「放出確率」の版間の差分

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==神経伝達物質放出効率==
==神経伝達物質放出効率==
 1つの[[シナプス前]]細胞から1つのシナプス後細胞への伝達物質放出効率は、神経系によって大きく異なり、
 1つのシナプス前細胞から1つのシナプス後細胞への伝達物質放出効率は、神経系によって大きく異なり、
#シナプス前細胞とシナプス後細胞とのペアに形成されているシナプスの数(シナプス後細胞に接合するシナプス前終末ボタンの数)
#シナプス前細胞とシナプス後細胞とのペアに形成されているシナプスの数(シナプス後細胞に接合するシナプス前終末ボタンの数)
#それぞれの[[シナプス終末]]ボタンの活性帯Active zoneの数
#それぞれのシナプス終末ボタンの活性帯Active zoneの数
#1つの活性帯において、インパルスがシナプス前細胞から1つあるいはそれ以上のシナプス小胞に含まれる伝達物質素量の放出を引き起こす確率、という3つの要因に依存している <ref name=ref3>カンデル神経科学第5版<br>12章伝達物質放出<br>持田澄子訳<br>''メデフィカル・サイエンス・インターナショナル出版''</ref> <ref name=ref4>ニューロンの生理学<br>17章伝達物質放出<br>持田澄子訳<br>''京都大学学術出版会''</ref>。
#1つの活性帯において、インパルスがシナプス前細胞から1つあるいはそれ以上のシナプス小胞に含まれる伝達物質素量の放出を引き起こす確率、という3つの要因に依存している <ref name=ref3>カンデル神経科学第5版<br>12章伝達物質放出<br>持田澄子訳<br>''メデフィカル・サイエンス・インターナショナル出版''</ref> <ref name=ref4>ニューロンの生理学<br>17章伝達物質放出<br>持田澄子訳<br>''京都大学学術出版会''</ref>。


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===神経筋接合部終板の素量的放出確率(Katzの素量的放出確率)===
===神経筋接合部終板の素量的放出確率(Katzの素量的放出確率)===
 Bernard Katz によって提唱された素量的(量子的)放出確率 quantum release probability<ref name=ref1 />は、神経筋接合部での物理的現象を指標として解析された小胞[[開口放出]]確率である。伝達物質素量の放出(1つのシナプス小胞開口放出)は確率的な事象であり、単発インパルスが引き起こす応答は個々の伝達物質素量を放出するか、しないかである。この事象は、二項分布あるいはベルヌーイ試行 (例えば硬貨を投げて表面が出るか裏面が出るかを繰り返してみること) と似ている。 
 [[wikipedia:ja:ベルンハルト・カッツ|Bernard Katz]]によって提唱された素量的(量子的)放出確率 quantum release probability<ref name=ref1 />は、[[神経筋接合部]]での物理的現象を指標として解析された小胞[[開口放出]]確率である。伝達物質素量の放出(1つのシナプス小胞開口放出)は確率的な事象であり、単発インパルスが引き起こす応答は個々の伝達物質素量を放出するか、しないかである。この事象は、[[wikipedia:ja:二項分布|二項分布]]あるいは[[wikipedia:ja:ベルヌーイ試行|ベルヌーイ試行]] (例えば硬貨を投げて表面が出るか裏面が出るかを繰り返してみること) と似ている。 


 単発インパルスによってある素量が放出される確率は、そのインパルスによる他の素量放出確率には依存しない。したがって、放出可能な素量の集団にとって、それぞれのインパルスは一連の独立した二項試行 (例えば、手に握った多数の硬貨を投げて、何枚のコインの表が出るかをみること)をあらわしている。
 単発インパルスによってある素量が放出される確率は、そのインパルスによる他の素量放出確率には依存しない。したがって、放出可能な素量の集団にとって、それぞれのインパルスは一連の独立した二項試行 (例えば、手に握った多数の硬貨を投げて、何枚のコインの表が出るかをみること)をあらわしている。


 二項分布では、pは成功平均確率 (任意の素量が放出される確率) であり、 q (=1- p) は平均失敗確率である。個々の素量が放出される平均確率 (p)と放出可能な素量の備蓄量 (n) は一定であると仮定する (インパルス到達のたびに備蓄量は減少するが、素早く補充されるものとする) 。n と p の積から、終板電位を発生させるために放出される素量の平均数mを見積もることができる。この平均値mをquanta content、または quantal output と呼ぶ。
 二項分布では、pは成功平均確率 (任意の素量が放出される確率) であり、 q (=1- p) は平均失敗確率である。個々の素量が放出される平均確率 (p)と放出可能な素量の備蓄量 (n) は一定であると仮定する (インパルス到達のたびに備蓄量は減少するが、素早く補充されるものとする) 。n と p の積から、終板電位を発生させるために放出される素量の平均数mを見積もることができる。この平均値mを[[quanta content]]、または[[quantal output]]と呼ぶ。


