「ゴルジ染色」の版間の差分

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英語名:Golgi Method, Golgi Stain 独:Golgi-Methode, Golgi-Färbung 仏:méthode de Golgi, coloration de Golgi
英語名:Golgi Method, Golgi Stain 独:Golgi-Methode, Golgi-Färbung 仏:méthode de Golgi, coloration de Golgi


{{box|text= ゴルジ染色は、クロム酸とオスミウム酸で 固定した脳サンプルを、硝酸銀に沈めて神経細胞の微細構造を可視化する染色方法。ごくわずかの神経細胞がランダムに染⾊され、染まった細胞は⿊く、そのほかの細胞は無⾊であるため、鍍銀された神経細胞が明瞭に浮かび上がる。このため、本法による染⾊像は他の染⾊方法と⽐べて⾼いコントラストを有する。一方、煩雑でかつ成功までには技術を要する。}}
{{box|text= ゴルジ染色は、クロム酸とオスミウム酸で 固定した脳サンプルを、硝酸銀に沈めて神経細胞の微細構造を可視化する染色方法。ごくわずかの神経細胞がランダムに染⾊され、染まった細胞は⿊く、そのほかの細胞は無⾊であるため、鍍銀された神経細胞の樹状突起スパインなどの微細構造が明瞭に浮かび上がる。このため、本法による染⾊像は他の染⾊方法と⽐べて⾼いコントラストを有する。一方、煩雑でかつ成功までには技術を要する。}}


== ゴルジ染色とは ==
== ゴルジ染色とは ==
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 ⽇本においては、神経解剖学者の萬年甫(1923−2011)がゴルジ・コックス染⾊法を⽤いて様々な[[動物]]の脳の神経構造を明らかにしてきた(5)<ref>'''萬年甫'''<br>動物の脳採集記<br>''中公新書'' :1361</ref>。とくに、1988年に出版された「猫脳ゴルジ染⾊図譜」は萬年甫が約30 年の歳⽉をかけて作成した脳地図で、本書はもはや神経解剖学の領域を超えて芸術の域に達している('''図3''')(6)<ref name=mannen1988>'''萬年甫'''<br>A dendro‐cyto‐myeloarchitectonic atlas of the catʼs brain 猫脳ゴルジ染⾊図譜<br>''岩波書店'' :1988 ISBN 9784000097697</ref>。このような歴史のある染⾊法は、現在でも改良が加えられながら時折その⽅法が学術誌に紹介されている。
 ⽇本においては、神経解剖学者の萬年甫(1923−2011)がゴルジ・コックス染⾊法を⽤いて様々な[[動物]]の脳の神経構造を明らかにしてきた(5)<ref>'''萬年甫'''<br>動物の脳採集記<br>''中公新書'' :1361</ref>。とくに、1988年に出版された「猫脳ゴルジ染⾊図譜」は萬年甫が約30 年の歳⽉をかけて作成した脳地図で、本書はもはや神経解剖学の領域を超えて芸術の域に達している('''図3''')(6)<ref name=mannen1988>'''萬年甫'''<br>A dendro‐cyto‐myeloarchitectonic atlas of the catʼs brain 猫脳ゴルジ染⾊図譜<br>''岩波書店'' :1988 ISBN 9784000097697</ref>。このような歴史のある染⾊法は、現在でも改良が加えられながら時折その⽅法が学術誌に紹介されている。


