「摂食障害」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
1行目: 1行目:
 摂食障害(eating disorders)は、主に神経性食思(欲)不振症(anorexia nervosa, AN)と神経性過(大)食症(bulimia nervosa, BN)からなる。ANは身体像の障害、強い[[やせ願望]]や[[肥満恐怖]]などのため[[不食]]や[[摂食]]制限、あるいは[[過食]]しては[[wikipedia:JA:嘔吐|嘔吐]]するため著しいやせと種々の身体・精神症状を生じる一つの症候群である。BNは、自制困難な摂食の欲求を生じて、短時間に大量の食物を強迫的に摂取しては、その後嘔吐や[[wikipedia:JA:下剤|下剤]]の乱用、翌日の摂食制限、不食などにより体重増加を防ぎ、体重はANほど減少せず正常範囲内で変動し、過食後に[[無気力感]]、[[抑うつ]]気分、[[自己卑下]]をともなう一つの症候群である。これらの摂食障害が[[wikipedia:JA:思春期|思春期]]から[[wikipedia:JA:青年期|青年期]]の女性を中心に急増している。しかし最近の際立った特徴として、患者が前思春期の低年齢層から既婚の高年齢層まで拡がりをみせていることや、臨床像が多様化して非定型例が増加していることである。このような背景を踏まえて、ここでは摂食障害の中核となるANとBNについて説明する。  
 摂食障害(eating disorders)は、主に神経性食思(欲)不振症(anorexia nervosa, AN)と神経性過(大)食症(bulimia nervosa, BN)からなる。ANは身体像の障害、強い[[やせ願望]]や[[肥満恐怖]]などのため[[不食]]や[[摂食]]制限、あるいは[[過食]]しては[[wikipedia:JA:嘔吐|嘔吐]]するため著しいやせと種々の身体・精神症状を生じる一つの症候群である。BNは、自制困難な摂食の欲求を生じて、短時間に大量の食物を強迫的に摂取しては、その後嘔吐や[[wikipedia:JA:下剤|下剤]]の乱用、翌日の摂食制限、不食などにより体重増加を防ぎ、体重はANほど減少せず正常範囲内で変動し、過食後に[[無気力感]]、[[抑うつ]]気分、[[自己卑下]]をともなう一つの症候群である。これらの摂食障害が[[wikipedia:JA:思春期|思春期]]から[[wikipedia:JA:青年期|青年期]]の女性を中心に急増している。しかし最近の際立った特徴として、患者が前思春期の低年齢層から既婚の高年齢層まで拡がりをみせていることや、臨床像が多様化して非定型例が増加していることである。このような背景を踏まえて、ここでは摂食障害の中核となるANとBNについて説明する。  
[[Image:Face.png|right|thumb|500px|'''図1 図のタイトル'''<br>図の説明]]  
[[Image:Face.png|right|thumb|500px]]  


== 神経性食思不振症  ==
== 神経性食思不振症  ==
114行目: 114行目:
| [[wikipedia:JA:腎臓|腎臓]] || 足の腫脹、浮腫 || [[wikipedia:JA:BUN|BUN]]の上昇、腎濃縮能の低下 || 腎機能検査
| [[wikipedia:JA:腎臓|腎臓]] || 足の腫脹、浮腫 || [[wikipedia:JA:BUN|BUN]]の上昇、腎濃縮能の低下 || 腎機能検査
|-
|-
| [[wikipedia:JA:脂質|脂質]] || 無症状 || [[wikipedia:JA:コレステロール|コレステロール]]値の上昇 || 脂質検査
| [[wikipedia:JA:脂質|脂質]]代謝 || 無症状 || [[wikipedia:JA:コレステロール|コレステロール]]値の上昇 || 脂質検査
|-
|-
| [[wikipedia:JA:循環器|JA:循環器]]系 || 徐脈、不整脈、動悸、[[wikipedia:JA:失神|失神]] || ST変化、T波異常、[[wikipedia:JA:QT時間|QT時間]]の延長、[[wikipedia:JA:左心室|左室]]径、[[wikipedia:JA:右心室|右室]]径、[[wikipedia:JA:大動脈|大動脈]]の滅少|| [[wikipedia:JA:心電図|心電図]]検査、[[wikipedia:JA:心エコー|心エコー]]
| [[wikipedia:JA:循環器|JA:循環器]]系 || 徐脈、不整脈、動悸、[[wikipedia:JA:失神|失神]] || ST変化、T波異常、[[wikipedia:JA:QT時間|QT時間]]の延長、[[wikipedia:JA:左心室|左室]]径、[[wikipedia:JA:右心室|右室]]径、[[wikipedia:JA:大動脈|大動脈]]の滅少|| [[wikipedia:JA:心電図|心電図]]検査、[[wikipedia:JA:心エコー|心エコー]]
132行目: 132行目:
  [[ファイル:pict1.png|'''図1 摂食障害の発症機序'''|thumb|upright|380px]]
  [[ファイル:pict1.png|'''図1 摂食障害の発症機序'''|thumb|upright|380px]]


