「両眼視野闘争」の版間の差分

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==両眼視野闘争と立体視==
==両眼視野闘争と立体視==
両眼視野闘争と立体視はどのような関係にあるのだろうか?右目と左目は離れているために、網膜にうつる世界の像は左目と右目で「微妙に」異なる。この違いは、奥行きの知覚を成立させる一つの手がかりになっている(「[[立体視]]」の項目を参照)。立体視では2つのイメージの違いが統合されて奥行き知覚に貢献する一方で、両眼視野闘争では2つの異なるイメージのどちらかだけが意識にのぼる。このように考えると、両者は矛盾する現象のように思えるが、同時に経験されることもある。立体視と視野闘争の関係は、両目からの情報が「微妙に」違う時は立体視、「非常に異なる」時は視野闘争、というような単純な関係ではない。


両眼視野闘争と立体視はさまざまなケースで同時に成立する[31-33]。例えば、右目と左目にうつる物体の位置が微妙にずれているために奥行きが感じられる一方で、両目にうつる色が十分に異なるために闘争が起こる、というような刺激条件を設定できる。また、両者の間には、輝度コントラストや両眼の視覚入力の類似度などに依存して、両眼視野闘争が優位となり両眼立体視が抑制されるなどの干渉効果もある[34-35]。


==両眼視野闘争と意識研究==
両眼視野闘争では、大脳以降での視覚処理システムへの入力が一定であるにもかかわらず、意識にのぼる刺激が交代する。この状況を用いて、時々刻々と変化する被験者による意識経験の報告にぴったりと相関するような神経活動(the Neuronal Correlates of Consciousness, NCC) を見つけよう、というのが今日での有力な意識の神経メカニズムを探る手法の一つである(「意識」の項目参照)。NCCの研究には、両眼視野闘争およびフラッシュ抑制の他にも、逆行マスキングや運動誘発盲などが用いられている [36]。
===両眼視野闘争による無意識の研究===
両眼視野闘争やフラッシュ抑制は、無意識の視覚処理の研究にも使われている。例えば、ある一定の光(太陽など)を数秒以上見つめ続けたあとに白い壁などに目を向けると、その刺激の残像(afterimage)が見える。連続フラッシュ抑制を用いて、残像をつくり出す刺激を一切意識にのぼらせなくても残像は生じる。これは、網膜のレベルで残像が生じており、網膜レベルのプロセスが意識の内容には関係がないからである。このような研究は他の残効(aftereffect)に関しても行われている [37]。
===注意による両眼視野闘争のコントロール===
「注意」が両眼視野闘争においてどのような役割を果たしているかを理解することは、前章で触れた両眼視野闘争の研究からどこまで意識のメカニズムに迫れるかを考える上で重要である。
 両眼視野闘争における知覚交代は、トップダウンの意図や注意などによってある程度制御できる。古くはHelmholtzが、注意によって知覚交代をバイアスさせることができるという観察結果を残しており[38]、日本においても柿崎(1948, 1963)が被験者に「一方の刺激を出現せしめようと努力し、出現したならばできるだけこれを持続しようとする態度」を取るよう教示したところ、教示した側の刺激の出現回数が多くなり、知覚時間も長くなるという結果を報告している[6, 39]。注意や意図によって、ある一定の時間内での知覚交代のスピードを早めたり遅めたりすることは可能だが、知覚交代を完全にストップさせたり、自由自在に近く交代を起こすことができるかどうかについては、未だにわかっていない[40, 41]。
===両眼視野闘争を使った意識の研究:NCC===
両眼視野闘争を使った神経基盤に関する研究は、主にサルを対象とした単一ニューロン記録研究と、ヒトを対象とした脳機能イメージング(functional Magnetic Resonance Imaging, fMRI)研究を中心に近年大きな発展をとげた。
サルを対象とした単一ニューロン記録の研究では、一次視覚野などの低次視覚野では両眼視野闘争時の知覚交代に関連した活動を示すニューロンが少なく(20%程度)、下側頭連合皮質(Inferior temporal cortex; IT)などの高次の視覚領野では多い(90%程度) [42,43]。一方で、fMRIで測った血液酸素処理レベル依存性信号(Blood oxygenation level dependent (BOLD) signal)によると、一次視覚野から記録された神経活動も視野闘争中に変化する意識の中身と相関しているし[44,45]、さらに初期の外側膝状体(Lateral geniculate nucleus; LGN)でも相関している [46]。
単一ニューロン記録とfMRIで、両眼視野闘争中に意識の中身と相関する神経活動が異なる理由には様々な可能性があり、現在でも研究が続いている。一つの可能性として、計測手法の違いが挙げられる。Maierらは、同一の刺激条件を用い、サルを対象とした両眼視野闘争知覚時の単一ニューロン活動、局所細胞外電位(Local field potential; LFP)、BOLD信号の比較を行った[47]。彼らは、一次視覚野での単一ニューロン記録では、大半のニューロンは知覚交代が生じても発火率を変化させないが、LFPとBOLD信号においては一次視覚野においても知覚交代によって活動が変化することを示した。
===意識に相関する神経活動と注意に相関する神経活動===
両眼視野闘争で、意識の中身が顔や建物の間で交代する時には、注意が向く対象もそれに伴って交代する。そのため、両眼視野闘争を意識研究のツールとして使い神経活動を計測した場合、意識の中身に相関するような神経活動は、同時に、注意が向けられている視覚処理とも相関することになる。ここで問題なのは、注意と意識の神経基盤は密接に関係があるものの、両者は異なるメカニズムによって支えられている可能性があることである。注意と意識の関係性は一つの大きなトピックであり、現在も議論が続いている([29, 48],  Frontiers in Consciousness Research のリサーチトピックも参照)。
実際に、2011年には過去のfMRI実験で示されたV1における意識に相関する神経活動は、実は注意に相関する神経活動であることが示された[49]。両眼視野闘争に関わる神経活動にどの程度トップダウン注意の影響が及んでいるのかは今後慎重に解明されるべき課題である。
==まとめ・今後の展望==
両眼視野闘争は、視覚システムへの入力が一定であるにもかかわらず、意識にのぼる刺激がランダムに切り替わる。実験状況がシンプルであるために、古くから哲学者から医学者、一般人まで広く興味を引きつけ、多くの心理学者や神経科学者がさまざまな研究を行なってきた。しかし、本稿でも触れたように、両眼視野闘争については未解明の部分がまだ多く、その時間空間的特性、「何」が闘争しているのか、注意や意識との関連性、神経基盤については現在も世界中で最も研究が行われている現象である。広範な文献を総括した専門書や、最新の知見が得られるウェブサイトを下記に挙げたので、興味のある読者は参考にされたい。
==参考文献==


(執筆者:竹村浩昌、土谷尚嗣、担当編集委員:藤田一郎)
(執筆者:竹村浩昌、土谷尚嗣、担当編集委員:藤田一郎)
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