== ゴルジ染⾊法の原理 ==
==原理 ==
 ゴルジ染⾊とゴルジ・コックス染⾊は⽤いる化合物が異なっており、ゴルジ染⾊ではシンプルにオスミウム酸と[[wj:⼆クロム酸カリウム|⼆クロム酸カリウム]]で固定した脳を硝酸銀⽔溶液に漬けるのみであるが、ゴルジ・コックス染⾊では、⼆クロム酸に加えて[[wj:クロム酸カリウム|クロム酸カリウム]]と[[wj:塩化⽔銀|塩化水銀]]で固定した脳を[[wj:アンモニア|アンモニア]]⽔で発⾊(⿊化)させている(7, 8)<ref name=NautaW1970>'''Eds: Nauta Walle JH; Ebbesson Sven OE'''<br>Contemporary Research Methods in Neuroanatomy<br>''Springer'': 1970</ref><ref name=HW2017>'''Kang HW et al.'''<br>Comprehensive Review of Golgi Staining Methods for Nervous Tissue<br>''Kang Appl Microsc.,'' 47, 63-69: 2017</ref>。すなわちゴルジ染⾊ではクロム酸銀の沈着を、またゴルジ・コックス染⾊では、⽔銀とアンモニア⽔による反応で⾦属⽔銀の沈着を観察することとなる。(9)(アリゾナ州立大学 James P. Birkのウェブサイト[http://www.public.asu.edu/~jpbirk/qual/qualanal/mercury.html Mercury]を参照。
 ゴルジ染⾊とゴルジ・コックス染⾊は⽤いる化合物が異なっており、ゴルジ染⾊では単にオスミウム酸と[[wj:⼆クロム酸カリウム|⼆クロム酸カリウム]]で固定した脳を硝酸銀⽔溶液に漬けるのみであるが、ゴルジ・コックス染⾊では、⼆クロム酸に加えて[[wj:クロム酸カリウム|クロム酸カリウム]]と[[wj:塩化⽔銀|塩化水銀]]で固定した脳を[[wj:アンモニア|アンモニア]]⽔で発⾊(⿊化)させている(7, 8)<ref name=NautaW1970>'''Eds: Nauta Walle JH; Ebbesson Sven OE'''<br>Contemporary Research Methods in Neuroanatomy<br>''Springer'': 1970</ref><ref name=HW2017>'''Kang HW et al.'''<br>Comprehensive Review of Golgi Staining Methods for Nervous Tissue<br>''Kang Appl Microsc.,'' 47, 63-69: 2017</ref>。すなわちゴルジ染⾊ではクロム酸銀の沈着を、またゴルジ・コックス染⾊では、⽔銀とアンモニア⽔による反応で⾦属⽔銀の沈着を観察することとなる。(9)(アリゾナ州立大学 James P. Birkのウェブサイト[http://www.public.asu.edu/~jpbirk/qual/qualanal/mercury.html Mercury]を参照。


 これらの⽅法はともに、ごくわずかの神経細胞をランダムに染⾊し、染⾊された神経は⿊く強調され、そのほかの細胞は全く染⾊されないという⾮常に⾼いシグナル/ノイズ⽐をもたらすが、この成因については未だ明らかにされていない(10)<ref>'''Nicholls JG et al.'''<br>From neuron to brain<br>''Sinauer Associates Inc.,'' pp. 5,: 2001</ref>。コックスが論⽂の中で述べたゴルジ染⾊の特⾊を、萬年甫は⾃らの書籍の中で次のように紹介している。「化合物の化学的あるいは物理的組成が、おそらく細胞の⽣理的状態の違い、あるいは細胞の死と関連してこのような差異を⽣ずるに違いない」と(4, 11)<ref name=CoxWH1891/><ref name=Mannen2011>'''萬年甫'''<br>脳を固める・切る・染める−先⼈の知恵−<br>''メディカルレビュー社'' p176-177,: 2011</ref>。
 これらの⽅法はともに、ごくわずかの神経細胞をランダムに染⾊し、染⾊された神経は⿊く強調され、そのほかの細胞は全く染⾊されないという⾮常に⾼いシグナル/ノイズ⽐をもたらすが、この成因については未だ明らかにされていない(10)<ref>'''Nicholls JG et al.'''<br>From neuron to brain<br>''Sinauer Associates Inc.,'' pp. 5,: 2001</ref>。コックスが論⽂の中で述べたゴルジ染⾊の特⾊を、萬年甫は⾃らの書籍の中で次のように紹介している。「化合物の化学的あるいは物理的組成が、おそらく細胞の⽣理的状態の違い、あるいは細胞の死と関連してこのような差異を⽣ずるに違いない」と(4, 11)<ref name=CoxWH1891/><ref name=Mannen2011>'''萬年甫'''<br>脳を固める・切る・染める−先⼈の知恵−<br>''メディカルレビュー社'' p176-177,: 2011</ref>。


