「摂食障害」の版間の差分

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ANの診断について、表5にDSM-ⅣとICD-10の診断基準を示した。それぞれの診断基準ですべて満たす場合にANと診断され、一部の項目を満たさない場合には、DSM-Ⅳで特定不能の摂食障害、ICD-10で非定型ANと診断される。DSM-Ⅳの診断基準では、さらに過食や排出行動の有無により、摂食制限型と過食/排出型に分けられている。  
ANの診断について、表5にDSM-ⅣとICD-10の診断基準を示した。それぞれの診断基準ですべて満たす場合にANと診断され、一部の項目を満たさない場合には、DSM-Ⅳで特定不能の摂食障害、ICD-10で非定型ANと診断される。DSM-Ⅳの診断基準では、さらに過食や排出行動の有無により、摂食制限型と過食/排出型に分けられている。  


鑑別診断として、痩せをきたす身体疾患や精神疾患が鑑別の対象となる。身体疾患の鑑別に際して末梢血、血清蛋白、電解質、肝・腎機能、脂質、消化器系、循環器系の検査や頭部CTスキャンなどがある。これらの諸検査は、症状や徴候、緊急度に応じて適宜選択して行うもので、闇雲に行うものではない。 痩せをきたす内分泌疾患との鑑別については、 必ずしも内分泌学的検査によらなくても症状や徴候によって鑑別できる。 痩せをきたす精神疾患との鑑別において、ANほど痩せる疾患は、統合失調症の拒食状態ぐらいで、容易に鑑別できる。
鑑別診断として、痩せをきたす身体疾患や精神疾患が鑑別の対象となる。身体疾患の鑑別に際して末梢血、血清蛋白、電解質、肝・腎機能、脂質、消化器系、循環器系の検査や頭部CTスキャンなどがある。これらの諸検査は、症状や徴候、緊急度に応じて適宜選択して行うもので、闇雲に行うものではない。 痩せをきたす内分泌疾患との鑑別については、 必ずしも内分泌学的検査によらなくても症状や徴候によって鑑別できる。痩せをきたす精神疾患との鑑別において、ANほど痩せる疾患は、統合失調症の拒食状態ぐらいで、容易に鑑別できる。


=== '''治療'''<sup>4)</sup>  ===
=== '''治療'''<ref name="cit4">切池信夫:治療は難しい、「摂食障害-食べない、食べられない、食べたら止まらない-」第2版、医学書院、東京、pp151-220、2009</ref>  ===


摂食障害の治療において、急性期であれ慢性期であれ外来通院が可能な限り、本来の環境の中で治療することを原則として外来治療を行う。すなわち日常生活における困難に直面させ続けながら、たえず治療への動機づけを強化していくことが必要である。安易に入院を繰り返す事は、現実から退き、病者への退行を容易にしてしまう。そして入院治療はあくまでも治療上の一つのステップで、真の回復は退院後の外来通院における患者の歩みから始まる。したがって摂食障害の治療において外来通院が治療上大きなウエイトを占める。  
摂食障害の治療において、急性期であれ慢性期であれ外来通院が可能な限り、本来の環境の中で治療することを原則として外来治療を行う。すなわち日常生活における困難に直面させ続けながら、たえず治療への動機づけを強化していくことが必要である。安易に入院を繰り返す事は、現実から退き、病者への退行を容易にしてしまう。そして入院治療はあくまでも治療上の一つのステップで、真の回復は退院後の外来通院における患者の歩みから始まる。したがって摂食障害の治療において外来通院が治療上大きなウエイトを占める。  
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外来治療については、患者自身と治療同盟を結び、患者の意志を確かめて外来予約を入れる。摂食障害の外来治療は長期に及び、この間脱落することもしばしばある。一般的に医師と患者との間に信頼関係が構築されて、患者自らの意志で外来治療が長期に持続されれば、予後も良いようである。治療は主に栄養指導、精神療法、薬物療法からなる。 患者が低体重で極度の栄養障害の状態にある場合に、拒絶的、強迫的、軽度の認知障害を認め、精神療法の効果は見込めないことが多い。しかし、支持的精神療法を中心とする個人精神療法により医師と患者との間に良好な信頼関係を作ることは、動機づけの強化に有効で、その結果体重を増やすことにもつながる。  
外来治療については、患者自身と治療同盟を結び、患者の意志を確かめて外来予約を入れる。摂食障害の外来治療は長期に及び、この間脱落することもしばしばある。一般的に医師と患者との間に信頼関係が構築されて、患者自らの意志で外来治療が長期に持続されれば、予後も良いようである。治療は主に栄養指導、精神療法、薬物療法からなる。 患者が低体重で極度の栄養障害の状態にある場合に、拒絶的、強迫的、軽度の認知障害を認め、精神療法の効果は見込めないことが多い。しかし、支持的精神療法を中心とする個人精神療法により医師と患者との間に良好な信頼関係を作ることは、動機づけの強化に有効で、その結果体重を増やすことにもつながる。  


