「機能的磁気共鳴画像法」の版間の差分

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functional magnetic resonance imaging, fMRI)
<div align="right">
 
<font size="+1">[https://researchmap.jp/neurofunc 拓也]、[https://researchmap.jp/7000009308 麻生 俊彦]</font><br>
拓也、麻生 俊彦
''理化学研究所生命機能科学研究センター脳コネクトミクスイメージング研究チーム''<br>
理化学研究所生命機能科学研究センター脳コネクトミクスイメージング研究チーム
<font size="+1">[http://researchmap.jp/kojifujimoto 藤本晃司]</font><br>
 
''京都大学医学部医学研究科脳機能総合研究センター''<br>
藤本 晃司
<font size="+1">[http://researchmap.jp/takashihanakawa 花川 隆]</font><br>
京都大学医学研究科脳機能総合研究センター
''京都大学医学部医学研究科脳統合イメージング分野''<br>
 
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年8月21日 原稿完成日:2020年X月XX日<br>
花川 隆
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0048432 定藤 規弘](自然科学研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系)<br>
京都大学医学研究科脳統合イメージング分野
</div>
英:functional magnetic resonance imaging 英略称:fMRI 独:Funktionelle Magnetresonanztomographie 仏:Imagerie par résonance magnétique fonctionnelle
{{box|text= 抄録をお願いいたします。}}


== はじめに ==
== はじめに ==
 機能的磁気共鳴画像(fMRI)とは、MRIを用いて生体の脳や脊髄を一定時間連続的に撮像し、脳活動(神経活動とシナプス活動等の総和)と相関するMRI信号の変動を非侵襲的に計測する技術である。1990年代の初頭に開発されるやいなや、当時ヒト脳機能イメージング研究手法の主流であったポジトロン断層像(PET)による血流・代謝測定を置き換えた。現在では、脳機能イメージング研究の代名詞として、健常脳の機能分離や機能連関の理解、あるいは精神・神経疾患の病態生理の解明のため、欠かすことのできないツールとなっている。ただしfMRIは、PETと同様、脳活動の本態である神経細胞の電気化学的活動そのものを測定しているのではなく、脳活動の代用マーカー(surrogate marker)としての局所酸素代謝・血流動態を画像化していることには留意が必要である。また、脳活動に由来するfMRI信号の変動は、脳活動以外の要因による信号変動と比較して必ずしも大きくないため、興味のある脳活動を抽出するために適切な画像・信号処理を行うことも重要である。本項目では、脳機能を解明するツールとしてのfMRIの原理、解析法とそれらを応用した脳科学研究の潮流を概説する。
 機能的磁気共鳴画像(fMRI)とは、MRIを用いて生体の脳や脊髄を一定時間連続的に撮像し、脳活動(神経活動とシナプス活動等の総和)と相関するMRI信号の変動を非侵襲的に計測する技術である。1990年代の初頭に開発されるやいなや、当時ヒト脳機能イメージング研究手法の主流であったポジトロン断層像(PET)による血流・代謝測定を置き換えた。現在では、脳機能イメージング研究の代名詞として、健常脳の機能分離や機能連関の理解、あるいは精神・神経疾患の病態生理の解明のため、欠かすことのできないツールとなっている。ただしfMRIは、PETと同様、脳活動の本態である神経細胞の電気化学的活動そのものを測定しているのではなく、脳活動の代用マーカー(surrogate marker)としての局所酸素代謝・血流動態を画像化していることには留意が必要である。また、脳活動に由来するfMRI信号の変動は、脳活動以外の要因による信号変動と比較して必ずしも大きくないため、興味のある脳活動を抽出するために適切な画像・信号処理を行うことも重要である。本項目では、脳機能を解明するツールとしてのfMRIの原理、解析法とそれらを応用した脳科学研究の潮流を概説する。


