「動眼神経副交感核」の版間の差分

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<font size="+1">坂東 武彦</font><br>
<font size="+1">坂東 武彦</font><br>
''独立行政法人科学技術振興機構''<br>
''独立行政法人科学技術振興機構''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年9月27日 原稿完成日:2015年月日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年9月27日 原稿完成日:2021年12月7日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/noritakaichinohe 一戸 紀孝](国立精神・神経医療研究センター 神経研究所)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/noritakaichinohe 一戸 紀孝](国立精神・神経医療研究センター 神経研究所)<br>
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同義語:Edinger-Westphal核、EW核
同義語:Edinger-Westphal核、EW核


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{{box|text= 動眼神経副交感核は眼の[[wj:焦点|焦点]]調節(ピント調節)、[[wj瞳孔|瞳孔]]縮小([[wj:縮瞳|縮瞳]])に関わる副交感動眼ニューロン(副交感節前ニューロン)の座である。副交感動眼ニューロンは[[毛様神経節]]([[副交感神経節]])を介し[[毛様筋]]/[[瞳孔括約筋]]([[内眼筋]])を支配する。毛様筋(特に[[輪状筋]])収縮により、[[水晶体]](レンズ)にかかる張力(結合線維による)が緩み、扁平だった水晶体が膨らみ、表面の曲率が増加、近くにピントが合う(焦点調節)。一方、瞳孔括約筋の収縮により縮瞳する。[[縮瞳反射]]には光の強さに対する[[対光反射]]と、焦点調節と協働して起こる[[近見反射]]がある。近年、HRP法を用いた解剖学的研究を発端として、EW核=動眼神経副交感核という従来の考え方が再検討された。[[wj:霊長類|霊長類]]では副交感動眼ニューロンは、ほぼEW核に存在することが確かめられ、従来の理解に修正は必要でない。ただし、機能は不明であるが、EW核に一部、副交感動眼ニューロンと異なるニューロンが共存、脊髄や脳幹・小脳に投射する。[[wj:ネコ|ネコ]]では副交感動眼ニューロンはEW核に一部存在するが、むしろ、その外側で背腹側に延びている。一方、EW核の主なニューロンは[[脊髄]]/[[脳幹]]/[[小脳]]に投射する細胞である。すなわち、比較解剖学的には、単純にはEW核=動眼神経副交感核の図式は成り立たない。[[wj:サル|サル]]・ネコ・[[wj:げっ歯類|げっ歯類]]を通して、脊髄・脳幹に投射する細胞は[[wj:ウロコルチン|ウロコルチン]]陽性であるが、その機能は不明である。}}
 動眼神経副交感核は眼の[[wikipedia:ja:焦点|焦点]]調節(ピント調節)、[[wikipedia:ja瞳孔|瞳孔]]縮小([[wikipedia:ja:縮瞳|縮瞳]])に関わる副交感動眼ニューロン(副交感節前ニューロン)の座である。副交感動眼ニューロンは[[毛様神経節]]([[副交感神経節]])を介し[[毛様筋]]/[[瞳孔括約筋]]([[内眼筋]])を支配する。毛様筋(特に[[輪状筋]])収縮により、[[水晶体]](レンズ)にかかる張力(結合線維による)が緩み、扁平だった水晶体が膨らみ、表面の曲率が増加、近くにピントが合う(焦点調節)。一方、瞳孔括約筋の収縮により縮瞳する。[[縮瞳反射]]には光の強さに対する[[対光反射]]と、焦点調節と協働して起こる[[近見反射]]がある。近年、HRP法を用いた解剖学的研究を発端として、EW核=動眼神経副交感核という従来の考え方が再検討された。[[wikipedia:ja:霊長類|霊長類]]では副交感動眼ニューロンは、ほぼEW核に存在することが確かめられ、従来の理解に修正は必要でない。ただし、機能は不明であるが、EW核に一部、副交感動眼ニューロンと異なるニューロンが共存、脊髄や脳幹・小脳に投射する。[[wikipedia:ja:ネコ|ネコ]]では副交感動眼ニューロンはEW核に一部存在するが、むしろ、その外側で背腹側に延びている。一方、EW核の主なニューロンは[[脊髄]]/[[脳幹]]/[[小脳]]に投射する細胞である。すなわち、比較解剖学的には、単純にはEW核=動眼神経副交感核の図式は成り立たない。[[wikipedia:ja:サル|サル]]・ネコ・[[wikipedia:ja:げっ歯類|げっ歯類]]を通して、脊髄・脳幹に投射する細胞は[[wikipedia:ja:ウロコルチン|ウロコルチン]]陽性であるが、その機能は不明である。
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[[Image:杉内動眼神経核図1z.jpg|thumb|350px|<b>図1.動眼神経核内の亜核</b><br />原図はWarwick 1954による。文献<ref>'''篠田義一'''<br>眼球運動の生理学<br>眼球運動の神経学、小松崎篤、篠田義一、丸尾敏夫編 ''医学書院''、1985、p.1-147</ref>より改変引用。副交感核は黒により示されている。]]  
[[Image:杉内動眼神経核図1z.jpg|thumb|350px|<b>図1.動眼神経核内の亜核</b><br />原図はWarwick 1954による。文献<ref>'''篠田義一'''<br>眼球運動の生理学<br>眼球運動の神経学、小松崎篤、篠田義一、丸尾敏夫編 ''医学書院''、1985、p.1-147</ref>より改変引用。副交感核は黒により示されている。]]  
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== 研究の歴史 ==
== 研究の歴史 ==


