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永山 正雄 | 永山 正雄 | ||
国際医療福祉大学大学院医学研究科 脳神経内科学 | 国際医療福祉大学大学院医学研究科 脳神経内科学 | ||
上智大学生命倫理研究所 | |||
羅:cerebrum mortem 英:brain death, death by neurological criteria 独:Hirntod 仏:mort cérébrale | |||
{{box|text= 脳死(全脳死)は、「脳幹を含む脳全体のすべての機能が不可逆的に停止した状態」と定義される。これは重篤な器質的脳障害により深昏睡となり無呼吸、人工呼吸器装着となった例の一部で起こる。いったん脳死に陥れば如何に全身管理を行っても1~2週間程度で心停止に至り、決して回復することはないことが確認されている。わが国では脳死判定は「臓器の移植に関する法律」(臓器移植法)に基づいており、臓器移植を前提とするときに適用され「法的脳死判定」とよぶ。法的脳死判定の方法は、いわゆる竹内基準に基づいて作成された法的脳死判定マニュアルに従って行われる。2020年8月、脳死判定の標準化の必要性が指摘されている。}} | {{box|text= 脳死(全脳死)は、「脳幹を含む脳全体のすべての機能が不可逆的に停止した状態」と定義される。これは重篤な器質的脳障害により深昏睡となり無呼吸、人工呼吸器装着となった例の一部で起こる。いったん脳死に陥れば如何に全身管理を行っても1~2週間程度で心停止に至り、決して回復することはないことが確認されている。わが国では脳死判定は「臓器の移植に関する法律」(臓器移植法)に基づいており、臓器移植を前提とするときに適用され「法的脳死判定」とよぶ。法的脳死判定の方法は、いわゆる竹内基準に基づいて作成された法的脳死判定マニュアルに従って行われる。2020年8月、脳死判定の標準化の必要性が指摘されている。}} | ||
== 脳死をめぐる概念の成立 == | |||
• 1959年、フランスから初めて脳死に相当する臨床報告が行われた。 | |||
1968年、米国ハーバード大学医学部特別委員会(Ad Hoc Committee of the Harvard Medical School to Examine the Definition of Brain Death)は、死の新しい基準としての“不可逆的昏睡”を報告した(いわゆるハーバード基準)。現在の脳死の概念に相当する初の報告である。この提唱の契機は、従来であれば救命できなかったが、救命治療の進歩に伴い呼吸機能は人工呼吸器により維持され循環機能も保たれるようになったものの、脳機能は失われた患者が出現、増加してきたことである。これらの患者の治療打ち切りを正当化すること、当時始まった臓器移植のドナーとなり得る患者を的確に定義することを主な目的として設定された<ref name=JAMA1968><pubmed>5694976</pubmed></ref> [1]。この報告はその根拠を明示することなく、不可逆的昏睡(脳死)を人の死の新基準とするものであったとの指摘がある<ref name=古俣めぐみ2017>古俣めぐみ. 日本における「脳死=人の死」規定とその根拠-二つの社会的合意からの分析. 東京大学教養学部哲学・科学史部会 哲学・科学史論叢. 2017 19:73-95</ref>[2]。 | |||
• 1971年、世界初の脳死立法がフィンランドで成立した。 | • 1971年、世界初の脳死立法がフィンランドで成立した。 | ||
• 1979年、英国で脳幹死による脳死診断基準が公表された。 | • 1979年、英国で脳幹死による脳死診断基準が公表された。 | ||
1981年、米国大統領委員会<ref name=President1981 />が死の判定に関する統一法「死の判定ガイドライン」を公布した。ここで、1)呼吸と循環機能が不可逆的に停止した、2)あるいは脳幹を含む脳全体のすべての機能が不可逆的に停止した人は死んでいる、という脳死(全脳死)の定義が示された<ref name=President1981>President's Commission for the Study of Ethical Problems in Medicine and Biomedical and Behavioral Research. (2018)<br>Defining death. Washington DC: Government Printing Office; </ref> [3]。ここでは、死の判定は一般に認められている医学的基準に従って行われねばならないとして、その基準は別に示されており<ref name=JAMA1981><pubmed>7289009</pubmed></ref>[4]、判定法そのものが法律で定められているわけではない。 | |||
• 1982年、ドイツ連邦医師会から脳死診断基準が公表された。 | • 1982年、ドイツ連邦医師会から脳死診断基準が公表された。 | ||
