「眼優位性」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/yhata 畠 義郎]</font><br>
''鳥取大学大学院医学系研究科''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2016年9月21日 原稿完成日:2016年月日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/ichirofujita 藤田 一郎](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br>
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英:ocular dominance, 独:Okulardominanz
英:ocular dominance, 独:Okulardominanz


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==眼優位性とは==
==眼優位性とは==
 2つの眼で捉えた視覚情報は脳において1つの統合された視覚イメージを作る。その仕組みは、古来、多くの科学者、哲学者の興味の対象であった。それぞれの眼球を出た視神経は視交差で融合し、すぐ再び左右に分離して視索となる。この時、視神経軸索の一部は交差して対側の脳に向かい、残りは同側に向かう。そして、左右の網膜の、視野上で対応する部分に由来する情報は、脳の同じ部位に収束する。このような部分交差のアイデアはアイザック・ニュートンが最初に提唱したとされている<ref>'''P J SWEENEY'''<br>Isaac Newton and the optic chiasm.<br>''J. Neurol:'' 1984, 34;309<br></ref>。両眼からの入力が収束することで両眼に反応するニューロンが生まれるが、それは大脳皮質一次視覚野で初めて観察される。個々のニューロンがどちらの眼により強く反応するかを眼優位性と呼ぶ。
 2つの眼で捉えた視覚情報は脳において1つの統合された視覚イメージを作る。その仕組みは、古来、多くの科学者、哲学者の興味の対象であった。それぞれの眼球を出た視神経は視交差で融合し、すぐ再び左右に分離して視索となる。この時、視神経軸索の一部は交差して対側の脳に向かい、残りは同側に向かう。そして、左右の網膜の、視野上で対応する部分に由来する情報は、脳の同じ部位に収束する。このような部分交差のアイデアはアイザック・ニュートンが最初に提唱したとされている<ref>'''P J SWEENEY'''<br>Isaac Newton and the optic chiasm.<br>''J. Neurol:'' 1984, 34;309<br></ref>。両眼からの入力が収束することで両眼に反応するニューロンが生まれるが、それは大脳皮質一次視覚野で初めて観察される。個々のニューロンがどちらの眼により強く反応するかを眼優位性と呼ぶ。


 眼優位性は「利き目(dominant eye)」ではない。利き目は物を立体視するときに正面を捕らえる方の目であり、指さし法(両眼開放状態で目標物を指さし、次に片眼で見たときズレがない方が利き目)などで調べることができる。
 眼優位性は「利き目(dominant eye)」ではない。利き目は物を立体視するときに正面を捕らえる方の目であり、指さし法(両眼開放状態で目標物を指さし、次に片眼で見たときズレがない方が利き目)などで調べることができる。


==生理学的特徴==
==生理学的特徴==
 哺乳類では、網膜によって受容された視覚情報は、視床の外側膝状体(Lateral geniculate nucleus、LGN)を経て大脳皮質一次視覚野(以下,V1)に伝達される(図1)。[[ファイル:Yoshiohata_fig_1.jpg|400px|thumb|'''図1.視覚伝導路の模式図'''<br>ネコ視覚伝導路を示す。視野の半分(実線部分)の情報は両眼で捉えられた後、一側のLGNの異なる層に伝達される。LGNニューロンはV1のⅣ層に投射する。]]この時、網膜の耳側領域由来の視神経軸索は同側のLGNへ、一方、鼻側網膜由来のものは対側のLGNへ投射するため、一側のLGNには対側視野の情報が両方の眼から伝達される。両眼からの入力はLGN内の別々の層に伝達されるため、LGNのニューロンは左右どちらかの眼に与えた光刺激にのみ反応する。次にLGNのニューロンはV1に軸索を投射するが、大脳皮質の6層構造のうち第Ⅳ層に主に入力する。霊長類やネコではそれぞれの眼からの入力軸索がⅣ層内で分離しているので(後述「眼優位コラム」参照)、Ⅳ層のニューロンの多くは一方の眼からの情報だけを受け取り、LGNと同じく単眼性の反応を示す。しかしⅣ層から先の情報伝達では両眼の入力が個々のV1ニューロンに収束するため、Ⅱ/Ⅲ層やⅤ、Ⅵ層のニューロンは両眼に反応する<ref><pubmed> 4966457 </pubmed></ref><ref name="catV1"><pubmed> 14449617 </pubmed></ref>。げっ歯類では両眼入力の分離は認められず、Ⅳ層の段階で多くの両眼反応ニューロンが見られる。
[[ファイル:Yoshiohata_fig_1.jpg|350px|thumb|'''図1.視覚伝導路の模式図'''<br>ネコ視覚伝導路を示す。視野の半分(実線部分)の情報は両眼で捉えられた後、一側のLGNの異なる層に伝達される。LGNニューロンはV1のⅣ層に投射する。]]
 
