「トリプレット病」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
1行目: 1行目:
トリプレット病 (trinucleotide repeat disorders, triplet repeat diseases) とはゲノム内の遺伝子に存在する3塩基の繰り返し配列(トリプレット・リピート)が異常に伸長することによっておこる一群の遺伝性神経疾患のことである。これらの疾患においては、リピート長が遺伝学的に不安定で、親から子孫への疾患遺伝子の伝播に伴ってリピート長が変動することが多い。世代を経る毎に発症年齢が若年化し、疾患の病態がより重篤になる表現促進現象 (anticipation)が認められることがあり、従って一般にそれぞれの疾患の表現型は同一家系内でも多様である。現在までに典型的なトリプレット病として、若年性発症の精神遅滞を主徴とする疾患から中年期以降に発症する神経変性疾患まで少なくとも16種類の疾患が知られている。それらの疾患におけるリピート長の伸長は、遺伝子産物(タンパク・RNA)の機能喪失 (loss of function)または機能獲得(gain of function)の機構を介して、病態を発症させると考えられる。
トリプレット病 (trinucleotide repeat disorders, triplet repeat diseases) とはゲノム内の遺伝子に存在する3塩基の繰り返し配列(トリプレット・リピート)が異常に伸長することによっておこる一群の遺伝性神経疾患のことである。これらの疾患においては、リピート長が遺伝学的に不安定で、親から子孫への疾患遺伝子の伝播に伴ってリピート長が変動することが多い。世代を経る毎に発症年齢が若年化し、疾患の病態がより重篤になる表現促進現象 (anticipation)が認められることがあり、従って一般にそれぞれの疾患の表現型は同一家系内でも多様である。現在までに典型的なトリプレット病として、若年性発症の精神遅滞を主徴とする疾患から中年期以降に発症する神経変性疾患まで少なくとも16種類の疾患が知られている。それらの疾患における'''リピート長の伸長は、遺伝子産物(タンパク・RNA)の機能喪失 (loss of function)または機能獲得(gain of function)の機構を介して、病態を発症させると考えられる。'''




7行目: 7行目:
'''脆弱X症候群 (Fragile X症候群)'''
'''脆弱X症候群 (Fragile X症候群)'''


Xq27.3に位置するFMR1遺伝子の5’UTRに存在するCGGリピートの異常伸長による疾患で遺伝性の知的機能障害 (IQ < 70)の原因として欧米では最も頻度が高い疾患として知られている。健常者ではリピート長が55以下であるが、特に母方からの伝播に際してリピートが不安定化し、次世代で伸長を認めることがある。患者はリピート長が200以上に伸長した変異アレルを有し、母親が55から200 CGGリピートの前変異 (permutation)を有することが多い。FMR1はRNA結合分子FMRPをコードしている。変異アレルでは伸長したCGGリピートと近傍のFMR1遺伝子プロモーター領域のCpGアイランドが過剰なメチル化修飾を受けるためFMR1遺伝子の発現が抑制され、その結果患者男児ではFMRPの発現が欠乏する。変異アレルを有する男児の大多数また女児の約25%は知的機能障害を有する。他の臨床症状として注意欠陥と多動性、自閉症様症状、長い顔、巨大睾丸などが特徴的である。神経病理学的には側頭葉・後頭葉の大脳皮質神経細胞のスパインの形態や数の異常が報告されている(Irwin et al, 2001).FMRPはグループ1代謝型グルタミン酸受容体(mGluR)の下流で特定のmRNAの翻訳を抑制しており,FMRPの欠如によるこの翻訳抑制の解除が脆弱X症候群発症に関与するというmGluR説が提唱されている。
Xq27.3に位置する''FMR1''遺伝子の5’UTRに存在するCGGリピートの異常伸長による疾患で遺伝性の知的機能障害 (IQ < 70)の原因として欧米では最も頻度が高い疾患として知られている。健常者ではリピート長が55以下であるが、特に母方からの伝播に際してリピートが不安定化し、次世代で伸長を認めることがある。患者はリピート長が200以上に伸長した変異アレルを有し、母親が55から200 CGGリピートの前変異 (permutation)を有することが多い。FMR1はRNA結合分子FMRPをコードしている。変異アレルでは伸長したCGGリピートと近傍のFMR1遺伝子プロモーター領域のCpGアイランドが過剰なメチル化修飾を受けるためFMR1遺伝子の発現が抑制され、その結果患者男児ではFMRPの発現が欠乏する。変異アレルを有する男児の大多数また女児の約25%は知的機能障害を有する。他の臨床症状として注意欠陥と多動性、自閉症様症状、長い顔、巨大睾丸などが特徴的である。神経病理学的には側頭葉・後頭葉の大脳皮質神経細胞のスパインの形態や数の異常が報告されている(Irwin et al, 2001).FMRPはグループ1代謝型グルタミン酸受容体(mGluR)の下流で特定のmRNAの翻訳を抑制しており,FMRPの欠如によるこの翻訳抑制の解除が脆弱X症候群発症に関与するというmGluR説が提唱されている。




'''Fragile XE症候群'''
'''Fragile XE症候群'''