• 1983年、オランダで脳死診断基準が公表された。 | • 1983年、オランダで脳死診断基準が公表された。 | ||
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米国神経学会のSummary statement(ガイドライン)は2010年に改訂された<ref name=Wijdicks2010><pubmed>20530327</pubmed></ref>[10]。脳死は臨床診断であること、無呼吸テストは安全であること、種々の新しい補助検査が全脳の機能停止を真に確認できるかについては十分なエビデンスがまだないこと、この改訂ではevidence-basedを目指し38件の文献をレビューされたが、結果的にopinion-basedとなったこと、などが明記された。 | 米国神経学会のSummary statement(ガイドライン)は2010年に改訂された<ref name=Wijdicks2010><pubmed>20530327</pubmed></ref>[10]。脳死は臨床診断であること、無呼吸テストは安全であること、種々の新しい補助検査が全脳の機能停止を真に確認できるかについては十分なエビデンスがまだないこと、この改訂ではevidence-basedを目指し38件の文献をレビューされたが、結果的にopinion-basedとなったこと、などが明記された。 | ||
== わが国における脳死をめぐる概念の成立と変遷 == | |||
わが国における脳死をめぐる概念の成立と変遷 | |||
• 日本においては、1968年8月にいわゆる「和田心臓移植事件」が発生した。 | • 日本においては、1968年8月にいわゆる「和田心臓移植事件」が発生した。 | ||
• 1968年10月に日本脳波学会に脳波と脳死に関する委員会が設置され、1974年に「脳の急性一次性粗大病変における脳死の判定基準」が公表された。判定基準として、(1)深昏睡、(2)両側瞳孔散大、対光反射および角膜反射の消失、(3)自発呼吸の停止、(4)急激な血圧降下とそれにひき続く低血圧、(5)平坦脳波、(6)以上の(1)〜(5)の条件が揃った時点より六時間後まで継続的にこれらの条件が満たされている、という6点が挙げられた。 | • 1968年10月に日本脳波学会に脳波と脳死に関する委員会が設置され、1974年に「脳の急性一次性粗大病変における脳死の判定基準」が公表された。判定基準として、(1)深昏睡、(2)両側瞳孔散大、対光反射および角膜反射の消失、(3)自発呼吸の停止、(4)急激な血圧降下とそれにひき続く低血圧、(5)平坦脳波、(6)以上の(1)〜(5)の条件が揃った時点より六時間後まで継続的にこれらの条件が満たされている、という6点が挙げられた。 | ||
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わが国の脳死判定基準 | == わが国の脳死判定基準 == | ||
• 先述のように、旧厚生省の脳死に関する研究班は、日本脳波学会の脳死判定基準(1969年)に基づいて脳死と判定された症例についての全国調査に基づいて、1985年に脳死判定基準、いわゆる竹内基準を提出した<ref name=厚生科学研究費特別研究事業1985 /> [12]。なお、その調査対象となった718例中で蘇生例は1例もなかったと報告されており、その妥当性が確認されている<ref name=竹内一夫1985 /> [11]。 | • 先述のように、旧厚生省の脳死に関する研究班は、日本脳波学会の脳死判定基準(1969年)に基づいて脳死と判定された症例についての全国調査に基づいて、1985年に脳死判定基準、いわゆる竹内基準を提出した<ref name=厚生科学研究費特別研究事業1985 /> [12]。なお、その調査対象となった718例中で蘇生例は1例もなかったと報告されており、その妥当性が確認されている<ref name=竹内一夫1985 /> [11]。 | ||
竹内基準は脳死の概念としては全脳死を採用している。判定基準の骨子は以下の通りである。判定の医学的詳細に関しては園生雅弘帝京大学教授および筆者による文献を参照されたい<ref name=園生雅弘2018>園生雅弘著. 永山正雄監修 (2018).<br>.脳死状態. 今日の臨床サポート</ref>[13]。 | 竹内基準は脳死の概念としては全脳死を採用している。判定基準の骨子は以下の通りである。判定の医学的詳細に関しては園生雅弘帝京大学教授および筆者による文献を参照されたい<ref name=園生雅弘2018>園生雅弘著. 永山正雄監修 (2018).<br>.脳死状態. 今日の臨床サポート</ref>[13]。 | ||
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法的脳死判定 | == 法的脳死判定 == | ||
判定医資格 | 判定医資格 | ||
