「トリプレット病」の版間の差分

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欧米では最も頻度の高い遺伝性失調症で、FRDA遺伝子第1イントロンに存在するGAAリピートの伸長による常染色体劣性の遺伝性疾患である。典型例は幼少期(10才以下)に発症し、固有感覚の障害による運動失調、振戦、構音障害、眼振などを示す。凹足・心筋症・糖尿病などの全身性の症候を伴う。患者の多くは30-40歳代で死にいたる。神経病理学的には、後索や脊髄小脳路・皮質脊髄路・後根などの萎縮が認められる。約90%の患者はGAAリピートが200から1700程度まで伸長した変異アレルのホモ接合であるが、一部の症例では一方のアレルにGAAリピートの異常伸長、他方のアレルにFRDA遺伝子点変異突然変異を有する。リピート長が長いほど発症年齢が低くなる傾向があり、糖尿病や心筋症は典型的にはリピート長が長いアレルを有する患者で認められる。
欧米では最も頻度の高い遺伝性失調症で、FRDA遺伝子第1イントロンに存在するGAAリピートの伸長による常染色体劣性の遺伝性疾患である。典型例は幼少期(10才以下)に発症し、固有感覚の障害による運動失調、振戦、構音障害、眼振などを示す。凹足・心筋症・糖尿病などの全身性の症候を伴う。患者の多くは30-40歳代で死にいたる。神経病理学的には、後索や脊髄小脳路・皮質脊髄路・後根などの萎縮が認められる。約90%の患者はGAAリピートが200から1700程度まで伸長した変異アレルのホモ接合であるが、一部の症例では一方のアレルにGAAリピートの異常伸長、他方のアレルにFRDA遺伝子点変異突然変異を有する。リピート長が長いほど発症年齢が低くなる傾向があり、糖尿病や心筋症は典型的にはリピート長が長いアレルを有する患者で認められる。
FRDAはミトコンドリア内膜に局在するフラタキシン (frataxin) をコードする。フラタキシンはミトコンドリア内の鉄代謝・鉄の貯蔵を制御しており、アコニターゼや電子伝達系のcomplex I, II, IIIなどのFe-Sクラスターを有するミトコンドリア酵素の生合成に重要な役割を果たす<ref><pubmed>22200491</pubmed></ref>。GAAリピートの異常伸長は、FRDAの転写伸長を阻害し、フラタキシン mRNA及びタンパクの発現量が減少する。患者組織ではミトコンドリア内に鉄が異常に蓄積しており、Fe-Sクラスターを有するミトコンドリア酵素の活性が低下<ref><pubmed>9326946</pubmed></ref>し、酸化ストレスへの感受性が亢進していること<ref><pubmed>9949201</pubmed></ref>が報告された。しかし、フラタキシンホモログを欠損するモデル動物に対する治療法として抗酸化物の有効性は認めらなかったことから、酸化ストレスの病態への関与については疑問視されており、病態には不明な点が多い<ref><pubmed>11223852</pubmed></ref>。
FRDAはミトコンドリア内膜に局在するフラタキシン (frataxin) をコードする。フラタキシンはミトコンドリア内の鉄代謝・鉄の貯蔵を制御しており、アコニターゼや電子伝達系のcomplex I, II, IIIなどのFe-Sクラスターを有するミトコンドリア酵素の生合成に重要な役割を果たす<ref><pubmed>22200491</pubmed></ref>。GAAリピートの異常伸長は、FRDAの転写伸長を阻害し、フラタキシン mRNA及びタンパクの発現量が減少する。患者組織ではミトコンドリア内に鉄が異常に蓄積しており、Fe-Sクラスターを有するミトコンドリア酵素の活性が低下<ref><pubmed>9326946</pubmed></ref>し、酸化ストレスへの感受性が亢進していること<ref><pubmed>9949201</pubmed></ref>が報告された。しかし、フラタキシンホモログを欠損するモデル動物に対する治療法として抗酸化物の有効性は認めらなかったことから、酸化ストレスの病態への関与については疑問視されている<ref><pubmed>11223852</pubmed></ref>。




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'''DRPLA '''
'''DRPLA '''