[[ファイル:Yoshiohata_fig_2.jpg|350px|thumb|'''図2.ヒトの眼優位コラム'''<br>一側眼球を失ったヒトの左視覚野を伸展標本とし、チトクロームオキシダーゼ染色で眼優位コラムを可視化してある。Ⅳ層部分のモンタージュを示す。標本中央部のストライブ構造が眼優位コラムである。Adams et al. (2007)<ref name="humanOcDom" />より引用。]]
 
 哺乳類では、網膜によって受容された視覚情報は、視床の外側膝状体(Lateral geniculate nucleus、LGN)を経て大脳皮質一次視覚野(以下,V1)に伝達される(図1)。この時、網膜の耳側領域由来の視神経軸索は同側のLGNへ、一方、鼻側網膜由来のものは対側のLGNへ投射するため、一側のLGNには対側視野の情報が両方の眼から伝達される。両眼からの入力はLGN内の別々の層に伝達されるため、LGNのニューロンは左右どちらかの眼に与えた光刺激にのみ反応する。次にLGNのニューロンはV1に軸索を投射するが、大脳皮質の6層構造のうち第Ⅳ層に主に入力する。霊長類やネコではそれぞれの眼からの入力軸索がⅣ層内で分離しているので(後述「眼優位コラム」参照)、Ⅳ層のニューロンの多くは一方の眼からの情報だけを受け取り、LGNと同じく単眼性の反応を示す。しかしⅣ層から先の情報伝達では両眼の入力が個々のV1ニューロンに収束するため、Ⅱ/Ⅲ層やⅤ、Ⅵ層のニューロンは両眼に反応する<ref><pubmed> 4966457 </pubmed></ref><ref name="catV1"><pubmed> 14449617 </pubmed></ref>。げっ歯類では両眼入力の分離は認められず、Ⅳ層の段階で多くの両眼反応ニューロンが見られる。


 個々のニューロンが左右どちらの眼にどの程度強く反応するかはニューロンによって異なり、両眼に等しく反応するものから、どちらかにだけ反応するものまで存在する。このどちらの眼により強く反応するかという性質を眼優位性と呼び、慣習的に、7段階にグループ分けして表すことが多い(対側の眼にのみ反応するものを1、同側にのみ反応するものを7、両眼に等しく反応するものを4とする)。ネコや霊長類では眼優位性の分布は両眼について対称に近いのに対して、げっ歯類では対側眼に反応するニューロンが多く、眼優位性の分布は対側眼側に大きく偏っている<ref><pubmed> 1112925 </pubmed></ref> 。V1から投射を受ける二次視覚野では、両眼入力の収束はさらに進み、両眼反応を示すニューロンの割合がより多くなる<ref><pubmed> 21263036 </pubmed></ref>。
 個々のニューロンが左右どちらの眼にどの程度強く反応するかはニューロンによって異なり、両眼に等しく反応するものから、どちらかにだけ反応するものまで存在する。このどちらの眼により強く反応するかという性質を眼優位性と呼び、慣習的に、7段階にグループ分けして表すことが多い(対側の眼にのみ反応するものを1、同側にのみ反応するものを7、両眼に等しく反応するものを4とする)。ネコや霊長類では眼優位性の分布は両眼について対称に近いのに対して、げっ歯類では対側眼に反応するニューロンが多く、眼優位性の分布は対側眼側に大きく偏っている<ref><pubmed> 1112925 </pubmed></ref> 。V1から投射を受ける二次視覚野では、両眼入力の収束はさらに進み、両眼反応を示すニューロンの割合がより多くなる<ref><pubmed> 21263036 </pubmed></ref>。
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 V1には様々な眼優位性をもつニューロンが存在するが、霊長類やネコでは、それらは皮質内においてランダムに存在するわけではなく、似たような性質の、つまりより強く反応する眼(優位眼)を同じくするニューロンが皮質表面から白質まで垂直に配列し、'''眼優位コラム'''と呼ばれる機能構造を形成している。この機能構造は、皮質に垂直に刺入した電極から、様々な深さで同じ眼に強く反応するニューロンが記録されることで明らかとなった<ref name="catV1" />。その他に、一方の眼を刺激した時に活動する皮質領域を、神経活動依存的な最初期遺伝子の発現や、皮質の内因性光学信号により計測すること、さらにチトクロームオキシダーゼ活性の組織染色など様々な方法で眼優位コラムを可視化することができる。
 V1には様々な眼優位性をもつニューロンが存在するが、霊長類やネコでは、それらは皮質内においてランダムに存在するわけではなく、似たような性質の、つまりより強く反応する眼(優位眼)を同じくするニューロンが皮質表面から白質まで垂直に配列し、'''眼優位コラム'''と呼ばれる機能構造を形成している。この機能構造は、皮質に垂直に刺入した電極から、様々な深さで同じ眼に強く反応するニューロンが記録されることで明らかとなった<ref name="catV1" />。その他に、一方の眼を刺激した時に活動する皮質領域を、神経活動依存的な最初期遺伝子の発現や、皮質の内因性光学信号により計測すること、さらにチトクロームオキシダーゼ活性の組織染色など様々な方法で眼優位コラムを可視化することができる。