• 脳死判定は、脳神経外科医、脳神経内科医、救急医、麻酔・蘇生科・集中治療医または小児科医であって、それぞれの学会専門医または学会認定医の資格を持ち、かつ脳死判定に関して豊富な経験を有し、しかも臓器移植にかかわらない医師が2名以上で行う。 | • 脳死判定は、脳神経外科医、脳神経内科医、救急医、麻酔・蘇生科・集中治療医または小児科医であって、それぞれの学会専門医または学会認定医の資格を持ち、かつ脳死判定に関して豊富な経験を有し、しかも臓器移植にかかわらない医師が2名以上で行う。 | ||
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2: 適正な脳死判定を行う体制があること。 | 2: 適正な脳死判定を行う体制があること。 | ||
3: 救急医療などの関連分野において、高度の医療を行う次のいずれかの施設であること。 | 3: 救急医療などの関連分野において、高度の医療を行う次のいずれかの施設であること。 | ||
大学附属病院、日本救急医学会の指導医指定施設、日本脳神経外科学会の専門医訓練施設、救命救急センターとして認定された施設、日本小児総合医療施設協議会の会員施設 | |||
法的脳死判定前の確認事項 | 法的脳死判定前の確認事項 | ||
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• 深部温(直腸温、食道温など)が測定できる体温計 | • 深部温(直腸温、食道温など)が測定できる体温計 | ||
法的脳死判定の手順 | == 法的脳死判定の手順 == | ||
• 実際の脳死判定の手順については「法的脳死判定マニュアル」に従う<ref name=脳死判定基準のマニュアル化に関する研究班2011 /> [16]。その概要は以下の通りである | • 実際の脳死判定の手順については「法的脳死判定マニュアル」に従う<ref name=脳死判定基準のマニュアル化に関する研究班2011 /> [16]。その概要は以下の通りである | ||
• 前提条件を完全に満たすことを確認する | • 前提条件を完全に満たすことを確認する | ||
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• 脳波、ABR以外の補助診断として正中神経刺激体性感覚誘発電位(SEP)、脳血管撮影、CT血管撮影(CTA)、経頭蓋ドップラー(TCD)、MRI、99mTc–HMPAO SPECTなどの検査がある。 | • 脳波、ABR以外の補助診断として正中神経刺激体性感覚誘発電位(SEP)、脳血管撮影、CT血管撮影(CTA)、経頭蓋ドップラー(TCD)、MRI、99mTc–HMPAO SPECTなどの検査がある。 | ||
== 脳死判定上のピットフォール == | |||
わが国では臓器移植法成立(1997年)に伴い、法的脳死判定においては脳死判定基準(竹内基準)に従うことと定められ「法的脳死判定マニュアル」が公表された。先述のように法に規定する脳死判定により脳死とされ得る状態は、器質的脳障害により深昏睡、および自発呼吸を消失した状態と認められ、かつ器質的脳障害の原疾患が確実に診断されていて、原疾患に対して行い得るすべての適切な治療を行った場合でも回復の可能性がないと認められる者である。従って非器質的脳障害例、人工呼吸器レスピレーター管理ではない例、自発呼吸が僅かでも残存している例、診断が完全には確定されていない例は脳死となり得ず、臓器提供などのために拙速な治療放棄を決して行ってはならない<ref name=永山正雄2016>脳死判定とCritical Care Neurology. 脳死・脳蘇生28(2):91-97</ref>[22]。 | |||
さらに次の1)~4)は脳死対象例から除外される;1)生後12週(在胎週数が40週未満であった者にあっては、出産予定日から起算して12週)未満の者、2)急性薬物中毒により深昏睡、および自発呼吸を消失した状態にあると認められる者、3)直腸温32℃未満(6歳未満の者にあっては、35℃未満)の状態にある者、4)代謝性障害、または内分泌性障害により深昏睡、および自発呼吸を消失した状態にあると認められる者。従って、週齢不明の新生児・乳児例、原因不明例、極度の低体温例、急性薬物中毒を否定出来ない例、原因不明の散瞳・縮瞳例などは脳死となり得ない<ref name=永山正雄2016 /> [22]。 | さらに次の1)~4)は脳死対象例から除外される;1)生後12週(在胎週数が40週未満であった者にあっては、出産予定日から起算して12週)未満の者、2)急性薬物中毒により深昏睡、および自発呼吸を消失した状態にあると認められる者、3)直腸温32℃未満(6歳未満の者にあっては、35℃未満)の状態にある者、4)代謝性障害、または内分泌性障害により深昏睡、および自発呼吸を消失した状態にあると認められる者。従って、週齢不明の新生児・乳児例、原因不明例、極度の低体温例、急性薬物中毒を否定出来ない例、原因不明の散瞳・縮瞳例などは脳死となり得ない<ref name=永山正雄2016 /> [22]。 | ||