[[File:Hanakawa_fMRI_Fig1.png|thumb|right|'''図1. 神経血管連関の模式図'''<br>脳血流(CBF)は動脈〜小動脈(arteriole)から流入し、動脈血中では赤血球のヘモグロビンは酸素化(oxy-Hb)されている。刺激がない安静時'''(左)'''であっても、酸素は脳の基礎代謝要求により消費される。酸素は毛細血管で脳組織に供給され、酸素化ヘモグロビン(oxy-Hb)は、常磁性体である還元ヘモグロビン(deoxy-Hb)に変わる。外的刺激などによりシナプス入力と神経活動が増加すると'''(右)'''、局所の酸素・エネルギー代謝要求は安静時と比較して増加する。酸素消費により還元ヘモグロビン(常磁性体)が増加するはずだから、局所磁場が乱れてT2*[脳科学辞典wiki:T2*]が短縮するように思われる(陰性BOLD信号)。しかし、神経血管単位は基礎代謝要求の増加を検知して動脈血の流入を要求量以上に増加させるらしい。この過程にはプロスタグランジン(PG)や一酸化窒素(NO)が関わっているとされる。これらの影響の総和として、脳活動が増加する部分ではdeoxy-Hbが相対的に薄まって局所磁場が安定し、T2*延長が観察される。多くのfMRI法ではこのT2*の延長を陽性BOLD信号として計測している。]]
== 原理 ==
== 原理 ==
=== BOLD信号の発見 ===
=== BOLD信号の発見 ===
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=== 神経血管連関 ===
=== 神経血管連関 ===
[[File:Hanakawa_fMRI_Fig1.png|thumb|right '''図1. 神経血管連関の模式図'''<br>脳血流(CBF)は動脈〜小動脈(arteriole)から流入し、動脈血中では赤血球のヘモグロビンは酸素化(oxy-Hb)されている。刺激がない安静時'''(左)'''であっても、酸素は脳の基礎代謝要求により消費される。酸素は毛細血管で脳組織に供給され、酸素化ヘモグロビン(oxy-Hb)は、常磁性体である還元ヘモグロビン(deoxy-Hb)に変わる。外的刺激などによりシナプス入力と神経活動が増加すると'''(右)'''、局所の酸素・エネルギー代謝要求は安静時と比較して増加する。酸素消費により還元ヘモグロビン(常磁性体)が増加するはずだから、局所磁場が乱れてT2*[脳科学辞典wiki:T2*]が短縮するように思われる(陰性BOLD信号)。しかし、神経血管単位は基礎代謝要求の増加を検知して動脈血の流入を要求量以上に増加させるらしい。この過程にはプロスタグランジン(PG)や一酸化窒素(NO)が関わっているとされる。これらの影響の総和として、脳活動が増加する部分ではdeoxy-Hbが相対的に薄まって局所磁場が安定し、T2*延長が観察される。多くのfMRI法ではこのT2*の延長を陽性BOLD信号として計測している。]]
 脳の神経・シナプス活動に応答する局所血流変化は、神経細胞、微小血管(細動脈~毛細血管)の内皮細胞や周皮細胞、さらに星状膠細胞などからなる神経血管単位(neurovascular unit)により制御され、脳活動に引き続いて局所に過剰な酸素供給(機能的充血、functional hyperemia)をもたらす。つまり、BOLD信号を脳活動の代用マーカーとするfMRIは、神経活動の増加に続いて機能的充血が生じる仕組み(神経血管連関、neurovascular coupling)に依存している(図1)。
 脳の神経・シナプス活動に応答する局所血流変化は、神経細胞、微小血管(細動脈~毛細血管)の内皮細胞や周皮細胞、さらに星状膠細胞などからなる神経血管単位(neurovascular unit)により制御され、脳活動に引き続いて局所に過剰な酸素供給(機能的充血、functional hyperemia)をもたらす。つまり、BOLD信号を脳活動の代用マーカーとするfMRIは、神経活動の増加に続いて機能的充血が生じる仕組み(神経血管連関、neurovascular coupling)に依存している(図1)。
   
