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英:schizophrenia 独:Schizophrenie 仏:schizophrénie | |||
{{box|text= 統合失調症は、主要な[[精神疾患]]のひとつで、10歳代後半~30歳代に発症する頻度の高い疾患である。自分を悪く評価し言動に命令する幻声や、何者かから注目を浴び迫害を受けるという[[被害妄想]](幻覚[[妄想]])、行動や思考における能動感の喪失([[自我障害]]、以上陽性症状)と、それら症状についての自己認識の困難([[病識]]障害)、目標に向け行動や思考を組織する障害(不統合)と意欲や自発性の低下(陰性症状)である。対人関係・自我機能・表象機能という人間でとくに発達した脳機能の障害を反映すると想定でき、それに対応する脳構造や脳機能に変化が認められる。陽性症状が強まる急性期を繰り返す慢性の経過をたどることが多い。日常生活や対人関係や職業生活に困難を経験することが多く、急性期の生活への影響はすべての疾患のなかで最大であるとされる。陽性症状の軽減や急性期の予防には[[抗精神病薬]]の服薬継続への納得が、陰性症状の改善には心理社会的治療が有用で、両者の組み合わせにより再発の予防と生活機能の改善を図ることができる。早期の発見・治療による未治療期間の短縮、地域生活のための支援の充実を組み合わせることで、自立生活や就労が促進され、入院の必要性が減ることが明らかとなった。そのうえでは、当事者が望む生活と人生の回復を治療の目標とすることが大切である。}} | |||
==統合失調症とは== | |||
統合失調症とは、主要な[[精神疾患]]のひとつで、日本の精神科入院患者29.3万人のうち17.2万人(58.5%)、外来患者290.0万人のうち53.9万人(18.6%)をしめる[2011年患者調査]。未受診者を含めた一般人口の有病率は0.7%で、10歳代後半~30歳代に発症する頻度の高い疾患である。 | |||
===主体の体験としての精神疾患=== | ===主体の体験としての精神疾患=== | ||
統合失調症に限らず精神疾患には、当事者にとってそれが認識や治療の対象であるだけでなく、自分の精神という主体が実感する体験であるという特徴がある。そのため、対象としての客観的な理解とともに、体験としての主観的な実感の側面が、身体疾患に比べてより重要となる。 | 統合失調症に限らず精神疾患には、当事者にとってそれが認識や治療の対象であるだけでなく、自分の精神という主体が実感する体験であるという特徴がある。そのため、対象としての客観的な理解とともに、体験としての主観的な実感の側面が、身体疾患に比べてより重要となる。 | ||
客観的な理解のための知識は、概略については『マンガでわかる!統合失調症』<ref>'''中村ユキ'''<br>マンガでわかる!統合失調症<br>''日本評論社'',2011</ref>、詳細については『統合失調症』<ref>'''日本統合失調症学会監修'''<br>統合失調症<br>''医学書院'',2013</ref>が参考になる。後者の第2章には一般向けの文章である「統合失調症の基礎知識-診断と治療についての説明用資料」があり、日本統合失調症学会のホームページで読み取り専用の[http://jssr.kenkyuukai.jp/images/sys%5Cinformation%5C20130607154632-1A14E5083752AE7C4013B4AC78650481972CEA4F0CCF58E42F0703E53448C62F.pdf PDFファイル]が公開されている。[http://www.schres-journal.com Schizophrenia Research]誌には、「schizophrenia , just the facts」と題する6編の総説シリーズが2008~2011年に掲載となっている。本稿の出典については、これらをご参考いただきたい<ref><pubmed>18291627 </pubmed></ref><ref><pubmed>18514488 </pubmed></ref><ref><pubmed>18799287</pubmed></ref><ref><pubmed> 19328655 </pubmed></ref><ref><pubmed>20655178</pubmed></ref><ref><pubmed> 21316923</pubmed></ref>。 | |||
体験としての主観的な実感の側面については、当事者や家族が素顔で体験を語る動画サイト(「JPOP- | 体験としての主観的な実感の側面については、当事者や家族が素顔で体験を語る動画サイト(「JPOP-VOICE統合失調症と向き合う」)や、みずからの体験を伝える漫画や書籍(『統合失調症がやってきた』<ref>'''ハウス加賀谷'''<br>統合失調症がやってきた<br>''イーストプレス'',2013</ref>、『わが家の母はビョーキです』<ref>'''中村ユキ'''<br>わが家の母はビョーキです<br>''サンマーク出版'',2008</ref>、『心病む母が遺してくれたもの』<ref>'''夏苅郁子'''<br>心病む母が遺してくれたもの<br>''日本評論社'',2012</ref>)にぜひ接していただきたい。 | ||