一方、わが国で脳死と判定するためには、次の1)~4)のすべてが確認される必要がある;1)深昏睡、2)瞳孔が固定し両側瞳孔径4mm以上、3)脳幹反射[対光反射、角膜反射、毛様体脊髄反射、眼球頭反射、前庭反射、咽頭反射、咳反射]消失、4)平坦脳波。従って、眼科手術・緑内障・虹彩炎・薬物等による瞳孔変形や瞳孔サイズ・反応の異常例、重症顔面外傷例、眼球損傷例、頸髄損傷例、的確な神経所見の評価や脳波所見の判読が出来ない場合などは、脳死判定に大きな困難を伴う<ref name=永山正雄2016 /> [22]。 | 一方、わが国で脳死と判定するためには、次の1)~4)のすべてが確認される必要がある;1)深昏睡、2)瞳孔が固定し両側瞳孔径4mm以上、3)脳幹反射[対光反射、角膜反射、毛様体脊髄反射、眼球頭反射、前庭反射、咽頭反射、咳反射]消失、4)平坦脳波。従って、眼科手術・緑内障・虹彩炎・薬物等による瞳孔変形や瞳孔サイズ・反応の異常例、重症顔面外傷例、眼球損傷例、頸髄損傷例、的確な神経所見の評価や脳波所見の判読が出来ない場合などは、脳死判定に大きな困難を伴う<ref name=永山正雄2016 /> [22]。 | ||
瞳孔所見の評価にあたっては、近年、ベッドサイドで臥位であっても使用可能な電子瞳孔計が臨床導入された。瞳孔所見の評価は、脳幹の機能評価上、とくに重要であるにもかかわらず、従来、prompt、sluggish、absentなどの半定量的評価のままであった。これは、意識レベルをstupor、somnolenceと表現することと同じレベルであり、瞳孔径、瞳孔反応の評価上、著しく定量性に欠けていた。われわれは集中治療室(intensive care unit, ICU)における検討の結果、定量的瞳孔計の有用性が期待される臨床状況として、観察者・職種による評価結果の標準化、意識レベル(FOURスコアほか)や対光反射変動の早期検出、アウトカム・脳死・死亡の正確な評価、ほかを指摘している。今後、脳死判定の標準化の観点から電子瞳孔計の普及が望ましく、規格、価格上の向上が急務といえよう。 | 瞳孔所見の評価にあたっては、近年、ベッドサイドで臥位であっても使用可能な電子瞳孔計が臨床導入された。瞳孔所見の評価は、脳幹の機能評価上、とくに重要であるにもかかわらず、従来、prompt、sluggish、absentなどの半定量的評価のままであった。これは、意識レベルをstupor、somnolenceと表現することと同じレベルであり、瞳孔径、瞳孔反応の評価上、著しく定量性に欠けていた。われわれは集中治療室(intensive care unit, ICU)における検討の結果、定量的瞳孔計の有用性が期待される臨床状況として、観察者・職種による評価結果の標準化、意識レベル(FOURスコアほか)や対光反射変動の早期検出、アウトカム・脳死・死亡の正確な評価、ほかを指摘している。今後、脳死判定の標準化の観点から電子瞳孔計の普及が望ましく、規格、価格上の向上が急務といえよう。 | ||
反射、自動症に関しては、thumb extension, leg flexion, Babinski sign, Lazarus sign、深部腱反射、脊髄反射、呼吸様運動ほかについて認識、習熟が必要である。 | 反射、自動症に関しては、thumb extension, leg flexion, Babinski sign, Lazarus sign、深部腱反射、脊髄反射、呼吸様運動ほかについて認識、習熟が必要である。 | ||
脳神経外科医、脳神経内科医のほとんどは、当事者として脳死判定に立ち会った経験が無く、また神経所見の評価、重症例の評価・管理に関して診療科、個人によりその能力は大きく異なる。また、脳波判読能力は脳神経内科医であっても必ずしも十分では無い。この傾向は米国でも認められ、脳死判定に関して神経救急・集中治療医(critical care neurologist、neurointensivist)への依頼が大幅に急増している。 | 脳神経外科医、脳神経内科医のほとんどは、当事者として脳死判定に立ち会った経験が無く、また神経所見の評価、重症例の評価・管理に関して診療科、個人によりその能力は大きく異なる。また、脳波判読能力は脳神経内科医であっても必ずしも十分では無い。この傾向は米国でも認められ、脳死判定に関して神経救急・集中治療医(critical care neurologist、neurointensivist)への依頼が大幅に急増している。 | ||
== 国内外の動向 == | |||
=== 国際的動向 === | |||
現在なお、脳死に関する議論は米国を中心に行なわれている。脳死の概念をめぐる議論に大きな変化は無いが、脳死判定方法の啓発、そのためのpracticalなさまざまなツール、機会を米国神経学会および米国Neurocritical Care Society (NCS)が積極的に提供していることが近年の特徴である。米国神経学会ガイドライン(2010年)は、practicalで有用なツール「Checklist for determining brain death」をパワーポイントスライドとして提供している <ref name=Wijdicks2010></ref>[10]。