 1つの神経終末に放出可能な素量が5つ備蓄されているとする (n = 5) 。 p = 0.1と仮定すると, 神経終末から1個の素量が放出されない確率q は1- p= 0.9である. 単発インパル発火で素量放出を起こさない確率、1素量の放出を引き起こす確率、2素量の放出を引き起こす確率、3素量の放出を引き起こす確率、(nまでの)任意の素量の放出を引き起こす確率を次のように計算することできる。
 1つの神経終末に放出可能な素量が5つ備蓄されているとする (n = 5) 。 p = 0.1と仮定すると, 神経終末から1個の素量が放出されない確率q は1- p= 0.9である. 単発インパル発火で素量放出を起こさない確率、1素量の放出を引き起こす確率、2素量の放出を引き起こす確率、3素量の放出を引き起こす確率、(nまでの)任意の素量の放出を引き起こす確率を次のように計算することできる。
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===中枢シナプスでの伝達物質放出確率===
===中枢シナプスでの伝達物質放出確率===
 中枢神経系では、ほとんどのシナプス前終末に活性帯が1つしかなく、単発インパルスは、多くとも1つのシナプス小胞から1素量の伝達物質を「全か無か」で放出する。しかし、カリックス構造をとるシナプス前終末には、多数の活性帯があり、単発インパルスに応答して多数のシナプス小胞から多くの素量を放出することができる。また、シナプス後細胞へのシナプス前細胞のシナプス形成の数にばらつきがある。さらに、1つの活性帯からの伝達物質の平均確率は、シナプス前終末ごとにばらつきがあり、0.1未満から0.9以上までさまざまである<ref name=ref3 />。
 中枢神経系では、ほとんどのシナプス前終末に[[活性帯]]が1つしかなく、単発インパルスは、多くとも1つのシナプス小胞から1素量の伝達物質を「全か無か」で放出する。しかし、[[カリックス]]構造をとるシナプス前終末には、多数の活性帯があり、単発インパルスに応答して多数のシナプス小胞から多くの素量を放出することができる。また、シナプス後細胞へのシナプス前細胞のシナプス形成の数にばらつきがある。さらに、1つの活性帯からの伝達物質の平均確率は、シナプス前終末ごとにばらつきがあり、0.1未満から0.9以上までさまざまである<ref name=ref3 />。


 このように中枢神経のシナプス伝達効率には大きなばらつきがあり、シナプス伝達の信頼性 (reliability)は、シナプス前細胞での単発インパルスが1素量以上の伝達物質を放出する確率として定義される一方、シナプス伝達の効率 (efficacy) は、シナプス応答の平均振幅を意味し、その値はシナプス伝達の信頼性とシナプス応答の大きさの両方に依存する。
 このように中枢神経のシナプス伝達効率には大きなばらつきがあり、シナプス伝達の信頼性 (reliability)は、シナプス前細胞での単発インパルスが1素量以上の伝達物質を放出する確率として定義される一方、シナプス伝達の効率 (efficacy) は、シナプス応答の平均振幅を意味し、その値はシナプス伝達の信頼性とシナプス応答の大きさの両方に依存する。


 中枢神経シナプスで生理的現象を指標としての解析から計算される放出確率release probabilityとは、単発インパルスによって駆動される神経伝達物質放出の確率であり、活性帯にドッキング・プライミングされたシナプス小胞、すなわち、放出可能な備蓄小胞(readily-releasable pool)のうち、いくつのシナプス小胞が放出されるかを反映する。
 中枢神経シナプスで生理的現象を指標としての解析から計算される放出確率release probabilityとは、単発インパルスによって駆動される神経伝達物質放出の確率であり、活性帯にドッキング・プライミングされたシナプス小胞、すなわち、放出可能な[[備蓄小胞]](readily-releasable pool)のうち、いくつのシナプス小胞が放出されるかを反映する。


