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細 (→脳の領域化とは) |
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<font size="+1">[http://researchmap.jp/ | <font size="+1">[http://researchmap.jp/noriakisasai 笹井 紀明]</font><br> | ||
''奈良先端科学技術大学院大学''<br> | ''奈良先端科学技術大学院大学''<br> | ||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年7月18日 原稿完成日:20XX年X月X日<br> | DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年7月18日 原稿完成日:20XX年X月X日<br> | ||
担当編集委員:[https://researchmap.jp/ | 担当編集委員:[https://researchmap.jp/hiroshikawasaki 河崎 洋志](金沢大学 医学系 脳神経医学教室)<br> | ||
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英:regionalization of brain | 英:regionalization of the brain | ||
{{box|text= | {{box|text= 脳が神経系の中枢として機能を発揮するためには、脳を構成する細胞が機能を分担し、それらがネットワークを介して相互作用することが必要である。このうち、脳神経細胞の機能分担は発生の初期から始まっており、各細胞が徐々に特定の機能を獲得するだけでなく、類似の性質を持つ細胞が集団を形成として決まった位置に形成される。このように、集団を形成した脳神経細胞(またはその前駆細胞)が脳の中で特定の位置に形成されることを「脳の領域化」という。}} | ||
==脳の領域化とは== | ==脳の領域化とは== | ||
[[ファイル:Sasai Regionalization Fig1.png|サムネイル|'''図1. 脳の領域化と、運命決定図。胚の背側からの模式図'''<br><ref name=Gilbert>'''Scott F. Gilbert & Michael J. F. Baressi. (2016)'''<br>Developmental Biology, Eleventh Edition<br>Sinauer Associates Inc.</ref>をもとに作成。]] | [[ファイル:Sasai Regionalization Fig1.png|サムネイル|'''図1. 脳の領域化と、運命決定図。胚の背側からの模式図'''<br><ref name=Gilbert>'''Scott F. Gilbert & Michael J. F. Baressi. (2016)'''<br>Developmental Biology, Eleventh Edition<br>Sinauer Associates Inc.</ref>をもとに作成。]] | ||
[[ファイル:Sasai Regionalization Fig2.png|サムネイル|'''図2. 前後軸、背腹軸に沿った分泌因子、転写因子の一部の発現領域'''<br> | [[ファイル:Sasai Regionalization Fig2.png|サムネイル|'''図2. 前後軸、背腹軸に沿った分泌因子、転写因子の一部の発現領域'''<br>Mはmesencephalon、Rはrhombencephalon。間脳領域はpretectum (視蓋前域; p1), thalamus (視床; p2 ) prethalamus (視床下部; p3)3つの領域に分けられる。<br><ref name=Harada2016><pubmed>27273073</pubmed></ref><ref name=Martinez2013>'''Martínez, S.P., E.; Echevarria, D. (2013)'''<br>Ontogeny of the Vertebrate Nervous System<br>Neurosciences - From Molecule to Behavior: a university textbook. pp 47-61</ref><ref name=Vieira2010><pubmed>19876817</pubmed></ref><ref name><pubmed> 22654731 </pubmed></ref>などを参考にして作成。]] | ||
脳は、発生初期には均一な神経前駆細胞の集団だが、発生の進行とともに個々の細胞が特定の性質を獲得し、脳神経細胞としての役割を持つようになる。この過程で、各機能を持った細胞は集団として特定の位置に形成され、各細胞が同一集団内、または集団を越えて相互作用し、脳が全体として中枢神経としての機能を発揮するようになる。この課程で、特定の機能を持った細胞が集団を形成して特定の位置に形成されることを「脳の領域化」という。 | |||