先述のWijdicks教授は、「The Comatose Patient」(2014年)で、自身による貴重なビデオクリップを多数提供しており、正統的な脳死判定の実際を供覧する一方<ref name=E.F.M.2014>Wijdicks E.F.M. (2014)<br>The Comatose Patient, Oxford University Press, [https://doi.org/10.1093/med/9780199331215.001.0001 PDF]</ref>[23]、新たなシミュレーションモデルを発表している<ref name=Hocker2015><pubmed>25898887</pubmed></ref>[24]。またシカゴ大学によるワークショップ<ref name=The2019>The University of Chicago (2019).<br>Brain Death Simulation Workshop</ref>[25]のほか、とくに充実しているものとして米国Neurocritical Care SocietyによるBrain Death Determination Course<ref name=Neurocritical2020> Neurocritical Care Society (2020).<br>Brain Death Determination Course</ref> [26]がある。 | |||
2020年8月、The World Brain Death Projectによる脳死判定標準化に向けた事実上の初のガイドラインが公表された<ref name=Greer2020></ref> [19]。国家間、国内(とくに米国)における脳死[brain death (BD)/death by neurologic criteria (DNC)]、後者は欧米では頻用される)診断の現状を明らかにするとともに、標準化のための用語統一、脳死判定基準の推奨が明記された。脳死判定基準に関しては、(1)瞳孔正中位・散大、対光反射消失、(2)角膜反射、眼球頭反射、前庭反射、咳反射、咽頭反射の消失、(3)疼痛刺激に対して顔面の動き無し、(4)脳を介する運動反応無し、(5)無呼吸テスト、が推奨された。さらに可能であれば全脳死、脳幹死は用いずBD/DNCという用語を用いること、成人ではルーティンの脳波検査は行わないこと、地域のクライテリアを尊重すること、などが推奨されている。 | |||
欧米では新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック下における脳死判定について、無呼吸テストの代わりに各種補助検査を行うなどの指針、ガイドラインが公表されている<ref name=Brigham2020>Brigham and Women's Hospital (2020).<br>COVID-19 Clinical Guidelines: https://covidprotocols.org/</ref><ref name=Addendum2020>Addendum to Emory Healthcare's Brain Death Determination Policy effective 04/17/2020. https://www.emoryhealthcare.org/ui/pdfs/covid/medical-professionals/Brain Death Testing in the Setting of COVID-19.pdf</ref><ref name=Migdady2020><pubmed>32732294</pubmed></ref> [27][28][29]。 | |||
国内動向 | === 国内動向 === | ||
わが国でも厚生労働省研究班、日本臓器移植関連学会協議会、日本脳死・脳蘇生学会、日本救急医学会脳死・臓器移植に関する委員会、日本蘇生協議会、日本神経学会神経救急セクション、日本神経救急学会、日本臨床救急医学会移植医療における救急医療のあり方に関する検討委員会等で、さまざまな議論、環境整備、ガイドライン策定等が進められている。 | わが国でも厚生労働省研究班、日本臓器移植関連学会協議会、日本脳死・脳蘇生学会、日本救急医学会脳死・臓器移植に関する委員会、日本蘇生協議会、日本神経学会神経救急セクション、日本神経救急学会、日本臨床救急医学会移植医療における救急医療のあり方に関する検討委員会等で、さまざまな議論、環境整備、ガイドライン策定等が進められている。 | ||
2021年、上智大学生命倫理研究所が「死のしるし 脳死と臓器移植に関する教皇庁のワークショップ」を出版した<ref name=教皇庁科学アカデミー教皇庁科学アカデミー著. (2021)<br>上智大学生命倫理研究所監訳. 死のしるし 脳死と臓器移植に関する教皇庁のワークショップ. 上智大学出版</pubmed></ref>[30]。これは教皇庁科学アカデミーが主催した、死の概念・基準としての「脳死」についてのワーキング・グループの記録(翻訳、訳注、新規解説)で、教皇庁が脳死反対論者を交え、世界を代表する神学・医学・哲学等の研究者、医師による徹底した議論を行った全記録である。日本の議論に一石を投じる大変有意義な書籍と言えよう。 |