16,040
回編集
細編集の要約なし |
細編集の要約なし |
||
7行目: | 7行目: | ||
英語名:Sonic Hedgehog 英略称:Shh | 英語名:Sonic Hedgehog 英略称:Shh | ||
{{box|text= ソニック・ヘッジホッグは細胞外シグナル因子の1つで、胚発生において細胞の増殖や分化、四肢の発生、神経細胞の誘引に働くほか、成体期においては幹細胞性の維持や腫瘍形成などに関与する多機能タンパク質である<ref name=ref1><pubmed>23719536</pubmed></ref><ref><pubmed>25183867</pubmed></ref><ref name=ref3><pubmed>18794343</pubmed></ref> 。}} | {{box|text= ソニック・ヘッジホッグは細胞外シグナル因子の1つで、胚発生において細胞の増殖や分化、四肢の発生、神経細胞の誘引に働くほか、成体期においては幹細胞性の維持や腫瘍形成などに関与する多機能タンパク質である<ref name=ref1><pubmed>23719536</pubmed></ref><ref name=ref2><pubmed>25183867</pubmed></ref><ref name=ref3><pubmed>18794343</pubmed></ref> 。}} | ||
== 発見の歴史 == | == 発見の歴史 == | ||
15行目: | 15行目: | ||
==ファミリー== | ==ファミリー== | ||
脊椎動物ではdesert hedgehog(Dhh)とindian hedgehog(Ihh)とともにヘッジホッグファミリーを形成し、これらとともに受容体や細胞内シグナル伝達経路を共有している。 | |||
==構造== | ==構造== | ||
[[image: | [[image:Shh1.png|thumb|300px|'''図1.ソニック・ヘッジホッグタンパク質の修飾と分泌''']] | ||
ソニック・ヘッジホッグ遺伝子からはまず45kDa程度のポリペプチドが前駆体として転写・[[翻訳]]される。このポリペプチドは小胞体に運ばれ、アミノ末端とカルボキシル末端の2つの部分に分解され、分泌されてその活性を発揮するのはアミノ末端側のポリペプチド(ShhN; 19kDa程度)である<ref><pubmed>21357747</pubmed></ref> 。その構造は2つのαヘリックスと6つのβストランドからなるα+βサンドイッチ構造を形成しており、亜鉛イオンを一分子配位している<ref name=ref4></ref>。 | |||
[[ | |||
一方カルボキシル末端側(ShhC)はこの分解を制御するほか、[[コレステロール]]転移酵素としてアミノ末端側フラグメントの修飾に寄与する<ref><pubmed>15189162</pubmed></ref> 。ShhNにはパルミチン酸(アミノ末端)とコレ[[ステロール]](カルボキシル末端)が付加されるが、これらの修飾はShhNの効率的な分泌と、組織内での適切な分布に重要である<ref><pubmed>16611729</pubmed></ref><ref><pubmed>11486055</pubmed></ref><ref><pubmed>15075292</pubmed></ref><ref><pubmed>8824192</pubmed></ref><ref><pubmed>11389830</pubmed></ref><ref><pubmed>23112049</pubmed></ref> 。たとえば細胞内コレステロール輸送に関与する遺伝子NPC1/2に変異が生じると[[リソソーム]]にコレステロールが蓄積するためにShhNに十分なコレステロールが供給されずに修飾不全となり、効率的な分泌が不可能になってしまう。C型Niemann-Pick syndrome(C型ニーマン・ピック病)はこのNPC1/2遺伝子の変異に起因する遺伝性疾患であり、[[小脳]]の不完全形成や肝不全、[[発達障害]]や運動障害、新生児黄疸などの重篤な小児障害を引き起こす<ref><pubmed>9211850</pubmed></ref><ref name=ref24><pubmed>22902404</pubmed></ref> 。 | |||
==分泌 == | |||
分解と修飾によって成熟型となったShhNは細胞から分泌されるが、その分泌には[[膜タンパク質]]Dispatchedと、分泌因子Scubeの存在が必要である<ref name=ref24></ref> 。 | 分解と修飾によって成熟型となったShhNは細胞から分泌されるが、その分泌には[[膜タンパク質]]Dispatchedと、分泌因子Scubeの存在が必要である<ref name=ref24></ref> 。 | ||
この分泌経路のほかに最近、Shhタンパク質がサイトニーム(cytoneme)と呼ばれる突起上の[[細胞膜]]構造の先端まで運搬され、そこで小胞を形成して細胞外へ分泌されるという経路が提唱されている。サイトニームは糸状仮足(filopodia)が長く変形した形状をしており、内部には[[アクチン]]が含まれている。ショウジョウバエの翅原基(wing disc)ではヘッジホッグを産生する細胞がこのような構造を持っており<ref><pubmed>10367889</pubmed></ref> 、発現部位から遠い細胞までシグナルを届けている<ref name=ref1></ref><ref><pubmed>23276604</pubmed></ref><ref><pubmed>25483805</pubmed></ref><ref><pubmed>25472772</pubmed></ref> ほか、近年脊椎[[動物]]でもその存在が知られるようになった<ref><pubmed>23624372</pubmed></ref> 。 | この分泌経路のほかに最近、Shhタンパク質がサイトニーム(cytoneme)と呼ばれる突起上の[[細胞膜]]構造の先端まで運搬され、そこで小胞を形成して細胞外へ分泌されるという経路が提唱されている。サイトニームは糸状仮足(filopodia)が長く変形した形状をしており、内部には[[アクチン]]が含まれている。ショウジョウバエの翅原基(wing disc)ではヘッジホッグを産生する細胞がこのような構造を持っており<ref><pubmed>10367889</pubmed></ref> 、発現部位から遠い細胞までシグナルを届けている<ref name=ref1></ref><ref><pubmed>23276604</pubmed></ref><ref><pubmed>25483805</pubmed></ref><ref><pubmed>25472772</pubmed></ref> ほか、近年脊椎[[動物]]でもその存在が知られるようになった<ref><pubmed>23624372</pubmed></ref> 。 | ||
==発現== | |||
胚発生期では[[神経管]]の腹側と[[zona limitans]]と呼ばれる[[前脳]]の一領域、成体では[[脳室下帯]](subventricular zone)の[[神経幹細胞]]の周辺部に見られる<ref name=ref1 /><ref name=ref2 /><ref name=ref3 />。 | |||
==シグナル経路== | ==シグナル経路== | ||
[[image:Shh2.png|thumb|300px|''' | [[image:Shh2.png|thumb|300px|'''図2.ソニック・ヘッジホッグによる細胞内シグナル伝達経路'''<br>(主に37,39,40を参考に作成)。PIP3:フォスファチジルイノシトール3リン酸、GliFL:全長Gli、GliRep:抑制型Gli、GliAct:活性化型Gli、Cul3:Cullin3。]] | ||
=== Ptc-Smo-Gli経路 === | === Ptc-Smo-Gli経路 === | ||
38行目: | 43行目: | ||
Gli1-3は多くの臓器に発現しているためにそれらの遺伝子変異マウスの表現型も多様であり<ref><pubmed>9731531</pubmed></ref> 、神経系で強い表現型が現れるものもある。Gli2変異マウスでは、Shhシグナルの影響を受ける[[底板]]とV3[[介在神経]]領域の[[分化]]が抑制され、パターン形成に異常が生じて出生直後に死亡する<ref><pubmed>9636069</pubmed></ref> 。一方、Gli3変異マウスでは、主に脳領域でShhシグナルがむしろ亢進した表現型になるため<ref><pubmed>8387379</pubmed></ref><ref><pubmed>11017169</pubmed></ref> 、Gli3が主に転写抑制型として働くことが示唆される。Gli1単独の変異マウスでは神経系では大きな表現型が見つかっていないが、Gli2変異による表現型をGli1のノックインによって相補することができるため、Gli2の転写活性型と同様の働きをしていると考えられる<ref><pubmed>10725236</pubmed></ref><ref><pubmed>11748151</pubmed></ref> 。 | Gli1-3は多くの臓器に発現しているためにそれらの遺伝子変異マウスの表現型も多様であり<ref><pubmed>9731531</pubmed></ref> 、神経系で強い表現型が現れるものもある。Gli2変異マウスでは、Shhシグナルの影響を受ける[[底板]]とV3[[介在神経]]領域の[[分化]]が抑制され、パターン形成に異常が生じて出生直後に死亡する<ref><pubmed>9636069</pubmed></ref> 。一方、Gli3変異マウスでは、主に脳領域でShhシグナルがむしろ亢進した表現型になるため<ref><pubmed>8387379</pubmed></ref><ref><pubmed>11017169</pubmed></ref> 、Gli3が主に転写抑制型として働くことが示唆される。Gli1単独の変異マウスでは神経系では大きな表現型が見つかっていないが、Gli2変異による表現型をGli1のノックインによって相補することができるため、Gli2の転写活性型と同様の働きをしていると考えられる<ref><pubmed>10725236</pubmed></ref><ref><pubmed>11748151</pubmed></ref> 。 | ||
[[image:Shh3.png|thumb|300px|'''図3.Gliタンパク質の構造'''<br>(<ref name=ref31><pubmed>21801010</pubmed></ref><ref name=ref34><pubmed>16611981</pubmed></ref>を改変した)アミノ酸番号は、マウスのものである。*はPKAによるリン酸化サイト、ZnF:Znフィンガー、矢頭は分解されて転写抑制型を生じるサイト<ref name=ref34><pubmed>16611981</pubmed></ref>。]] | |||
Shhシグナルのターゲット遺伝子として代表的なものは、[[神経前駆細胞]]におけるOlig2やNkx2.2, FoxA2のように細胞の個性付けに関与する転写因子、またShhシグナルに直接関与するもの(Ptc, Gli1)などである<ref name=ref1></ref><ref name=ref3></ref> 。 | Shhシグナルのターゲット遺伝子として代表的なものは、[[神経前駆細胞]]におけるOlig2やNkx2.2, FoxA2のように細胞の個性付けに関与する転写因子、またShhシグナルに直接関与するもの(Ptc, Gli1)などである<ref name=ref1></ref><ref name=ref3></ref> 。 |