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{{box|text= | {{box|text= | ||
DARPP-32は、ドパミン情報伝達効率を制御するリン酸化タンパク質である。ドパミン神経の投射を受ける神経核、特に線条体や側坐核に多く発現している。DARPP-32のThr34が[[プロテインキナーゼA]]([[PKA]] | DARPP-32は、ドパミン情報伝達効率を制御するリン酸化タンパク質である。ドパミン神経の投射を受ける神経核、特に線条体や側坐核に多く発現している。DARPP-32のThr34が[[プロテインキナーゼA]]([[PKA]])によりリン酸化されると、プロテインホスファターゼ1(PP1)活性を抑制する。PP1活性の抑制はPP1基質タンパク質のリン酸化を促進し、PP1基質タンパク質の機能変化を誘導する。ドパミンによるD<sub>1</sub>受容体刺激によって活性化されたPKAは、PKA基質をリン酸化すると同時に、DARPP-32をリン酸化してPP1活性を抑制することにより、PKA/PP1基質のリン酸化を効率よく促進する。また、DARPP-32は、ドパミンと他の神経伝達物質([[グルタミン酸]]、アデノシン、[[アセチルコリン]]など)のシグナルを統合する分子としても重要である。遺伝子改変[[マウス]]を用いた行動解析により、DARPP-32は薬物依存、パーキンソン病、[[統合失調症]]などの病態とその治療薬の作用発現に重要であることが明らかにされている<ref name=ref1><pubmed> 10433257 </pubmed></ref> <ref name=ref2><pubmed> 14744247 </pubmed></ref>。 | ||
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== 構造 == | == 構造 == | ||
[[ファイル:Fig1 DARPP-32 構造.jpg|サムネイル| | [[ファイル:Fig1 DARPP-32 構造.jpg|サムネイル|'''図1.DARPP-32の構造とリン酸化サイト'''<br>マウスのDARPP-32アミノ酸配列とリン酸化サイトを上段に示す。Thr34がリン酸化されるとPP1活性を抑制し、Thr75がリン酸化されるとPKA活性を抑制する。また、P-Ser97は核外移行シグナル(NES)として機能する。下段には、ヒトのDARPP-32アミノ酸配列とt-DARPPアミノ酸配列を示す。]] | ||
194-205アミノ酸(マウス 194; [[ラット]] 205; [[ヒト]] 204)より構成される酸性タンパク質である。リン酸化により機能が制御されるタンパク質であり、4つのリン酸化サイト[Thr34 (PKA)、Thr75 ([[Cdk5]])、Ser97 (CK2)、Ser130 (CK1)(マウスアミノ酸配列による)]の機能的意義が明らかにされている<ref name=ref2 />(図1)。N末端の7-11アミノ酸配列(KKIQF)はPP1触媒サブユニット(PP1c)結合モチーフとなっており、PP1cとの結合に重要である。さらに、リン酸化Thr34(P-Thr34)を含む領域は、Thr34がリン酸化されるとPP1c活性部位と結合してPP1c活性を抑制する<ref><pubmed> 9651542 </pubmed></ref>。Ser97近傍の103-111アミノ酸配列は核外移行シグナル(nuclear export signal, NES)となっており、Ser97がリン酸化されたDARPP-32はchromosome region maintenance 1 protein(CRM1)と結合して核外に移行する<ref name=ref3><pubmed> 18496528 </pubmed></ref>。 | 194-205アミノ酸(マウス 194; [[ラット]] 205; [[ヒト]] 204)より構成される酸性タンパク質である。リン酸化により機能が制御されるタンパク質であり、4つのリン酸化サイト[Thr34 (PKA)、Thr75 ([[Cdk5]])、Ser97 (CK2)、Ser130 (CK1)(マウスアミノ酸配列による)]の機能的意義が明らかにされている<ref name=ref2 />(図1)。N末端の7-11アミノ酸配列(KKIQF)はPP1触媒サブユニット(PP1c)結合モチーフとなっており、PP1cとの結合に重要である。さらに、リン酸化Thr34(P-Thr34)を含む領域は、Thr34がリン酸化されるとPP1c活性部位と結合してPP1c活性を抑制する<ref><pubmed> 9651542 </pubmed></ref>。Ser97近傍の103-111アミノ酸配列は核外移行シグナル(nuclear export signal, NES)となっており、Ser97がリン酸化されたDARPP-32はchromosome region maintenance 1 protein(CRM1)と結合して核外に移行する<ref name=ref3><pubmed> 18496528 </pubmed></ref>。 | ||
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== 発現(組織分布、細胞内分布) == | == 発現(組織分布、細胞内分布) == | ||
