「ゴルジ染色」の版間の差分

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担当編集委員:[https://researchmap.jp/masahikowatanabeo 渡辺 雅彦] (北海道大学大学院医学研究院 解剖学分野 解剖発生学教室)<br>
担当編集委員:[https://researchmap.jp/masahikowatanabeo 渡辺 雅彦] (北海道大学大学院医学研究院 解剖学分野 解剖発生学教室)<br>
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英語名:Golgi Method, Golgi Stain
英語名:Golgi Method, Golgi Stain 独:Golgi-Methode, Golgi-Färbung 仏:méthode de Golgi, coloration de Golgi
 
{{box|text= ゴルジ染色は、クロム酸とオスミウム酸で 固定した脳サンプルを、硝酸銀に沈めて神経細胞の微細構造を可視化する染色方法。ごくわずかの神経細胞がランダムに染⾊され、染まった細胞は⿊く、そのほかの細胞は無⾊であるため、鍍銀された神経細胞が明瞭に浮かび上がる。このため、本法による染⾊像は他の染⾊方法と⽐べて⾼いコントラストを有する。一方、煩雑でかつ成功までには技術を要する。}}


== ゴルジ染色とは ==
== ゴルジ染色とは ==
[[Image:golgi1.png|thumb|right|250px|'''図1. カミッロ・ゴルジ (Camilo Golgi 1844 年7 ⽉7 ⽇ ‒ 1926 年1 ⽉21 ⽇ 82歳没)''' <br />
[[Image:golgi1.png|thumb|right|250px|'''図1. カミッロ・ゴルジ (Camilo Golgi 1844 年7 ⽉7 ⽇ ‒ 1926 年1 ⽉21 ⽇ 82歳没)''' <br />
イタリア(19世紀イタリアの[[wj:ロンバルド=ヴェネト王国|ロンバルドヴェネド王国]])の[[wj:コルテノ・ゴルジ|コルテノゴルジ]]に⽣まれ[[wj:パヴィア⼤学|パヴィア⼤学]]医学部を卒業。ゴルジ染⾊と細胞⼩器官の[[ゴルジ体]]を発⾒する。ゴルジ染⾊によって可視化された神経細胞を観察し神経細胞は連続した「網状説」を提唱した。しかし、同じくゴルジ染⾊を使⽤し研究を⾏なった[[カハール]]は、ひとつひとつの神経細胞は独⽴しているとする「ニューロン説」を提唱した。全く違う説を提唱しながらもその功績の⼤きさに、2⼈は1906 年に[[ノーベル賞]]を受賞した(電⼦顕微鏡の開発により現在ではカハールのニューロン説が正しいとされている)。ウィキペディアより。]]
イタリア(19世紀イタリアの[[wj:ロンバルド=ヴェネト王国|ロンバルドヴェネド王国]])の[[wj:コルテノ・ゴルジ|コルテノゴルジ]]に⽣まれ[[wj:パヴィア⼤学|パヴィア⼤学]]医学部を卒業。ゴルジ染⾊と細胞⼩器官の[[ゴルジ体]]を発⾒する。ゴルジ染⾊によって可視化された神経細胞を観察し神経細胞は連続した「[[網状説]]」を提唱した。しかし、同じくゴルジ染⾊を使⽤し研究を⾏なった[[カハール]]は、ひとつひとつの神経細胞は独⽴しているとする「[[ニューロン説]]」を提唱した。全く違う説を提唱しながらもその功績の⼤きさに、2⼈は1906 年に[[wj:ノーベル賞|ノーベル賞]]を受賞した([[電⼦顕微鏡]]の開発により現在ではカハールのニューロン説が正しいとされている)。ウィキペディアより。]]


[[Image:golgi2.png|thumb|right|250px|'''図2. ゴルジ・コックス染⾊によるマウスの[[海⾺]][[⻭状回]]における顆粒細胞像''' <br />
[[Image:golgi2.png|thumb|right|250px|'''図2. ゴルジ・コックス染⾊によるマウスの[[海⾺]][[⻭状回]]における顆粒細胞像''' <br />
⿊い円状の[[神経細胞体]]から、写真の上⽅向にギザギザ様の突起(樹状突起)が伸びている。よく⾒ると樹状突起からコブのように⾶び出した構造物がでているのがわかる(スパイン)。また細胞体からは写真の下部⽅向に細い線維が出ているが、これは[[軸索]]である。ゴルジ染⾊・写真撮影(筆者)]]
⿊い円状の[[神経細胞体]]から、写真の上⽅向にギザギザ様の突起(樹状突起)が伸びている。よく⾒ると樹状突起からコブのように⾶び出した構造物がでているのがわかる(スパイン)。また細胞体からは写真の下部⽅向に細い線維が出ているが、これは[[軸索]]である。ゴルジ染⾊・写真撮影(筆者)]]