 現在では生物学的、心理的、社会的要因の複雑な相互作用によるものと考えられている。このうち生物学的要因として、遺伝素因、脳内[[神経伝達物質]]、特に[[セロトニン]]の機能異常、その他脳の構造的異常が推定されている。 図2に発症機序を示した。すなわち[[ストレス]]、やせ願望、思春期の自立葛藤などの社会的、心理的要因により摂食量が低下すると、摂食障害に対する身体的素因を有する人の中枢性摂食調節機構に異常を生じ、適切な[[摂食行動]]が障害される。 さらにやせや栄養障害により生理的、精神的変化(身体的合併症や脳の機能的、形態的変化)を生じ、これがさらに摂食行動の中枢性調節機構に悪影響を及ぼし、「食べない→食べられない→食べたら止まらない」といった摂食行動異常の悪循環に陥り、摂食障害の複雑かつ特異的な病態が形成されるものと考えられる。
 現在では生物学的、心理的、社会的要因の複雑な相互作用によるものと考えられている。このうち生物学的要因として、遺伝素因、脳内[[神経伝達物質]]、特に[[セロトニン]]の機能異常、その他脳の構造的異常が推定されている。 図1に発症機序を示した。すなわちストレス、やせ願望、思春期の自立葛藤などの社会的、心理的要因により摂食量が低下すると、摂食障害に対する身体的素因を有する人の中枢性摂食調節機構に異常を生じ、適切な摂食行動が障害される。 さらにやせや栄養障害により生理的、精神的変化(身体的合併症や脳の機能的、形態的変化)を生じ、これがさらに摂食行動の中枢性調節機構に悪影響を及ぼし、「食べない→食べられない→食べたら止まらない」といった摂食行動異常の悪循環に陥り、摂食障害の複雑かつ特異的な病態が形成されるものと考えられる。


=== 診断  ===
=== 診断  ===


 ANの診断について、表5に[[DSM-IV]]と[[ICD-10]]の診断基準を示した。それぞれの診断基準ですべて満たす場合にANと診断され、一部の項目を満たさない場合には、DSM-IVで特定不能の摂食障害、ICD-10で非定型ANと診断される。DSM-IVの診断基準では、さらに過食や排出行動の有無により、摂食制限型と過食/排出型に分けられている。  
 ANの診断について、表5に[[DSM-]]と[[ICD-10]]の診断基準を示した。それぞれの診断基準ですべて満たす場合にANと診断され、一部の項目を満たさない場合には、DSM-Ⅳで特定不能の摂食障害、ICD-10で非定型ANと診断される。DSM-Ⅳの診断基準では、さらに過食や排出行動の有無により、摂食制限型と過食/排出型に分けられている。  


{| class="wikitable"
{| class="wikitable"
154行目: 154行目:
|-
|-
|  
|  
#体重減少が標準体重の85%以下かQuételetによる[[wikipedia:ja:ボディマス指数|ボディマス指数]](体重(kg)/身長(m)<sup>2</sup>)が17.5以下。前思春期の患者では、この期間に期待される体重増加が得られない
#体重減少が標準体重の85%以下か[[Quételet's body mass index]](体重(kg)/身長(m)<sup>2</sup>)が17.5以下。前思春期の患者では、この期間に期待される体重増加が得られない
#体重減少は自己誘発性で、太りやすい食物を避けること、自己誘発性嘔吐、下剤の使用、過度の運動、食欲抑制剤あるいは利尿薬を使用する
#体重減少は自己誘発性で、太りやすい食物を避けること、自己誘発性嘔吐、下剤の使用、過度の運動、食欲抑制剤あるいは利尿薬を使用する
#肥満への恐怖 身体像のゆがみが強い支配観念として存在し、自ら低い体重の限度を設定している
#肥満への恐怖 身体像のゆがみが強い支配観念として存在し、自ら低い体重の限度を設定している
161行目: 161行目:
|}
|}