   
 2001年のLogothetisらによるサルを対象としたfMRIと神経活動の同時計測は、刺激や課題に伴う脳活動の増加とBOLD信号の関係性の理解に大きく貢献した<ref><pubmed>11449264</pubmed></ref>。ある視覚刺激条件において、マルチユニット神経活動(複数の神経細胞の出力)は一過性にのみ増加を示したが、BOLD信号と局所電場電位(local field potential, LFP)は一過性の増加に引き続く持続性の増加を示した。すなわちBOLD信号変化は、マルチユニット神経活動よりもLFPと良く相関する。LFPはシナプス活動、すなわち神経細胞への情報入力を反映するから、BOLD信号変化は皮質からの出力量よりも皮質への入力量との関係が強いことになる。最近では、超高磁場・高解像度のfMRIにより、皮質層ごとの情報処理を反映するBOLD信号変化の計測技術が精力的に開発されている<ref><pubmed> 26832438</pubmed></ref>。
 2001年のLogothetisらによるサルを対象としたfMRIと神経活動の同時計測は、刺激や課題に伴う脳活動の増加とBOLD信号の関係性の理解に大きく貢献した<ref><pubmed>11449264</pubmed></ref>。ある視覚刺激条件において、マルチユニット神経活動(複数の神経細胞の出力)は一過性にのみ増加を示したが、BOLD信号と局所電場電位(local field potential, LFP)は一過性の増加に引き続く持続性の増加を示した。すなわちBOLD信号変化は、マルチユニット神経活動よりもLFPと良く相関する。LFPはシナプス活動、すなわち神経細胞への情報入力を反映するから、BOLD信号変化は皮質からの出力量よりも皮質への入力量との関係が強いことになる。最近では、超高磁場・高解像度のfMRIにより、皮質層ごとの情報処理を反映するBOLD信号変化の計測技術が精力的に開発されている<ref><pubmed> 26832438</pubmed></ref>。


 脳活動とBOLD信号の相関関係は、外的刺激や課題の無い安静時にも観察される。そもそも課題遂行では脳の酸素代謝は数%しか増えず、脳のエネルギーは課題の無い(task free)安静時(resting state)の活動に大半が消費されている。これは脳が安静時にも組織的かつ活発な自発活動を示すことによる。1990年代後半のPET研究により、内側前頭前野、後部帯状回や両側外側頭頂葉などは、課題遂行時と比べて安静時にむしろ脳血流が増加することが知られていた<ref><pubmed> 25938726</pubmed></ref>。安静時に著明な自発的神経活動を示すこれらの領域は、Raichleによりデフォルトモードネットワーク(default mode network, DMN)と名づけられ、基底状態の脳の統合性に関わる内因性機構として提唱された。一方で、Biswalは1995年に安静状態のfMRIを解析し、両側運動感覚野の信号が主に0.1Hz以下の低い周波数(f)帯域において1/fのパターンで同期していることを見出していた<ref name=Biswal1995><pubmed> 8524021</pubmed></ref>。このようなfMRI信号同期は、安静状態神経ネットワーク(resting-state network, RSN)が有する機能結合(functional connectivity, FC)を反映すると考えられた。さらに興味深いことに、安静時fMRIにより、Raichleの提唱したDMN内の脳領域間には強い機能結合が存在することがわかった<ref><pubmed> 12506194</pubmed></ref>。このように2つの独立した研究の潮流が融合したことで、安静時fMRIを用いて局所の自発脳活動と領域間の機能結合状態を評価できる可能性に大きな注目が集まった。その後、安静時fMRIの信号同期性がサル脳における神経連絡性に対応していることも判明した<ref name=Ogawa1990></ref>。現在、安静時fMRIの同期現象は、神経連絡を持つ遠隔領域間で同期して発生する自発性のシナプス・神経活動(及びこれらに伴うBOLD効果)に基づいていると考えられている。領域間の同期の詳細を知るための解析手法の改善、覚醒時の基底状態としての意識との関連、精神疾患や認知症などの病態との関連、神経連絡性との対応などについて研究が進んでいる。
 脳活動とBOLD信号の相関関係は、外的刺激や課題の無い安静時にも観察される。そもそも課題遂行では脳の酸素代謝は数%しか増えず、脳のエネルギーは課題の無い(task free)安静時(resting state)の活動に大半が消費されている。これは脳が安静時にも組織的かつ活発な自発活動を示すことによる。1990年代後半のPET研究により、内側前頭前野、後部帯状回や両側外側頭頂葉などは、課題遂行時と比べて安静時にむしろ脳血流が増加することが知られていた<ref><pubmed> 25938726</pubmed></ref>。安静時に著明な自発的神経活動を示すこれらの領域は、Raichleによりデフォルトモードネットワーク(default mode network, DMN)と名づけられ、基底状態の脳の統合性に関わる内因性機構として提唱された。一方で、Biswalは1995年に安静状態のfMRIを解析し、両側運動感覚野の信号が主に0.1Hz以下の低い周波数(f)帯域において1/fのパターンで同期していることを見出していた<ref name=Biswal1995><pubmed> 8524021</pubmed></ref>。このようなfMRI信号同期は、安静状態神経ネットワーク(resting-state network, RSN)が有する機能結合(functional connectivity, FC)を反映すると考えられた。さらに興味深いことに、安静時fMRIにより、Raichleの提唱したDMN内の脳領域間には強い機能結合が存在することがわかった<ref><pubmed> 12506194</pubmed></ref>。このように2つの独立した研究の潮流が融合したことで、安静時fMRIを用いて局所の自発脳活動と領域間の機能結合状態を評価できる可能性に大きな注目が集まった。その後、安静時fMRIの信号同期性がサル脳における神経連絡性に対応していることも判明した<ref name=Ogawa1990></ref>。現在、安静時fMRIの同期現象は、神経連絡を持つ遠隔領域間で同期して発生する自発性のシナプス・神経活動(及びこれらに伴うBOLD効果)に基づいていると考えられている。領域間の同期の詳細を知るための解析手法の改善、覚醒時の基底状態としての意識との関連、精神疾患や認知症などの病態との関連、神経連絡性との対応などについて研究が進んでいる。