中枢神経において、黒質と腹側被蓋野から多くのドパミン神経の投射を受ける線条体(背側線条体;被殻と尾状核 )、側坐核(腹側線条体)、嗅結節に高い発現がみられる。ドパミン神経の投射が比較的少ない脳部位では、[[大脳皮質]]や[[海馬]]などで低いレベルではあるが発現を認める<ref><pubmed> 6319625 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 1353788 </pubmed></ref>。線条体では、直接路(ドパミン[[D1]]受容体を発現)と間接路(ドパミン[[D2受容体]] | 中枢神経において、黒質と腹側被蓋野から多くのドパミン神経の投射を受ける線条体(背側線条体;被殻と尾状核 )、側坐核(腹側線条体)、嗅結節に高い発現がみられる。ドパミン神経の投射が比較的少ない脳部位では、[[大脳皮質]]や[[海馬]]などで低いレベルではあるが発現を認める<ref><pubmed> 6319625 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 1353788 </pubmed></ref>。線条体では、直接路(ドパミン[[D1]]受容体を発現)と間接路(ドパミン[[D2受容体]]を発現)の2つのタイプの中型有棘神経細胞(medium spiny neuron, MSN)にDARPP-32は発現しており、[[コリン]]作動性介在神経、[[GABA作動性]]介在神経、ドパミン[[神経終末]]での発現は認められていない<ref name=ref2 /> <ref name=ref5><pubmed> 2191086 </pubmed></ref>。 | ||
DARPP-32の細胞内分布であるが、線条体の中型有棘神経細胞の細胞質、樹状突起、[[軸索]]に発現している。DARPP-32は、細胞質分画に発現するタンパク質として分離されたが<ref><pubmed> 6319627 </pubmed></ref>、[[免疫染色]]により核内にも存在することが示唆されていた<ref name=ref5 />。その後、DARPP-32は細胞質—核内をシャトリングしていることが明らかにされた。ドパミンD1受容体刺激によりPKAが活性化されるとPP2Aの活性化によりP-Ser97が脱リン酸化され、NES機能の低下により核内にDARPP-32が蓄積する<ref name=ref3 />。また、DARPP-32の結合タンパク質はPP1c以外には知られていなかったが、[[細胞骨格]]の安定性とスパイン可塑性に関わるβ-adducinと結合することが報告された<ref><pubmed> 26639316 </pubmed></ref>。 | DARPP-32の細胞内分布であるが、線条体の中型有棘神経細胞の細胞質、樹状突起、[[軸索]]に発現している。DARPP-32は、細胞質分画に発現するタンパク質として分離されたが<ref><pubmed> 6319627 </pubmed></ref>、[[免疫染色]]により核内にも存在することが示唆されていた<ref name=ref5 />。その後、DARPP-32は細胞質—核内をシャトリングしていることが明らかにされた。ドパミンD1受容体刺激によりPKAが活性化されるとPP2Aの活性化によりP-Ser97が脱リン酸化され、NES機能の低下により核内にDARPP-32が蓄積する<ref name=ref3 />。また、DARPP-32の結合タンパク質はPP1c以外には知られていなかったが、[[細胞骨格]]の安定性とスパイン可塑性に関わるβ-adducinと結合することが報告された<ref><pubmed> 26639316 </pubmed></ref>。 | ||
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== 機能 == | == 機能 == | ||
=== リン酸化によるDARPP-32の機能調節 === | === リン酸化によるDARPP-32の機能調節 === | ||
DARPP-32の最も重要な機能は、Thr34がPKAによりリン酸化されたP-Thr34 DARPP-32によるPP1活性の抑制である。DARPP-32はN末端7-11残基(KKIQF)にPP1c結合モチーフを持ち、この結合モチーフを介してPP1cと結合する。さらに、DARPP-32のThr34がPKAによりリン酸化されるとPP1c活性部位に対する親和性が増し、PP1活性を抑制する<ref name=ref4 /> | DARPP-32の最も重要な機能は、Thr34がPKAによりリン酸化されたP-Thr34 DARPP-32によるPP1活性の抑制である。DARPP-32はN末端7-11残基(KKIQF)にPP1c結合モチーフを持ち、この結合モチーフを介してPP1cと結合する。さらに、DARPP-32のThr34がPKAによりリン酸化されるとPP1c活性部位に対する親和性が増し、PP1活性を抑制する<ref name=ref4 />(図1)。PP1により機能が制御されるタンパク質として、NMDA受容体、AMPA受容体、Na<sup>+</sup>チャンネル、Ca<sup>2+</sup>チャンネル、Na<sup>+</sup>,K<sup>+</sup>-ATPase、ヒストンH3などが知られている<ref name=ref1 /> <ref name=ref2 /> <ref><pubmed> 21779236 </pubmed></ref>。NMDA受容体GluN1 (NR1) サブユニット(Ser897)、AMPA受容体GluA1 (GluR1) サブユニット(Ser845)はPKAによりリン酸化されるが、同時にP-Thr34 DARPP-32がPP-1による脱リン酸化を抑制するため、これらのPKA/PP-1基質のリン酸化が効率良く促進される。 | ||