 鑑別診断として、やせをきたす身体疾患や精神疾患が鑑別の対象となる。身体疾患の鑑別に際して末梢血、血清蛋白質、電解質、肝・腎機能、脂質、消化器系、循環器系の検査や頭部CTスキャンなどがある。これらの諸検査は、症状や徴候、緊急度に応じて適宜選択して行うもので、闇雲に行うものではない。 やせをきたす内分泌疾患との鑑別については、 必ずしも内分泌学的検査によらなくても症状や徴候によって鑑別できる。やせをきたす精神疾患との鑑別において、ANほどやせる疾患は、[[統合失調症]]の拒食状態ぐらいで、容易に鑑別できる。
 鑑別診断として、やせをきたす身体疾患や精神疾患が鑑別の対象となる。身体疾患の鑑別に際して末梢血、血清蛋白質、電解質、肝・腎機能、脂質、消化器系、循環器系の検査や頭部CTスキャンなどがある。これらの諸検査は、症状や徴候、緊急度に応じて適宜選択して行うもので、闇雲に行うものではない。 やせをきたす内分泌疾患との鑑別については、 必ずしも内分泌学的検査によらなくても症状や徴候によって鑑別できる。やせをきたす精神疾患との鑑別において、ANほどやせる疾患は、[[統合失調症]]の拒食状態ぐらいで、容易に鑑別できる。  


=== 治療<ref name="cit4">切池信夫:治療は難しい、「摂食障害-食べない、食べられない、食べたら止まらない-」第2版、医学書院、東京、pp151-220、2009</ref>  ===
=== 治療<ref name="cit4">切池信夫:治療は難しい、「摂食障害-食べない、食べられない、食べたら止まらない-」第2版、医学書院、東京、pp151-220、2009</ref>  ===
307行目: 307行目:
薬物療法:1)過食と排出行動の改善、2)不眠、不安、抑うつ気分、胃重感、消化・吸収機能の低下などの随伴症状に対する対症療法や、3)治療関係を促進し、精神療法や行動療法への導入をはかることなどがある。  
薬物療法:1)過食と排出行動の改善、2)不眠、不安、抑うつ気分、胃重感、消化・吸収機能の低下などの随伴症状に対する対症療法や、3)治療関係を促進し、精神療法や行動療法への導入をはかることなどがある。  


1)について、種々の抗うつ薬の過食に対する有効性が検証されている。最近では、セロトニンの選択的な再取込み阻害作用を有する[[選択的セロトニン再取り込み阻害剤]]である[[wikipedia:JA:フルボキサミン|fluvoxamine]]、[[wikipedia:JA:セルトラリン|sertraline]]、[[wikipedia:JA:パロキセチン|paroxetine]]の有効性が報告されている。しかし我が国では、これらの薬剤が過食に対して認可されていない。しかしBN患者においてうつ状態を呈しやすく、うつ病や強迫性障害、パニック障害、社会不安障害などの不安障害の併存(comorbidity)が高率なのでこれらの治療でこれらのSSRIを投薬し、過食に対するも効果も期待できる。しかし抗うつ薬は、過食や嘔吐を減少させ、過食と嘔吐→抑うつ状態→過食と嘔吐といった悪循環を一時的に中断することにより、他の治療法を容易にし、その効果を高めることにより、本症からの回復に有効な補助手段となり得る。
1)について、種々の抗うつ薬の過食に対する有効性が検証されている。最近では、セロトニンの選択的な再取込み阻害作用を有する[[SSRI]]である[[wikipedia:JA:フルボキサミン|fluvoxamine]]、[[wikipedia:JA:セルトラリン|sertraline]]、[[wikipedia:JA:パロキセチン|paroxetine]]の有効性が報告されている。しかし我が国では、これらの薬剤が過食に対して認可されていない。しかしBN患者においてうつ状態を呈しやすく、うつ病や強迫性障害、パニック障害、社会不安障害などの不安障害の併存(comorbidity)が高率なのでこれらの治療でこれらのSSRIを投薬し、過食に対するも効果も期待できる。しかし抗うつ薬は、過食や嘔吐を減少させ、過食と嘔吐→抑うつ状態→過食と嘔吐といった悪循環を一時的に中断することにより、他の治療法を容易にし、その効果を高めることにより、本症からの回復に有効な補助手段となり得る。  


==== 家族への対応の仕方<ref name="cit5"/> ====  
==== 家族への対応の仕方<ref name="cit5"/> ====