[[File:Hanakawa_fMRI_Fig2.png|thumb|right|'''図2. 持続時間のごく短い感覚入力事象(t=0)に応答する血流動態応答関数(HRF)'''<br>MRI撮像の繰り返し時間(TR)が一秒の場合を示す。横軸の単位は秒、縦軸の単位は任意で、点線はfMRI信号強度の基準線(baseline)を示す。]]
=== 血流動態応答 ===
=== 血流動態応答 ===
[[File:Hanakawa_fMRI_Fig2.png|thumb|right '''図2. 持続時間のごく短い感覚入力事象(t=0)に応答する血流動態応答関数(HRF)'''<br>MRI撮像の繰り返し時間(TR)が一秒の場合を示す。横軸の単位は秒、縦軸の単位は任意で、点線はfMRI信号強度の基準線(baseline)を示す。]]
 短時間の感覚刺激後に生じるBOLD信号を経時的に計測すると、信号強度は刺激呈示から約2秒後に基準線(baseline)を超え、約5秒後に最大値を示す。この応答を血流動態応答関数(hemodynamic response function, HRF)と呼ぶ('''図2''')。初期に1-2秒間の負のBOLD反応(initial dip)が観測されることもある。神経活動増加の後、信号強度は基準線より低下し、しばらくその状態が続く(undershoot)。刺激直後の負のBOLD反応(initial dip)に関しては、血管拡張が最も早い皮質最深部の層では見られず、最も遅い最表層の皮質で見られることから、血流動態応答に先行して生じる酸素消費と還元ヘモグロビンの増加を反映する、という仮説が支持されている<ref><pubmed>20696904</pubmed></ref>。Duongらはネコの視覚野を対象とした実験で、刺激直後に観察される陰性BOLD信号(initial dip)のほうが、陽性BOLD反応よりも空間選択性が高いことを示している<ref><pubmed>11526212</pubmed></ref>。なお、血流動態応答は、1)前述の神経血管連関に基づく現象であり、2)後述のようにBOLD信号の変化から課題遂行中の神経活動を推定する逆問題を解く場合に必要な応答関数であることから、その生物学的機構や応答関数の妥当性などについてさらなる解明が望まれる。
 短時間の感覚刺激後に生じるBOLD信号を経時的に計測すると、信号強度は刺激呈示から約2秒後に基準線(baseline)を超え、約5秒後に最大値を示す。この応答を血流動態応答関数(hemodynamic response function, HRF)と呼ぶ('''図2''')。初期に1-2秒間の負のBOLD反応(initial dip)が観測されることもある。神経活動増加の後、信号強度は基準線より低下し、しばらくその状態が続く(undershoot)。刺激直後の負のBOLD反応(initial dip)に関しては、血管拡張が最も早い皮質最深部の層では見られず、最も遅い最表層の皮質で見られることから、血流動態応答に先行して生じる酸素消費と還元ヘモグロビンの増加を反映する、という仮説が支持されている<ref><pubmed>20696904</pubmed></ref>。Duongらはネコの視覚野を対象とした実験で、刺激直後に観察される陰性BOLD信号(initial dip)のほうが、陽性BOLD反応よりも空間選択性が高いことを示している<ref><pubmed>11526212</pubmed></ref>。なお、血流動態応答は、1)前述の神経血管連関に基づく現象であり、2)後述のようにBOLD信号の変化から課題遂行中の神経活動を推定する逆問題を解く場合に必要な応答関数であることから、その生物学的機構や応答関数の妥当性などについてさらなる解明が望まれる。