本邦に多い常染色体優性遺伝性疾患である。表現促進現象が認められ、中年期に発症する患者では運動失調・アテトーゼ様不随意運動・認知症を主症状とする脊髄小脳変性症、20才以下の若年発症型ではミオクローヌス・てんかん・精神遅滞を主症状とするミオクローヌスてんかんの臨床像を示す。若年発症型の大部分は父親からの遺伝である。神経病理学的には歯状核赤核系及び淡蒼球外節ルイ体系の変性を主体とする。変異アレルではアトロフィン1(atrophin 1)をコードするDRPLA遺伝子エクソン5に存在するCAGリピートが異常伸長している。アトロフィン1は標的遺伝子の転写を負に制御するコリプレッサーの1つで、ポリグルタミン鎖の伸長によりその機能が障害され、神経変性に導くものと考えられている。
本邦に多い常染色体優性遺伝性疾患である。表現促進現象が認められ、中年期に発症する患者では運動失調・アテトーゼ様不随意運動・認知症を主症状とする脊髄小脳変性症、20才以下の若年発症型ではミオクローヌス・てんかん・精神遅滞を主症状とするミオクローヌスてんかんの臨床像を示す。若年発症型の大部分は父親からの遺伝である。神経病理学的には歯状核赤核系及び淡蒼球外節ルイ体系の変性を主体とする。変異アレルではアトロフィン1(atrophin 1)をコードするDRPLA遺伝子エクソン5に存在するCAGリピートが異常伸長している。アトロフィン1は標的遺伝子の転写を負に制御するコリプレッサーの1つ<ref><pubmed>11792320</pubmed></ref> で、ポリグルタミン鎖の伸長によりその機能が障害され、神経変性に導くものと考えられている。




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ミオトニア(筋強直症、myotonia)と進行性の筋萎縮・筋力低下を主徴とする常染色体優性遺伝性疾患で、白内障、心伝導障害、インスリン抵抗性糖尿病、睡眠障害、精巣萎縮、高ガンマグロブリン血症、認知症、若年禿頭などを伴う全身性の疾患である。変異アレルでは''DMPK''遺伝子の3’UTR領域に存在するCTGリピートが50から数1000の範囲で伸長している。表現促進現象が認められ、ほとんど無症状の母親患者が重症型の臨床症状を示す子供を出生することがある。先天型DM1は生下時の筋緊張低下と全身の著明な筋力低下が特徴で、しばしば呼吸不全を来たし早期に死亡する。
ミオトニア(筋強直症、myotonia)と進行性の筋萎縮・筋力低下を主徴とする常染色体優性遺伝性疾患で、白内障、心伝導障害、インスリン抵抗性糖尿病、睡眠障害、精巣萎縮、高ガンマグロブリン血症、認知症、若年禿頭などを伴う全身性の疾患である。変異アレルでは''DMPK''遺伝子の3’UTR領域に存在するCTGリピートが50から数1000の範囲で伸長している。表現促進現象が認められ、ほとんど無症状の母親患者が重症型の臨床症状を示す子供を出生することがある。先天型DM1は生下時の筋緊張低下と全身の著明な筋力低下が特徴で、しばしば呼吸不全を来たし早期に死亡する。
DM1の発症機構として、変異アレルから転写された伸長CUGリピートを有するRNAのtoxic gain of functionの機構が考えられている。患者筋では転写された伸長CUGリピートを有するRNAの多くは細胞質内へは移行せず核内にfociを形成してとどまる。伸長CUGリピートは、少なくとも2種類の選択的スプライシングの制御に関与するRNA結合タンパク(MBLNとCUG-BP1)のRNA結合能に影響を及ぼすことが知られている。MBLNとCUG-BP1いずれもCUGリピートに結合するが、DM1細胞においては、MBLNの機能が低下し、一方CUG-BP1の機能が亢進し、結果として特定の遺伝子の選択的スプライシングに変化をきたし、病態発症に導くというモデルが提唱されている。実際DM1患者組織においては、特定の遺伝子 (CLCN-1, IR, SERCA2, RYR1, APP, MAPTなど)の選択的スプライシングに異常が認められている。例えば、患者筋組織では塩化物イオンチャネルの1つCLCN-1チャネルの胎児型アイソフォームの発現の残存が認められるが、このアイソフォームは成人型チャネルと比較して分解を受けやすい不安定なチャネルに翻訳されるため、患者筋組織ではCLCN-1チャネルの発現が低下し、ミオトニアを発症させると考えられる。
DM1の発症機構として、変異アレルから転写された伸長CUGリピートを有するRNAのtoxic gain of functionの機構が考えられている。患者筋では転写された伸長CUGリピートを有するRNAの多くは細胞質内へは移行せず核内にfociを形成してとどまる。伸長CUGリピートは、少なくとも2種類の選択的スプライシングの制御に関与するRNA結合タンパク(MBLNとCUG-BP1)のRNA結合能に影響を及ぼすことが知られている。MBLNとCUG-BP1いずれもCUGリピートに結合するが、DM1細胞においては、MBLNの機能が低下し、一方CUG-BP1の機能が亢進し、結果として特定の遺伝子の選択的スプライシングに変化をきたし、病態発症に導くというモデルが提唱されている<ref name=ref2><pubmed>16776586</pubmed></ref>。実際DM1患者組織においては、特定の遺伝子 (CLCN-1, IR, SERCA2, RYR1, APP, MAPTなど)の選択的スプライシングに異常が認められている<ref name=ref2 />。例えば、患者筋組織では塩化物イオンチャネルの1つCLCN-1チャネルの胎児型アイソフォームの発現の残存が認められるが、このアイソフォームは成人型チャネルと比較して分解を受けやすい不安定なチャネルに翻訳されるため、患者筋組織ではCLCN-1チャネルの発現が低下し、ミオトニアを発症させると考えられる。


