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==背景== | ==背景== | ||
脊髄小脳変性症の報告は、1860年代にFriedreichが,幼小児期に家族性に発症した失調性疾患 (Friedreich失調症) を報告し、進行期の梅毒に合併する脊髄癆と異なる疾患として記載されたことが最初である<ref name=中西孝雄1978 | 脊髄小脳変性症の報告は、1860年代にFriedreichが,幼小児期に家族性に発症した失調性疾患 (Friedreich失調症) を報告し、進行期の梅毒に合併する脊髄癆と異なる疾患として記載されたことが最初である<ref name=中西孝雄1978>中西孝雄 (1978)<br>日本における難病研究の現況脊髄小脳変性症. 内科. 41, 191-194</ref> 。この報告以降,弧発性、家族性など種々の脊髄小脳変性症が報告され、知見が蓄積されてきた。その一方、臨床所見、病理所見で明確に区別することが困難であったことから、Holmes (1907) 、Greenfield (1954、1958) 、EscourolleおよびMasson (1967)、Skre (1972) 、高橋昭 (1974) 、Oppenheimer (1976) と様々な病型分類が報告されてきた<ref name=中村晴臣1977>中村晴臣. (1977)<br>脊髄小脳変性症の分類とその主要症状. 神経研究の進歩. 21, 5-13</ref> 。 | ||
1990年代に入り、免疫組織診断の発達により、弧発性の精髄小脳変性症の中で最も頻度の高いオリーブ橋小脳変性症 (olivopontocerebellar atrophy、OPCA) 、パーキンソン症状を主体とする線条体黒質変性症 (striatenigral degeneration、SND) 、および自律神経症状が主体であるシャイ・ドレーガー症候群 (Shy-Drager syndrome、SDS) では、いずれも残存するオリゴデンドログリア内にαシヌクレイン陽性の封入体を形成することから、同一の疾患であることが明らかとなり<ref name=Wakabayashi1998><pubmed>9682846</pubmed></ref> 、この疾患群は現在では多系統萎縮症 (multiple system atrophy、MSA) と診断されるようになった。 | 1990年代に入り、免疫組織診断の発達により、弧発性の精髄小脳変性症の中で最も頻度の高いオリーブ橋小脳変性症 (olivopontocerebellar atrophy、OPCA) 、パーキンソン症状を主体とする線条体黒質変性症 (striatenigral degeneration、SND) 、および自律神経症状が主体であるシャイ・ドレーガー症候群 (Shy-Drager syndrome、SDS) では、いずれも残存するオリゴデンドログリア内にαシヌクレイン陽性の封入体を形成することから、同一の疾患であることが明らかとなり<ref name=Wakabayashi1998><pubmed>9682846</pubmed></ref> 、この疾患群は現在では多系統萎縮症 (multiple system atrophy、MSA) と診断されるようになった。 | ||
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同じく1990~2000年代には、分子遺伝学の発達により、遺伝性SCDの遺伝子座の同定、さらには原因遺伝子の同定が相次いで報告された。遺伝性脊髄小脳変性症の中で、顕性 (優性) 遺伝 を示し、遺伝子座が同定されたものはspinocerebellar ataxia (SCA) として命名されている。1993年に原因遺伝子が同定されたSCA1から2021年1月の時点で、SCA48まで同定されている (表1) 。潜性 (劣性) 遺伝の場合は、Friedreich失調症 (Friedreich ataxia、FRDA)、毛細血管拡張性小脳失調症 (ataxia telangiectasia、AT) など一部の疾患を除き、原因遺伝子座が同定されたものはspinocerebellar ataxia, autosomal recessive (SCAR) と命名され、SCAR28まで同定されている (表2) 。次世代シークエンサーなど遺伝子解析手法の発達により、今後も新たな疾患とその原因遺伝子の同定が進むことが予想される。 | 同じく1990~2000年代には、分子遺伝学の発達により、遺伝性SCDの遺伝子座の同定、さらには原因遺伝子の同定が相次いで報告された。遺伝性脊髄小脳変性症の中で、顕性 (優性) 遺伝 を示し、遺伝子座が同定されたものはspinocerebellar ataxia (SCA) として命名されている。1993年に原因遺伝子が同定されたSCA1から2021年1月の時点で、SCA48まで同定されている (表1) 。潜性 (劣性) 遺伝の場合は、Friedreich失調症 (Friedreich ataxia、FRDA)、毛細血管拡張性小脳失調症 (ataxia telangiectasia、AT) など一部の疾患を除き、原因遺伝子座が同定されたものはspinocerebellar ataxia, autosomal recessive (SCAR) と命名され、SCAR28まで同定されている (表2) 。次世代シークエンサーなど遺伝子解析手法の発達により、今後も新たな疾患とその原因遺伝子の同定が進むことが予想される。 | ||
