「ゲノム編集」の版間の差分

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{{box|text= 遺伝子は、生物の機能を規定する大きな要因の一つである。次世代シークエンサーの開発により、様々な生物種における遺伝子配列の情報や疾患に関与する遺伝子変異が明らかにされている。しかし、塩基配列を比較するだけでは、遺伝子の機能や疾患の病態を明らかにすることは難しい。ゲノム配列を自由に改変し、その影響を解析できて、初めて生命現象や疾患における遺伝子の役割を理解できる。ゲノム編集は、全ての生物・細胞の、全てのゲノム配列を自在に改変することである。この技術は、神経科学のみならず、多くの生命科学への応用が期待されている[1]。}}
{{box|text= 遺伝子は、生物の機能を規定する大きな要因の一つである。次世代シークエンサーの開発により、様々な生物種における遺伝子配列の情報や疾患に関与する遺伝子変異が明らかにされている。しかし、塩基配列を比較するだけでは、遺伝子の機能や疾患の病態を明らかにすることは難しい。ゲノム配列を自由に改変し、その影響を解析できて、初めて生命現象や疾患における遺伝子の役割を理解できる。ゲノム編集は、全ての生物・細胞の、全てのゲノム配列を自在に改変することである。この技術は、神経科学のみならず、多くの生命科学への応用が期待されている<ref><pubmed>24444057</pubmed></ref>[1]。}}


== ゲノム編集とは ==
== ゲノム編集とは ==
=== 原理 ===
=== 原理 ===
 ゲノム編集は、狙ったゲノム部位にDNAの二本鎖切断を起こし、その後に誘導されるDNAの修復機構を利用し、標的ゲノムの破壊・塩基置換、標的ゲノム部位への外来遺伝子の挿入(ノックイン)などを可能にする技術である(図1)。細胞にはDNA二本鎖切断に対する2つの主要な修復機構が存在する。一つは、非相同末端結合(non-homologous end joining, NHEJ)であり、切断された末端同士を直接連結する。NHEJによる修復は、再連結の際、ヌクレオチドの欠失(数塩基から数百塩基)・挿入(数塩基から数十塩基)を高頻度で起こすため、修復の正確性は低い。従って、DNA二本鎖切断をタンパク質のコード領域に起こし、NHEJを利用しフレームシフトを起こすことにより遺伝子機能を破壊することができる。もう一つの修復機構である相同組換えは、外部から導入した鋳型DNAを利用して正確な修復を行う。鋳型DNAに塩基置換や他の遺伝子を挿入することにより、標的ゲノムの塩基置換や外来遺伝子のノックインをすることができる。さらに、ゲノム編集技術を用いると、同一染色体上の2箇所を切断することにより、大きな欠失や逆位、異なる染色体を切断することにより、染色体転座を起こすことができ、染色体の編集も可能である。NHEJによる修復は、細胞周期を通して作動するが、相同組換えによる修復はS期からG2期にしか起こらず頻度は低い。
 ゲノム編集は、狙ったゲノム部位にDNAの二本鎖切断を起こし、その後に誘導されるDNAの修復機構を利用し、標的ゲノムの破壊・塩基置換、標的ゲノム部位への外来遺伝子の挿入([[ノックイン]])などを可能にする技術である(図1)。細胞にはDNA二本鎖切断に対する2つの主要な修復機構が存在する。一つは、非相同末端結合(non-homologous end joining, NHEJ)であり、切断された末端同士を直接連結する。NHEJによる修復は、再連結の際、ヌクレオチドの欠失(数塩基から数百塩基)・挿入(数塩基から数十塩基)を高頻度で起こすため、修復の正確性は低い。従って、DNA二本鎖切断をタンパク質のコード領域に起こし、NHEJを利用しフレームシフトを起こすことにより遺伝子機能を破壊することができる。もう一つの修復機構である相同組換えは、外部から導入した鋳型DNAを利用して正確な修復を行う。鋳型DNAに塩基置換や他の遺伝子を挿入することにより、標的ゲノムの塩基置換や外来遺伝子のノックインをすることができる。さらに、ゲノム編集技術を用いると、同一染色体上の2箇所を切断することにより、大きな欠失や逆位、異なる染色体を切断することにより、染色体転座を起こすことができ、染色体の編集も可能である。NHEJによる修復は、細胞周期を通して作動するが、相同組換えによる修復はS期からG2期にしか起こらず頻度は低い。


=== ツール ===
=== ツール ===