'''FXTAS (Fragile X-Associated Tremor Ataxia; 脆弱X関連振戦/運動失調症候群)'''
'''FXTAS (Fragile X-Associated Tremor Ataxia; 脆弱X関連振戦/運動失調症候群)'''


脆弱X症候群の類縁疾患で、''FMR1''遺伝子のCGGリピートが55-200回程度のpremutationを持つ男性で発症し,成人期(通常50才以上)発症,小脳失調,企図振戦、認知機能障害、末梢神経障害、自律神経障害などの症状を呈する。神経放射線学的に、脳質周囲白質と中小脳脚のT2強調MRI画像上での高信号領域が特徴的で、病理学的には中小脳脚の空胞変性・プルキンエ細胞の脱落に加えて、脳内ニューロン・アストロサイトでユビキチン陽性核内封入体が認められる。アジア人では本性の発症頻度は稀であるとされるが、最近本邦でも患者の存在が報告されている。
同程度のpremutation expansionを有する保因者の女性のうち、約20%ではpremature ovarian failure(早期卵巣機能不全症)を来たしたり、FXTASの症状の一部を発症することが報告されている。premutation expansionを有する患者の脳ではFMR1 mRNAの発現が亢進しており、一方FMR1 CGGリピートを含むRNAをショウジョウバエ複眼に過剰発現させると光受容体が変性し、核内封入体形成も認められることからFXTASの発症にはRNA機能獲得の機構が関与しているものと考えられる。FXTAS患者神経細胞ではCGGリピートを含むRNAが核内封入体でfociを形成し、hnRNP-A2, MBNL, Sam68などの RNA結合タンパクも取り込まれて(sequestration)いる。これらのことから、FXTAS患者神経細胞でもDM1と同じく特定の遺伝子の選択的スプライシングのパターンが変化し、病態発症に導くのではないかとの考えが提唱されている。
脆弱X症候群の類縁疾患で、''FMR1''遺伝子のCGGリピートが55-200回程度のpremutationを持つ男性で発症し,成人期(通常50才以上)発症,小脳失調,企図振戦、認知機能障害、末梢神経障害、自律神経障害などの症状を呈する。神経放射線学的に、脳質周囲白質と中小脳脚のT2強調MRI画像上での高信号領域が特徴的で、病理学的には中小脳脚の空胞変性・プルキンエ細胞の脱落に加えて、脳内ニューロン・アストロサイトでユビキチン陽性核内封入体が認められる。アジア人では本性の発症頻度は稀であるとされるが、最近本邦でも患者の存在が報告されている。
同程度のpremutation expansionを有する保因者の女性のうち、約20%ではpremature ovarian failure(早期卵巣機能不全症)を来たしたり、FXTASの症状の一部を発症することが報告されている。premutation expansionを有する患者の脳ではFMR1 mRNAの発現が亢進しており、一方FMR1 CGGリピートを含むRNAをショウジョウバエ複眼に過剰発現させると光受容体が変性し、核内封入体形成も認められること<ref><pubmed>12948442</pubmed></ref>からFXTASの発症にはRNA機能獲得の機構が関与しているものと考えられる。FXTAS患者神経細胞ではCGGリピートを含むRNAが核内封入体でfociを形成し、hnRNP-A2, MBNL, Sam68などの RNA結合タンパクも取り込まれて(sequestration)いる<ref><pubmed>16246864</pubmed></ref>。これらのことから、FXTAS患者神経細胞でもDM1と同じく特定の遺伝子の選択的スプライシングのパターンが変化し、病態発症に導くのではないかとの考えが提唱されている。


   
   
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'''SCA8'''
'''SCA8'''