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 3テスラMRI装置でのfMRIにおいて、神経活動による信号変化は全信号変動の約7パーセント程度とされる。生体や装置の熱ノイズが約50%を占め、残りはMRI装置の不完全性による信号ドリフトや、非撮像体の動き等に由来するアーチファクトとされる<ref><pubmed> 23707591</pubmed></ref>。頭部の動きは画像位置合わせにより補正(motion correction/realignment)することが通常であるが、この処理では補正しきれないMRI信号変動が残存する。加えて心拍や呼吸などの生理的要因による信号変動も存在するため、これら非神経性の信号を可能な限り分離・除去することが重要である('''図3''')。古典的には、頭部動き補正の後、安静時・課題fMRIともに一定の周波数帯域の信号を除去するフィルター(high pass filterやlow pass filter)をかけることでノイズ除去が行われてきた。しかしこの方法では、関心ある神経活動信号も除去してしまうため、独立成分分析によるノイズ同定・軽減への期待が高い<ref><pubmed> 24389422</pubmed></ref>(後述「fMRIの統計解析」参照)。
 3テスラMRI装置でのfMRIにおいて、神経活動による信号変化は全信号変動の約7パーセント程度とされる。生体や装置の熱ノイズが約50%を占め、残りはMRI装置の不完全性による信号ドリフトや、非撮像体の動き等に由来するアーチファクトとされる<ref><pubmed> 23707591</pubmed></ref>。頭部の動きは画像位置合わせにより補正(motion correction/realignment)することが通常であるが、この処理では補正しきれないMRI信号変動が残存する。加えて心拍や呼吸などの生理的要因による信号変動も存在するため、これら非神経性の信号を可能な限り分離・除去することが重要である('''図3''')。古典的には、頭部動き補正の後、安静時・課題fMRIともに一定の周波数帯域の信号を除去するフィルター(high pass filterやlow pass filter)をかけることでノイズ除去が行われてきた。しかしこの方法では、関心ある神経活動信号も除去してしまうため、独立成分分析によるノイズ同定・軽減への期待が高い<ref><pubmed> 24389422</pubmed></ref>(後述「fMRIの統計解析」参照)。
    