 ゲノム編集にとって最も重要なステップは、ゲノム上の狙った塩基配列にDNA二本鎖切断を導入することである。そのために、ZFN(zinc-finger nuclease)、TALEN(transcription activator-like effector nuclease)、CRISPR/Cas9(clustered regularly interspaced short palindromic repeats (CRISPR)/CRISPR-associated proteins(Cas)、以下CRISPR/Casと略)などの部位特異的ヌクレアーゼを用いる(図2)。1996年に報告されたZFNと2010年に報告されたTALENは、DNA二本鎖切断活性を持つFokIヌクレアーゼにDNA結合タンパク質のDNA結合ドメインを融合した一対の人工ヌクレアーゼを用い、狙った標的部位にDNA二本鎖切断を導入する。第一世代のZFNは、DNA結合ドメインとしてzinc fingerを持つ人工ヌクレアーゼで、1つのzinc fingerは3塩基を認識するので、3〜6個のzinc fingerを持つZFNは9〜18bp(base pair)に特異的に結合し、一対で18〜36bpの特異性でDNA二本鎖切断を導入する。第二世代のTALENは、DNA結合ドメインとして植物病原細菌のXanthomonas属が有するTALEを持つ人工ヌクレアーゼである。TALEのDNA結合ドメインは、1塩基を認識する34個のアミノ酸が一単位となり、それを15〜20単位持つTALENをセンス鎖、アンチセンス鎖それぞれに作製し、狙った標的部位にDNA二本鎖切断を導入する。第三世代のCRISPR/Casは、単独でDNA二本鎖切断活性を持つCasヌクレアーゼと標的配列特異的一本鎖ガイドRNAとの複合体を用い、狙った塩基配列にDNA二本鎖切断を導入する。この中で、2012年に発表されたCRISPR/Cas9は、その利便性、高効率、汎用性から、わずか1年の間に世界中で使われるゲノム編集の標準技術となった[2]。
 ゲノム編集にとって最も重要なステップは、ゲノム上の狙った塩基配列にDNA二本鎖切断を導入することである。そのために、[[ZFN]](zinc-finger nuclease)、[[TALEN]](transcription activator-like effector nuclease)、[[CRISPR/Cas9]](clustered regularly interspaced short palindromic repeats (CRISPR)/CRISPR-associated proteins(Cas)、以下CRISPR/Casと略)などの部位特異的ヌクレアーゼを用いる(図2)。1996年に報告されたZFNと2010年に報告されたTALENは、DNA二本鎖切断活性を持つFokIヌクレアーゼにDNA結合タンパク質のDNA結合ドメインを融合した一対の人工ヌクレアーゼを用い、狙った標的部位にDNA二本鎖切断を導入する。第一世代のZFNは、DNA結合ドメインとしてzinc fingerを持つ人工ヌクレアーゼで、1つのzinc fingerは3塩基を認識するので、3〜6個のzinc fingerを持つZFNは9〜18bp(base pair)に特異的に結合し、一対で18〜36bpの特異性でDNA二本鎖切断を導入する。第二世代のTALENは、DNA結合ドメインとして植物病原細菌のXanthomonas属が有するTALEを持つ人工ヌクレアーゼである。TALEのDNA結合ドメインは、1塩基を認識する34個のアミノ酸が一単位となり、それを15〜20単位持つTALENをセンス鎖、アンチセンス鎖それぞれに作製し、狙った標的部位にDNA二本鎖切断を導入する。第三世代のCRISPR/Casは、単独でDNA二本鎖切断活性を持つCasヌクレアーゼと標的配列特異的一本鎖ガイドRNAとの複合体を用い、狙った塩基配列にDNA二本鎖切断を導入する。この中で、2012年に発表されたCRISPR/Cas9は、その利便性、高効率、汎用性から、わずか1年の間に世界中で使われるゲノム編集の標準技術となった<ref><pubmed>24665839</pubmed></ref>[2]。


== CRISPR/Casシステム ==
== CRISPR/Casシステム ==
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=== DNAの編集 ===
=== DNAの編集 ===
==== CRISPR/Cas9システム ====
==== CRISPR/Cas9システム ====
