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=== 長期増強と空間記憶  ===
=== 長期増強と空間記憶  ===
 海馬で発見されたシナプスの可塑的変化である長期増強(Long term potentiation; LTP)は、神経細胞レベルでの記憶現象であるみなされ、特に空間記憶におけるLTPの関与が集中的に研究された。その初期の実験において、LTPが減衰しやすい老齢ラットはBarnes迷路での空間課題の成績が悪いこと(Barnes, 1979)、貫通線維のシナプスを飽和させ、LTPを生じさせなくすると同課題において空間記憶障害が生じること(McNaughton, Barnes, Rao, Baldwin & Rasmussen, 1986)が報告され、LTPと空間記憶の相関関係が示された。
 海馬で発見されたシナプスの可塑的変化である長期増強(Long term potentiation; LTP)は、神経細胞レベルでの記憶現象であるみなされ、特に空間記憶におけるLTPの関与が集中的に研究された。その初期の実験において、LTPが減衰しやすい老齢ラットはBarnes迷路での空間課題の成績が悪いこと <ref><pubmed>221551  </pubmed></ref>、貫通線維のシナプスを飽和させ、LTPを生じさせなくすると同課題において空間記憶障害が生じること<ref><pubmed>3005525  </pubmed></ref> が報告され、LTPと空間記憶の相関関係が示された。


=== NMDA受容体と空間記憶  ===
=== NMDA受容体と空間記憶  ===
 LTPの誘発時に働くグルタミン酸NMDA受容体の薬理学的阻害による空間記憶課題への影響が検討されてきた。NMDA阻害薬として拮抗性AP5や非拮抗性MK-801などが使用された。AP5をラットの脳室内に慢性投与すると、水迷路場所課題の獲得が困難になるが、水迷路での視覚弁別課題の獲得には障害が生じなかった(Butcher, Hamberger, & Morris, 1991; Morris, 1989; Morris, Anderson, Lynch, & Baudry, 1986)。MK-801の腹腔内投与もまた、水迷路場所課題の獲得を妨げたが手掛り課題の獲得は妨げなかった(Robinson, Crooks, Shinkman, & Gallagher, 1989; Whishaw & Auer, 1989)。報酬課題である放射状迷路の場所課題の学習に対してもNMDA受容体阻害薬の効果が確認された(Ward, Mason, & Abraham, 1990)。このようにNMDA阻害薬が空間記憶課題の学習を選択的に妨げることから、空間記憶へのNMDA受容体の直接的関与が証明された。
 LTPの誘発時に働くグルタミン酸NMDA受容体の薬理学的阻害による空間記憶課題への影響が検討されてきた。NMDA阻害薬として拮抗性AP5や非拮抗性MK-801などが使用された。AP5をラットの脳室内に慢性投与すると、水迷路場所課題の獲得が困難になるが、水迷路での視覚弁別課題の獲得には障害が生じなかった <ref><pubmed>2869411</pubmed></ref>。MK-801の腹腔内投与もまた、水迷路場所課題の獲得を妨げたが手掛り課題の獲得は妨げなかった<ref>'''Robinson,G.S., Crooks, G.B., Shinkman, P.G.,& Gallagher, M.'''<br>Behavioral effects of MK-801 mimic deficits associated with hippocampal damage.<br>''Psychobiology.''1989;17:156–164.</ref>。報酬課題である放射状迷路の場所課題の学習に対してもNMDA受容体阻害薬の効果が確認された(Ward, Mason, & Abraham, 1990)。このようにNMDA阻害薬が空間記憶課題の学習を選択的に妨げることから、空間記憶へのNMDA受容体の直接的関与が証明された。


 ところで、記憶には、記銘(acquisition)と保持(retention)と想起(retrieval)の三つのプロセスがある。空間記憶について、NMDA受容体の阻害効果は記銘時に限定され、保持および想起を妨げることがないことが研究者間で一致して報告されている。具体的には、水迷路(Robinson et al., 1989: Heale & Harley, 1990)や放射状迷路(Shapiro & Caramanos, 1990)の場所課題の獲得時にAP5やMK-801を投与すると学習障害が生じるが、課題の獲得後に投与しても遂行は妨げられないという結果が得られている。海馬を完全に破壊すると、障害は記憶の全てのプロセスに及ぶことから、記憶形成時に限定された働きは、NMDA受容体の機能的特徴であるといえる。そして、この特徴はNMDA受容体が長期増強の誘発時にのみ必要とされるという分子レベルのプロセスと対応している。
 ところで、記憶には、記銘(acquisition)と保持(retention)と想起(retrieval)の三つのプロセスがある。空間記憶について、NMDA受容体の阻害効果は記銘時に限定され、保持および想起を妨げることがないことが研究者間で一致して報告されている。具体的には、水迷路(Robinson et al., 1989: Heale & Harley, 1990)や放射状迷路(Shapiro & Caramanos, 1990)の場所課題の獲得時にAP5やMK-801を投与すると学習障害が生じるが、課題の獲得後に投与しても遂行は妨げられないという結果が得られている。海馬を完全に破壊すると、障害は記憶の全てのプロセスに及ぶことから、記憶形成時に限定された働きは、NMDA受容体の機能的特徴であるといえる。そして、この特徴はNMDA受容体が長期増強の誘発時にのみ必要とされるという分子レベルのプロセスと対応している。
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