    
[[File:Hanakawa_fMRI_Fig3.png|thumb|right '''図3. fMRIデータの前処置―動き補正・ノイズ減弱の効果'''<br>'''左.''' 前処理していない元fMRI画像(TR=1.5秒で5分間撮影したデータのうち15秒間のデータのみ提示)<br>'''中.''' 剛体変換による数学的な動き補正(motion correction/realignment)のみを行ったfMRI画像。動きはある程度補正されているものの、撮像中の頭部の動きは大きなMRI信号の変動を引き起こすためにノイズ軽減処理はまだ十分ではないことが見て取れる。<br>'''右.''' 動き補正に続き、独立成分分析によるノイズ軽減処理と脳外組織のマスク除去を行った後の画像。頭部の動きによる画像アーチファクトは目立たない。いずれも脳標準空間への位置合わせを行い、38倍速で表示している。]]
[[File:Hanakawa_fMRI_Fig3.png|thumb|right|'''図3. fMRIデータの前処置―動き補正・ノイズ減弱の効果'''<br>'''左.''' 前処理していない元fMRI画像(TR=1.5秒で5分間撮影したデータのうち15秒間のデータのみ提示)<br>'''中.''' 剛体変換による数学的な動き補正(motion correction/realignment)のみを行ったfMRI画像。動きはある程度補正されているものの、撮像中の頭部の動きは大きなMRI信号の変動を引き起こすためにノイズ軽減処理はまだ十分ではないことが見て取れる。<br>'''右.''' 動き補正に続き、独立成分分析によるノイズ軽減処理と脳外組織のマスク除去を行った後の画像。頭部の動きによる画像アーチファクトは目立たない。いずれも脳標準空間への位置合わせを行い、38倍速で表示している。]]
[[File:Hanakawa_fMRI_Fig4.png|thumb|right '''図4. 機能的MRI画像の歪み補正の効果'''<br>fMRI画像で用いるEPI画像は、主に撮像時の位相方向の設定と静磁場不均一性に依存して歪みが生じる。<br>'''A, B.''' 位相方向を前⇒後(矢印)、および後⇒前(矢印)に設定した場合のEPI画像。それぞれの画像が前後軸に沿ってに逆方向に歪んでいることがわかる。<br>'''C.''' 歪み補正を行った後のEPI画像<br>'''D.''' 同じ位置での高解像度T1強調画像の断面像。歪み補正により画像内の各脳部位の位置がほぼ一致している。<br>'''E.''' 歪み補正により推定した位置ズレ(shift)の大きさを示す画像。歪み補正する前と後では同断面内で最大15mmの位置ズレがみられた。]]
[[File:Hanakawa_fMRI_Fig4.png|thumb|right|'''図4. 機能的MRI画像の歪み補正の効果'''<br>fMRI画像で用いるEPI画像は、主に撮像時の位相方向の設定と静磁場不均一性に依存して歪みが生じる。<br>'''A, B.''' 位相方向を前⇒後(矢印)、および後⇒前(矢印)に設定した場合のEPI画像。それぞれの画像が前後軸に沿ってに逆方向に歪んでいることがわかる。<br>'''C.''' 歪み補正を行った後のEPI画像<br>'''D.''' 同じ位置での高解像度T1強調画像の断面像。歪み補正により画像内の各脳部位の位置がほぼ一致している。<br>'''E.''' 歪み補正により推定した位置ズレ(shift)の大きさを示す画像。歪み補正する前と後では同断面内で最大15mmの位置ズレがみられた。]]
 また上述のようにfMRIデータにおける熱ノイズ量はBOLD信号変動に対して非常に大きい。そのため統計解析の前に、ガウスフィルタを適応して信号ノイズ比を向上させる操作(空間平滑化 spatial smoothing)が行われる。しかしこの方法は位置情報の正確さを低下させるため、位置情報を犠牲にしないノイズ軽減法(例:ウィシャートフィルター)の開発も現在進んでいる(<ref name= Glasser2016><pubmed> 27571196</pubmed></ref>の図S7を参照)。
 また上述のようにfMRIデータにおける熱ノイズ量はBOLD信号変動に対して非常に大きい。そのため統計解析の前に、ガウスフィルタを適応して信号ノイズ比を向上させる操作(空間平滑化 spatial smoothing)が行われる。しかしこの方法は位置情報の正確さを低下させるため、位置情報を犠牲にしないノイズ軽減法(例:ウィシャートフィルター)の開発も現在進んでいる(<ref name= Glasser2016><pubmed> 27571196</pubmed></ref>の図S7を参照)。


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== fMRIによる最近の脳科学研究 ==
== fMRIによる最近の脳科学研究 ==
[[File:Hanakawa_fMRI_Fig7.png|thumb|right '''図7. ヒト大脳皮質の領域分画化'''<br>マルチモーダルMRI画像(ミエリンコントラスト、安静時機能的連絡性、課題遂行時活動など)を用いて、皮質表面上で機能構築を位置合わせし、皮質表面上で急激に変化する(傾斜が高い)部位を分画の境界線として設定して作成された<ref name= Glasser2016b><pubmed> 27437579</pubmed></ref>。本分画は一般公開されており誰でも利用できる[https://balsa.wustl.edu/976l8]]]
[[File:Hanakawa_fMRI_Fig7.png|thumb|right|'''図7. ヒト大脳皮質の領域分画化'''<br>マルチモーダルMRI画像(ミエリンコントラスト、安静時機能的連絡性、課題遂行時活動など)を用いて、皮質表面上で機能構築を位置合わせし、皮質表面上で急激に変化する(傾斜が高い)部位を分画の境界線として設定して作成された<ref name= Glasser2016b><pubmed> 27437579</pubmed></ref>。本分画は一般公開されており誰でも利用できる[https://balsa.wustl.edu/976l8]]]