 CRISPR/Cas9システムは、クラス2のⅡ型に分類されるCRISPR/Casシステムであり、CRISPR RNA (crRNA:外来DNA断片と相補的配列を持つ)、trans-activating crRNA (tracrRNA:crRNAの外来DNAと相補的配列以外の部分に結合し、Cas9とcrRNAの複合体形成に必要である)、Cas9タンパク質の3種類の要素から成っている(図2c)。Streptococcus pyogenes株由来のCas9タンパク質は、標的ゲノム配列の下流にある3つの塩基;N(G, A, T, or C)GGをPMA配列(Proto-spacer Adjacent Motif)として認識し、その3塩期上流を切断する。現在普及しているシステムは、標的DNAに対して相補的配列を持つcrRNAの3’末端にtracrRNAを連結させたsingle guide RNA (sgRNA)とCas9を発現させることにより、ゲノムDNA上の狙った部位にDNA二本鎖切断を導入する。約100塩基のsgRNAのうち、DNA二本鎖切断の標的部位を規定するのは標的部位と相補的配列を持つ20塩基のみである。従って、CRISPR/Cas9システムをゲノム編集ツールとして利用する場合、標的ごとに変える必要があるのはわずか20塩基のみであり、それ以外の塩基配列およびCas9はすべて共通である。CRISPR/Cas9システムは、ガイドRNAの作製の簡便さ、ガイドRNAを増やすことにより複数遺伝子の同時編集が可能なことから、誰もが使うことのできるゲノム編集ツールとして急速に普及した。2012年の最初の発表以来、大腸菌、ヒト細胞からゼブラフィッシュに至る多くの細胞・生物種への応用が報告されている[3]。いまやヒトやサルを含むあらゆる動物個体、植物、微生物への利用が急速に広がっている。
 CRISPR/Cas9システムは、クラス2のⅡ型に分類されるCRISPR/Casシステムであり、CRISPR RNA (crRNA:外来DNA断片と相補的配列を持つ)、trans-activating crRNA (tracrRNA:crRNAの外来DNAと相補的配列以外の部分に結合し、Cas9とcrRNAの複合体形成に必要である)、Cas9タンパク質の3種類の要素から成っている(図2c)。Streptococcus pyogenes株由来のCas9タンパク質は、標的ゲノム配列の下流にある3つの塩基;N(G, A, T, or C)GGをPMA配列(Proto-spacer Adjacent Motif)として認識し、その3塩期上流を切断する。現在普及しているシステムは、標的DNAに対して相補的配列を持つcrRNAの3’末端にtracrRNAを連結させたsingle guide RNA (sgRNA)とCas9を発現させることにより、ゲノムDNA上の狙った部位にDNA二本鎖切断を導入する。約100塩基のsgRNAのうち、DNA二本鎖切断の標的部位を規定するのは標的部位と相補的配列を持つ20塩基のみである。従って、CRISPR/Cas9システムをゲノム編集ツールとして利用する場合、標的ごとに変える必要があるのはわずか20塩基のみであり、それ以外の塩基配列およびCas9はすべて共通である。CRISPR/Cas9システムは、ガイドRNAの作製の簡便さ、ガイドRNAを増やすことにより複数遺伝子の同時編集が可能なことから、誰もが使うことのできるゲノム編集ツールとして急速に普及した。2012年の最初の発表以来、大腸菌、ヒト細胞からゼブラフィッシュに至る多くの細胞・生物種への応用が報告されている<ref><pubmed> 25430774</pubmed></ref>[3]。いまやヒトやサルを含むあらゆる動物個体、植物、微生物への利用が急速に広がっている。


 ゲノム編集ツールとしてのCRISPR/Cas9システムの大きな問題点は、「オフターゲット」と「PAM配列の制約」である。オフターゲットとは、標的でないゲノム部位のDNA配列を変えてしまうことである。オフターゲットの起こる頻度は、細胞種・標的遺伝子座・ガイドRNAなどにより大きく変化する。オフターゲットを回避する方法として、ダブルニッキング法が考案されている。天然型のCas9は2つのヌクレアーゼドメインを持っているが、その一方をアミノ酸置換により不活性化した一本鎖切断型Cas9(Cas9 nickase)を用いる方法が考案されている[4][5]。標的部位に近接したセンス鎖、アンチセンス鎖に1対のCRISPR/Cas9 nickaseが結合した際にのみDNA二本鎖切断が誘導されるので、オフターゲットの起こる頻度は少なくなる。最近、Cas9 nickaseを用いた標的部位でのゲノム編集効率は、天然型のCas9編集効率と同等かそれ以上であることが報告されている[6]。