 [[ゴルジ]]染⾊は、イタリアのノーベル⽣理学医学賞受賞者の[[wj:カミッロ・ゴルジ|カミッロ・ゴルジ]](Camillo Golgi: 1843-1926 '''図1''')によって考案された鍍銀法の⼀種で、神経細胞の形態や[[樹状突起スパイン]]([[樹状突起]]に⾒られる[[棘突起構造]])などの微細構造を可視化するために⽤いられる染⾊法である。本法による染⾊像は他の化学染⾊や[[免疫染⾊]]と⽐べて⾼いコントラストを有するが、それはごくわずかの神経細胞がランダムに染⾊され、染まった細胞は⿊く、そのほかの細胞は無⾊であるため、鍍銀された神経細胞が明瞭に浮かび上がることによる('''図2''')。
 [[ゴルジ]]染⾊は、イタリアの[[wj:ノーベル生理学・医学賞|ノーベル生理学・医学賞]]受賞者の[[wj:カミッロ・ゴルジ|カミッロ・ゴルジ]](Camillo Golgi: 1843-1926 '''図1''')によって考案された鍍銀法の⼀種で、神経細胞の形態や[[樹状突起スパイン]]([[樹状突起]]に⾒られる[[棘突起構造]])などの微細構造を可視化するために⽤いられる染⾊法である。本法による染⾊像は他の化学染⾊や[[免疫染⾊]]と⽐べて⾼いコントラストを有するが、それはごくわずかの神経細胞がランダムに染⾊され、染まった細胞は⿊く、そのほかの細胞は無⾊であるため、鍍銀された神経細胞が明瞭に浮かび上がることによる('''図2''')。


 ゴルジ染⾊は、発⾒から約150 年になろうとする現在でも神経科学研究の第⼀線で利⽤される古典的な組織学的⼿法である。
 ゴルジ染⾊は、発⾒から約150 年になろうとする現在でも神経科学研究の第⼀線で利⽤される古典的な組織学的⼿法である。
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 1888 年にはイタリアの医師カハール(ゴルジと共に1906 年に神経系の構造に関する研究としてノーベル⽣理学医学賞を受賞)がゴルジの原法を改良し[[反応時間]]を短縮させた急速ゴルジ法(ラピッドゴルジ法)を編み出している(3)<ref>'''Cajal S R'''<br>Estructura de los centros nerviosos de las aves<br>''Cerebelo Rev Trim Histol Norm Patol,'' 1, 1-10: 1888</ref>。さらに1891 年には、オランダの医師コックスがゴルジ染⾊を改変した[[ゴルジ・コックス染⾊法]]を発表した(4)<ref name=CoxWH1891>'''Cox WH'''<br>Impragnation des centralen Nervensystems mit Quecksilbersalzen<br>''Arch. F. mikrosk. Anat., 37, 16-21,'': 1891</ref>。ゴルジ・コックス染⾊は、発表当時、ゴルジ染⾊よりも安定した結果が得られると評判になった。
 1888 年にはイタリアの医師カハール(ゴルジと共に1906 年に神経系の構造に関する研究としてノーベル⽣理学医学賞を受賞)がゴルジの原法を改良し[[反応時間]]を短縮させた急速ゴルジ法(ラピッドゴルジ法)を編み出している(3)<ref>'''Cajal S R'''<br>Estructura de los centros nerviosos de las aves<br>''Cerebelo Rev Trim Histol Norm Patol,'' 1, 1-10: 1888</ref>。さらに1891 年には、オランダの医師コックスがゴルジ染⾊を改変した[[ゴルジ・コックス染⾊法]]を発表した(4)<ref name=CoxWH1891>'''Cox WH'''<br>Impragnation des centralen Nervensystems mit Quecksilbersalzen<br>''Arch. F. mikrosk. Anat., 37, 16-21,'': 1891</ref>。ゴルジ・コックス染⾊は、発表当時、ゴルジ染⾊よりも安定した結果が得られると評判になった。


 ⽇本においては、神経解剖学者の萬年甫(1923−2011)がゴルジ・コックス染⾊法を⽤いて様々な[[動物]]の脳の神経構造を明らかにしてきた(5)<ref>'''萬年甫'''<br>動物の脳採集記<br>''中公新書'' :1361</ref>。とくに、1988年に出版された「猫脳ゴルジ染⾊図譜」は萬年甫が約30 年の歳⽉をかけて作成した脳地図で、本書はもはや神経解剖学の領域を超えて芸術の域に達している('''図3''')(6)<ref name=mannen1988>'''萬年甫'''<br>A dendro‐cyto‐myeloarchitectonic atlas of the catʼs brain 猫脳ゴルジ染⾊図譜<br>''岩波書店'' :1988</ref>。このような歴史のある染⾊法は、現在でも改良が加えられながら時折その⽅法が学術誌に紹介されている。
 ⽇本においては、神経解剖学者の萬年甫(1923−2011)がゴルジ・コックス染⾊法を⽤いて様々な[[動物]]の脳の神経構造を明らかにしてきた(5)<ref>'''萬年甫'''<br>動物の脳採集記<br>''中公新書'' :1361</ref>。とくに、1988年に出版された「猫脳ゴルジ染⾊図譜」は萬年甫が約30 年の歳⽉をかけて作成した脳地図で、本書はもはや神経解剖学の領域を超えて芸術の域に達している('''図3''')(6)<ref name=mannen1988>'''萬年甫'''<br>A dendro‐cyto‐myeloarchitectonic atlas of the catʼs brain 猫脳ゴルジ染⾊図譜<br>''岩波書店'' :1988 ISBN 9784000097697</ref>。このような歴史のある染⾊法は、現在でも改良が加えられながら時折その⽅法が学術誌に紹介されている。


== ゴルジ染⾊法の原理 ==
== ゴルジ染⾊法の原理 ==