==研究の展望==
==研究の展望==
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 Katzが提唱した素量的放出確率では、単発インパルスで多数のシナプスが活性化されることを前提としている。ところが、その放出部位が、[[膜融合]]可能な1つの小胞か、1つの活性帯か、多数の活性帯をもつ1つのシナプスかが特定されていない。仮に放出部位が1つの活性帯であれば、放出確率とは複数の放出可能な小胞のうちの1つの小胞が放出される確率である。すなわち、ドッキング・プライミングした小胞の数に依存する。一方、放出部位が放出可能な小胞release-ready vesicle であるとすれば、放出確率とはその小胞の膜への融合確率を意味する。
 Katzが提唱した素量的放出確率では、単発インパルスで多数のシナプスが活性化されることを前提としている。ところが、その放出部位が、[[膜融合]]可能な1つの小胞か、1つの活性帯か、多数の活性帯をもつ1つのシナプスかが特定されていない。仮に放出部位が1つの活性帯であれば、放出確率とは複数の放出可能な小胞のうちの1つの小胞が放出される確率である。すなわち、ドッキング・プライミングした小胞の数に依存する。一方、放出部位が放出可能な小胞release-ready vesicle であるとすれば、放出確率とはその小胞の膜への融合確率を意味する。
*なぜ放出確率は変化する?
*なぜ放出確率は変化する?
 放出確率は[[カルシウムイオン]]の流入量により変化し、神経活動歴によっても変化する。これらの現象は、[[カルシウム]][[イオン]]が放出確率を制御することを示唆し、短期シナプス前可塑性を説明する。カルシウムイオンに加えて、膜融合マシナリータンパク質や活性帯タンパク質の機能がシナプス活動依存的にリン酸化酵素などの調節をうけ、放出確率を変化させることが示され<ref name=ref8>'''Mochida, S. et al.,'''<br>SAD-B phosphorylation of CAST controls active zone vesicle recycling for synaptic depression. <br>''Cell reports'' in press. 2016</ref>、今後の詳細な解析が期待される。
 放出確率はカルシウムイオンの流入量により変化し、神経活動歴によっても変化する。これらの現象は、カルシウムイオンが放出確率を制御することを示唆し、短期シナプス前可塑性を説明する。カルシウムイオンに加えて、膜融合マシナリータンパク質や活性帯タンパク質の機能がシナプス活動依存的に[[リン酸化酵素]]などの調節をうけ、放出確率を変化させることが示され<ref name=ref8>'''Mochida, S. et al.,'''<br>SAD-B phosphorylation of CAST controls active zone vesicle recycling for synaptic depression. <br>''Cell reports'' in press. 2016</ref>、今後の詳細な解析が期待される。
*なぜ放出確率は1でないのか?
*なぜ放出確率は1でないのか?
 Katzが提唱した素量的放出確率は、シナプス小胞の放出部位への衝突確率を前提として考案された。しかし、その後のシナプス前終末タンパク質の機能解析の結果、シナプス小胞の開口放出に備えてrelease-ready vesicleは活性帯に様々なタンパク質複合体を介してドッキイング・プライミンしており、カルシウムイオンの流入によってカルシウムセンサータンパク質と、膜融合マシナリー (SNARE) タンパク質複合体の働きによって、開口放出が駆動されると考えられる。インパルスが一本の神経[[軸索]]の分岐した終末、あるいはバリコシティシナプスの放出部位を一様にカルシウム濃度上昇の起こすとしたら、1つの活性帯であるか、多数の活性帯であるかにかかわらず、1の確率で放出されるはずである。なぜ放出確率は1でないのか?放出確率を制御する未知のタンパク質が存在するのか?
 Katzが提唱した素量的放出確率は、シナプス小胞の放出部位への衝突確率を前提として考案された。しかし、その後のシナプス前終末タンパク質の機能解析の結果、シナプス小胞の開口放出に備えてrelease-ready vesicleは活性帯に様々なタンパク質複合体を介してドッキイング・プライミンしており、カルシウムイオンの流入によってカルシウムセンサータンパク質と、膜融合マシナリー (SNARE) タンパク質複合体の働きによって、開口放出が駆動されると考えられる。インパルスが一本の神経[[軸索]]の分岐した終末、あるいはバリコシティシナプスの放出部位を一様にカルシウム濃度上昇の起こすとしたら、1つの活性帯であるか、多数の活性帯であるかにかかわらず、1の確率で放出されるはずである。なぜ放出確率は1でないのか?放出確率を制御する未知のタンパク質が存在するのか?