DARPP-32はPKAの他に、Cdk5(Thr75)、CK2(Ser97)、CK1(Ser130)によりリン酸化される。Cdk5によってリン酸化されたP-Thr75 DARPP-32はPKAを抑制する。つまり、DARPP-32はThr34あるいはThr75のリン酸化により、PP-1抑制タンパク質としてもPKA抑制タンパク質としても機能する<ref><pubmed> 10604473 </pubmed></ref>。 | DARPP-32はPKAの他に、Cdk5(Thr75)、CK2(Ser97)、CK1(Ser130)によりリン酸化される。Cdk5によってリン酸化されたP-Thr75 DARPP-32はPKAを抑制する。つまり、DARPP-32はThr34あるいはThr75のリン酸化により、PP-1抑制タンパク質としてもPKA抑制タンパク質としても機能する<ref><pubmed> 10604473 </pubmed></ref>。 | ||
Ser97、Ser130のリン酸化は、DARPP-32分子内メカニズムによりThr34リン酸化・脱リン酸化のカイネティクスを調節している。CK2によるSer97のリン酸化はThr34のPKAによるリン酸化を促進し<ref><pubmed> 2557337 </pubmed></ref>、CK1によるSer130のリン酸化はThr34のPP2B(カルシニューリン)による脱リン酸化を抑制する<ref><pubmed> 9461512 </pubmed></ref> | Ser97、Ser130のリン酸化は、DARPP-32分子内メカニズムによりThr34リン酸化・脱リン酸化のカイネティクスを調節している。CK2によるSer97のリン酸化はThr34のPKAによるリン酸化を促進し<ref><pubmed> 2557337 </pubmed></ref>、CK1によるSer130のリン酸化はThr34のPP2B(カルシニューリン)による脱リン酸化を抑制する<ref><pubmed> 9461512 </pubmed></ref>(図1)。その結果、Ser97、Ser130のリン酸化により、ドパミンD<sub>1</sub>受容体/PKA/DARPP-32シグナルは促進される。 | ||
Ser97のCK2によるリン酸化は、DARPP-32の細胞質—核内シャトリングの調節に重要である。P-Ser97 DARPP-32は核外に輸送されるが、Ser97が脱リン酸化されるとNESが機能しないためDARPP-32が核内に蓄積する<ref name=ref3 />。 | Ser97のCK2によるリン酸化は、DARPP-32の細胞質—核内シャトリングの調節に重要である。P-Ser97 DARPP-32は核外に輸送されるが、Ser97が脱リン酸化されるとNESが機能しないためDARPP-32が核内に蓄積する<ref name=ref3 />。 | ||
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=== 直接路と間接路におけるDARPP-32機能の違い === | === 直接路と間接路におけるDARPP-32機能の違い === | ||
[[ファイル:Fig2 D32 MSN.jpg|サムネイル| | [[ファイル:Fig2 D32 MSN.jpg|サムネイル|'''図2.線条体直接路および間接路神経におけるDARPP-32のリン酸化調節とその機能''']] | ||
線条体の[[GABA]]作動性投射神経である中型有棘神経細胞(medium spiny neuron, MSN)は、ドパミンD<sub>1</sub>受容体を発現し黒質網様部(および淡蒼球内節)へ投射する直接路神経(D<sub>1</sub>タイプ; サブスタンスP陽性)と、ドパミンD<sub>2</sub>受容体を発現し淡蒼球外節に投射する間接路神経(D<sub>2</sub>タイプ;エンケファリン陽性)の2種類が存在する。大脳基底核運動制御サーキットにおいて、直接路神経は脱抑制系を、間接路神経は抑制強化系を構成しており、黒質網様部から視床へのGABA作動性出力の調節を介して大脳皮質運動機能を調節している。DARPP-32は直接路および間接路神経の両方に発現している(図2)。 | |||
直接路神経では、D<sub>1</sub>受容体刺激はPKA/P-Thr34 DARPP-32シグナルの活性化によりPP1を抑制し、グルタミン酸シグナルを増強することにより直接路神経を活性化する。一方、間接路神経では、アデノシンA<sub>2A</sub>受容体刺激がPKA/P-Thr34 DARPP-32シグナルを活性化するのに対して、D<sub>2</sub>受容体刺激はPKA/P-Thr34 DARPP-32シグナルを減弱させる。その結果、D<sub>2</sub>受容体刺激はPP1を活性化し、グルタミン酸シグナルを抑制することにより間接路神経の活性を低下させる<ref name=ref2 /> <ref name=ref6 /> <ref name=ref8><pubmed> 18622401 </pubmed></ref>。 | 直接路神経では、D<sub>1</sub>受容体刺激はPKA/P-Thr34 DARPP-32シグナルの活性化によりPP1を抑制し、グルタミン酸シグナルを増強することにより直接路神経を活性化する。一方、間接路神経では、アデノシンA<sub>2A</sub>受容体刺激がPKA/P-Thr34 DARPP-32シグナルを活性化するのに対して、D<sub>2</sub>受容体刺激はPKA/P-Thr34 DARPP-32シグナルを減弱させる。その結果、D<sub>2</sub>受容体刺激はPP1を活性化し、グルタミン酸シグナルを抑制することにより間接路神経の活性を低下させる<ref name=ref2 /> <ref name=ref6 /> <ref name=ref8><pubmed> 18622401 </pubmed></ref>。 | ||