== ゴルジ染⾊の⽅法 ==
==⽅法 ==
=== ゴルジ染色(原法) ===
=== 原法 ===
 ゴルジ染色の原法(7)<ref name=NautaW1970/>を記載する。
 ゴルジ染色の原法(7)<ref name=NautaW1970/>を記載する。
# 2.3% (w/w) ⼆クロム酸カリウムならびに0.19% (w/w)[[wj:酸化オスミウム(VIII)|四酸化オスミウム]]を含んだ固定液を作成し、約4-5 mm ⾓の脳標品を20 mL の固定液に浸漬する。室温で7⽇間保存する。
# 2.3% (w/w) ⼆クロム酸カリウムならびに0.19% (w/w)[[wj:酸化オスミウム(VIII)|四酸化オスミウム]]を含んだ固定液を作成し、約4-5 mm ⾓の脳標品を20 ml の固定液に浸漬する。室温で7⽇間保存する。
# その後、脳標品を0.75%硝酸銀⽔溶液ですすぎ、あらたに硝酸銀⽔溶液を注ぎ⼊れ室温で⼀晩保存する。
# その後、脳標品を0.75%硝酸銀⽔溶液ですすぎ、あらたに硝酸銀⽔溶液を注ぎ⼊れ室温で⼀晩保存する。
# リンスをせずに脳標品を1 の溶液に戻し6⽇間再固定する。
# リンスをせずに脳標品を1.の溶液に戻し6⽇間再固定する。
# 新しい硝酸銀⽔溶液を⽤いて2の操作を繰り返し2晩保存する。
# 新しい硝酸銀⽔溶液を⽤いて2.の操作を繰り返し2晩保存する。
# 新しい1 の固定液再び沈め3⽇間保存する。
# 新しい1.の固定液再び沈め3⽇間保存する。
# 100%[[wj:エタノール|エタノール]]で脱⽔し、ソフトパラフィン(⽩⾊ワセリン)内に包埋をする。
# 100%[[wj:エタノール|エタノール]]で脱⽔し、ソフトパラフィン(⽩⾊ワセリン)内に包埋をする。
# 100%エタノールで湿らせながらスライド式ミクロトームで100-300 μm 程度に薄切する。薄切した切⽚は100%エタノールの⼊った容器に15 分間沈め、その後、クローブ油か[[wj:テレビン油|テレピン油]]の⼊った容器に移して15 分間沈める。
# 100%エタノールで湿らせながらスライド式ミクロトームで100-300 μm 程度に薄切する。薄切した切⽚は100%エタノールの⼊った容器に15 分間沈め、その後、[[w:Oil of clove|クローブ油]]か[[wj:テレビン油|テレピン油]]の⼊った容器に移して15 分間沈める。
# スライドガラスに伸展した後に[[wj:キシレン|キシレン]]でオイルを落とし、中性の封⼊剤を乗せてカバーガラスなしに硬化させる。
# スライドガラスに伸展した後に[[wj:キシレン|キシレン]]でオイルを落とし、中性の封⼊剤を乗せてカバーガラスなしに硬化させる。