 動眼神経副交感核のEW核という別名は、[[wikipedia:Ludwig_Edinger|Edinger]]と[[wikipedia:Carl_Friedrich_Otto_Westphal|Westphal]]により最初に瞳孔/焦点調節と関連した記載がなされたことにちなむ。その後、動眼神経下枝切断や毛様神経節切除により瞳孔散大が起こることが観察され、またこの核の近傍の電気刺激により瞳孔や毛様筋に変化が生ずることが示されたが、方法論的に部位を限局することは難しかった。
 動眼神経副交感核のEW核という別名は、[[w:Ludwig_Edinger|Edinger]]と[[w:Carl_Friedrich_Otto_Westphal|Westphal]]により最初に瞳孔/焦点調節と関連した記載がなされたことにちなむ。その後、動眼神経下枝切断や毛様神経節切除により瞳孔散大が起こることが観察され、またこの核の近傍の電気刺激により瞳孔や毛様筋に変化が生ずることが示されたが、方法論的に部位を限局することは難しかった。


 1970年代以降、瞳孔や焦点調節(レンズ曲率)を測定しながら[[単一細胞活動]]を記録する研究がネコで行われ、EW核やその近傍の[[中脳網様体]]で瞳孔応答や焦点調節と相関して活動するニューロンが見出された<ref name=ref1><pubmed>5501010</pubmed></ref> <ref name=ref2><pubmed>7237144</pubmed></ref>。さらに、毛様神経節節前線維を電気刺激し、逆行性[[スパイク]]電位を起こすことにより副交感動眼ニューロンであることを確かめ、さらに記録電極からの微小刺激により焦点調節(レンズの膨らみ)・縮瞳が起こることが確かめられた<ref name=ref3><pubmed>6512591</pubmed></ref>。少し遅れて、サルでもEW核およびその外側、背側の中脳網様体ニューロンは焦点調節と輻輳運動に複雑に関係した活動を示し、逆行性同定されたEW核ニューロンは焦点調節に相関した活動を示した<ref name=ref4><pubmed>3711972</pubmed></ref> <ref name=ref5><pubmed>7884465</pubmed></ref>。
 1970年代以降、瞳孔や焦点調節(レンズ曲率)を測定しながら[[単一細胞活動]]を記録する研究がネコで行われ、EW核やその近傍の[[中脳網様体]]で瞳孔応答や焦点調節と相関して活動するニューロンが見出された<ref name=ref1><pubmed>5501010</pubmed></ref> <ref name=ref2><pubmed>7237144</pubmed></ref>。さらに、毛様神経節節前線維を電気刺激し、逆行性[[スパイク]]電位を起こすことにより副交感動眼ニューロンであることを確かめ、さらに記録電極からの微小刺激により焦点調節(レンズの膨らみ)・縮瞳が起こることが確かめられた<ref name=ref3><pubmed>6512591</pubmed></ref>。少し遅れて、サルでもEW核およびその外側、背側の中脳網様体ニューロンは焦点調節と輻輳運動に複雑に関係した活動を示し、逆行性同定されたEW核ニューロンは焦点調節に相関した活動を示した<ref name=ref4><pubmed>3711972</pubmed></ref> <ref name=ref5><pubmed>7884465</pubmed></ref>。
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===焦点調節===
===焦点調節===
 動眼神経副交感核は、眼の焦点調節に関与する。焦点調節は網膜像の「ぼけ」によって引き起こされるが、誤差信号が偶誤差(近すぎるか、遠すぎるか「ぼけ」だけでは分からない)であるため、初期には[[大脳]]を介した予測制御が必要である。ちなみに、これらの予想制御は、像の「ぼけ」以外に明るさや大きさの変化、[[wikipedia:ja:パースペクティブ|パースペクティブ]](見え方)、[[wikipedia:ja:色収差|色収差]]など複数の視覚的な手がかりに基づく。
 動眼神経副交感核は、眼の焦点調節に関与する。焦点調節は網膜像の「ぼけ」によって引き起こされるが、誤差信号が偶誤差(近すぎるか、遠すぎるか「ぼけ」だけでは分からない)であるため、初期には[[大脳]]を介した予測制御が必要である。ちなみに、これらの予想制御は、像の「ぼけ」以外に明るさや大きさの変化、[[wj:パースペクティブ|パースペクティブ]](見え方)、[[wj:色収差|色収差]]など複数の視覚的な手がかりに基づく。