食事指導:ご飯を中心にバランスよく食べること、今食べている量を10割として2割アップして食べるよう指導する。そして一週間に0.5~1kg増えるよう、2割増しを繰り返す。そして患者と取り決めた目標体重(当科では身長(m)<sup>2</sup>×20~21にしている)の90%に達するよう指導する。  
'''食事指導''':ご飯を中心にバランスよく食べること、今食べている量を10割として2割アップして食べるよう指導する。そして一週間に0.5~1kg増えるよう、2割増しを繰り返す。そして患者と取り決めた目標体重(当科では身長(m)<sup>2</sup>×20~21にしている)の90%に達するよう指導する。  


精神療法:認知療法的アプロ-チにより、体重や食物に関連した不合理な認知や思い込みに気づくよう働きかける。すなわち、患者が自分の体重や食事以外の面での考えや感情を正しく認知する能力には自信を失わせず、摂食障害の症状の一部として、体型や体重についての歪んだ認知があることを自覚するよう援助する。
'''精神療法''':認知療法的アプロ-チにより、体重や食物に関連した不合理な認知や思い込みに気づくよう働きかける。すなわち、患者が自分の体重や食事以外の面での考えや感情を正しく認知する能力には自信を失わせず、摂食障害の症状の一部として、体型や体重についての歪んだ認知があることを自覚するよう援助する。


このような精神療法的努力と身体的療法による体重の回復とを統合させ、徐々に不合理な認知と身体像の障害を修正していく。体重が改善すると患者の気分の改善、認知機能の強化、思考の清明化がもたらされる。そしてさらに根底にある実存的問題に目が向けられ自己同一性の確立、すなわち自己の確立と個性化の達成を促す。これらを長期の外来通院治療で行う。 薬物療法:不眠、不安、抑うつ気分、胃重感、消化・吸収機能の低下などの随伴症状に対する対症療法や、治療関係を促進して精神療法や行動療法への導入を容易にするために行われる。  
このような精神療法的努力と身体的療法による体重の回復とを統合させ、徐々に不合理な認知と身体像の障害を修正していく。体重が改善すると患者の気分の改善、認知機能の強化、思考の清明化がもたらされる。そしてさらに根底にある実存的問題に目が向けられ自己同一性の確立、すなわち自己の確立と個性化の達成を促す。これらを長期の外来通院治療で行う。 薬物療法:不眠、不安、抑うつ気分、胃重感、消化・吸収機能の低下などの随伴症状に対する対症療法や、治療関係を促進して精神療法や行動療法への導入を容易にするために行われる。  


  '''(4) 家族への対応の仕方<sup>5)</sup>'''
  '''(4) 家族への対応の仕方<ref name="cit5">切池信夫:摂食障害の子供を抱える家族に対して、みんなで学ぶ過食と拒食とダイエット、 星和書店、東京、pp251-291、2001</ref>'''


親は万策尽き、切羽詰まって挙句の果てに相談することが多い。したがってまず両親の苦悩に十分耳を傾け、これを軽減する。この際、両親の「しつけ」や「育て方」が悪かったという罪の意識や後ろめたさをできる限り取り除くよう配慮する。この病気がただ単に養育の失敗だけで生じることがない。「子どもをこの病気になるように育てるなどとうていできない」などと説明し、親の罪の意識や後ろめたさを軽減することにより、親に子どもをより客観的にみさせ、冷静に対応させるようにする。さらに家族が患者の看護に疲れないために、適切なアドバイスを与える。  
親は万策尽き、切羽詰まって挙句の果てに相談することが多い。したがってまず両親の苦悩に十分耳を傾け、これを軽減する。この際、両親の「しつけ」や「育て方」が悪かったという罪の意識や後ろめたさをできる限り取り除くよう配慮する。この病気がただ単に養育の失敗だけで生じることがない。「子どもをこの病気になるように育てるなどとうていできない」などと説明し、親の罪の意識や後ろめたさを軽減することにより、親に子どもをより客観的にみさせ、冷静に対応させるようにする。さらに家族が患者の看護に疲れないために、適切なアドバイスを与える。  
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=== '''経過と予後'''  ===
=== '''経過と予後'''  ===