SCA8は13q21に位置するCTG/CAGリピートの異常伸長による脊髄小脳変性症の一型である。ただし、他の疾患とは異なり浸透率が低く変異アレルを有しながら発症しない例が多数存在する。このリピートは反対方向に2種類の遺伝子ATXN8OSとATXN8に転写され、それぞれnon-coding CUG リピートRNAとほぼ純粋なポリグルタミン鎖をコードするCAGリピートRNAが産生される。
SCA8は13q21に位置するCTG/CAGリピートの異常伸長による脊髄小脳変性症の一型である。ただし、浸透率が低く変異アレルを有しながら発症しない例が多数存在する。このリピートは反対方向に2種類の遺伝子ATXN8OSとATXN8に転写され、それぞれnon-coding CUG リピートRNAとほぼ純粋なポリグルタミン鎖をコードするCAGリピートRNAが産生される。
ATXNOSの繰り返し部分の配列は(CTA)1-21(CTG)nの構造をとっており、患者の多くはその総数が110から250リピートの間にある。臨床的には、中年期に発症する例が多く、典型例では小脳症状以外に目立った症状がない純粋小脳型の特徴を示すとされ、頭部MRIでも萎縮はほぼ小脳に限局する。SCA8の発症機序として、伸長リピートを有するATXN8OS転写産物(CTG方向)が、反対側DNAから転写されるKLHL1遺伝子のアンチセンスRNAとしてその発現を抑制することが原因であるとする説。DM1と同様に伸長リピートを有するATXN8OS転写産物がRNA 機能獲得の機構で毒性を発揮するという説、さらにRNA 機能獲得に加えてATXN8転写物(CAG方向)由来の伸長ポリグルタミンペプチドも機能獲得の機構で神経毒性に関与するという考えがあり、まだ決着はついていない。
ATXNOSの繰り返し部分の配列は(CTA)1-21(CTG)nの構造をとっており、患者の多くはその総数が110から250リピートの間にある。臨床的には、中年期に発症する例が多く、典型例では小脳症状以外に目立った症状がない純粋小脳型の特徴を示すとされ、頭部MRIでも萎縮はほぼ小脳に限局する。SCA8の発症機序として、伸長リピートを有するATXN8OS転写産物(CTG方向)が、反対側DNAから転写される''KLHL1''遺伝子のアンチセンスRNAとしてその発現を抑制することが原因であるとする説<ref><pubmed>10888605</pubmed></ref>。DM1と同様に伸長リピートを有するATXN8OS転写産物がRNA 機能獲得の機構で毒性を発揮するという説 <ref><pubmed>15363905</pubmed></ref>、さらにRNA 機能獲得に加えてATXN8転写物(CAG方向)由来の伸長ポリグルタミンペプチドも機能獲得の機構で神経毒性に関与するという考え<ref><pubmed>16804541</pubmed></ref>がある。




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'''Huntington disease-like 2 (HDL2)'''  
'''Huntington disease-like 2 (HDL2)'''  


ハンチントン病と同様の臨床的・病理学的特徴を有する成人発症の常染色体優性神経変性疾患で、変異アレルでは16q24.3に存在する''JPH3A''遺伝子のエクソン2Aの存在するCTGリピートが異常伸長(40-59; 正常6-28)している。患者脳組織で抗ポリグルタミン抗体陽性の神経細胞核内封入体が認められ、またBACトランスジェニックマウスを用いた解析で、JPH3Aアンチセンス鎖からポリグルタミン鎖をコードするHDL2-CAGが転写されることが示されたことから、ポリグルタミン病である可能性が高い。一方、JPH3Aノックアウトマウスは運動障害を発症し、また患者脳において''JPH3A'' 遺伝子がコードするjunctophilin-3の発現が低下していることからloss of functionの機構も病態に関与している可能性がある。
ハンチントン病と同様の臨床的・病理学的特徴を有する成人発症の常染色体優性神経変性疾患で、変異アレルでは16q24.3に存在する''JPH3A''遺伝子のエクソン2Aの存在するCTGリピートが異常伸長(40-59; 正常6-28)している。患者脳組織で抗ポリグルタミン抗体陽性の神経細胞核内封入体が認められ、またBACトランスジェニックマウスを用いた解析で、JPH3Aアンチセンス鎖からポリグルタミン鎖をコードするHDL2-CAGが転写されることが示された<ref><pubmed>21555070</pubmed></ref>ことから、ポリグルタミン病である可能性が高い。一方、JPH3Aノックアウトマウスは運動障害を発症し、また患者脳において''JPH3A'' 遺伝子がコードするjunctophilin-3の発現が低下していることからloss of functionの機構も病態に関与している可能性がある<ref><pubmed>22367996</pubmed></ref>。
 
 
<references/>
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