Xq28に位置するFMR2遺伝子の5’UTRに存在するCCGリピートの異常伸長による伴性劣性疾患で, 変異アレルではリピート長が200以上に伸長している。このCCGリピートの伸長はFMR1遺伝子のCGGリピートのそれと同じく、女性生殖細胞でおこるものと考えられている。変異アレルではFMR2遺伝子上流のCpGアイランドが過剰なメチル化修飾を受けるためFMR2遺伝子の転写が抑制される。患者は軽度の精神遅滞や学習障害を示す。FMR2タンパクは核内に存在し、転写因子として機能すると考えられているが詳細は不明である。
Xq28に位置する''FMR2''遺伝子の5’UTRに存在するCCGリピートの異常伸長による伴性劣性疾患で, 変異アレルではリピート長が200以上に伸長している。このCCGリピートの伸長はFMR1遺伝子のCGGリピートのそれと同じく、女性生殖細胞でおこるものと考えられている。変異アレルではFMR2遺伝子上流のCpGアイランドが過剰なメチル化修飾を受けるため''FMR2''遺伝子の転写が抑制される。患者は軽度の精神遅滞や学習障害を示す。FMR2タンパクは核内に存在し、転写因子として機能すると考えられているが詳細は不明である。




'''フリードライヒ失調症 (FRDA)'''
'''フリードライヒ失調症 (FRDA)'''


欧米では最も頻度の高い遺伝性失調症で、FRDA遺伝子第1イントロンに存在するGAAリピートの伸長による常染色体劣性の遺伝性疾患である。典型例は幼少期(10才以下)に発症し、固有感覚の障害による運動失調、振戦、構音障害、眼振などを示す。凹足・心筋症・糖尿病などの全身性の症候を伴う。患者の多くは30-40歳代で死にいたる。神経病理学的には、後索や脊髄小脳路・皮質脊髄路・後根などの萎縮が認められる。約90%の患者はGAAリピートが200から1700程度まで伸長した変異アレルのホモ接合であるが、一部の症例では一方のアレルにGAAリピートの異常伸長、他方のアレルにFRDA遺伝子点変異突然変異を有する。リピート長が長いほど発症年齢が低くなる傾向があり、糖尿病や心筋症は典型的にはリピート長が長いアレルを有する患者で認められる。
欧米では最も頻度の高い遺伝性失調症で、''FRDA''遺伝子第1イントロンに存在するGAAリピートの伸長による常染色体劣性の遺伝性疾患である。典型例は幼少期(10才以下)に発症し、固有感覚の障害による運動失調、振戦、構音障害、眼振などを示す。凹足・心筋症・糖尿病などの全身性の症候を伴う。患者の多くは30-40歳代で死にいたる。神経病理学的には、後索や脊髄小脳路・皮質脊髄路・後根などの萎縮が認められる。約90%の患者はGAAリピートが200から1700程度まで伸長した変異アレルのホモ接合であるが、一部の症例では一方のアレルにGAAリピートの異常伸長、他方のアレルにFRDA遺伝子点変異突然変異を有する。リピート長が長いほど発症年齢が低くなる傾向があり、糖尿病や心筋症は典型的にはリピート長が長いアレルを有する患者で認められる。
FRDAはミトコンドリア内膜に局在するフラタキシン (frataxin) をコードする。フラタキシンはミトコンドリア内の鉄代謝・鉄の貯蔵を制御しており、アコニターゼや電子伝達系のcomplex I, II, IIIなどのFe-Sクラスターを有するミトコンドリア酵素の生合成に重要な役割を果たす。GAAリピートの異常伸長は、FRDAの転写伸長を阻害し、フラタキシン mRNA及びタンパクの発現量が減少する。患者組織ではミトコンドリア内に鉄が異常に蓄積しており、Fe-Sクラスターを有するミトコンドリア酵素の活性が低下し、酸化ストレスへの感受性が亢進している。
FRDAはミトコンドリア内膜に局在するフラタキシン (frataxin) をコードする。フラタキシンはミトコンドリア内の鉄代謝・鉄の貯蔵を制御しており、アコニターゼや電子伝達系のcomplex I, II, IIIなどのFe-Sクラスターを有するミトコンドリア酵素の生合成に重要な役割を果たす。GAAリピートの異常伸長は、FRDAの転写伸長を阻害し、フラタキシン mRNA及びタンパクの発現量が減少する。患者組織ではミトコンドリア内に鉄が異常に蓄積しており、Fe-Sクラスターを有するミトコンドリア酵素の活性が低下し、酸化ストレスへの感受性が亢進している。


105行目: 105行目:
'''Huntington disease-like 2 (HDL2)'''  
'''Huntington disease-like 2 (HDL2)'''  


Huntington病と同様の臨床的・病理学的特徴を有する成人発症の常染色体優性神経変性疾患で、変異アレルでは16q24.3に存在するJPH3A遺伝子のエクソン2Aの存在するCTGリピートが異常伸長(40-59; 正常6-28)している。患者脳組織で抗ポリグルタミン抗体陽性の神経細胞核内封入体が認められ、またBACトランスジェニックマウスを用いた解析で、JPH3Aアンチセンス鎖からポリグルタミン鎖をコードするHDL2-CAGが転写されることが示されたことから、ポリグルタミン病である可能性が高い。一方、JPH3Aノックアウトマウスは運動障害を発症し、また患者脳においてJPH3A 遺伝子がコードするjunctophilin-3の発現が低下していることからloss of functionの機構も病態に関与している可能性がある。
ハンチントン病と同様の臨床的・病理学的特徴を有する成人発症の常染色体優性神経変性疾患で、変異アレルでは16q24.3に存在する''JPH3A''遺伝子のエクソン2Aの存在するCTGリピートが異常伸長(40-59; 正常6-28)している。患者脳組織で抗ポリグルタミン抗体陽性の神経細胞核内封入体が認められ、またBACトランスジェニックマウスを用いた解析で、JPH3Aアンチセンス鎖からポリグルタミン鎖をコードするHDL2-CAGが転写されることが示されたことから、ポリグルタミン病である可能性が高い。一方、JPH3Aノックアウトマウスは運動障害を発症し、また患者脳において''JPH3A'' 遺伝子がコードするjunctophilin-3の発現が低下していることからloss of functionの機構も病態に関与している可能性がある。
38

回編集