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 いくつかの修正された⽅法が⽰されているが、ここでは代表的な⽅法を記載した(12, 13)<ref><pubmed> 27065817</pubmed></ref>。詳細は東北大学 内田によるウェブサイト [http://www.bio.is.tohoku.ac.jp/~uchida/golgi.html ゴルジ染色]を参照。
 いくつかの修正された⽅法が⽰されているが、ここでは代表的な⽅法を記載した(12, 13)<ref><pubmed> 27065817</pubmed></ref>。詳細は東北大学 内田によるウェブサイト [http://www.bio.is.tohoku.ac.jp/~uchida/golgi.html ゴルジ染色]を参照。
# 5%⼆クロム酸カリウム⽔溶液(たとえば100 ml 蒸留⽔に5 グラム)と5%塩化⽔銀⽔溶液(100 ml 蒸留⽔に5 グラム)、ならびに5%クロム酸カリウム⽔溶液(80 ml 蒸留⽔に4グラム)を作成する。
# 5%⼆クロム酸カリウム⽔溶液(たとえば100 ml 蒸留⽔に5 グラム)と5%塩化⽔銀⽔溶液(100 ml 蒸留⽔に5 グラム)、ならびに5%クロム酸カリウム⽔溶液(80 ml 蒸留⽔に4グラム)を作成する。
# 作成した5%⼆クロム酸カリウム⽔溶液と5%塩化⽔銀⽔溶液を混合し(合計200 ml)、ガラス棒を⽤いて撹拌する。3. 2 で混合した溶液と5%クロム酸カリウム⽔溶液を混合し、さらに蒸留⽔を200 ml を加える。溶液の⼊ったボトルは遮光し2⽇から1週間程度暗所室温で保存してから使⽤する。
# 作成した5%⼆クロム酸カリウム⽔溶液と5%塩化⽔銀⽔溶液を混合し(合計200 ml)、ガラス棒を⽤いて撹拌する。
#2.で混合した溶液と5%クロム酸カリウム⽔溶液を混合し、さらに蒸留⽔を200 ml を加える。溶液の⼊ったボトルは遮光し2⽇から1週間程度暗所室温で保存してから使⽤する。
# [[還流]]することなく⽣理⾷塩⽔ですすいだ脳標本([[マウス]]脳程度の⼤きさにトリミングした標本)をバイアルビンなどに⼊れて、3 のゴルジ液を注ぐ。標本を暗所(室温)に静置し、2⽇後にゴルジ液を廃棄。新たなゴルジ液を注ぎ、さらに1-2 週間寝かす。
# [[還流]]することなく⽣理⾷塩⽔ですすいだ脳標本([[マウス]]脳程度の⼤きさにトリミングした標本)をバイアルビンなどに⼊れて、3 のゴルジ液を注ぐ。標本を暗所(室温)に静置し、2⽇後にゴルジ液を廃棄。新たなゴルジ液を注ぎ、さらに1-2 週間寝かす。
# この間にクリオプロテクタント液を作成する。300 g [[wj:スクロース|ショ糖]]、10 g [[wj:ポリビニルピロリドン|ポリビニルピロリドン]]、300 ml [[wj:エチレングリコール|エチレングリコール]]を蒸留⽔に溶解1 リットルに保存する。
# この間にクリオプロテクタント液を作成する。300 g [[wj:スクロース|ショ糖]]、10 g [[wj:ポリビニルピロリドン|ポリビニルピロリドン]]、300 ml [[wj:エチレングリコール|エチレングリコール]]を蒸留⽔に溶解1 リットルに保存する。
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 ゴルジ・コックス染⾊液では、⼆クロム酸カリウムだけでなく、クロム酸カリウムを加えているが、⼆クロム酸カリウム溶液(5% ⽔溶液でpH 8.5 からpH9.5 を⽰す)によって酸性に傾いた[[wj:水素イオン指数|⽔素イオン濃度]]を中性に戻す働きがある(4,8, 11)<ref name=CoxWH1891/><ref name=HW2017/><ref name=Mannen2011/>。このことから、反応温度や時間にくわえて溶液のpH も染⾊結果に影響をもたらすと理解できる。
 ゴルジ・コックス染⾊液では、⼆クロム酸カリウムだけでなく、クロム酸カリウムを加えているが、⼆クロム酸カリウム溶液(5% ⽔溶液でpH 8.5 からpH9.5 を⽰す)によって酸性に傾いた[[wj:水素イオン指数|⽔素イオン濃度]]を中性に戻す働きがある(4,8, 11)<ref name=CoxWH1891/><ref name=HW2017/><ref name=Mannen2011/>。このことから、反応温度や時間にくわえて溶液のpH も染⾊結果に影響をもたらすと理解できる。


==外部リンク==
*筆者によるウェブサイト [http://www.bio.is.tohoku.ac.jp/~uchida/golgi.html ゴルジ染色]
*アリゾナ州立大学 James P. Birkのウェブサイト[http://www.public.asu.edu/~jpbirk/qual/qualanal/mercury.html Mercury]
== 参考⽂献 ==
== 参考⽂献 ==
<references/>
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