診断 | == 診断 == | ||
脊髄小脳変性症の診断は、「運動失調症の医療基盤に関する研究班」の診断基準が用いられている。 | |||
下記の項目のDefinite、Probableを対象とする。 | |||
{| class="wikitable" | |||
|+SCDの診断基準 | |||
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! 主要項目 | |||
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| 脊髄小脳変性症は、運動失調を主要症候とする神経変性疾患の総称であり、臨床、病理あるいは遺伝子的に異なるいくつかの病型が含まれる。臨床的には以下の特徴を有する。<br> | |||
①小脳性ないしは後索性の運動失調又は痙性対麻痺を主要症候とする。<br> | |||
②徐々に発病し、経過は緩徐進行性である。<br> | |||
③病型によっては遺伝性を示す。その場合、常染色体優性遺伝性であることが多いが、常染色体あるいはX染色体劣性遺伝性の場合もある。<br> | |||
④その他の症候として、錐体路症候、パーキンソニズム(振戦、筋強剛、無動)、自律神経症候(排尿困難、発汗障害、起立性低血圧)、末梢神経症候(しびれ感、表在感覚低下、深部覚低下)、高次脳機能障害(幻覚[非薬剤性]、失語、失認、失行[肢節運動失行以外])などを示すものがある。<br> | |||
⑤頭部 MRIやX線CTにて、小脳や脳幹の萎縮を認めることが多いが、病型や時期によっては大脳基底核病変や大脳皮質の萎縮などを認めることもある。<br> | |||
⑥以下の原因によるニ次性小脳失調症を鑑別する:脳血管障害、腫瘍、アルコール中毒、ビタミンB1・B12・葉酸欠乏、薬剤性(フェニトインなど)、炎症[神経梅毒、多発性硬化症、傍腫瘍性小脳炎、免疫介在性小脳炎(橋本脳症、シェーグレン症候群、グルテン失調症、抗GAD (glutamic acid decarboxylase) 抗体小脳炎)]、甲状腺機能低下症、低セルロプラスミン血症、脳腱黄色腫症、ミトコンドリア病、二次性痙性対麻痺(脊柱疾患に伴うミエロパチー、脊髄の占拠性病変に伴うミエロパチー、多発性硬化症、視神経脊髄炎、脊髄炎、HTLV-I (Human T-cell leukemia virus type 1) 関連ミエロパチー、アルコール性ミエロパチー、副腎ミエロニューロパチーなど。<br> | |||
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{| class="wikitable" | |||
|+診断のカテゴリー | |||
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!Definite: | |||
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| 脊髄小脳変性症・痙性対麻痺に合致する症候と経過があり、遺伝子診断か神経病理学的診断がなされている場合。 | |||
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!Probable: | |||
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| (1)脊髄小脳変性症に合致する症候があり、診断基準の主要項目①②⑤及び⑥を満たす場合、若しくは痙性対麻痺に合致する症候があり、主要項目①②及び⑥を満たす場合。<br> | |||
又は | |||
(2)当該患者本人に脊髄小脳変性症・痙性対麻痺に合致する症状があり、かつその家系内の他の発症者と同一とみなされる場合(遺伝子診断がなされていない場合も含む。)。 | |||
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!Possible | |||
| 脊髄小脳変性症・痙性対麻痺に合致する症候があり、診断基準の主要項目①②⑤を満たす、又は痙性対麻痺に合致する症候があり、主要項目①②を満たすが、⑥が除外できない場合。 | |||
|} | |||
<SCDの診断基準> | <SCDの診断基準> | ||
【主要項目】 | 【主要項目】 | ||
診断のカテゴリー | 診断のカテゴリー | ||
Possible: | Possible: | ||
<重症度分類> | <重症度分類> | ||
modified Rankin Scale(mRS)、食事・栄養、呼吸のそれぞれの評価スケールを用いて、いずれかが3以上が指定難病の申請基準である。 | modified Rankin Scale(mRS)、食事・栄養、呼吸のそれぞれの評価スケールを用いて、いずれかが3以上が指定難病の申請基準である。 | ||
== 分類 == | |||
遺伝の有無に基づく脊髄小脳変性症の | |||
1. 弧発性脊髄小脳変性症 | 1. 弧発性脊髄小脳変性症 | ||
(1) 多系統萎縮症 | (1) 多系統萎縮症 | ||
60行目: | 89行目: | ||