1950年から2000年までに英語圏とドイツ語圏で行なわれた主な研究結果(119研究、5590人)をまとめたものでは、追跡期間4年以下では回復32.6%、部分回復が32.7%、不良34.4%、死亡0.9%となっている。そして10年以上の追跡期間になると回復が73.2%と増加し、部分回復8.5%、不良13.7%となり、死亡9.4%となり死亡例も増加している。が、死亡も増加している<sup>6)</sup>。  
1950年から2000年までに英語圏とドイツ語圏で行なわれた主な研究結果(119研究、5590人)をまとめたものでは、追跡期間4年以下では回復32.6%、部分回復が32.7%、不良34.4%、死亡0.9%となっている。そして10年以上の追跡期間になると回復が73.2%と増加し、部分回復8.5%、不良13.7%となり、死亡9.4%となり死亡例も増加している。が、死亡も増加している<ref name="cit6">Steinhausen,HC: The outcome of anorexia nervosa in the 20th century, AM J PSYCHIATRY, 159 : 1284-1293, 2002</ref>。  


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=== '''概念と歴史'''  ===
=== '''概念と歴史'''  ===


BNは、自制困難な摂食の要求を生じて、短時間に大量の食物を強迫的に摂取しては、その後嘔吐や下剤の乱用、翌日の摂食制限、不食などにより体重増加を防ぎ、体重はANほど減少せず正常範囲内で変動し、過食後に無気力感、抑うつ気分、自己卑下をともなう一つの症候群である。 1950年代頃から過食は肥満症との関連で研究されてきた。そして1970年代頃より体重が正常範囲内で、過食しては嘔吐や下剤を乱用する患者の存在に気づかれるようになった。1979年にイギリスのRussell<sup>7)</sup>が、1)自己抑制できない過食の衝動、2)過食後の自己誘発性嘔吐または下剤の使用、3)肥満に対して病的恐怖を示す患者の一群をbulimia nervosaと呼び、これらの患者の大部分がANの既往を有していたことから、ANの予後不良の亜型と考えた。 アメリカでは、1980年にDSM-Ⅲで過食症(bulimia)の診断基準をつくりANと区別した。そして1987年のDSM-ⅢRの診断基準ではBNと改め、1994年のDSM-Ⅳ(2000年にDSM-Ⅳ-TR)の診断基準に至っている。一方WHOは1992年にICD-10の診断基準で、BNの診断基準を新たに設け現在に至っている。  
BNは、自制困難な摂食の要求を生じて、短時間に大量の食物を強迫的に摂取しては、その後嘔吐や下剤の乱用、翌日の摂食制限、不食などにより体重増加を防ぎ、体重はANほど減少せず正常範囲内で変動し、過食後に無気力感、抑うつ気分、自己卑下をともなう一つの症候群である。 1950年代頃から過食は肥満症との関連で研究されてきた。そして1970年代頃より体重が正常範囲内で、過食しては嘔吐や下剤を乱用する患者の存在に気づかれるようになった。1979年にイギリスのRussell<ref name="cit7">Russell, G.: Bulimia Nervosa:an ominous variant of anorexia nervosa, Psychological Medicine, 9 : 429, 1979</ref>が、1)自己抑制できない過食の衝動、2)過食後の自己誘発性嘔吐または下剤の使用、3)肥満に対して病的恐怖を示す患者の一群をbulimia nervosaと呼び、これらの患者の大部分がANの既往を有していたことから、ANの予後不良の亜型と考えた。 アメリカでは、1980年にDSM-Ⅲで過食症(bulimia)の診断基準をつくりANと区別した。そして1987年のDSM-ⅢRの診断基準ではBNと改め、1994年のDSM-Ⅳ(2000年にDSM-Ⅳ-TR)の診断基準に至っている。一方WHOは1992年にICD-10の診断基準で、BNの診断基準を新たに設け現在に至っている。  


=== '''疫学'''  ===
=== '''疫学'''  ===
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=== '''症状'''  ===
=== '''症状'''  ===


主な精神症状、行動異常、身体症状を表1に示した<sup>2)</sup>。  
主な精神症状、行動異常、身体症状を表1に示した<ref name="cit2"/>。  


  '''(1) 精神症状(表1)'''
  '''(1) 精神症状(表1)'''
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9)Quadflieg N, Fichter MM: The course and outcome of bulimia nervosa, European Child &amp; Adolescent Psychiatry (Suppl 1), 12 : 99-109, 2003  
9)Quadflieg N, Fichter MM: The course and outcome of bulimia nervosa, European Child &amp; Adolescent Psychiatry (Suppl 1), 12 : 99-109, 2003  
<references/>


'''(執筆者:切池信夫、岩﨑進一)'''
'''(執筆者:切池信夫、岩﨑進一)'''
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