=== 近見反応 ===
=== 近見反応 ===
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=== 脊髄・小脳への投射 ===
=== 脊髄・小脳への投射 ===


 副交感動眼ニューロンの側枝が脊髄を支配するのか、あるいは別のニューロン群が脊髄へ投射するのかが検討された。Burdeらはサルとネコで、2種類の[[wikipedia:ja:蛍光色素|蛍光色素]](nuclear yellow、fast blue)を各々、毛様神経節と脊髄に注入し、2重染色されないことから、副交感動眼ニューロンと脊髄へ投射するニューロンは別の細胞であることを確かめた<ref name=ref13 /> <ref name=ref16><pubmed>2451977</pubmed></ref>。サルでは脊髄へ投射するニューロン群は副交感動眼ニューロンより外側/腹側に分布した。さらに、脊髄・脳幹・小脳へ線維を送るEW核ニューロンは、[[免疫染色]]的にウロコルチン(urocortin)ペプチド陽性であった<ref name=ref17><pubmed>18186029</pubmed></ref>。一方、副交感動眼細胞は[[コリン作動性]]で、[[コリンアセチルトランスフェラーゼ]](choline transferase)陽性(ChAT+)である<ref name=ref18><pubmed>2445447</pubmed></ref>。これらの染色を同時に行っても2重染色されるニューロンが見られなかった。
 副交感動眼ニューロンの側枝が脊髄を支配するのか、あるいは別のニューロン群が脊髄へ投射するのかが検討された。Burdeらはサルとネコで、2種類の[[wj:蛍光色素|蛍光色素]](nuclear yellow、fast blue)を各々、毛様神経節と脊髄に注入し、2重染色されないことから、副交感動眼ニューロンと脊髄へ投射するニューロンは別の細胞であることを確かめた<ref name=ref13 /> <ref name=ref16><pubmed>2451977</pubmed></ref>。サルでは脊髄へ投射するニューロン群は副交感動眼ニューロンより外側/腹側に分布した。さらに、脊髄・脳幹・小脳へ線維を送るEW核ニューロンは、[[免疫染色]]的にウロコルチン(urocortin)ペプチド陽性であった<ref name=ref17><pubmed>18186029</pubmed></ref>。一方、副交感動眼細胞は[[コリン作動性]]で、[[コリンアセチルトランスフェラーゼ]](choline transferase)陽性(ChAT+)である<ref name=ref18><pubmed>2445447</pubmed></ref>。これらの染色を同時に行っても2重染色されるニューロンが見られなかった。


=== 提案された命名法 ===
=== 提案された命名法 ===