=== | ===疾患概念=== | ||
統合失調症のような精神疾患は、ごく簡潔に述べれば臨床症状と経過にもとづいて診断する。つまり、多くの精神疾患の疾患概念は、臨床症状と経過にもとづいて成立している。この現状を身体疾患に喩えると、「疾患」の基準を満たすとは言えず、「症候群」のレベルと言えるかどうかについても疑問があり、「症状群」に留まっていると言えるかもしれない。 | 統合失調症のような精神疾患は、ごく簡潔に述べれば臨床症状と経過にもとづいて診断する。つまり、多くの精神疾患の疾患概念は、臨床症状と経過にもとづいて成立している。この現状を身体疾患に喩えると、「疾患」の基準を満たすとは言えず、「症候群」のレベルと言えるかどうかについても疑問があり、「症状群」に留まっていると言えるかもしれない。 | ||
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===全体的な理解=== | ===全体的な理解=== | ||
統合失調症で認められる様々な症状は、以下の6群にまとめると理解しやすい。 | 統合失調症で認められる様々な症状は、以下の6群にまとめると理解しやすい。 | ||
# | #自分を悪く評価し言動に命令する[[幻声]]、何者かから注目を浴び迫害を受けるという[[被害妄想]]([[幻覚]][[妄想]]) | ||
# | #[[自生思考]]や[[作為体験]]など、思考や行動における能動感の喪失([[自我障害]]) | ||
# | #まとまりのない会話や行動など目標に向けて思考や行動を組織する障害([[不統合]]) | ||
# | #感情や意欲の低下を背景とした思考や行動における自発性の低下([[精神運動貧困]]、[[陰性症状]](狭義)) | ||
# | #上記の症状についての自己認識と自己対処の困難([[病識|病識障害]]) | ||
#それらにもとづく対人関係、身辺処理、職業・学業における機能低下。 | #それらにもとづく対人関係、身辺処理、職業・学業における機能低下。 | ||
このうち、①と②を総称して[[陽性症状]]、③と④を総称して[[陰性症状]](広義)と呼ぶ。 | |||
[[ICD-10]]や[[DSM-5]]における診断基準は、他の精神疾患との鑑別における感度・特異度が高まるように選択されており、病態における重要性とは視点が異なる。病態における重要性はそれぞれの解説で述べられているので、ご参照いただきたい。 | [[ICD-10]]や[[DSM-5]]における診断基準は、他の精神疾患との鑑別における感度・特異度が高まるように選択されており、病態における重要性とは視点が異なる。病態における重要性はそれぞれの解説で述べられているので、ご参照いただきたい。 | ||
=== | ===陽性症状=== | ||
:'''幻覚'''<u>(編集部コメント:幻聴でしょうか?)</u>は、聴覚についての幻覚(幻聴)で、しかも人の声のことが多い([[幻声]])。「お前は馬鹿だ」などと本人を批判・批評する内容、「あっちへ行け」と命令する内容、「今トイレに入りました」と本人を監視しているような内容が代表的である。普通の声のように耳に聞こえたり、直接頭の中に聞こえたり、声そのものははっきりしないのに不思議と内容ばかりがピンと理解できる場合などがある。幻聴に聞き入ってニヤニヤ笑ったり(空笑)、幻聴との対話でブツブツ言う(独語)こともある。 | |||
:'''妄想'''は、「街ですれ違う人に紛れている敵が自分を襲おうとしている」([[迫害妄想]])、「近所の人の咳払いは自分への警告だ」([[関係妄想]])、「道路を歩くと皆がチラチラと自分を見る」([[注察妄想]])、「警察が自分を尾行している」([[追跡妄想]])などの内容が代表的で、被害妄想と総称する。ときに「自分には世界を動かす力がある」といった[[誇大妄想]]のこともある。 | |||
:'''自我障害'''は、「考えていることが声となって聞こえてくる」([[考想化声]])、「自分の意思に反して誰かに考えや体を操られる」(作為体験)、「自分の考えが世界中に知れわたっている」([[考想伝播]])などで、精神と身体についてのコントロール感の喪失 (a loss of control over mind and body)であり、思考や行動の自己能動感・自己所属感が障害されて疎隔化され、それが他の人や力に帰せられるという被動感を伴うことに特徴がある[精神医学においては、思考や行動の主体としての自分を自我(英語のI)、(メタ)認識の対象としての自分を自己(英語のme)と区別する]。自我障害が「奇異な妄想 (bizzare delusion)」とされるのは、通常の妄想の多くは可能性は乏しくとも現実にありうる内容だからである。 | |||
