動野とは異なる領域として確立されるに至った(図1)。なお、前補足運動野の概念は最初に[[動物]]実験で確立されたが、現在では[[ヒト]]でも6野内側部は前補足運動野と補足運動野に分けられることが明らかにされている<ref><pubmed>8586553</pubmed></ref><ref><pubmed>8670662</pubmed></ref><ref><pubmed>9189916</pubmed></ref>。  
 こうした経緯を踏まえて、同じ個体([[wikipedia:ja:サル|サル]])で系統的に6野内側部前方・後方の性質を比較した研究<ref name="Matsuzaka1992"><pubmed>1432040</pubmed></ref>の結果、1) 従来補足運動野と呼ばれていた6野内側部には、前後各一つずつの上肢の運動に関連した領域が存在すること、2) 6野前方部の領域は後方部とは解剖・生理学的な性質が異なること、3) 従来から知られていた補足運動野の性質([[体部位再現]]の存在、電気刺激による運動の誘発、脊髄への投射経路の存在など)は6野内側部後方にのみ当てはまる事、が明らかにされるに及んで6野前方部は前補足運動野と命名され、補足運動野とは異なる領域として確立されるに至った(図1)。なお、前補足運動野の概念は最初に[[動物]]実験で確立されたが、現在では[[ヒト]]でも6野内側部は前補足運動野と補足運動野に分けられることが明らかにされている<ref><pubmed>8586553</pubmed></ref><ref name="Picard1996"><pubmed>8670662</pubmed></ref><ref><pubmed>9189916</pubmed></ref>。  


== 解剖・生理学的所見  ==
== 解剖・生理学的所見  ==
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 皮質下との線維連絡にも両領野間に明らかな違いが見られる(図3)。前補足運動野、補足運動野への[[視床]]からの入力はそれぞれ[[前腹側核小細胞部]](VApc)、[[外側腹側核吻側部]](VLo核)が主な入力源である<ref><pubmed>8856718</pubmed></ref>。[[線条体]]に対しては補足運動野が[[被殻]]に投射するのに対して、前補足運動野は被殻と[[尾状核]]の中間部に投射する他、[[視床下核]]に対しても前補足運動野が視床下核背側部に投射する一方、補足運動野はそれよりも腹側側に投射する<ref><pubmed>10375694</pubmed></ref>。又、[[脊髄]]に対しては補足運動野からは脊髄への直接投射があるのに対して前補足運動野からは脊髄への投射はない。
 皮質下との線維連絡にも両領野間に明らかな違いが見られる(図3)。前補足運動野、補足運動野への[[視床]]からの入力はそれぞれ[[前腹側核小細胞部]](VApc)、[[外側腹側核吻側部]](VLo核)が主な入力源である<ref><pubmed>8856718</pubmed></ref>。[[線条体]]に対しては補足運動野が[[被殻]]に投射するのに対して、前補足運動野は被殻と[[尾状核]]の中間部に投射する他、[[視床下核]]に対しても前補足運動野が視床下核背側部に投射する一方、補足運動野はそれよりも腹側側に投射する<ref><pubmed>10375694</pubmed></ref>。又、[[脊髄]]に対しては補足運動野からは脊髄への直接投射があるのに対して前補足運動野からは脊髄への投射はない。


 上記の入出力パターンの違いは多くの場合絶対的なものではない。即ち前補足運動野・補足運動野と入出力関係を持つ領域は完全には分離しておらず、ある程度の重なりが見られる。しかしその中で最も顕著な違いは前頭前野、一次運動野・脊髄との関係で、前頭前野は前補足運動野に投射するのに対して、補足運動野には投射しない<ref name="Luppino1993" />。また補足運動野は一次運動野・脊髄に直接投射しているのに対して、前補足運動野からは電気刺激による運動の誘発のしにくさから予想されるように、一次運動野・脊髄への投射はない<ref name="Matsuzaka1992" /><ref name="Luppino1993" />。
 上記の入出力パターンの違いは多くの場合絶対的なものではない。即ち前補足運動野・補足運動野と入出力関係を持つ領域は完全には分離しておらず、ある程度の重なりが見られる。しかしその中で最も顕著な違いは前頭前野、一次運動野・脊髄との関係で、前頭前野は前補足運動野に投射するのに対して、補足運動野には投射しない<ref name="Luppino1993" />。また補足運動野は一次運動野・脊髄に直接投射しているのに対して、前補足運動野からは電気刺激による運動の誘発のしにくさから予想されるように、一次運動野への投射はなく<ref name="Matsuzaka1992" /><ref name="Luppino1993" />、脊髄への投射は極めて乏しい<ref name="Dum1991"><pubmed> 1705965 </pubmed></ref>。


==機能==
==機能==


 前補足運動野の機能については、かつて補足運動野の一部とされていた経緯から、新しい分類による補足運動野と対比して論じられることが多い。従来補足運動野の破壊症状として考えられていた症例には前補足運動野や帯状皮質運動野の損傷を伴うケースも含まれていると考えられ、これまでの内側領野損傷に伴う高次運動障害の症例報告については見直しが必要である。現在までの研究によって、前補足運動野は隣接する補足運動野よりも随意運動制御において高度な側面に関わっている事が明らかにされている<ref><pubmed>8670662</pubmed></ref>。ここではそのうち代表的なものについて触れる。  
 前補足運動野の機能については、かつて補足運動野の一部とされていた経緯から、新しい分類による補足運動野と対比して論じられることが多い。従来補足運動野の破壊症状として考えられていた症例には前補足運動野や帯状皮質運動野の損傷を伴うケースも含まれていると考えられ、これまでの内側領野損傷に伴う高次運動障害の症例報告については見直しが必要である。現在までの研究によって、前補足運動野は隣接する補足運動野よりも随意運動制御において高度な側面に関わっている事が明らかにされている<ref name="Picard1996" />。ここではそのうち代表的なものについて触れる。  


===運動の準備===
===運動の準備===
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