各細胞が特定の機能を獲得したことは、多くの場合、特定の転写因子(多くはホメオボックス型転写因子:'''図1'''、'''2'''、'''表''')を発現したことにより同定できる。 | 各細胞が特定の機能を獲得したことは、多くの場合、特定の転写因子(多くはホメオボックス型転写因子:'''図1'''、'''2'''、'''表''')を発現したことにより同定できる。 | ||
== 初期胚におけるおおまかな脳領域の決定 == | == 初期胚におけるおおまかな脳領域の決定 == | ||
脊椎動物では、原腸形成期に胚の背側に神経板が出現し、原腸形成期の後半からotx2(orthodenticle homeobox 2)という転写因子が、頭部神経板領域(将来前脳・中脳領域に分化する部分)に発現する<ref name=Acampora1995><pubmed>7588062</pubmed></ref> 。Otx2はほかに胚盤葉上層、眼にも発現しており、それぞれの発現領域に特異的なエンハンサー領域が存在する <ref name=Kurokawa2004><pubmed>15201223</pubmed></ref> 。一方、後脳には別の転写因子Gbx2が発現し <ref name=Islam2006><pubmed>17067785</pubmed></ref> 、otx2遺伝子のエンハンサー領域の一部に結合してotx2の発現領域を制限する <ref name=Inoue2012><pubmed>22566684</pubmed></ref> 。 | |||
== 2次オーガナイザー領域の形成 == | == 2次オーガナイザー領域の形成 == | ||
脳のさらなる領域化には、以下の3つの特定の領域(シグナリングセンターとして分泌因子を産生する領域)が存在し、線維芽細胞増殖因子 (fibroblast Growth Factor; FGF)やソニック・ヘッジホッグ(Sonic Hedgehog, Shh)、Wntなどの分泌因子を発現し、それらが転写因子の発現を誘導することにより脳の領域を決定している。これら分泌因子を発現する領域は、神経誘導を促すオーガナイザーよりも発生学的に後に出現するために、「2次オーガナイザー」と呼ばれている(なお以下のオーガナイザー領域の日本語名は、英語名を直訳した試訳である)。 | |||
=== 前部神経端 === | === 前部神経端 === | ||
Anterior | Anterior neural ridge(ANR) | ||
この領域自体は非神経性細胞からなっているが、主にFGF8を発現しており、転写因子BF-1の発現を誘導する。BF-1はANRの機能を相補する(ANRがなくてもBF-1が発現したら終脳が正常に発生する)ため、BF-1はANRによって誘導される主要な因子である <ref name=Shimamura1997><pubmed>9226442</pubmed></ref> ('''図1'''、'''2''')。 | この領域自体は非神経性細胞からなっているが、主にFGF8を発現しており、転写因子BF-1の発現を誘導する。BF-1はANRの機能を相補する(ANRがなくてもBF-1が発現したら終脳が正常に発生する)ため、BF-1はANRによって誘導される主要な因子である <ref name=Shimamura1997><pubmed>9226442</pubmed></ref> ('''図1'''、'''2''')。 | ||
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ZLI | ZLI | ||
この部分は、前脳から発生した大脳を2つの異なる性質を持つ領域に分ける領域である。大脳部分はプロソメアという区分に従って3つに分割することができるが、前部から順に、p3, p2, | この部分は、前脳から発生した大脳を2つの異なる性質を持つ領域に分ける領域である。大脳部分はプロソメアという区分に従って3つに分割することができるが、前部から順に、p3, p2, p1と分けられる領域のうち、p2とp3を分けるものがZLIである。ZLIが発現するのはソニック・ヘッジホッグである<ref name=Kiecker2004><pubmed>15494730</pubmed></ref> 。ZLIの前後では、ソニック・ヘッジホッグに対する細胞の反応性が異なり、ZLIよりも前部ではdlx2が、後部ではirx3、gbx2の発現が誘導される('''図1''')。 | ||
===中脳/後脳境界 === | ===中脳/後脳境界 === | ||
Midbrain- | Midbrain-hindbrain boundary(MHB)またはisthmic organiser(IsO) | ||
この領域からは、FGF8やWnt1などの分泌因子が分泌され、中脳や小脳に発現する転写因子を発現誘導する。MHBにおけるfgf8やwnt1の発現には転写因子Lmx1bが必要だと言われている<ref name=Guo2007><pubmed>17166916</pubmed></ref> 。FGF8はMHBの前後である中脳と後脳に発現する遺伝子を誘導する一方、Wnt1は細胞の増殖などに関与していると考えられている <ref name=Harada2016><pubmed>27273073</pubmed></ref>('''図1'''、'''2''') 。 | |||