このように、統合失調症の幻覚妄想は「他人が自分に危害を加える」という内容で、対人関係において他人が自分に対して持つ意図がテーマとなっている。自我障害における能動感の喪失と合わせて、脳機能における対人関係システム([[社会脳]])や自我機能システム(自我脳)の機能失調が背景にあることが推察できる。 | このように、統合失調症の幻覚妄想は「他人が自分に危害を加える」という内容で、対人関係において他人が自分に対して持つ意図がテーマとなっている。自我障害における能動感の喪失と合わせて、脳機能における対人関係システム([[社会脳]])や自我機能システム(自我脳)の機能失調が背景にあることが推察できる。 | ||
=== | ===陰性症状=== | ||
会話や行動・感情・意欲の領域で認められる機能の喪失であり、陽性症状が比較的疾患特異的であるのに比べて、より疾患非特異的である。「日常生活や社会生活のなかで適切な会話や行動や作業をすることが難しい」という形で生活に障害が表れる。 | |||
会話や行動については、話のピントがずれる、話題が飛ぶ、相手の話のポイントや考えがつかめない、作業のミスが多い、行動の能率が悪いなどの形で認められる。注意を適切に働かせながら会話や行動を目標に向けてまとめあげるという、目標志向性の知的な側面についての症状である。感情についての症状は、自分と他人の感情にいずれについても認められ、物事に適切な感情がわきにくい、感情をうまく表せずに表情が乏しく硬い、不安や緊張が強く慣れにくい、他人の感情についての理解が苦手になり、相手の気持ちに気づかなかったり、誤解することが増える。物事を行うために必要な意欲にも影響が表れ、仕事や勉強をしようとする意欲が出ずにゴロゴロする([[無為]])、部屋が乱雑でも整理整頓する気になれない、入浴や洗面などの身辺の清潔にも構わない([[身辺自立]])、というように生活の仕方に症状が表れる。さらに対人関係についての意欲の症状として、他人と交流をもとうとする意欲、会話をしようとする意欲が乏しくなり、無口で閉じこもった生活となる場合もある([[自閉]])。 | |||
こうした陰性症状は、意欲低下avolition・快楽消失anhedonia・社会性障害asociality・制限された感情restricted affect・会話の貧困alogiaの5領域にまとめられることが多く、前三者を動機づけディメンションmotivational dimension、後二者を表出減弱ディメンションdiminished expressivity dimensionとまとめる考え方がある。 | こうした陰性症状は、意欲低下avolition・快楽消失anhedonia・社会性障害asociality・制限された感情restricted affect・会話の貧困alogiaの5領域にまとめられることが多く、前三者を動機づけディメンションmotivational dimension、後二者を表出減弱ディメンションdiminished expressivity dimensionとまとめる考え方がある。 | ||
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===認知機能障害=== | ===認知機能障害=== | ||
陽性症状・陰性症状と並ぶ第三群の症状として[[認知機能障害]]を挙げることがあり、さらに統合失調症の病態において最も重要とされることもある。認知機能障害を症状と位置づけることが適切かには議論があるが、知的機能についての陰性症状と言えるかもしれない。統合失調症の本質的な障害として作業記憶や[[実行機能]]の障害が強調されることが多いが、より広い範囲の認知機能障害を考えることが必要である。統合失調症の認知機能について、これまでに明らかになった事実は、次のようにまとめられている。 | |||
#認知機能障害は軽度から中程度(健常群の平均マイナス1標準偏差)で、認知機能の領域ごと患者ごとに差がある。 | #認知機能障害は軽度から中程度(健常群の平均マイナス1標準偏差)で、認知機能の領域ごと患者ごとに差がある。 | ||
88行目: | 78行目: | ||
==診断== | ==診断== | ||
=== | ===DSM-5に基づく横断診断 === | ||
DSM-5の基準Aにまとめられているのは、統合失調症の診断のために特徴的な症状、理想的には特異的な症状であり、診断のためのその組み合わせである。妄想、幻覚、まとまりのない会話、ひどくまとまりのないまたは緊張病性の行動、陰性症状(情動表出気の減少と意欲欠如)の5症状のうち2領域以上が必要とされる(後二者の組み合わせは不可)。 | DSM-5の基準Aにまとめられているのは、統合失調症の診断のために特徴的な症状、理想的には特異的な症状であり、診断のためのその組み合わせである。妄想、幻覚、まとまりのない会話、ひどくまとまりのないまたは緊張病性の行動、陰性症状(情動表出気の減少と意欲欠如)の5症状のうち2領域以上が必要とされる(後二者の組み合わせは不可)。 | ||