 1990年後半からfMRI研究は飛躍的に世界中に広まり多くの成果をあげてきた。その間に基礎となるMRI技術も大きく進展し、質の高いデータが得られるようになった。初期の研究の興味は脳の機能局在・分離の同定にあったが、2010年代以後はネットワークとしての脳の解明に興味がシフトした<ref><pubmed> 22481337</pubmed></ref>。一つの研究が扱うfMRIデータの数も、数10人から数百人、数万人の規模へと拡大し、種としてのヒトの脳機能構築やその複雑性の理解、個体差の理解へと興味が広がった。2010年から2016年まで、米国NIHの支援により大規模研究プロジェクトHuman Connectome Project(HCP)が行われた。このプロジェクトでは、ワシントン大学セントルイス医学校およびオックスフォード大学が中心となり約1200名の健康な若年成人被験者を対象として、安静時fMRI、標準的な課題を用いた課題fMRI、構造MRI(T1・T2強調画像)、拡散強調画像を撮像し、脳内の機能的結合と構造的結合について統合的に解析を進めた。このプロジェクトは(1)質が高い画像データを大量に取得する、(2)空間分解能を犠牲にすることなくデータを処理する手法を開発する、(3)FACT、すなわち皮質機能(Function)・連絡性(Connectivity)、構造(Architecture)、位置(Topography)の情報を統合した脳の領域分割(parcellation)を行う、(4)取得した生データ、解析データ、データ解析に必要なプログラム・コードを無料で公開する、といった多くの野心的な目標を達成し、現在も世界のMRI脳科学研究に大きな影響を与え続けている。特にFACT法は片側半球を180領域に分割することに成功し<ref name= Glasser2016b><pubmed> 27437579</pubmed></ref>、100年以上続くヒト脳の機能分画の歴史の中で初めて非侵襲手法により生きた個人の脳地図を作成することに成功した('''図7''')。こうした技術をさらに発展・拡張させ、脳の個体差の検出や、疾患の診断技術の開発が期待されており、更に規模の大きな研究プロジェクトが各国で推進されている(UKバイオバンク、ABCDなど)。また動物モデルへの技術展開も進めることで動物種を超えた脳のシステムの解明や、適切な動物疾患モデルの開発や評価法検証も期待される。
 1990年後半からfMRI研究は飛躍的に世界中に広まり多くの成果をあげてきた。その間に基礎となるMRI技術も大きく進展し、質の高いデータが得られるようになった。初期の研究の興味は脳の機能局在・分離の同定にあったが、2010年代以後はネットワークとしての脳の解明に興味がシフトした<ref><pubmed> 22481337</pubmed></ref>。一つの研究が扱うfMRIデータの数も、数10人から数百人、数万人の規模へと拡大し、種としてのヒトの脳機能構築やその複雑性の理解、個体差の理解へと興味が広がった。2010年から2016年まで、米国NIHの支援により大規模研究プロジェクトHuman Connectome Project(HCP)が行われた。このプロジェクトでは、ワシントン大学セントルイス医学校およびオックスフォード大学が中心となり約1200名の健康な若年成人被験者を対象として、安静時fMRI、標準的な課題を用いた課題fMRI、構造MRI(T1・T2強調画像)、拡散強調画像を撮像し、脳内の機能的結合と構造的結合について統合的に解析を進めた。このプロジェクトは(1)質が高い画像データを大量に取得する、(2)空間分解能を犠牲にすることなくデータを処理する手法を開発する、(3)FACT、すなわち皮質機能(Function)・連絡性(Connectivity)、構造(Architecture)、位置(Topography)の情報を統合した脳の領域分割(parcellation)を行う、(4)取得した生データ、解析データ、データ解析に必要なプログラム・コードを無料で公開する、といった多くの野心的な目標を達成し、現在も世界のMRI脳科学研究に大きな影響を与え続けている。特にFACT法は片側半球を180領域に分割することに成功し<ref name= Glasser2016b><pubmed> 27437579</pubmed></ref>、100年以上続くヒト脳の機能分画の歴史の中で初めて非侵襲手法により生きた個人の脳地図を作成することに成功した('''図7''')。こうした技術をさらに発展・拡張させ、脳の個体差の検出や、疾患の診断技術の開発が期待されており、更に規模の大きな研究プロジェクトが各国で推進されている(UKバイオバンク、ABCDなど)。また動物モデルへの技術展開も進めることで動物種を超えた脳のシステムの解明や、適切な動物疾患モデルの開発や評価法検証も期待される。


==参考文献==
==参考文献==
<references />
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