== 脳の各領域に発現する転写因子 == | == 脳の各領域に発現する転写因子 == | ||
上述の2次オーガナイザー領域から分泌されたFGFやWntなどのシグナル因子により、転写因子が脳の特定の領域に発現し、各領域を特徴付けている('''図2''') | 上述の2次オーガナイザー領域から分泌されたFGFやWntなどのシグナル因子により、転写因子が脳の特定の領域に発現し、各領域を特徴付けている('''図2''')。これらの転写因子のノックアウトマウスは、一部は脳領域の一部を欠損することになり、脳の発達または成長に大きな影響を及ぼすために胚性致死となることが多い。一方、これらの転写因子は、免疫細胞、内分泌系、腎臓や精巣、肺などにも発現する。したがって、各遺伝子の単純なノックアウトでは、表現型が脳以外の領域にも見られるものがある(Irx3、Nkx2.1、Sim-2、Lmx1b、BF2など)。これらの例では、脳領域における機能を明らかにするために、脳特異的なノックアウト(条件付き遺伝子ノックアウト:コンディショナルノックアウト)が作成され、解析が進んでいる('''表''')。また一部の転写因子については、その変異がヒトの脳疾患や精神疾患を引き起こすと報告されている('''表''')。 | ||
{| class="wikitable" | {| class="wikitable" | ||
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! Dlx2 (Distal-less homeobox 2) | ! Dlx2 (Distal-less homeobox 2) | ||
| ホメオボックス型 || 前脳(脳室帯、脳室下帯) || Dlx1/2のダブルノックアウトが新生仔死亡:終脳の神経分化が抑制され、グリア細胞が増加。網膜の神経節細胞層がアポトーシスを起こす。|| | | ホメオボックス型 || 前脳(脳室帯、脳室下帯) || Dlx1/2のダブルノックアウトが新生仔死亡:終脳の神経分化が抑制され、グリア細胞が増加。網膜の神経節細胞層がアポトーシスを起こす。|| Dlx2遺伝子(2番染色体上)を含む領域が自閉症の発症と相関が高いことが示唆されている ||<ref name=Qiu1995><pubmed>7590232</pubmed></ref><ref name=deMelo2005><pubmed>15604100</pubmed></ref><ref name=Liu2009><pubmed>18728693</pubmed></ref><ref name=Petryniak2007><pubmed>17678855</pubmed></ref> | ||
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! Emx1 (Empty Spiracles Homeobox 1) | ! Emx1 (Empty Spiracles Homeobox 1) | ||
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! Lmx1b | ! Lmx1b | ||
| LIMホメオボックス型 || 中脳、視蓋前域、視床 || Isthmic | | LIMホメオボックス型 || 中脳、視蓋前域、視床 || Isthmic Organiserの形成が阻害される。分化した糸球体上皮細胞(podocyte)の消滅|| ネイル・パテラ症候群(爪膝蓋骨症候群:爪の変形や腎臓障害など) ||<ref name=Burghardt2013><pubmed>23990680</pubmed></ref><ref name=Asbreuk2002><pubmed>12498783</pubmed></ref><ref name=Adams2000><pubmed>10751174</pubmed></ref><ref name=Guo2007><pubmed>17166916</pubmed></ref> | ||
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! Nkx2.1 | ! Nkx2.1 | ||
| ホメオボックス型 || 視床下部 || | | ホメオボックス型 || 視床下部 || 新生仔死亡:呼吸器官と肺の形成異常。視床下部におけるメラノコルチン産生(Pomc陽性)細胞の減少" | ||
| 肺腺癌の重篤化に関わっている ||<ref name=Yuan2000><pubmed>10706142</pubmed></ref><ref name=Winslow2011><pubmed>21471965</pubmed></ref><ref><pubmed>30886014</pubmed></ref> | | 肺腺癌の重篤化に関わっている ||<ref name=Yuan2000><pubmed>10706142</pubmed></ref><ref name=Winslow2011><pubmed>21471965</pubmed></ref><ref><pubmed>30886014</pubmed></ref> | ||
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