皮質性小脳萎縮症 (cortical cerebellar atrophy、 CCA) は、小脳皮質の萎縮が主病変とする失調症の総称である (図1) 。多くは高齢発症であることから、晩発性皮質性小脳萎縮症 (late cortical cerebellar atrophy、 LCCA) とも呼ばれてきた疾患群である。つまり、皮質性小脳萎縮症は単一の疾患ではなく、小脳皮質が比較的選択的に変性、脱落する疾患の一群を示している。 | 皮質性小脳萎縮症 (cortical cerebellar atrophy、 CCA) は、小脳皮質の萎縮が主病変とする失調症の総称である (図1) 。多くは高齢発症であることから、晩発性皮質性小脳萎縮症 (late cortical cerebellar atrophy、 LCCA) とも呼ばれてきた疾患群である。つまり、皮質性小脳萎縮症は単一の疾患ではなく、小脳皮質が比較的選択的に変性、脱落する疾患の一群を示している。 | ||
皮質性小脳萎縮症は、成人期に発症し、緩徐進行性の小脳失調を主体とする変性疾患である。皮質性小脳萎縮症については、これまでsporadic adult-onset ataxia of unknown origin (SAOA) <ref name=Abele2007><pubmed>17934884</pubmed></ref> 、idiopathic cerebellar ataxia (IDCA) <ref name=Burk2004><pubmed>14570820</pubmed></ref> 、idiopathic cerebellar ataxia of late onset<ref name=Klockgether1990><pubmed>2341843</pubmed></ref> など報告者によって様々な疾患名で呼ばれてきた経緯があり、疾患概念に混乱が生じていた。皮質性小脳萎縮症の疾患概念の混乱の理由は、診断特異的バイオマーカーや特異的な蛋白蓄積などが発見されていないため、皮質性小脳萎縮症の診断は、除外診断によりなされる点である。つまり皮質性小脳萎縮症の診断においては、初期の多系統萎縮症、自己免疫性失調症、spinocerebellar ataxia 6 (SCA6)やspinocerebellar ataxia 31 (SCA31) のように小脳失調が主体の遺伝性脊髄小脳変性症など、高齢発症の他の脊髄小脳変性症を除外することが必須である。 | 皮質性小脳萎縮症は、成人期に発症し、緩徐進行性の小脳失調を主体とする変性疾患である。皮質性小脳萎縮症については、これまでsporadic adult-onset ataxia of unknown origin (SAOA) <ref name=Abele2007><pubmed>17934884</pubmed></ref> 、idiopathic cerebellar ataxia (IDCA) <ref name=Burk2004><pubmed>14570820</pubmed></ref> 、idiopathic cerebellar ataxia of late onset<ref name=Klockgether1990><pubmed>2341843</pubmed></ref> など報告者によって様々な疾患名で呼ばれてきた経緯があり、疾患概念に混乱が生じていた。皮質性小脳萎縮症の疾患概念の混乱の理由は、診断特異的バイオマーカーや特異的な蛋白蓄積などが発見されていないため、皮質性小脳萎縮症の診断は、除外診断によりなされる点である。つまり皮質性小脳萎縮症の診断においては、初期の多系統萎縮症、自己免疫性失調症、spinocerebellar ataxia 6 (SCA6)やspinocerebellar ataxia 31 (SCA31) のように小脳失調が主体の遺伝性脊髄小脳変性症など、高齢発症の他の脊髄小脳変性症を除外することが必須である。 | ||
このことから、本邦の「運動失調症の医療基盤に関する調査研究班」では、皮質性小脳萎縮症や晩発性皮質性小脳萎縮症に変わる臨床診断名として、特発性小脳失調症 (idiopathic cerebellar ataxia、IDCA) を提唱し、診断基準を策定した<ref name=Yoshida2018><pubmed>29249373</pubmed></ref> 。本邦での特発性小脳失調症と従来報告されてきたSAOAを比較すると、特発性小脳失調症は小脳症状以外の神経症状の合併頻度が少なく、特に錐体路症状や排尿障害の合併はSAOAと比べて本邦の特発性小脳失調症は低いことが明かとなっている。つまり、本邦の特発性小脳失調症はより純粋小脳型の失調症を反映していると考えられる<ref name=Yoshida2018><pubmed>29249373</pubmed></ref> 。今後、これらの知見の集積により、特発性小脳失調症から新たな疾患が分離独立することが予想される。 | このことから、本邦の「運動失調症の医療基盤に関する調査研究班」では、皮質性小脳萎縮症や晩発性皮質性小脳萎縮症に変わる臨床診断名として、特発性小脳失調症 (idiopathic cerebellar ataxia、IDCA) を提唱し、診断基準を策定した<ref name=Yoshida2018><pubmed>29249373</pubmed></ref> 。本邦での特発性小脳失調症と従来報告されてきたSAOAを比較すると、特発性小脳失調症は小脳症状以外の神経症状の合併頻度が少なく、特に錐体路症状や排尿障害の合併はSAOAと比べて本邦の特発性小脳失調症は低いことが明かとなっている。つまり、本邦の特発性小脳失調症はより純粋小脳型の失調症を反映していると考えられる<ref name=Yoshida2018><pubmed>29249373</pubmed></ref> 。今後、これらの知見の集積により、特発性小脳失調症から新たな疾患が分離独立することが予想される。 | ||