 眼優位コラムの形態学的な基盤は、それぞれの眼の入力を伝えるLGNからの入力軸索が、V1内で分離していることである。その構造はTransneuronal labeling法により観察することができる。一方の眼球に放射性アミノ酸([<sup>3</sup>H]-Prolineやwheat germ agglutininなど)をトレーサーとして注入すると、網膜神経節細胞に取り込まれたトレーサーがLGNニューロンに受け渡され、V1に投射する軸索を標識する。これにより,標識した眼からの情報が皮質のどこに投射するかを調べることができる。この方法で一方の眼の投射領域を可視化すると、霊長類ではストライブ上の構造が見られる(図2)。[[ファイル:Yoshiohata_fig_2.jpg|400px|thumb|'''図2.ヒトの眼優位コラム'''<br>一側眼球を失ったヒトの左視覚野を伸展標本とし、チトクロームオキシダーゼ染色で眼優位コラムを可視化してある。Ⅳ層部分のモンタージュを示す。標本中央部のストライブ構造が眼優位コラムである。Adams et al. (2007)<ref name="humanOcDom" />より引用。]]眼優位コラムの形態やサイズは動物種によって異なる。ヒトとマカクザルは共にストライプ状の眼優位コラムを持つが、マカクザルでは幅が400-700μmであるのに対して<ref><pubmed> 8929431 </pubmed></ref>、ヒトでは700-1000μmとやや広い<ref name="humanOcDom"><pubmed> 17898211 </pubmed></ref>。ネコではストライプではなくパッチ状の形態を示し、幅は数百μmである<ref><pubmed> 12110955 </pubmed></ref>。げっ歯類ではV1の中で様々な眼優位性のニューロンが混在しており、眼優位コラムのような構造は確認されていない。また、眼優位コラムの形態やサイズは同じ種の動物でもかなり違いがあり、たとえばリスザルでは明瞭なコラム構造が見られる個体とそうでない個体、さらに同じ個体の視覚野内でコラム構造が見られる部分とそうでない部分が混在している例が報告されている<ref><pubmed> 12536211 </pubmed></ref>。
 眼優位コラムの形態学的な基盤は、それぞれの眼の入力を伝えるLGNからの入力軸索が、V1内で分離していることである。その構造はTransneuronal labeling法により観察することができる。一方の眼球に放射性アミノ酸([<sup>3</sup>H]-Prolineやwheat germ agglutininなど)をトレーサーとして注入すると、網膜神経節細胞に取り込まれたトレーサーがLGNニューロンに受け渡され、V1に投射する軸索を標識する。これにより,標識した眼からの情報が皮質のどこに投射するかを調べることができる。この方法で一方の眼の投射領域を可視化すると、霊長類ではストライブ上の構造が見られる(図2)。
 
 眼優位コラムの形態やサイズは動物種によって異なる。ヒトとマカクザルは共にストライプ状の眼優位コラムを持つが、マカクザルでは幅が400-700μmであるのに対して<ref><pubmed> 8929431 </pubmed></ref>、ヒトでは700-1000μmとやや広い<ref name="humanOcDom"><pubmed> 17898211 </pubmed></ref>。ネコではストライプではなくパッチ状の形態を示し、幅は数百μmである<ref><pubmed> 12110955 </pubmed></ref>。げっ歯類ではV1の中で様々な眼優位性のニューロンが混在しており、眼優位コラムのような構造は確認されていない。また、眼優位コラムの形態やサイズは同じ種の動物でもかなり違いがあり、たとえばリスザルでは明瞭なコラム構造が見られる個体とそうでない個体、さらに同じ個体の視覚野内でコラム構造が見られる部分とそうでない部分が混在している例が報告されている<ref><pubmed> 12536211 </pubmed></ref>。


 コラム構造は視覚野の他の性質(方位選択性など)についても見られ、さらに他の皮質領野にも存在することから、大脳皮質の基本的構造と考えられてきた。しかし眼優位コラムがどのような機能的意義を持つかについてはいまだ明らかでない。両眼視への寄与や神経回路形成の効率化などが指摘されているが、一方で神経回路の副次的な構造であり特に機能は無いとする意見もある<ref><pubmed> 15937015 </pubmed></ref>。
 コラム構造は視覚野の他の性質(方位選択性など)についても見られ、さらに他の皮質領野にも存在することから、大脳皮質の基本的構造と考えられてきた。しかし眼優位コラムがどのような機能的意義を持つかについてはいまだ明らかでない。両眼視への寄与や神経回路形成の効率化などが指摘されているが、一方で神経回路の副次的な構造であり特に機能は無いとする意見もある<ref><pubmed> 15937015 </pubmed></ref>。
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==関連項目==
==関連項目==
[[臨界期]]
*[[臨界期]]


==参考文献==
==参考文献==
<references/>
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(執筆者:畠 義郎、担当編集委員:藤田一郎)