「DARPP-32」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
44行目: 44行目:
[[ファイル:Fig2 D32 MSN.jpg|サムネイル|図2 線条体直接路および間接路神経におけるDARPP-32のリン酸化調節とその機能]]
[[ファイル:Fig2 D32 MSN.jpg|サムネイル|図2 線条体直接路および間接路神経におけるDARPP-32のリン酸化調節とその機能]]
 線条体の[[GABA]]作動性投射神経である中型有棘神経細胞(medium spiny neuron, MSN)は、ドパミンD1受容体を発現し黒質網様部(および淡蒼球内節)へ投射する直接路神経(D1タイプ; サブスタンスP陽性)とドパミンD2受容体を発現し淡蒼球外節に投射する間接路神経([[D2]]タイプ;エンケファリン陽性)の2種類が存在する。大脳基底核運動制御サーキットにおいて、直接路神経は脱抑制系を、間接路神経は抑制強化系を構成しており、黒質網様部から視床へのGABA作動性出力の調節を介して大脳皮質運動機能を調節している。DARPP-32は直接路および間接路神経の両方に発現している。<br />
 線条体の[[GABA]]作動性投射神経である中型有棘神経細胞(medium spiny neuron, MSN)は、ドパミンD1受容体を発現し黒質網様部(および淡蒼球内節)へ投射する直接路神経(D1タイプ; サブスタンスP陽性)とドパミンD2受容体を発現し淡蒼球外節に投射する間接路神経([[D2]]タイプ;エンケファリン陽性)の2種類が存在する。大脳基底核運動制御サーキットにおいて、直接路神経は脱抑制系を、間接路神経は抑制強化系を構成しており、黒質網様部から視床へのGABA作動性出力の調節を介して大脳皮質運動機能を調節している。DARPP-32は直接路および間接路神経の両方に発現している。<br />
 直接路神経では、D1受容体刺激はPKA/P-Thr34 DARPP-32シグナルの活性化によりPP1を抑制し、グルタミン酸シグナルを増強することにより直接路神経を活性化する。一方、間接路神経では、アデノシン[[A2A受容体]]刺激がPKA/P-Thr34 DARPP-32シグナルを活性化するのに対して、D2受容体刺激はPKA/P-Thr34 DARPP-32シグナルを減弱させる。その結果、D2受容体刺激は、PP1活性化を介してグルタミン酸シグナルを抑制することにより間接路神経の活性を低下させる<ref name=ref2 /> <ref name=ref6 /> <ref name=ref8> <pubmed> 18622401 </pubmed></ref>。<br />
 直接路神経では、D1受容体刺激はPKA/P-Thr34 DARPP-32シグナルの活性化によりPP1を抑制し、グルタミン酸シグナルを増強することにより直接路神経を活性化する。一方、間接路神経では、アデノシン[[A2A受容体]]刺激がPKA/P-Thr34 DARPP-32シグナルを活性化するのに対して、D2受容体刺激はPKA/P-Thr34 DARPP-32シグナルを減弱させる。その結果、D2受容体刺激は、PP1活性化を介してグルタミン酸シグナルを抑制することにより間接路神経の活性を低下させる<ref name=ref2 /> <ref name=ref6 /> <ref name=ref8 /> <pubmed> 18622401 </pubmed></ref>。<br />
 直接路神経と間接路神経のDARPP-32を選択的に欠損したマウスの解析により、それぞれの神経のDARPP-32機能が解析されている<ref name=ref9><pubmed> 20682746 </pubmed></ref>。直接路神経のDARPP-32は、自発行動、コカインによる移所運動の増加、ハロペリドールによるカタレプシー、パーキンソン病モデルにおけるジスキネジアを促進することが示された。一方、間接路神経のDARPP-32は自発行動、コカインによる移所運動の増加を抑制するが、ハロペリドールによるカタレプシーを促進する。また、これらの行動変化は、それぞれの神経におけるDARPP-32のリン酸化状態と相関性がある<ref name=ref8 />。
 直接路神経と間接路神経のDARPP-32を選択的に欠損したマウスの解析により、それぞれの神経のDARPP-32機能が解析されている<ref name=ref9><pubmed> 20682746 </pubmed></ref>。直接路神経のDARPP-32は、自発行動、コカインによる移所運動の増加、ハロペリドールによるカタレプシー、パーキンソン病モデルにおけるジスキネジアを促進することが示された。一方、間接路神経のDARPP-32は自発行動、コカインによる移所運動の増加を抑制するが、ハロペリドールによるカタレプシーを促進する。また、これらの行動変化は、それぞれの神経におけるDARPP-32のリン酸化状態と相関性がある<ref name=ref8 />。


57行目: 57行目:


=== 統合失調症 ===
=== 統合失調症 ===
 線条体や側坐核の間接路神経に発現するDARPP-32はドパミンD2受容体作用に対して拮抗的に作用するため<ref name=ref6 /> <ref name=ref8 />、[[抗精神病薬]]の主な薬理作用であるドパミンD2受容体アンタゴニストと類似の作用([[陽性症状]]の改善)を持つと考えられる。線条体の間接路神経において、定型抗精神病薬の[[ハロペリドール]]によりP-Thr34 DARPP-32が増加し<ref name=ref9 />、カタレプシーの発現を増強する<ref name=ref8 />。つまり、間接路神経でのDARPP-32作用は、抗精神病薬の副作用である[[錐体外路症状]]にも関係している。一方、DARPP-32は[[前頭葉]]([[前頭前皮質]])においてもドパミンD1受容体によるリン酸化調節を受けており<ref><pubmed> 16687181 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 21833500 </pubmed></ref>、[[陰性症状]]や認知機能障害の原因とされる[[中脳]]—皮質ドパミン系の低活動や、抗精神病薬の陰性症状や認知機能障害に対する治療効果にも関与すると考えられる。<br />
 線条体や側坐核の間接路神経に発現するDARPP-32はドパミンD2受容体作用に対して拮抗的に作用するため<ref name=ref6 / > <ref name=ref8 / >、[[抗精神病薬]]の主な薬理作用であるドパミンD2受容体アンタゴニストと類似の作用([[陽性症状]]の改善)を持つと考えられる。線条体の間接路神経において、定型抗精神病薬の[[ハロペリドール]]によりP-Thr34 DARPP-32が増加し<ref name=ref9 />、カタレプシーの発現を増強する<ref name=ref8 />。つまり、間接路神経でのDARPP-32作用は、抗精神病薬の副作用である[[錐体外路症状]]にも関係している。一方、DARPP-32は[[前頭葉]]([[前頭前皮質]])においてもドパミンD1受容体によるリン酸化調節を受けており<ref><pubmed> 16687181 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 21833500 </pubmed></ref>、[[陰性症状]]や認知機能障害の原因とされる[[中脳]]—皮質ドパミン系の低活動や、抗精神病薬の陰性症状や認知機能障害に対する治療効果にも関与すると考えられる。<br />
 アンフェタミン([[覚せい剤]]、ドパミン神経伝達の亢進)、D-リセルグ酸ジエチルアミド([[LSD]]、[[セロトニン神経]]伝達の亢進)、フェンシクリジン(PCP、グルタミン酸神経伝達の抑制)などの薬物は、それぞれ異なる機序で実験動物に統合失調症様の行動異常を引き起こす。これらの薬物をDARPP-32欠損マウス<ref name=ref10 />、DARPP-32点変異マウス(T34A、T75A、S130A)<ref><pubmed> 14631045 </pubmed></ref>に投与しても統合失調症様の行動異常が起きないことから、統合失調症の病態にDARPP-32の関与が示唆される。<br />
 アンフェタミン([[覚せい剤]]、ドパミン神経伝達の亢進)、D-リセルグ酸ジエチルアミド([[LSD]]、[[セロトニン神経]]伝達の亢進)、フェンシクリジン(PCP、グルタミン酸神経伝達の抑制)などの薬物は、それぞれ異なる機序で実験動物に統合失調症様の行動異常を引き起こす。これらの薬物をDARPP-32欠損マウス<ref name=ref10 />、DARPP-32点変異マウス(T34A、T75A、S130A)<ref><pubmed> 14631045 </pubmed></ref>に投与しても統合失調症様の行動異常が起きないことから、統合失調症の病態にDARPP-32の関与が示唆される。<br />
 統合失調症患者において、抗精神病薬治療とは関係なく、前頭前皮質の神経細胞でDARPP-32タンパク質が減少していることが報告されている<ref><pubmed> 12150646 </pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed> 17521792 </pubmed></ref>。DARPP-32 mRNAについては、発現が前頭前皮質で低下しているという報告があるが<ref><pubmed> 18573638 </pubmed></ref>、不変<ref><pubmed> 16786528 </pubmed></ref>あるいは増加<ref><pubmed> 20874815 </pubmed></ref>という報告もあり、意見の一致を見ていない。また、双極性障害患者においても前頭前皮質におけるDARPP-32発現の低下が報告されている<ref name=ref15 />。さらに、統合失調症および[[双極性障害]]の前頭前皮質でDARPP-32のN末端を欠失した[[スプライスバリアント]]であるt-DARPP (truncated isoform of DARPP) [[mRNA]]が増加しているという報告がある<ref><pubmed> 23295814 </pubmed></ref>。動物実験では、抗精神病薬投与に伴うDARPP-32発現の変化は認められていない。出生前のリポ多糖類暴露による統合失調症モデル動物において前頭前皮質のDARPP-32の減少が見られるが<ref><pubmed> 17180123 </pubmed></ref>、すべての統合失調症モデル動物においてDARPP-32の発現が低下するわけではない<ref><pubmed> 22820052 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 16132062 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 23313709 </pubmed></ref>。
 統合失調症患者において、抗精神病薬治療とは関係なく、前頭前皮質の神経細胞でDARPP-32タンパク質が減少していることが報告されている<ref><pubmed> 12150646 </pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed> 17521792 </pubmed></ref>。DARPP-32 mRNAについては、発現が前頭前皮質で低下しているという報告があるが<ref><pubmed> 18573638 </pubmed></ref>、不変<ref><pubmed> 16786528 </pubmed></ref>あるいは増加<ref><pubmed> 20874815 </pubmed></ref>という報告もあり、意見の一致を見ていない。また、双極性障害患者においても前頭前皮質におけるDARPP-32発現の低下が報告されている<ref name=ref15 />。さらに、統合失調症および[[双極性障害]]の前頭前皮質でDARPP-32のN末端を欠失した[[スプライスバリアント]]であるt-DARPP (truncated isoform of DARPP) [[mRNA]]が増加しているという報告がある<ref><pubmed> 23295814 </pubmed></ref>。動物実験では、抗精神病薬投与に伴うDARPP-32発現の変化は認められていない。出生前のリポ多糖類暴露による統合失調症モデル動物において前頭前皮質のDARPP-32の減少が見られるが<ref><pubmed> 17180123 </pubmed></ref>、すべての統合失調症モデル動物においてDARPP-32の発現が低下するわけではない<ref><pubmed> 22820052 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 16132062 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 23313709 </pubmed></ref>。
49

回編集