また、CRISPR/Cas9を用いて作製された遺伝子改変マウスにおけるオフターゲットの頻度は、全ゲノムレベルで解析した例が少なく確定的ではないが、当初報告されたよりは少ないと考えられている[7][8]。現在ゲノム編集で最もよく使われているSpCas9は化膿レンサ球菌由来であり、DNA二本鎖切断の部位を決めるには標的DNA配列の下流に隣接するNGGというPAM配列が必要である。このPAM配列の制約により、ゲノムの全ての場所を編集できないという制限があった。David Liuのグループは、PACE (phage-assisted continuous evolution)を利用して、NG、GAAおよびGATをPAMとするSpCas9変異体 (xCas9)の作成に成功した[9]。xCas9は哺乳類細胞において、最も広範なPAM配列を認識する制約の少ないCasである。さらに機序は不明であるが、xCas9はオフターゲットの頻度も抑制し、Cas9の主要な欠点であるオフターゲットとPAM配列の制約の2つを回避できる理想的なゲノム編集ツールである。
 ゲノム編集ツールとしてのCRISPR/Cas9システムの大きな問題点は、「オフターゲット」と「PAM配列の制約」である。オフターゲットとは、標的でないゲノム部位のDNA配列を変えてしまうことである。オフターゲットの起こる頻度は、細胞種・標的遺伝子座・ガイドRNAなどにより大きく変化する。オフターゲットを回避する方法として、ダブルニッキング法が考案されている。天然型のCas9は2つのヌクレアーゼドメインを持っているが、その一方をアミノ酸置換により不活性化した一本鎖切断型Cas9(Cas9 nickase)を用いる方法が考案されている<ref><pubmed>23992846</pubmed></ref> <ref><pubmed>27208701</pubmed></ref>[4][5]。標的部位に近接したセンス鎖、アンチセンス鎖に1対のCRISPR/Cas9 nickaseが結合した際にのみDNA二本鎖切断が誘導されるので、オフターゲットの起こる頻度は少なくなる。最近、Cas9 nickaseを用いた標的部位でのゲノム編集効率は、天然型のCas9編集効率と同等かそれ以上であることが報告されている<ref><pubmed> 29584876</pubmed></ref>[6]。また、CRISPR/Cas9を用いて作製された遺伝子改変マウスにおけるオフターゲットの頻度は、全ゲノムレベルで解析した例が少なく確定的ではないが、当初報告されたよりは少ないと考えられている<ref>CRISPR off-targets: a reassessment.<br>
Nature Methods. 2018, 15(4):229-30. doi:10.1038/nmeth.4664</ref> <ref>'''Schaefer KA, Darbo BW, Colgan DF, Tsang SH, Bassuk AG, Mahajan VB.'''<br>Corrigendum and follow-up: Whole genome sequencing of multiple CRISPR-edited mouse lines suggests no excess mutations.<br>bioRxiv. 2017, Posted Jun. 23. Doi: http://dx.org/10.1101/154450</pubmed></ref> [7][8]。現在ゲノム編集で最もよく使われているSpCas9は化膿レンサ球菌由来であり、DNA二本鎖切断の部位を決めるには標的DNA配列の下流に隣接するNGGというPAM配列が必要である。このPAM配列の制約により、ゲノムの全ての場所を編集できないという制限があった。David Liuのグループは、PACE (phage-assisted continuous evolution)を利用して、NG、GAAおよびGATをPAMとするSpCas9変異体 (xCas9)の作成に成功した[9]。xCas9は哺乳類細胞において、最も広範なPAM配列を認識する制約の少ないCasである。さらに機序は不明であるが、xCas9はオフターゲットの頻度も抑制し、Cas9の主要な欠点であるオフターゲットとPAM配列の制約の2つを回避できる理想的なゲノム編集ツールである。


==== CRISPR/Cpf1システム ====
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